くるくるくるみのエンタな生活

エンタテインメント大好き人間くるみのコラム日記です。

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<ネタバレ有>Mr.Children 未完 @札幌ドーム

2015-08-25 23:01:53 | 素敵なステージ
かれこれサザンとミスチルのライブを20年ほど、ほとんど欠かさず行っている。
サザンが常に最上級のエンタテインメントを見せてくれるのに対し、
ミスチルは常に進化し続ける姿を見せる。だから、両者とも飽きることがない。

昨年ミスチルはデビュー以来共に歩んできた小林武史から離れ、デビューから20年以上を経て初めて、メンバー4人だけでのセルフプロデュースという新たな地平に歩みだした。既に国民的バンドとしての地位を確立し、40代後半に差し掛かってのチャレンジ。現状に甘んじず、常に新鮮な気持ちで音楽に向き合い、進化を止めないバンドでありたい―彼らのそんな気持ちが大きな決断となったのだろう。その最初の仕掛けとして、アルバム発売前にツアーを行うという前代未聞の試みを行ったのが前回のアリーナツアー「REFLECTION」。初めて聴く音楽への高揚を皆で共有するという体験は、メンバーのみならずファンにとっても鮮烈であった。

そして、アルバム「REFLECTION」の発売後の開催となったのが今回のドームツアー「未完」。
そのタイトル通り、おそらく彼ら4人で考えたのであろう選曲や演出からは、不安や憂いを抱えながらも新たなステージに進もう…という強いメッセージが、いつも以上に強く打ち出された内容になっていたと思う。

以下、ネタバレを含めて振り返ろう。

■「未完」「擬態」「ニシエヒガシエ」「光の射す方へ」
前回のツアーの最終曲「未完」からスタート。以下、3曲で一気に盛り上げる。この3曲に共通するのは、POPでありながら陰も携えていること。その辺りが過去曲でありながらアルバム「REFRECTAION」の世界観にも合致していたと感じた。

■「CHILDREN'S WORLD」
最近のツアーでは、こうしたレア曲を披露するサービス精神も忘れない。デビュー時以来披露されてこなかった初期の初々しい楽曲が笑顔と共に奏でられた。
彼らの活動の変遷を大きく分けるなら4期に分かれると思う。この曲に代表されるデビューから3枚のアルバムの「初期」。この頃は甘酸っぱい恋と青春がテーマだ。そしてイノセントワールドでのブレイク以降、ミスチル現象と言われた「2期」。小林武史との強力タッグによる超POPなメロディーと、桜井の葛藤やプライベートがリアルに表れた歌詞が万人の共感を呼んだ。その後、離婚再婚、小脳梗塞とバンドとしての活動休止などを経た「3期」。この時期には身近な中の小さな喜びや愛が歌われるようになっていった。そして今、彼らは「第4期」に差し掛かったと言っていい。つい数年前のインタビューでは桜井和寿は、「もう歌詞として歌いたい事はなくなった。純粋に音楽を楽しむことの方に興味がある」という気になる発言をしている。改めて音楽を奏でる喜びや音楽的挑戦をそのものを楽しみながら、人生と社会へのエールを届けていく・・・そんな新たなステージに、彼らの力で踏み出したのではないだろうか。

■「忘れ得ぬ人」~MC~「and I Love you」「タガタメ」
数曲のニューアルバムからの楽曲のあと、センターステージに移ってのこのパートが、個人的には涙無くして見れなかった。「忘れ得ぬ人」を聴きながら嫌がおうにもミスチルを共に聴いて過ごした人のことを思い出す。そこで語られたMC―子どもの屍を抱いた母親が神様にどうか生き返らせてくれと神に頼むと、神は誰も失っていない人の家からケシの実を貰ってくるよう伝える。しかし、世の中に誰も失わずに生きている人なんていないのだ。それを悟った母親に神は言う。「失ったままで愛しなさい」と―。そして、最後に一緒に行ったライブで聴いた「and I Love you」。この時勢に強い意味を持つ「タガタメ」。「愛とは想像力なんじゃないか」と思ったと語った桜井の言葉が重く突き刺さった3曲だった(この時、ドラムのJenのTシャツに“IMAGINE”と書かれてるのに気付いて嬉しくなった)

■「ALIVE」
全ての楽曲について書くことは割愛するが、後半でハイライトと言える重要な意味を持ったのがこの曲だろう。桜井がまっすぐに歩き続けながら歌っているかのような映像演出で見せたこの曲では、彼の未来を見据えるような強い眼差しが印象的だった。
初期から多くの変遷を得ている彼らの楽曲だが、“あの頃の楽曲”を今聴くと不思議と違った意味を持って改めて心に響く…というマジックが彼らの楽曲にはよくある。この曲にまさに、彼らの今の心境と我々へのメッセージが詰まっていたのではないかと思う。

■アンコール
終盤やアンコールで前述の「2期」にあたるような名曲の数々が惜しげもなく披露される…というのが最近のツアーでの傾向となってきている。今回も、初めてミスチルのライブを見る人にも嬉しい楽曲の数々が待っている。「未完」に近い意味をこれまでも言葉を変えて言ってきた楽曲があったかと・・・(ヒントになったでしょうか)。しかし、ここでもちゃんと「未完」という今回の趣旨に沿って選曲されていたのが素晴らしかったと思う。


Mr.Childrenというバンド名さながらに、大人と子供の間を行き来しながら、常に進化を止めない彼ら。その「第4章」の始まりの瞬間に立ち会ったようなライブは、それを目にした我々にも、大きな一歩を踏み出す勇気と力を与えてくれたのではないかと思う。
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バケモノの子

2015-08-01 10:53:40 | 死ぬまでシネマ
父性とは何か。母性をテーマにした前作「おおかみこどもの雨と雪」の後に細田監督は、次作では父と子の物語を描くと宣言していた。まさに、父と子で見て欲しい作品となった。

