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脳内一人旅日記・改

登山、ロードバイク、一人旅好きのつれづれなるブログ。

格ゲー雑記・3 そのとき歴史は動いた

2007年10月12日 | 格闘ゲームとわたし
おいらが初めてKOFという格ゲーに出会ったこの頃(1990年代)、世間では格闘ゲームが大きなブームとなっていました。火付け役となったのは、いわずと知れたカプコンのストリートファイター2。

また、100メガショックでおなじみ、SNKから発売された餓狼伝説もヒット。このような状況下で、3人一組による勝ち抜き戦、豊富なキャラクターといった斬新な特徴を持ったKOFもまた大ヒットし、1994年から毎年のように新シリーズが発売されることとなります。


KOF95では、KOFの主人公で草薙京というキャラクターのライバルとして八神庵というキャラクターが初登場します。これ以来、京と庵がKOFの中心となっていくわけですが、彼らの人気はゲーセンの対戦台以外のところにも大きく飛び火しておりました。

例えば、オタクの祭典と言われている同人誌即売会「コミックマーケット」。ここにはコスプレをした方々もたくさん集結しますが、当時、京と庵のコスプレをした人がいるわいるわ。男性だけじゃなくて女性も多かったなー。KOFってこんなに人気あったの?!ってびっくりした記憶が残っているくらいです。



3Dだけではなく2Dでも絶好調。庵×京、京×庵といった(攻めと受けでだいぶ違いますが)、いわゆるBL系ってやつですか、ヤオイってやつですか、よく分かりませんが、そっち系の題材としても数多く利用されてきたわけです。ほかにも、さまざまなカップリングが存在しますけれども。



そーゆうわけで特に意味もなく、自己満足的に初期の格ゲーの歴史を振り返ってみました。
とにもかくにも、KOF絶頂期の中、94をやって格ゲーの虜になってしまったおいらは、95が発売されてからさらに対戦にのめり込んでいったのでした。


95に入ってからも94と同様、なかなか対戦相手に勝てない日々が続きます。94のやり初めに比べると多少なりとも腕は上がったものの、まだまだ未熟児。95の通算戦績は、細かい数字は分かりませんが8:2ぐらいで大きく負け越していたのではないでしょうか。


それでは、親友K、Mはどうだったか。やっぱ強かったっすよね。特に、Kの強さはほかの巷のプレイヤーと比べても一歩頭抜け出している感じ。プレイヤー同士で力の差があれば何度乱入してもなかなか勝てないのが常なんですが、Kの場合は特定の相手を苦手とすることはほとんどなかったと思います。


ここでちょっとローカルな話になりますが、俺らがよく通っていたゲーセンにちょくちょく現れる、通称「キャベツ」という格ゲープレイヤーがいたのですが、彼はよくKといい勝負を演じてましたねぇ。お互い顔は知っていたと思いますが、会話することが一切ありませんでした。なにせ「キャベツ」ですからねぇ。ってか、なぜその呼び名がついたのか未だに謎です。


そういえば、池袋でこのずっこけ3人組でKOF95の対戦をしていたとき、けっこうな猛者が対戦に乱入してきて、おいらとMはなかなか勝てなかったのですが、Kとは一進一退を繰り返していました。途中からKは相手のクセを掴み連勝するようになったのですが、元中日ディスティファーノのように気の荒い性格だったようで、俺らにからんできたんです。

結局その場は収まったのですが、肝を冷やした一瞬でした。そんで、話はこれで終わりではなくて、Kが1人で池袋の同じゲーセンで対戦をしていたら、そのディスティファーノと再会、また一触即発かと思いきや、お互いの腕を認め合い和解したそうなんですね。歴史が動いた瞬間でした(?)


