色んなものがそうであるように、本にも“読むべき時”というのがあるような気がする。
ふらっと入った本屋の文庫フェア売り場で、ふと手に取ったのがこの本だった。
裏表紙のあらすじとあとがきをさらっと読んで、“いま”自分が読むべき本であるように感じた。
白石さんは「ほかならぬ人へ」を読んだことはあったが、今回は女性目線の物語で、
よくこれだけ女性の気持ちがわかるな~という内容(終盤の出産シーンなど号泣モノ)に、終始涙が止まらなかった。
物語は4章立てで、29歳~40歳までの「亜紀」の人生を描く。
■1章「雪の手紙」
元恋人・康と、自分の会社の後輩・亜理紗の結婚を知り、式に出るか迷うところから話は始まる。
亜紀は、2年前に康からのプロポーズを受けながら結婚に踏み切れなかった過去を振り返る。
途中で登場する亜紀の母親の言葉。
「料理というのは、自分や自分の愛する人たちを守るとても大切な手段なのよ」
「旦那さんを立てるのは大切だけど、妻というものは、かしずいたり、へりくだったりする必要なんてないのよ。
男は競走馬で女はその乗り手なの。たてがみにしがみついてるだけじゃ、そのうち振り落とされちゃうのよ。
手綱をしっかり握って、上手に馬を操る技術と度胸が一番大事なんだから」
―残念ながら、私の母は、こんな大事なことを教えてくれなかったな…と思う。
そして亜紀は、一度だけ訪れた彼の故郷・新潟の母から受け取った手紙を読み返す。
「亜紀さん。選べなかった未来、選ばなかった未来はどこにもないのです。未来など何一つ決まってはいません。
しかし、だからこそ、私たち女性にとって一つ一つの選択が運命なのです。私とあなたは運命を共にするものと
信じていました。(中略)女性はそうやって運命を紡ぎながら生きていくのです。世界中の女性が一つ一つの
決定的な運命に自らの身を委ね、この世界を創り出していく。私たち女性はそのことに誇りと自信を持たなくては
なりません。私には、私からあなたへとつづく運命がはっきりと見えました。」
亜紀は激しく後悔する。どうしてあの時この手紙を最後まで読まなかったのか。だが、もはや何もかも手遅れなのだ。
失った未来を取り戻すことは誰にもできはしない。―亜紀は泣きながら式場を後にする。
亜紀は下町・両国出身で、康は雪国・新潟出身。私は彼からのプロポーズを断るどころか逆な立場だし、
彼の故郷や母親を見ることはできなかったが、30歳目前にして大きな運命を逃してしまったことを後悔する…
その気持ちは痛いほど自分と重なるところがあり、早くも涙せずにはいれなかった。
■2章「黄葉の手紙」
33歳。福岡に赴任した亜紀は、年下の男性・純平と出会う。同じマンションに住む中学生カップル明日香と達哉との
交流を交えつつ穏やかな日々が続く。が、彼との結婚を考え始めていたある日、
純平が明日香を車の事故に巻き込んでしまう悲劇が起こる。その時の純平の突発的な自己中心的一言に傷つき、
亜紀は彼とも別れてしまう。しかし、東京に戻った亜紀は、明日香から手紙で献身的に看病にきていた純平の姿を知る。
「運命を信じるって、決して、あきらめたり我慢したりすることばかりじゃないでしょう?