熊徹と九太がハイタッチを交わすまでの前半は、幼児~小学生と父親で見ることをイメージして見ていた。どんどん“強く”なっていく成長物語に子供は目を輝かせ、その横で父親は涙が止まらないだろう。「お父さん、なんで泣いてるの?」と聞かれたら「ん?お前を育ててきたことを思い出したからだよ」と言うだろう。妊娠した瞬間から母になれる女性に比べ、男性が父になるのは大変だろうと思う。「そして父になる」さながら、子育ての試行錯誤の中で男性は徐々に父になる。そんな共に成長する不完全な存在であっても、私は父親という存在は絶対的に必要だと考える。保護者として寄り添う母とは違った、有無を言わせぬ畏怖と憧れと尊敬を宿した圧倒的な存在としての父。その両方があるからこそ、人は成長ができると思う。だから私は子供は欲しいがシングルマザーになってまでとは余り思わない。

そんな事を感じながら見ていると、後半一気に想定外の展開へと広がっていく。ここからが細団ワールドの本領である。人間の子どもの“闇”が描かれる後半で、対象年齢が一気に上がる。これは「少年A」の世代が見るべき映画だと。父を越えよう、父を守ろう、色々な自我が目覚める中で、中学生位になると大なり小なり闇を抱え始めることは避けられない。もはや、父だけの力では足りない。そこで必要になるのが、楓という母のような存在であり、熊徹と一緒に育ててくれたご近所さんの二人だったり、小さい頃からライバルだった親友であり、そして何より、外の世界を知り学ぶという新しい価値観を得ることである。それら全てがあって自分があるのだと愛情を愛情として受容できるようになった時、人は闇に打ち勝つ強さを手に入れられる。中学生にもなると父子で並んで見ることは難しいかもしれないが、ぜひ別々にでも見てきたら、きっとお互いに発見があるのではないかと思う。

では、父を失ったら子供はどう生きればいいのか―細田監督はその問いにも答えを残す。幼児~小学生と見ていたら、熊徹がいかにして九太を守ったのか教えてあげて欲しい。中学生にもなったらそんな話をするのは照れ臭いだろうから、「意味は自分で考えろ(笑)」と言ってやってほしい。映画館を出た時に少しでも多くの人たちが、“心に剣を”宿していてくれたらいい。

最後に、細田監督の魅力を教えてくれた元彼に感謝したい。彼はいま父親になっている。なんとなく、子供は息子なのではないかと想像している。まるで父親のように多くの愛情と知識を私に注いでくれたその存在は、私の心の剣となっている。ぜひ日本アカデミー賞をとってほしい作品である。
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緑の街~イノセントワールド

2011-07-21 04:04:55 | Weblog
今年も結局、「緑の街」に行ってきてしまいました。

2日目夕方からキャンプ泊して3日目まで。

■去年と同じくテントかついでいく予定でしたが、
前のりしていた友人が、入れてもらえる人たちを見つけたとのことで、急遽、寝袋だけ持参でお世話になることに。
毎年天体望遠鏡を持ってきて星空教室を開いているイトーさんと、ライブ会場ボランティア経験者のお仲間のテントに
ご一緒させて頂きました。

とはいえ、心境的に今回は複雑でぼーっとしてしまい、コチマやキャンプバーでのライブを見逃してしまったのは残念。
でも、丘の上の映画館の眺めは気に入った。あそこで、なでしこ放送してくれたら良かったのに…
去年は爆睡してしまった朝ヨガにも参加できて、野外でやるヨガは気持ちよかった。


■3日目、「よくきたね」から泣き崩れてしまい、友人には申し訳なかったが、
とても一緒に前に行ってわーっと盛り上がる気分にはなれず。
第一部はエリアに入るので精一杯。正面一番後ろの柵で身体を支えて見た。
「具合悪いんですか」と心配してくれた隣の女性、そこからずっと一人にさせてくれた友人に感謝。

第二部は意を決して前の方に行き、ステージ上手端で見た。
KANさんを見届けた後へたれこんでしまうと、オトキさんがお母さんのように私を癒してくれた。
思わず涙が出たら、「雨」という歌詞にあわせて、本当に雨が降ってきた。
そして、お父さん小田さんが、今回の一つのハイライトだった。
誠に勝手な解釈だけど、KANさんが彼を祝福し、オトキさんが私を癒す歌だったとすれば、
小田さんの今回披露された曲たちは、2人に向けられた曲の数々だったように感じる。
離れても繋がっているということ…それを感じさせてくれる曲の数々だった。
そして、「緑の街」を桜井さんと小田さんの共演バージョンで聴けて感無量だった。人目を憚らず号泣した。
私にとって、つま恋は「緑の街」の歌詞そのままだった。

そして、「若者のすべて」が流れた。ないかな、ないよな…
思わず掻き立てられるように姿を探したくなった。
でも、去年そこで見た姿はなかった。家を出る時からそんな気がしていた。
きっと、今年は会わないんだろう、と。2度も会ってしまった去年は、
奇跡というか運命というか、神様の仕業だったんだなと改めて思った。


ジュンスカをちゃんと見れなかったことと、ピロウズが「ストレンジカメレオン」をやってくれなかったことも残念だった。
ただ、ピロウズの時は、おそるおそる、3年前GLAYを見た場所に近い所から見てみた。
やっぱり、上手から見ると切ない思い出が蘇るけど、下手から見ると幸せな楽しい時間が蘇って懐かしかった。


■ミスチル。彼らと同じエリアで飛び跳ねて見る…という気分にはなれなかった。
その代わり、大好きなつま恋を全体から見てこの目に焼き付けようと、丘に登った。
一番後ろから見る客席の波打つ光景は、それは、それは、美しかった。
この中のどこかで笑っているんだろうと思った。
「もっと」でまたふと涙したら、2度目のスコールが降った。
そして、「イノセントワールド」。歓喜する会場にぶわっと涙があふれたら、
いきなりどひゃーっとすごい雨が降り出した。
たまらず立ち上がり、雨と涙で顔をくしゃくしゃにしながら、大声で歌った。


いつの日もこの胸に 流れてるメロディー
切なくて優しくて 心が痛いよ
陽のあたる坂道をのぼるその前に
またどこかで会えるといいな
その時は笑って
虹の彼方へ放つのさ イノセントワールド
果てしなく続く イノセントワールド