そんでもって、おいらが中学時代を過ごした埼玉県上尾市のゲーセンで対戦をしていた際、なんとおいらもディスティファーノと遭遇。普通に彼と仲良しこよしにw


ところで、このゲーセン、1P側と2P側が3階と4階で分かれているという特殊な対戦環境だったんですが、彼の気性の荒さはここでも健在で、わざわざ下に降りてきてまで、気に入らない相手にはがんがん因縁つけたり椅子を蹴ってたりしてましたw
自分じゃなくて良かったっす。


格ゲー雑記・4 精神障害と臆病者に続く。

格ゲー雑記・2 奇行と痙攣と…

2007年10月11日 | 格闘ゲームとわたし
ゲーセンに行って対戦をする、これはある種の病気ともいます。毎日することはもちろん、空き時間があればとにかく対戦対戦の繰り返し。対戦していないと落ち着かないのです。


この状態はいわば、アル中になった赤塚富士夫が手をわなわな震えさせながらテレビのインタービューに答えているようなものです(?)


そう!この「手が震える」という現象は、おいらの格ゲー人生の最初を象徴するひとつのテーマだったのです。


KOF94という格ゲーは、弱攻撃(相手に与えるダメージは低いが連続して出せる、あるいは隙が少ない攻撃)の連射が非常に効くゲームで、対戦における肝というべきものです。例えるなら、ボクシングのジャブを高速に打てるようなもの。


一度攻撃が入れば、ロスなく連打することで10ヒット以上攻撃が当たり一気に相手の体力を半分近くまで減らせるという、恐ろしい威力を持っていました。


いかにして連打を制するか。

ボタン連打をするやり方は、主に2通りあってひとつはピアノ打ち、もうひとつは痙攣打ちと呼ばれるものがありました。


前者は二つの指を交互にボタンに打ち付けることで連射を生み出します。後者はというと、腕を細かく震えさせて連射します。高橋名人がスターソルジャーとかでやってた方法ですな。


そういえば!
かな~り昔、16連射に挑戦!とかなんとかの謳い文句で連射測定器ってありましたよね?!でも、定規をビローンと歪ませれば簡単に連射が稼げたという代物でした。すぐ飽きたなあ。


あの頃はなんとか名人ってたくさんいたなあ。名人対決とか。ファミっ子大集合だっけ?ん?渡辺徹が司会のやつは…


あ、ええと話が脱線トリオしたところで戻したいと思います。
つまり、KOF94で対戦相手に勝つべく、おいらも連射の修行を積んだということです。おいらが選んだのは痙攣打ち。


「手が震える」
ここでやっと出てくるわけですね。


いかにして「手が震え」やすい状態を作り出せることができるか。知恵を絞りました。考えました。


結論は、まずは腕のストレッチ。拳を握ると出てくる筋肉を伸ばすため、壁に腕を固定して体をひねるわけですが、体の向きを色々と変えながら行うおいらのストレッチは、端から見ると、さび付いたおもちゃがかくかくと動くように、いや、コロッケが五木ひろしのモノマネでする五木ロボットのように、非常に滑稽に見えていたというんですね。


滑稽に見えた動きというのはほかにも一つ心当たりがあって、JR日暮里駅のホームで山手線を待っていたときのことです。


この日は風が強くて、ホームに立っていた自分の真横から風が吹いてきていました。どういうわけか風が気になったんでしょう。言葉で説明しにくいのですが、首の向きを固定したまま、体だけを先にぐいっと素早く捻って、遅れて首がその方向に向くような動きをしたんです。

今なんか自分でもすげー不自然な動きしたなと分かったんですが、分かったのはおいらだけじゃなくて首を向けた先にいた二人の女子高生の視界にもおいらのモーションが入ってたのでした。

二人の女子高生は、口を押さえ笑いこらえるような苦悶の表情をして、おいらのほうから視線をそむけます。

そして二人してひそひそと、
「今なんかあの人、変な動きしたよね?」


聞こえてます。


っていうか、首の方向が変わって女子高生が姿が眼前に飛び込んできたとき、しまった!見られたか!って思ったんですよねえ。案の定でした。


んで、痙攣の話ですが、ストレッチを行った後は重い物を持ち上げる運動をします。重いダンベルなどを上げ下げして筋肉を疲労させると、勝手にぷるぷる震えだしますよね。それを痙攣打ちの準備に応用したというわけですが、そのおもりには学校のかばんを用いました。いつも無駄に教科書が入っていて、それなりの重さになっていたんです。


おいら自身はその二つの行動は真剣そのものですが、親友K、Mから失笑を買っていました。ゲーセンでの腕ストレッチング、かばんによるダンベル運動、可笑しかったですかねえ?