大切なのは、悲しい出来事を乗り越えて、そんな出来事よりももっと大きな運命みたいなものを
受け入れることなんだと思います。それを教えてくれたのは純平君だったんだと私も達哉も信じているのです。
純平君のことを嫌いにならないでください」-亜紀はまた一つ、運命を逃してしまったことに涙する。
■3章「雷鳴の手紙」
34歳。亜紀の弟・雅人の妻・沙織が、持病の心臓病で妊娠をしながら30歳で母子共に亡くなる。
精神のバランスを崩す雅人の姿が、なんだか今の自分と重なる。そして、彼の同僚で、
過去に元旦那を浮気相手に奪われた経験を持つ、まどかのキャラクターが私は好きだ。
「私ね、むかし先輩に怒られたことがあるんです。お前みたいにいつまでも後悔したり反省したりくよくよしたりするくらいなら、
ただじっと我慢して、思い通りにならないから人生なんだって自分に言い聞かせた方がずっとマシだぞって。
自分が無力だってことを思い知るのが人生の基本だ。そしてその基本にわずかでも別の何かを付け加えていくのが
生きることなんだって」
「自分の気持ちというのは、どんなに頑張っても理解されないことがあるんだなって。そして、妻である女が、
“私だって”と言うしかなくなったらもう終わりだなって。人と人との縁はこんなふうに切れるんだ、と思いました」
やがて、再生した雅人が新しい妻と再婚する。
「結婚できない女性が不幸なのではなく、ほんとうに不幸なのは出産できない女性なのかもしれない」
亜紀自信も微妙な年頃を迎え、子供を産めずに死んだ沙織に思いを馳せる。実に女性の心理をついた一言だ。
そんな中、沙織が最期に残した手紙を目にする。
「どうか、哀しまないでください。私は長年の望みを叶えられたのです。命懸けであなたを愛することができたのです。
私はあなとと出会い、あなたと一緒に生きることができて幸福でした」
―幸せとは、愛するとは、生きるとは、号泣必至の手紙である。
■4章「愛する人の声」
37歳。肺がんを煩い妻と離婚した康と再会する。お互いの10年間抱えてきた想いをやりとりする往復書簡。。
「ある人だけが与え続ける関係はおかしい。ある人だけが与えられ続ける関係もやっぱりおかしい。
互いが与え与えられることで、それぞれ固有の命を実りあるものにしてこそ、真実の人間関係なのだと僕は思います」
「運命というのは、たとえ瞬時に察知したとしても受け入れるだけでは足りず、めぐり合ったそれを我が手に掴み取り、
必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなるのだ」
キャリア女性であった亜紀は、自分との別れを期に煙草を吸い始め肺がんになった彼を気遣い、
仕事をやめて彼を支えることを決心する。40歳を目前にした穏やかな結婚生活。
彼の肺がんの再発の心配がなくなったと同時に、自身の妊娠を知る。
妊娠を知った後の夫婦のやりとり(妊娠がわかった日の喜びや一緒にお風呂に入るシーンなど)が実に温かく羨ましい。
友人の郷美が語る。「子供ってほんとに凄いんだよ。私みたいなエゴの固まりがさ、自分のことはどうでもいいから、
娘が元気に育ってくれればいいって心底思ってるんだから。所詮、人間なんて、自分の夢や希望を実現するのが
一番の望みなんかじゃなくて、その夢や希望を誰かに託す方がずっと満足できるのかもしれない。」
そしていよいよ迎えた出産の日。無事高齢出産を終えて愛しい我が子を抱いた亜紀。が、愛する康の姿がない。
新潟での用事を済ませ、安産祈願の神社に立ち寄ってから妻の元へ向かおうとした矢先、
新潟地震が起こり、酒蔵を営む実家の大蔵の瓦礫の下敷きになってしまったのだ。―読者を襲う絶望感。
悲しみに暮れる中、新潟で祭りが行われる。
康は、「僕が死んだら白い馬になって会いに行くよ」とつぶやいていた。
亜紀は以前、母の言葉の影響か、白い馬に乗って荒野を走る夢を見たことがあった。
思わず外に出ると、祭りの行列の中で、白い馬が、亜紀をじっとみつめていた――(完)
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ついつい、あまりに素晴らしかったので、あらすじを全部書いてしまった。