今まで、正直イノワーは、あまりにドメジャーなヒット曲すぎて、特に好きだと思ったことがなかった。
でも、この日のイノワーは、今までで一番胸に響いた。
こんなにいいこと言ってたっけ、胸が締め付けれられる思いだった。


to Uが終わり、最後の花火が今年も上がった。帰路に向かう会場の人たちに向けて、
ただ夢中で、09とラキラクのタオルを降った。コクリコ坂の海ちゃんのように。


apは私にとって、楽しい思い出の場所であり、最後のデートの場所であり、
つらい現実を目の当たりにした場所であり…
ミスチルが存在しなければ2人は出会わなかった訳で、
目に見えるところでミスチルファンの人に奪われてしまったこと、
今も2人でみんなで楽しんでいること、
それを思うと未だにどう向き合っていけばいいのか、答えは出ていない。

それでも切ないことに、私たちをつなぐ場所でもあるということ。
それを、小田さんの曲と、イノワーの雨が教えてくれたような気もしている。

最後にコチマのテントで見かけた気がしたのは、気のせいだったのだろうか。。
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英国王のスピーチ

2011-05-23 02:24:29 | Weblog
久しぶりに、レビューを書いてみようかなという気になる「良作」でした。

最後に心の中で拍手を送り、「素晴らしい」と思わず呟いてしまったくらい。
最後の字幕、「○○と○○は、その後も生涯を通じて良き友人であった」が、
お互いの呼称になっているところまで、1分たりとも無駄がない。

“吃音を直すまでの物語”というだけで、
ここまで人間にとって大事なことが描かれた温かな作品になるとは―。
冒頭の録音されたレコードを聴くシーンから、先は読めてるのに、ずっと涙ふきふき見てましたw


■コリン・ファースは最初の演説と最後の演説の時の目が違う。その演技も素晴らしかったけど、
 私はやっぱ、ジェフリー・ラッシュが大好きなのです、「シャイン」の時から。

 国王を一人の人間として奥深くまで見つめる温かな眼差し。
 少しずつ王が心を開き、立場を超えた対等な関係となっていく過程が、温かくて素晴らしい。

 その過程に、歌を聴かせたり歌わせたりという、音楽を用いた手法がとられるのも音楽好きとしては嬉しいし、
 ファック!キン○○!オッパイ!とか、最高ですwww

 「人は人によって救われる」ということを改めて感じたし、
 「そんな救う側の人間も一人の人間で、苦悩したり支えられて生きている」ということも感じました。

 彼が、王を怒らせてしまい「しくじった…」と凹んだり、余計なことを言ってしまって信頼を失いかけたり、
 なにより資格をとってないことがバレたり、2人の関係も紆余曲折。救う側だって完璧じゃない。
 だからこそ、心を打つのです。


■そして女性としては、やはり“2人の妻”が気になるところ。

 一人はもちろん、ヘレナ・ボナム・カーター。
 彼女演じる妻が、王位を継ぐプレシャーに苦しむ旦那の肩を抱き、
 「なんて素敵な吃音、幸せになれそう って思ったから結婚したのよ」というのは、最高の言葉ですよね。
 こんな言葉を言える女性になりたい(>▽<)!!
 立場は逆だけど、「ぐるりのこと」の「何で私といるの?-好きだからだよ」という、
 あのシーンと並ぶ、最高の“ラブシーン”だと思います。

 そしてもう一人。さり気にいい人だなと思ったのが、ジェフリー・ラッシュの奥さん!
 言いすぎてしまった…と呟く旦那に対し、確信をつく言葉を放ち、謝ってみたらと促します。
 そして、旦那の患者が国王だった!と知った時の、あの表情♪
 「あなた、すごいじゃない☆」と愛おしく尊敬の眼差しで旦那を見つめ、旦那もニヤリ。ステキな関係☆


■彼が吃音になった背景も、とても興味深いというか、少し自分にも重ね合わせてしまう内容でした。

 エリートな父親、母親からの期待、ウチの兄も左利きを治そうとされているし、妹は…だし(※)。。

 そして私も、病気・コンプレックス・自信のなさから仕事や恋愛でも苦労したり、
 最近たまにお世話になるカウンセラーさんとかにも感謝しなきゃなと思いました。。


■で、私が一番この映画で感じたのは、「愚直」に生きることの大切さです。

 最近、自分の中で、「愚直」って言葉、なんかいいな♪ってテーマになっていて…。
 高橋優の「福笑い」を聴いた時から、歌詞に出てくるこの言葉が心に引っ掛かったのです。
 で、新部長が今の部署にいた時に読んでた啓発本が会社に一杯あって(それだけ病む仕事なのです…)
 ふと手にとった本の副題も「胸を張って愚直に生きてみないか」―。
 だから、この映画も「愚直」というキーワードで、私の中でトライアングルのように響いたというか。

 やっぱり、国王の愚直な人柄が見えるから、周囲も力になりたいと思ったのだろうし、
 厳格な父親も、本当は弟の彼にこそその素質があることを見抜いてたんですよね…
 だからこそ、なぜ吃音なんだ!とお父さんも苛立ってしまったんだろうし。。
 
 そして、最後の演説シーン。流暢な演説で人々を扇動するヒトラーの登場で戦争に国民が怯える時だったからこそ、
 あのような彼の人間性と愚直な演説が人々の胸を打ったのだろうなと…。

 私も、不器用で人にうまく伝わらなくて、その反動でつい好きな人にはやり過ぎちゃったり…上手くいかない人生だけど、
 それでも真っ直ぐにひたむきに、周りの人に感謝して、いつか伝わると信じて、生きていくしかないのかなと。。
 そうやって少しずつ自分に自信が持てて、人に認められ、幸せにできるようになれたらいいなと思うのです。


…という訳で、
実は金曜夜、「みんなに私、気持ち悪がられてないだろうか…」と不安に陥ってしまったり、
昨日は「もっと優しく、相手のこと考えてあげられてたらなぁ」とふと涙したりしてしまったのだけど、
今日はいい涙を流せたかな、という感じの週末でした。


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福島 ボランティア&お花見の旅(滝桜篇)

2011-05-14 19:52:43 | Weblog
すいません…GW予定入れすぎて、その後この1週間気分が重くなっちゃって、
まぁでもそんな中、諸々GWご一緒した皆さんに写真を送ってあげたりなんかしてて毎日が過ぎて…

気付けば東北の桜の季節も終わっちゃったのに、
福島の旅の最後を「シメ」てないことに気付きました(汗)

=========================================================

ささっとダイジェスト。
花見山にすっかり感動した後、ぶらり電車に揺られ郡山に移動。
電車やバスの本数が少ないので、最後の目的地「三春の滝桜」まで、タクってしまうことに…。
と、花見山の時はあんなに晴れた花見日和だったのに、
どんどん怪しくなる雲行き…そして、雨。そして、渋滞。。。

例年よりはだいぶ少ないとはいえ、それでも滝桜に着くまで1時間!もかかってしまいました。
なんとか日没前にたどり着けてよかった~!

