古事記 上つ巻 現代語訳 五十九
古事記 上つ巻
石長比売と木花佐久夜毘売
書き下し文
是に天津日高日子番能邇邇芸命、笠沙の御前に、麗しき美人に遇ひたまふ。尓して問ひたまはく、「誰が女ぞ」ととひたまふ。答へ白さく、「大山津見神の女、名は神阿多都比売、亦の名は木花佐久夜毘売と謂ふ」とまをす。また問ひたまはく、「汝の兄弟有りや」と問ひたまふ。答へ白さく、「我が姉石長比売在り」とまをす。尓して詔りたまはく、「吾、汝に目合せむと欲ふ。奈何に」とのりたまふ。「僕は得白さじ。僕が父大山津見神白さむ」とまをす。故其の父大山津見神に乞ひに遣はしたまふ時に、いたく歓喜びて、其の姉石長比売を副へ、百取の机代の物を持たしめ奉り出だしつ。故尓して其の姉は、甚く凶醜きに因り、見畏みて、返し送りたまふ。唯其の弟木花佐久夜毘売を留めて、一宿婚為たまふ。尓して大山津見神、石長比売を返したまへるに因りて、いたく恥ぢ、白し送りて言さく、「我が女二並べ立奉りし由は、石長比売を使はさば、天つ神の御子の命は、雪零り風吹くとも、恒に石の如くにして、常磐に堅磐に動かず坐さむ。亦木花佐久夜毘売を使はさば、木の花の栄ゆるが如く栄え坐さむと、宇気比弖貢進りき。此の石長比売を返さしめて、独り木花佐久夜毘売を留めたまひつ。故、天つ神の御子の御寿は、木の花の阿摩比能微坐さむ」とまをす。故、是を以ちて今に至るまで、天皇命等の御命長くあらざるなり。
現代語訳
ここに、天津日高日子番能邇邇芸能命(あまつひこひこほのににぎのみこと)は、笠沙の御前(かささのみさき)で、麗しき美人に会いました。そこで問い、「誰が女(むすめ)だ」と問いになられました。答えて、「大山津見神(おおやまつみのかみ)の女で、名は、神阿多都比売(かむあたつひめ)です。またの名を。木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)と謂います」といいました。また問いになられて、「汝の兄弟はいるか」と問いになられました。答えて、「我が姉・石長比売(いわながひめ)が在ります」と申しました。しかして、詔りされて、「吾、汝と結婚したいとおもう。奈何(いか)に」とおっしゃられました。「僕は、お答えすることができません。僕が父・大山津見神がお答えいたします」と申しました。故に、その父・大山津見神に乞いに遣わす時に、いたく歓喜びて、その姉・石長比売を副えて、百取の机代物(ももとりのつくえしろのもの)を持たせ奉り、差し出しました。故に、尓して、その姉は、甚だ凶醜(みにく)きにより、見畏(みかしこ)みて、返し送りました。唯、その弟・木花佐久夜毘売を留めて、一宿婚(ひとよこん)されました。しかして、大山津見神は、石長比売が返されたことによって、いたく恥じて、申し送りて言うことには、「我が女を二並べて奉れる由は、石長比売を仕えさせれば、天つ神の御子の命は、雪零(ふ)り風吹くとも、恒に石の如くにして、常磐(ときわ)に堅磐(かきわ)に動かず。また、木花佐久夜毘売を仕えさせたなら、木の花の栄ゆるが如く栄えになるでしょう。そのように宇気比(うけい)して奉りました。この石長比売を返し、独り木花佐久夜毘売を留めました。故に、天つ神の御子の御寿は、木の花の阿摩比能微(あまひのみ)となるでしょう」と申しました。故に、ここをもって今に至るまで、天皇命等の御命は長くは無くなってしまいました。
・笠沙の御前(かささのみさき)
鹿児島県薩摩半島の北西端にある野間岬の古称
・百取の机代物(ももとりのつくえしろのもの)
種々の飲食物などをのせた机のこと
・常磐堅磐(ときわかきわ)
物事が永久不変であること。また、そのさま。とこしえに
・宇気比(うけい)
古代日本で行われていた占い
・阿摩比能微(あまひのみ)
桜の花の短さをいう
現代語訳(ゆる~っと訳)
ここに、天津日高日子番能邇邇芸能命は、笠沙の御前で、麗しき美人に出会いました。
そこで、「誰の娘だ?」と問いになられました。答えて、「大山津見神の娘で、名は、神阿多都比売です。またの名を。木花之佐久夜毘売と言います」と答えました。
また問いになられて、「お前には、兄弟はいるか?」と言いました。答えて、「私には、姉・石長比売がおります」と申しました。
そこで、詔りされて、「吾は、お前と結婚したいとおもう。どうか?」とおっしゃられました。「私は、お答えすることができません。私が父・大山津見神がお答えいたします」と申しました。
こういうわけで、その父・大山津見神に求婚の使者を遣わす時に、大山津見神はたいそう歓喜して、その姉・石長比売を副(そ)えて、たくさんの結納品を持たせて献上しました。
ところが、その姉は、たいへん醜く、邇邇芸能命は、一目見て恐ろしいと思い、石長比売を送り返しました。ただ、その妹・木花佐久夜毘売を手元に留めて、一夜の契りを結びました。
その大山津見神は、石長比売が返されたことを、いたく恥じて、物申す使者をたてて、
「私が娘を二人並べて差し上げたのは、
石長比売をお召しになれば、お生まれになる天津神の御子の御寿命は、雪が降り風が吹こうとも、久しく岩のように、永久に変わらない不動なものになるでしょう。
また、木花佐久夜毘売を召したなら、木の花の栄え咲くように、栄えるようになるでしょう。
そのように誓約して差し上げました。
しかし、石長比売を返し、ひとり木花佐久夜毘売をお留めになりました。
こういうわけで、天津神の御子の御寿命は、木の花のように儚いものとなるでしょう」と申しました。
こういうわけで、ここをもって今に至るまで、天皇命等の御命は長くないのです。
続きます。
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ありがとうございました。