これから読む人には申し訳ないが、わかっていても十分泣けるかと思うので、ぜひ一読をお薦めしたい。
往復書簡だけで描かれる私の大好きな作品・宮本輝の「錦繍」しかり、手紙が節々で重要な役割を果たしているのもいい。
もちろん私は、亜紀のように運命と思えた彼と再び人生を共にすることは難しいであろうことはわかっているし、
別の運命の人とめぐり合えるのかも、その運命をちゃんと掴み取ることができるのかも、
そして子供を産むことができるのかもわからない。それでも、この大きな運命を逃してしまった絶望感と戦っている今、
この物語は、運命とは、人生とは、生とは死とは、幸せとは、女性とは…様々な示唆を私にあたえてくれる。
(あとがきより)
「人生は自分自身の意志で切り開く」「運命という存在に身を任せ、あるがままを受け入れていく」その狭間で、亜紀は揺れ動く。
人は自らの意志で自分の人生を選びとることができるのだろうか。自分に最適な人生の選択肢とは。将来に何が起こるのか。――
ふらっと入った本屋の文庫フェア売り場で、ふと手に取ったのがこの本だった。
裏表紙のあらすじとあとがきをさらっと読んで、“いま”自分が読むべき本であるように感じた。
白石さんは「ほかならぬ人へ」を読んだことはあったが、今回は女性目線の物語で、
よくこれだけ女性の気持ちがわかるな~という内容(終盤の出産シーンなど号泣モノ)に、終始涙が止まらなかった。
物語は4章立てで、29歳~40歳までの「亜紀」の人生を描く。
■1章「雪の手紙」
元恋人・康と、自分の会社の後輩・亜理紗の結婚を知り、式に出るか迷うところから話は始まる。
亜紀は、2年前に康からのプロポーズを受けながら結婚に踏み切れなかった過去を振り返る。
途中で登場する亜紀の母親の言葉。
「料理というのは、自分や自分の愛する人たちを守るとても大切な手段なのよ」
「旦那さんを立てるのは大切だけど、妻というものは、かしずいたり、へりくだったりする必要なんてないのよ。
男は競走馬で女はその乗り手なの。たてがみにしがみついてるだけじゃ、そのうち振り落とされちゃうのよ。
手綱をしっかり握って、上手に馬を操る技術と度胸が一番大事なんだから」
―残念ながら、私の母は、こんな大事なことを教えてくれなかったな…と思う。
そして亜紀は、一度だけ訪れた彼の故郷・新潟の母から受け取った手紙を読み返す。
「亜紀さん。選べなかった未来、選ばなかった未来はどこにもないのです。未来など何一つ決まってはいません。
しかし、だからこそ、私たち女性にとって一つ一つの選択が運命なのです。私とあなたは運命を共にするものと
信じていました。(中略)女性はそうやって運命を紡ぎながら生きていくのです。世界中の女性が一つ一つの
決定的な運命に自らの身を委ね、この世界を創り出していく。私たち女性はそのことに誇りと自信を持たなくては
なりません。私には、私からあなたへとつづく運命がはっきりと見えました。」
亜紀は激しく後悔する。どうしてあの時この手紙を最後まで読まなかったのか。だが、もはや何もかも手遅れなのだ。
失った未来を取り戻すことは誰にもできはしない。―亜紀は泣きながら式場を後にする。
亜紀は下町・両国出身で、康は雪国・新潟出身。私は彼からのプロポーズを断るどころか逆な立場だし、
彼の故郷や母親を見ることはできなかったが、30歳目前にして大きな運命を逃してしまったことを後悔する…
その気持ちは痛いほど自分と重なるところがあり、早くも涙せずにはいれなかった。
■2章「黄葉の手紙」
33歳。福岡に赴任した亜紀は、年下の男性・純平と出会う。同じマンションに住む中学生カップル明日香と達哉との
交流を交えつつ穏やかな日々が続く。が、彼との結婚を考え始めていたある日、
純平が明日香を車の事故に巻き込んでしまう悲劇が起こる。その時の純平の突発的な自己中心的一言に傷つき、
亜紀は彼とも別れてしまう。しかし、東京に戻った亜紀は、明日香から手紙で献身的に看病にきていた純平の姿を知る。
「運命を信じるって、決して、あきらめたり我慢したりすることばかりじゃないでしょう?