やっと見えてきたところで、運転士さんが、
「じゃあ、おっちゃん待ってるから、ゆっくり見てきな」というわけで、憧れの滝桜様とご対面。
またまた、「わ~!!」と、一人声を上げてしまいました(感嘆)。

東京ではまず、1本の桜を愛でるという機会がないのですが、
滝桜は、不思議と周りに何も無い丘のような場所に、堂々とたたずんでいるのです。
本当に、絵のような景色というか、ちょっと神様っぽい存在感があるというか。

で、近づいていくと降り注ぐかのような垂れっぷり。そして、小さな小さなお賽銭箱が。
福島と日本と皆の幸せを願って、手を合わせました。

それから、少し離れてしばし鑑賞。さらに、横に廻るとまた違った表情を見せてくれます。夕暮れ時とあいまって美しい。
なんだか、その場を離れたくなくて…ずっと見ていたい気分になってしまって、
そんな体験は初めてで、やっぱり人を惹きつけて止まないオーラがあるなあと佇んでしまいました。

で、写真撮ったりでトータル50分くらい居ちゃったかなあ…(汗)
やばい、おっちゃん待ってる!っと慌ててタクシーに戻ると、
おっっちゃんが余裕で待っててくれましたw

さらに、「地蔵桜も見てくかね。メーター止めとくから」と言って、サービスで地蔵桜にも寄ってくれたのです☆
こちらは、梅のような赤い色をしていて、これはこれで趣があるというか、なんだか和の情緒がある桜でした。

そして、駅まですっ飛ばした後、「なんかあったらこれ渡しとくから」と名刺をくれた運転士さん。
ありがとう。旅の良さって、こういう現地の人との出会いにある。
おじさんにも、お礼の気持ちと滝桜の写真を、井上雄彦さんの義援金ポストカードで送っちゃったw

で、本当は最後に「福島の円盤餃子」なるものを食べて帰りたかったのですが、
駅近のお店がやってなくて断念。ゆったり新幹線で帰りましたとさ、という大充実の旅でした。

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帰ってからも、壮大なレポートを会社用に書いて報告して、
お土産話したり、現地でお世話になった人にお礼状を書いたり、
そんなんして、今だにこの旅のことはひきずっているというか、
私の中では現在進行形で、より福島のこと、他の被災地のこと、ボランティアや支援活動が
身近なものとして気になるようになったし、正直また行ってもいいかな~なんて気もしています。

いわきでは雨で瓦礫撤去・清掃作業をお手伝いできなかったし、
GW終わって人足りてないようだし、仙台や岩手にも行ってもいいかもとも思うし。


■正直、被災地に行くことに対しては色んな意見・反応があります。

私自身、生死の危険と背中合わせという恐怖感というか覚悟めいたものもあったし、
人から見たら変に思われるかなとか、親や会社の人にもなかなか言いずらかったりしたし、
素人が中途半端にしかできないならかえって迷惑じゃないかとか、
報道という名目を使って結局見に行きたいだけじゃないかとか、色んな葛藤がありました。

■帰ってきてからも、色んな反応を感じます。

某部長が「ままどおる」を食べてくれなかったのは軽くショックだったけど、
まあ、「放射能持って帰ってきたんじゃないの、この子」的に見る人も悲しいけど、いるでしょう。
東北にゆかりのある人ほど、逆にうかつには行けない雰囲気があるようだし、
ゆかりのない人間だからこそ、あまり深く考えず動くことができたのかもしれません。
また、GWの「ボランティアブーム」的な盛り上がりには批判的な声もあります。
確かに観光気分で安易に行くような場所ではないし、安全な内地に行ってもニーズがなかったり、
炊き出しみたいな明るいイメージで行くと、一番のメインは泥だらけの瓦礫撤去作業だったりするし。
結局、ボランティアという名目で、自己実現の場になっているのではという厳しい言葉も受けました。

■でも、理由は人それぞれでいいのでは、という気もしています。

私の場合、行きたかった元彼の故郷が被災してしまった。こんなときだからこそ、
福島の地を目にして、観光を通して、皆にも素晴らしさを伝え、復興支援をしてあげたい。
でもそれだけじゃ申し訳ないから、少しの時間でも何かできるボランティアに参加したい…
出発点はそんなごく個人的な感情でした。正直、元彼の事がなかったら、ここまで被災地に胸を痛めることも、
実際に赴くことも、なかったのではと思います。…でも、それでいいんじゃないでしょうか?
ヤナイさんは、「岩手や仙台も被災してるのに、福島のことだけを歌うことに批判的な声もある。
でも、それぞれが自分にとって思い入れのある場所を想う。それでいいんじゃないか」ということを言っていました。

■そして、「まずは行ってみる」でもいいんじゃないでしょうか。

確かに、下調べもせず、「こんなことをしてあげたい」という、こちら側だけの勝手な思いだけで行くと、
例えば、物資は余りまくっていたり、被災地のニーズに合わないこともあります。
でも、それは行ってみて初めて、気付けることだったりもします。
初めから気にしていては、何もできません。まずは行ってみる、やってみる、
そこから現地のニーズを知って、今度はよりニーズに沿ったことをやってみる…
そうやって支援する側も学んでいけばいいんじゃないでしょうか。

ウチの会社でも、色んな支援活動や報道体制に取り組んでいますが、実際に事前に現地に行った人はごくわずかです。
正直、下見もせずに避難所訪問を決めたり、送り先も決めずに物資集めをするのには疑問を感じます。
結局は、“やってる感”を出したいだけじゃないの、という気もします。
一回まずは行ってみて、何が必要か、目で見て耳で聞いて、それから行動に移すべきじゃないのかな、と。