うーむ。
まあ、そうやっておいら独自の研究・創意工夫を重ねながら格ゲーの腕を磨くという作業をひたすらやっていたということですな。

格ゲー雑記・3 そのとき歴史は動いたに続く。

格ゲー雑記・1 キングオブファイターズ(KOF)との出会い

2007年10月10日 | 格闘ゲームとわたし
一年前にすでに草稿が終わっていたにも関わらずまだアップされていなかった文章を今更ながらちょっとずつあげていきまっする。


ええとですね、今日からおいらの格闘ゲーム(以下:格ゲー)人生についてのよた話を綴っていきたいと思います。


ってか、なんで格ゲーなのかっていったら、自分のパソコンのファイルを整理していたらおいらが格ゲーに一番熱中していた大学生の時に、htmlで書いた日記みたいなもんが出てきたんですよね。それを再編集して載せようと思いまして。っていうか、格ゲーはおいらの青春時代の中心にいましたので、格ゲーを振り返ることは自分の歴史を振り返ることでもあるわけですな。


内容は、一緒に格ゲーをやっていた親友K、Mとのくだらない面白話や攻略ライターになった出来事など感動のスペクタクルスクリームストーリーとなっております(??)
加えて、格ゲーに全く興味がない人でも分かるように丁寧な解説を試みているという挑戦作!(いつも通り長い)






ということで、ここではおいらがいつどのようにして格ゲーとであったか、語っちゃおうと思いますYOッ!


おいらが格ゲーを初めてやったのは確か高1の冬から春ぐらいだったと思います。KOF94という格ゲーでした。親友Kからゲーセンに誘われたのがきっかけ。


それまでおいらは対戦格闘なんて無縁の人間で、ゲーセンすらずっと行ったことがありませんでした。まあ、やったことがあるとしれば、スーファミのスト2ぐらい(当時としては誰もが通る道か?!)。んなもんだから、最初は親友Kともう一人の親友Mが、二人で対戦してるのを横で見ていることが最初は多かったのです。


ゲーセンに行くたびに「おまえもやってみろよ」なんて再三再四言われてたんだけど、どうも敬遠してしまう。「見てるだけで面白いから」などと虚勢を張りつつも、実は、行くたびにこのゲームをやってみたい気持ちが募る一方でした。


そんななかで、埼玉の中学校の頃の友達に家に遊びに行った時に、たまたま94のロムとネオジオ本体が彼の家にあったのです。しめた!ここで94の練習をして、初めてとは思えない腕を彼らに見せて驚かせてやろう!・・・


そう、なぜ彼らが一緒にやろうと誘ってくれているにも関わらずできなかった理由は、自分のあまりにも下手であろう格ゲーの腕を見せたくなかったのであります。そんなの初めてなんだからめちゃめちゃ当たり前の話ですが、その頃のおいらといえば、愚かなことにカッコつけたがりだったんだなあ苦笑。ばかちんです。


んで、KOF94で一番最初に使ってみようと思ったチームは韓国チームでした。ってか、KOF94って格ゲーはキャラ単体ではなく3人1組のチーム同士で対戦をするという当時としては画期的なシステムを用いていたのです。


んで、埼玉の友人から韓国チームが強いと言われたもんだから、それを鵜呑みにしそのチームを使ったわけです。しかし、実際やってみると全く勝てない。そりゃあ、格ゲーの経験が今までほとんどなかったずぶの素人ですから当たり前田のクラッカーといえばクラッカーで。


ほかのチームもいろいろやってみましたが、とにかく必殺技がでねー。しょうりゅうけんコマンド(右、下、斜め右下)はおろか、よがコマンド(レバー下半回転)さえも出ません。当然ながら、通常技→キャンセル必殺技という、格ゲーの基本中の基本であるキャンセル技もまったくもって当時のぽっくんには不可能だったのでした。


それでもなんとか重い腰を上げK・Mとの対戦に加わるようになって、徐々に操作にも慣れていきます。こうやって、毎日のようにゲーセンに入り浸るぽっくんの格ゲー人生が始まったのです。


格ゲー雑記・2 奇行と痙攣と…に続く。