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つれづれに

きままに書きます。
どうぞよろしく。

夏はやっぱり鬼門だ!

2013年08月05日 | Weblog
何とか持ちこたえてきた右足の浮腫に、蜂窩織炎発症。
土曜日の昼では何ともなかったのに、夕方サポーターを外したら、 何と太ももは真っ赤、発赤が脚の付け根まで。

この早さを見ると、さすがに怖い。
細菌の増殖の速さを示しているような気がするから。 正しくはこの発赤は炎症反応らしいのだけれど。

生憎の日曜日、昨年入院した病院の救急外来に連絡。受診OKになったので、救急外来へ。歩くのはしんどいので、タクシーを使用。
先の入院は皮膚科だったので皮膚科を受診したかったけれど、休日は皮膚科医は不在。
原発の婦人科医の診察をうけて、早速抗生物質の点滴に。

これまで暑くて忙しい毎日、何とか乗り切れたかと内心安心していたのに、やっぱり、駄目でした。
そう言えば 昨年夏も同じような状況。夏から蜂窩織炎を繰り返し、ついに9月には2週間の入院になったのでした。

やはり、普段の行動を見直すべき時のよう。

さて、何を残し、何を切るべきか?

いつも切ることが出来ないまま、走り続けてきた
行動パターンを変えるのは至難のことなのです。

娘に言われたのはつい先週のこと。
「お母さんの手帳って、真黒だよね、もっと減らさないと駄目だよ。 白かったのは、手術の後、しばらくだけだじゃない。この頃はまた元に戻ってるわよ」

娘には、私の健康を気にしてくれていることに加えて、我が家に息抜きに来たいという気持ちもあるのです。

もっと元気だったら、可愛い咲の相手ができるのにと思う気持ちはあるのですが・・・・。

はたして白い手帳にすることは出来るでしょうか?

爽快 のち 憂鬱

2013年07月25日 | Weblog
 ハラハラドキドキしながら深夜を迎えた日曜日。

人生に何度あったかしらと数えてみても、10回にも満たないかも。
数回はあったかな。

その日はすでに疲れきって、体が重くて動作の鈍いこと。

でも心は爽快だった。

それからまだ4日しか経ってないけれど、

余韻は残っているけれど、

次々と勃発するトラブル。

だって、月曜日は2科通院で半日つぶれ。
    
    火曜日は 約束すっぽかされ待ちぼうけ。

    水曜日は あまり充実感のない御苦労さん会。

    そして、その日の夕方は車の事故。
        バックで出ようとして、横から来た車に軽くだけれど衝突。
        修理代6-7万。保険の免責3万は自己負担。
        
        1月には、追突されたばかり。
        それ以来確実に右腕の関節、肩の痛みがひどくなっているのに
        医者は追突に関係ないと、早々と事故による保険打ち切り。
        病院の事務の人さえ、継続にしようとしたのに、納得いかないまま。
        
        こういう時、全然 押しが強くなれない私。悔しいながら。
     
        続いて、夜からは耳の後ろのこぶのところに結構強い痛みが走る。
        気になるから今日病院に。
        車で25分くらい、ぎりぎり受付に間に合ったけれど。
        待つこと3時間、診察10分かからず。
        特に異常はありませんでお終い。額関節が原因ではと。

        少々の痛みではさわがない方がいいのかな?
        私としては以上は速やかにが信条なのですが。       
        
        2週間前には左目に内出血。
        さすがに気味が悪くてすぐ翌日に眼科へ。
        なんでも硝子体の膜の一部がはがれているから、何かあったらすぐ来るようにと。
        眼球を動かすと新月のような光が目の奥に現れました。
        依然としてその状態は続いています。


まあ、そういうわけで、
        爽快 のち 憂鬱 なのです。






あ~、夢でよかった!

2013年07月20日 | Weblog
 そう思えるのに、少し時間がかかりました。
あまりにリアルというか、現実的なことでしたから。

金曜日の夕方までに用意しなくてはならないレジメがありました。
そして夢の中では「その金曜日の朝」を迎えていたのです。
とても時間が足らない、どうしようと思って目が覚めたのです。

しばらく呆然としていました。
困ったことになったと。

手帳を見ながらスケジュールを確認していて気がつきました。
昨日みんなに会ったのだから、今日は木曜日だと。

嬉しかったですね、まだ1日あることが。






それなのに木曜日はもっと差し迫ったことに追われて日が暮れました。

夢は正夢になり、

レジメが形になったのは金曜日の夕方。
滑り込みこみセーフながら、かなり不完全。

でもたたき台だから何とかなると割り切りました。
完全主義からの脱出に成功です


気分転換に。




突然の告白

2013年06月18日 | Weblog
ちょっと、センセーショナルなタイトルですが。

もう先週のことですが、私は友人に写真集を見てもらうことにしていました。

子どもが小学生だった頃からの知り合いです。息子さんが私の娘と同級生でした。
それから、10年ぐらいして、職場の同僚になりました。彼女は秘書でした。

それからいろんなことでつながり、
心友(この言葉つい最近どこかで見ましたが思いだせません)でした。
その彼女が、家庭内のトラブルで、とても辛いトラブルで、離れて行きました。

でも時々会うことがあって、その後のことを尋ねたり、打ち明けられたりしながら
もう十年が経ちました。

その彼女が急に真顔になって言ったのです。
「この年になると、いつ何があるかわからないから、言っておきたいの」
そして「長い間ありがとう。馬鹿なことを随分言ったこともあるけど、いつも真面目に
答えてくれてありがとう」と。

唐突ですが、その心境はわかりました。

私もガンになった時、同じような思いがしました。
そして、いろんなことを整理しておかなくてはと思ったのですが、
いまだに未完成です。

出来たのは写真集と屋根裏に山とたまった不要物の整理くらいで、
いろんなことが山と残ったままです。

片づけるだけの人生では発展が無いでしょう。
やはり、前向きな部分が無いとね・・・。
これもつい最近、仲間と交わしたこれからについてです。

でも片付かないままの過去を積み残しているというのもね・・・・。




上品に座っていたい!

2013年06月03日 | Weblog
 昨日は 反原発の東京集会がありましたが、
心は動くのですが、体は動きません。

 午前中あわただしく帰って行ったさきたちを見送って、高校など幅広く教育問題に取り組んでいる会の総会へ。
毎月出している私たちのニュースを読んでいてくれた方から、お声がかかりました。
私達は、当市の中学校でとても問題のある、そうですね安部首相や橋本大阪市長が歓迎している社会科教科書が採用されたことについて、何とか次回には採用させたくないと取り組んでいます。

最初の中教審答申が出されて以来、高校全入を求めることを出発点にして60年近く続けられてきた会だそうですが、近隣の市の市長からもメッセージが寄せられるなどなかなか行政に対しても影響力のある団体のようでした。

中に、酸素ボンベを携帯された、とても上品な ややお年を召した女性の方がおられました。
きっとこれまで こういう方が会の歴史を作る中核におられたのでしょう。

そして、いろんな運動の縮小がいやでも目につく昨今ですが、
こういう地道な活動の継続こそが、またいつか運動を盛んにしていくためにも必須なのだと
改めて思いました。

私も今や薬が原因とはいえ、白髪。
その方のように上品に座っていられたら悪くは無いと。

でもそんなことは許されず、あくせくと動いているのかも、
なかなか理想には近づけそうにないのは、
意志の弱さが原因なのかもしれません。