そしてメディアの人間だったら、自分の目で見ておこうというという衝動はあってもいいんじゃないでしょうか。
家族を持つとしょうがないのかもだけど、疎開させるとか、水を買いだめしたりとかしている社員がいると、
なんだかな…と複雑な気持ちになりました。
自分の身を守ることも大事だけど、自分の仕事・会社を通して何ができるかを、
メディアの人間だけでなく、もっと一人一人が積極的に考えていってもいいのではと思いました。

■で、最終的に自己実現だっていいじゃない。

まあ、私の場合、いま心が弱っているので、皆が震災で家路に急ぐ時、
自分には守る人がいない、守ってあげたい人の側にもいれないと、孤独を感じました。
実際、震災を機に、結婚願望を募らせる人が増える一方で、鬱になる人も増えているようです。

でも、病院でボランティアに行ってきたことを報告すると、先生から
「いいじゃない、どんどんまた行ってきなさい」と言われました。
田中実や上原美優も、「何もできない」と言ってないで、実際に行ってみたら、何か違っていたかもしれません。
被災地を、そんな非被災者の自己実現の場にしてもらっちゃ困る…
という見方もあるでしょうが、そうやって支援する側も何かを受け取って帰れるなら、
それは間接的に、日本を元気にし、被災地を元気にすることに繋がるのではないでしょうか。



・・・と、さくっと終わらすつもりが、長々と熱く書いてしまいました。
要は、一言でいえば、「みんなも現地行ってみるといいよ」ってことと、「福島は良いとこだよ」っていうことです。


ボランティアは、必要でない所に人が集中する一方で、
必要な所にうまく人が廻っていないのではという気もしますし、
ボランティアをうまく活用するための、職員や専門家、体制が足りていないのではとも思います。

どんどんクールビズ・節電といった自分たちの生活に目がいって被災地のことは薄れていくかと思いますが、
まだまだ長い時間がかかります。

もしも気持ちがある人は、観光でも、ボランティアでも、自分にできる形でいいと思うので、
現地に行ってみるのもよいのでは…と思いました。 
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福島 ボランティア&お花見の旅(花見山篇)

2011-05-04 15:04:26 | Weblog
相馬を見た後、ちょっと戻りが混んでいて12時頃、福島駅に到着。

駅前でお互いの局の報道椀章を付けて記念撮影。
…なんてやっていたら、「あ、松野さんだ!」とOさん。
振り向くと、アノ、ゴージャス松野さんが。。
「サンジャポの取材だったんですよ。夜もTVでるんで宜しく」
と松野氏が去っていった後、「お知り合いなんですか??」と聞くと、
「ん、全然!!」…って、おーい(爆)。Oさん恐るべし。。


お世話になりまくったOさんにお礼&お別れをし、
さあ、ここからはいよいよ念願のお花見一人旅。

福島のガイドブックを見た時から、“桃源郷”と呼ばれる花見山の写真と、
日本三大桜の一つ、滝桜の美しさに目を奪われ、
行くならこの時期に!!…とずっと想ってきたのでした。
その景色を遂に見れると思うと、ドキドキしてきてしまいました。

まずは、福島駅から車で20分くらいの場所にある
「花見山」に向かいます。バスが合わず、
タクシーで向かいながら、「お~」と声をあげる私ww。
叙所に見えてくるカラフルな花々の景色に、テンションあがりまくりです。
ここは、桜だけでなく数十種類もの花々が一斉に咲くので、
とってもカラフルで鮮やかな、見たことも無い光景が広がっているのです。

通常は30万人!もの人が訪れる場所だそうですが、
今年はまったくだとか…それでも、美しく咲く花々を見ようと
訪れた人がぞろぞろと歩いています。

私もタクシーを折り、小高い山を一時間のちょっとした山登り。
登れば登るほど、花々の美しい光景が広がり、
眼下に福島市の街並みを見渡すことができます。
もう、一人でも声をあげずにはいられないという感じで、本当に感動でした。

そして、頂上から福島市を見下ろした時には、
涙が溢れてしまいました。
とても、とても、美しい光景でした。

瓦礫の山を見た後だからこそ、その美しさはとてもありがたいものに感じました。
震災があろうと、なかろうと、福島はとても美しい場所です。
ぜひ、全国の人に、この場所を知ってほしいと思いました。

→ ラスト!滝桜篇に続く
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福島 ボランティア&お花見の旅(相馬篇)

2011-05-03 15:29:15 | Weblog
福島レポートに戻ります。

2日目早朝、7:45。約束どおり、現地FMのO部長が会社の車で
ホテル前まで迎えに来てくれました。感謝、感謝。

ここから約2時間のドライブがスタート!

車窓から見える山々と農村風景は本当に美しく、
福島っていいところだな~と改めて思いました。

で、あとちょっとで相馬というところまで来て、
前日の疲れ&親との電話で夜も余り眠れず…つい申し訳ないと思いつつウトウト。

ふと目を開くと、


…そこは、瓦礫の山でした。。


普通の美しい風景から一変、
ある所まで行くと自衛隊によって交通整理がされていて、
報道椀章を見せて立ち入り禁止区域に入ると、
ぱったりと、何もない土砂だけの光景になってしまうのです。

新しい家だけがポツンと残っていて周りは何もなかったり、
道路の左を見ればのどかな風景なのに、右側を見ると壊滅状態…とか、
波の来たところ、来ていないところでここまで差があるのかという、
運命の境目のような光景を目にし、ただただ絶句でした。

ニュースでよく見た船が転がっている光景は至る所にありました。
中にはこんな大きな船までも…という船がデーンと車道に転がって波の威力を感じたり。
また、アルバムを取り出した形跡、ぐしゃぐしゃになった車やベビーカー…
一体ここでどんなことがあったのか…思いを馳せずにはいられませんでした。

そして、地元の人が特にショックを受けているのが、
日本百景の一つ・松川浦。ここはガイドブックにも載っていて、
釣り、潮干狩り・海水浴などが楽しめる風光明媚な観光地だったそうです。
漁港としても有名で、海産物特売所があったのですが、そこはすっかり荒れ果てていました。
また、FMの方が取材に行ったばかりという
いちご狩りセンターは、空しく看板だけが形跡として残っていました。。

私は元を見ていないだけに、
もはや跡形もなさすぎてどんな場所だったのかもわからないのですが、
元の光景を知っている地元の人たちにとってのショックは、さらに大きいことと思います。

正直、復興にはかなりの時間を要するなという印象を受けました。


ただ、被害地をちょっと外れれば全く無事というのが津浪被害現場の特徴。
被害の少ない南相馬では、1千年余りの歴史を誇る毎年恒例の伝統行事「相馬野馬追」が
今年も7月23~25日に開催されるそうです!これは地元民にとっては明るいニュースかと。


先日、会社の支援活動担当が群馬の避難所を訪れたのですが、
そこは相馬からの避難者が多かったようです。
不思議なご縁を感じつつ…彼らがまた美しい故郷に戻れる日を願ってやみません。


※写真はmixiの友人のみに公開させて頂いています。
 ご親類などが被害に合われた方にはショッキングかもしれませんが、
 ご覧になりたい方はそちらからどうぞ。
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KAN×昭和音大管弦楽団 

2011-05-02 00:26:25 | Weblog
福島レポートもずっと続くと飽きるかと思いますので、
ここでちょっと箸休め(←って、KANさんに怒られそうだけどw)

GW前半戦最終日の本日は、ほとんど乗ったことのない小田急線に揺られ、
新百合丘にて、KANさんと昭和音大の皆さんの共演コンサートを見てきました☆

いや~いい企画でした。「音楽家」KANさんの新たな一面を見たという感じ。
本人も言ってたけど、内容的には、
「KANの題名のない音楽会」にすればよかったのに…という感じ。

残念ながら(?)衣装は普通の燕尾服でしたが、
「男子!女子!眼鏡!コンタクト!裸眼!ショッカー(ビーム!)←これ加わったの最近??」
などはいつも通り交えつつ、いつも以上におしゃべりがロングな、楽しいコンサートでした。

<前半>

・まゆみ 色々迷ったけど、登壇したKANさんの笑顔を久々に生でみたら
     ほっこりしちゃって、で、ストリングスをバックに奏でられたこの曲で、
     やっぱり来て良かった~と自然と涙が出ちゃいました。。

・キリギリス
・香港SAYONARA
・月海
     それぞれ管弦楽団の聴き所解説を交えつつ、KANさんの楽曲から。
     ストリングスアレンジが映える、割とマニアックな選曲。

・世界の国歌 4曲

     ここが、意外や意外、超面白かったのです~本人は解説するだけで、
     何もしないんだけど(笑)。

     KANさんの趣味は、
     「旅、料理、写真、コッカ!」(爆笑)というくらい、
     実は国歌マニアで、ラジオでもコーナーを作ったりしてたそうなのです。
   
     で、「みんな大好きタジキスタン!」とか言わされながらw、
     非常にマニアックな国々の国歌が演奏されていくワケです。

     要は、KANちゃんの個人的趣味に付き合わされる、管弦楽団の皆様(苦笑)

     しかし、こうしてシミジミ聴くと、なるほど国歌って面白い!

     そして、「国歌クイズでPON!」のお時間と称された4曲目、
     とっても素敵な国歌が演奏された後、客席と国当てクイズ。
     可愛いお嬢ちゃんたちが「イギリスー」とか言う度に、
     「正解にしちゃおっかな~おじさん、ウィリアム王子に似てるでしょ」とか
     デレデレのKANちゃんでしたが、正解は「イメージ」!!!
     要は、KANちゃんによるオリジナルだったのでした。ある意味、天才!

・世界のチンゴゴ

     前半最後は、ギターの学生さん2人をフィーチャーしての「チンゴゴ」。
     アップフロントの「美勇伝」のDVDのために書き下ろしたという、
     “ゴンチチ風”の楽曲。だから、チンゴゴww。


 ここで20分の休憩。入り口で、走ってきたヨースケ@HOME風の人を見かけた気が…


<後半>

 後半冒頭、すぐ近くの2階席正面にいる大林宣彦監督夫妻が紹介されて、おー!!
 実は、この後演奏された組曲は、1987年に大林宣彦監督の依頼で
「大連・尾道友港都市博覧会」向け短編映画「夢の花・大連幻視行」のために
作ったものだったのだそう。という訳で、監督の前で、
 KANさんのピアノと管弦楽団により、下記の楽曲が披露されたのでした。

・組曲「夢の花 大連幻視行」
  貴和子のテーマ/愛子のテーマ/工場と住宅地/夢の花 大連幻視行
特に4曲目は、いい曲でした☆


・Au Revoir Paris
そして、ここからがハイライト。私が今回一番楽しみだったのがこの曲。
 前回のツアーでも披露されていなかったようですが、ホントはこの企画を見越して
 取っておいたのでは??というくらい、オーケストラで聴くと圧巻♪な楽曲。

・愛は勝つ
 続けざまに演奏されたのが、もう何回聴いたかわからないこの曲。
 が、今まで聴いた愛勝つの中で一番よかった…もう号泣。。
 途中、第九が盛り込まれるアレンジで、オーケストラによる圧倒的な迫力で、
 この曲の生命力が伝わってきて、涙が止まりませんでした。

・小学三年生
 本編最後はこの曲。JAZZテイストが管弦楽団にぴったりで、
 楽しい雰囲気での大団円となりました。

・世界で一番好きな人
 すぐさま(笑)アンコールで、シメはしっとりこの曲。
 休憩含め3時間の、あっという間のステージでした。


とにかく、お疲れ様と言いたいのは、KANさんと共に、昭和音大の学生の皆さんですね。
おそらくKANさんをほぼ知らない世代であろう彼らが、
この日のために共に一生懸命練習してきたんだろうな~というのは、
以前くるりが吹奏楽部と共演する企画を仕事で体験したことがあるので、想像がつくわけで。。

「信太郎ちゃん」こと、指揮者の先生もとてもチャーミングな方で
(KANさんとの掛け合いも最高w)、この企画は企画で、
シリーズ公演的に続けていってもいいのでは…と思ってしまいましたw
(甲子園的にメンバーは代々変わっていくのだけど)

オーケストラとの共演コンサートというのは、
割と多くのアーティストがやっていますが、
あえて有名な楽団ではなく学生さんとの共演を選んだところに、
KANさんの人柄と温かさを感じる、とてもよいコンサートでした☆  完(KAN) ☆
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福島ボランティア&お花見の旅(郡山篇)

2011-05-01 11:47:57 | Weblog
郡山まで高速バスで1時間半(とにかく福島は車がないと大変!!)。
16時に郡山着。いわきは人がいなくて街全体静まり返ってたけど、さすが、郡山は都会だ!

しかし、前日に電話してあったFM局の方と連絡がつかず…
三春の滝桜に行っちゃおうかなと迷うも、電車なさすぎ…。
とりあえず、系列のFM局さんがどこにあるのか見てみよう、
人がいれば携帯番号間違えてないか確認できるし…
と、FM局さんのモダンな社屋へ。と、運よく相馬を視察して戻ってきたという、
営業の方と外で出くわし、事情を話すと社内に案内してくれました。
で、土曜日も出勤し、がんばっている現地の系列局の皆さんと面会。
あー、ラジオってどこも頑張ってるんだなぁ、繋がってるんだなぁと実感。
しかし、肝心の方とは結局連絡つかず…そしたら、現場にいた営業部長さんらが、
行く予定だった避難所「ビックパレットふくしま」に、じゃあ行きましょう!と
案内してくれることになりました・・・ありがたや、ありがたや。


(2)避難所② ビックパレットふくしま(郡山市内)訪問<原発地域避難者>
   http://www.big-palette.jp/

■巨大避難所と化したイベント施設(約2000人収用)のこの場所は、
 菅総理や東電社長が訪れた、例の場所です。

 こちらで暮らすのは、いわきと違って、原発地域の各地から避難させられてきた人々なので、
 皆知り合いなどではなく、よりピリピリとした重苦しい雰囲気が漂っています。

行方不明者の張り紙や、公衆電話で電話をかける様子など、心が痛む光景もある一方、
プライベート空間が無い現状を鑑み、
大学生ボランティアが仕切りのある部屋を準備し出していたり、
喫茶店経営者の避難者が避難所内でカフェをオープンした…
などの明るいニュースもでてきているそうです。

■各社マスコミの取材対応もしているスタッフの方にお話を伺いました。

 <運営スタッフからの提言>
「ここは知らない人同士なので、和気藹々とした雰囲気がない。
 まずは避難者同士が話をすることが大事。先日、足湯のボランティアがきて、
 足湯をキッカケに自然に会話ができる機会を提供していた。歌やイベントなどの活動も、
 イベント広場で行われている。読み聞かせはNPOの学習ボランティアなどが既に行ってはいるが、
 ちょっとした有名人が来たりすると、明るくなるのでは。」

 「原発地域だけは復興が進まず、時が止まっている感じ。県外に避難した人たちも
 “孤独感”と“情報”に飢えている。県外避難者と県内避難者を繋ぐ、被災地同士を繋ぐなど、
  何か横のつながりを作ってあげることがラジオを通してできないか」

 「物資は余る程あるが、食べ物にバラエティが欲しくなってくる頃。
  久しく包丁を握っていない…という奥さんたちもたくさんいる。
  炊き出しに頼っていると、いつまでも受身で、活力が失われてしまう。 
  “支援者によって、かえって被災者意識を生み出されてしまうのが問題”。
  例えば、巨大のりまきを皆で作り、避難所同士でそれを競おう!など、
  人が集まっているからこそできることがあるし、
  一緒に作ろう!やろう!チャレンジしよう!という企画があるといい」

…と、かなり企画のヒントになるお話を伺えました。

特に「県外にバラバラになった人たちの心をつなぐ」、
  「避難所の人たちも一緒になって何かにチャレンジする」というのは、
  今までになかった重要な視点で、明るく温かいラジオらしい企画に繋がるのではと思っています。

===================================================================

■そして、宿泊場所のドーミーイン郡山へ。
ビジネスホテル風ですが、炭酸泉の大浴場、インターネットに漫画コーナー、
そして食堂では無料(!)の夜鳴きそばサービスと、かなり“使える”ホテルでした☆

で、荷物を置いて喜多方ラーメンでも食べよ~と外へ。
いまのうち、お土産も買っとこと、いまやアンテナショップでも品切れの、
三万石「ままどおる」、柏屋の「薄皮饅頭」、かんのやの「家伝ゆべし」を買い込む。
(ゆべし、初めて食べましたが美味しいですね!
 こんなに美味しいものいっぱい、なんていいところなの~♪)

…と、余震にも気付かず(苦笑)買い物に夢中になっていると、携帯が。
例の元々会う予定だった編成部長さんが、すいませ~んと電話をくれたのでした。

■で、せっかくだから、ご飯しましょうという流れに。

土曜夜の居酒屋はどこも、新歓コンパとおぼしき若者でいっぱい。
実はいわきや相馬よりも郡山の方が放射能の数値は高いそうですが、
「もうみんなあきらめてますからw」なんつって、マスクもつけず、
みんな元気にくらしていました。

そうそう、我が局から配信の「猪苗代湖ズ」は、
コンビ二やTVCMでも流れている騒ぎで、
もはや県内で知らない人はいないそう。
現地でACの広告も見ましたが、現地で見ると、
「なんだかな~」という感じがしてしまい、
猪苗代の方が現地の人の心にFITするんだろうなと思いました。

…、で部長さんとお話するうちに、
「だったら相馬の津浪被害地を見ておいた方がいい」という話になり、
なんと、早朝から会社の車で案内してくださるという話に・・(汗)

夕飯はご馳走になっちゃうわ、通常は立ち入り禁止の、
しかも車がないと絶対間に合う移動は無理な相馬にまで行けてしまうとは…
いわきのボランティアの人たちといい、FM局の皆さんといい、
ほんと、私は旅先での出会いには恵まれるんだよな~
としみじみ感謝しきりの夜でした。

※とはいえ、親に連絡しそびれててバレて大変だった(汗)
※写真は、井上雄彦さんの寄付金ハガキを使って書いた、
 避難所やお世話になった人たちへの手紙。少しでも励みになるといいな。
 帰京してからもふと、避難所の人たちどうしてるかな?と思い出したりしています。。

→相馬篇へつづく
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福島 ボランティア&お花見の旅(いわき篇)

2011-04-30 23:56:05 | Weblog
4月23日(土)24日(日)、福島県を一人旅してきました。

元々、訪れることのできなかった元彼の故郷という思い入れもあり、
滝桜と花見山の見頃の頃に「フラガール」の聖地
スパリゾートハワイアンズに泊まりながら行ってこよう!と思っていたのです。
が、震災が起こり、逆にそんな時だからこそ福島を観光支援すべく行ってあげたい、
さらに、お花見だけも申し訳ないのでボランティアでも…と調べてみたところ、
訪れるはずだったハワイアンズ(震災で休館)のある、
いわき市の災害ボランティアセンターが、県外からでも可能な時間でどうぞ、
という雰囲気だったので、参加する決心をしました。
(※交通の便が不安で郡山も問い合わせのですが、
 中通りはボランティアのニーズがもうあまりないようです)

とはいえ、親にも反対されると思ってなかなか言えず、
前日は震度5弱の余震、当日は雨で土砂崩れの危険と、
正直、半分死ぬ覚悟なところはありました。。まぁ福島に骨を埋めるなら本望よ、なんて。
朝7時東京駅発。緊張しながら高速バスで一人、最初の目的地いわきに向かったのです。


(1) いわき市災害救援ボランティアセンター(いわき市社会福祉協議会内)
→避難所① 江名小学校体育館<津波被害者>訪問
 http://www.iwaki-shakyo.com/saigaiborasen.html

■いわきのボランティアセンターは、毎日朝9時~13時当日受付け。県外・個人参加可。
 晴天時は瓦礫撤去作業等ですが、私が行った日は雨天のため避難所訪問等屋内作業でした。
 毎日平均200名前後の人が全国から参加 (うち6割はリピーター)。センターのスタッフも、
 佐賀、千葉など各地の社団法人等から駆けつけた方々で、
 受付(保険申し込み)~オリエン~訪問先決定までが約10分と、非常に円滑な体制が整っています。

<ボランティアのシステム>
受付けした人から数人ごとに簡単なオリエンを受けます。
ここで、「頑張って下さい」は禁句、写真は許可を取らない限りNGなどの、注意を受けました。
その後、待機しているとすぐにどんどん、ボランティア依頼の連絡が入ります。
参加者は自発的に参加したい場所に手を挙げ、数人でグループを組んで訪問先に車で向かいます。
私は「小学校」と聞いて、即座に挙手!東京在住の女性と、その同僚米国人男性、
その息子&友人という国際的な面々と共に、ある意味楽しく参加させて頂きました。
スタッフは同行せず、現地にもおらず、運転から現地作業まで、全て自己責任の世界です(汗)!

■私が訪れた江名小学校は、150名くらいの津波被害の方々が、体育館の避難所で暮らしています。
物資は、体育館のステージに山積み状態。仕切りは一切なく、各世帯ごとに、毛布を敷いて、
布団など物資を取り囲むように置いて生活。週刊ジャンプなどが置かれた漫画コーナーがあり、
子供たちは送られたおもちゃなどで遊んでいます。学校には避難所から通い始めていますが、
なかなか授業が成り立たなかったり、子供が黒板を消してしまう…などの
精神的ストレスが現れているようです。初めは緊張しましたが、
こちらから「こんにちは」と積極的に声を掛けることで、徐々に心を開いてくれます。
センターの相談窓口が書かれたチラシを配りながら、
一世帯ずつニーズを伺うという活動をしました。

<避難者の声>
・子供の勉強の遅れが心配。
 教科書ベースで定期的に教えに来てくれる家庭教師サービスが欲しい。
 避難所にいると、さぼってしまい、なかなか勉強しない。
・お風呂が週1、洗濯もコインランドリーまで行かなければいけない。
・新しい家がなかなか決まらない。不動産屋さんに来て欲しい。
 家が決まっても、モノが全くないので、新しい家が決まった後の布団など、生活用品が課題。
・自宅の障子張り、片付けを手伝って欲しい。
・TVが避難所に1台、ラジオは持っている人だけがイヤホンで聴いている状態で電池も不足。
 震災当初はいわきの情報が全くなく、情報不足に困った。ラジオは、もっとあればありがたい。
・子供たちに聞いた、あってほしいもの―「おもしろいこと!」

 一番やんちゃな男の子が、校庭で「見てみてー」というから何かと思えば、
 おたまじゃくしwww。数週間前にも東京で同じことが。。
 さらに、麦チョコをずっと食べてる大人しい女の子が、
 私が声をかけるとしきりに私に麦チョコをくれようとするのに、胸が詰まりました。
 私は大丈夫だよ・・・こんな時でも子供って一緒に触れ合いたいんだなって。

★昼には水戸から来た炊き出し隊が現れ、皆さんと一緒にカレーを食。
 更に、小名浜から別のボランティアが小学生のチアリーディングを連れて来訪。
 その時にリーダーの女性がこんなことを言っていました。

 「そろそろ炊き出しに頼らず、避難所の方々が
  自発的に調理をしていくような体制になるよう薦めているんですが、
  ここはそれが機能していないんですよ…」

 一瞬、放任的な言葉のように感じましたが、実はこれが非常に重要な視点であることを、
 後に「ビックパレット福島」の職員の方のお話で知ることとなりました・・・

■帰り際に、会社でやっている「よみきかせ」企画ができるかについて
 数人の方にヒアリング。
・避難所の区長さんは、実施に関してはどうぞ…という感じでしたが、
 収録取材が入る等に関しては抵抗がある様子。。
 長崎のNPO団体も、読み聞かせの申し出に来訪していたようで、
 こうした所と組むのもアリかもしれません。
・ボランティアセンター長さんは、パックンマックンも訪問し、いわきFMが取材に入ったという 中央東台南小学校がこの周辺だと良いのではと教えてくれました。
・最後に、災害対策本部福というより上層の組織にもご挨拶。
 しっかりと皆さんと名刺交換をして、会社に持ち帰りました。


本当は避難所内の写真も撮ってきたかったですが、さすがにカメラを向けられませんでしたね。。
一緒にボランティアした仲間は、小名浜の津浪被害現場を見に行くというので、
かなり気になるも、郡山で現地のラジオ局の方とお会いできたら…と連絡をとってあったので、
移動することに。外人さんが一生懸命バスに間に合うように駅まで送ってくれて、
同世代とおぼしき日本人女性は彼女の会社のモチーフという「一期一会」と書かれた
帽子を別れ際に私にくれました。また東京で会いたいな・・・

→郡山篇につづく
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