大切なのは、悲しい出来事を乗り越えて、そんな出来事よりももっと大きな運命みたいなものを
受け入れることなんだと思います。それを教えてくれたのは純平君だったんだと私も達哉も信じているのです。
純平君のことを嫌いにならないでください」-亜紀はまた一つ、運命を逃してしまったことに涙する。
■3章「雷鳴の手紙」
34歳。亜紀の弟・雅人の妻・沙織が、持病の心臓病で妊娠をしながら30歳で母子共に亡くなる。
精神のバランスを崩す雅人の姿が、なんだか今の自分と重なる。そして、彼の同僚で、
過去に元旦那を浮気相手に奪われた経験を持つ、まどかのキャラクターが私は好きだ。
「私ね、むかし先輩に怒られたことがあるんです。お前みたいにいつまでも後悔したり反省したりくよくよしたりするくらいなら、
ただじっと我慢して、思い通りにならないから人生なんだって自分に言い聞かせた方がずっとマシだぞって。
自分が無力だってことを思い知るのが人生の基本だ。そしてその基本にわずかでも別の何かを付け加えていくのが
生きることなんだって」
「自分の気持ちというのは、どんなに頑張っても理解されないことがあるんだなって。そして、妻である女が、
“私だって”と言うしかなくなったらもう終わりだなって。人と人との縁はこんなふうに切れるんだ、と思いました」
やがて、再生した雅人が新しい妻と再婚する。
「結婚できない女性が不幸なのではなく、ほんとうに不幸なのは出産できない女性なのかもしれない」
亜紀自信も微妙な年頃を迎え、子供を産めずに死んだ沙織に思いを馳せる。実に女性の心理をついた一言だ。
そんな中、沙織が最期に残した手紙を目にする。
「どうか、哀しまないでください。私は長年の望みを叶えられたのです。命懸けであなたを愛することができたのです。
私はあなとと出会い、あなたと一緒に生きることができて幸福でした」
―幸せとは、愛するとは、生きるとは、号泣必至の手紙である。
■4章「愛する人の声」
37歳。肺がんを煩い妻と離婚した康と再会する。お互いの10年間抱えてきた想いをやりとりする往復書簡。。
「ある人だけが与え続ける関係はおかしい。ある人だけが与えられ続ける関係もやっぱりおかしい。
互いが与え与えられることで、それぞれ固有の命を実りあるものにしてこそ、真実の人間関係なのだと僕は思います」
「運命というのは、たとえ瞬時に察知したとしても受け入れるだけでは足りず、めぐり合ったそれを我が手に掴み取り、
必死の思いで守り通してこそ初めて自らのものとなるのだ」
キャリア女性であった亜紀は、自分との別れを期に煙草を吸い始め肺がんになった彼を気遣い、
仕事をやめて彼を支えることを決心する。40歳を目前にした穏やかな結婚生活。
彼の肺がんの再発の心配がなくなったと同時に、自身の妊娠を知る。
妊娠を知った後の夫婦のやりとり(妊娠がわかった日の喜びや一緒にお風呂に入るシーンなど)が実に温かく羨ましい。
友人の郷美が語る。「子供ってほんとに凄いんだよ。私みたいなエゴの固まりがさ、自分のことはどうでもいいから、
娘が元気に育ってくれればいいって心底思ってるんだから。所詮、人間なんて、自分の夢や希望を実現するのが
一番の望みなんかじゃなくて、その夢や希望を誰かに託す方がずっと満足できるのかもしれない。」
そしていよいよ迎えた出産の日。無事高齢出産を終えて愛しい我が子を抱いた亜紀。が、愛する康の姿がない。
新潟での用事を済ませ、安産祈願の神社に立ち寄ってから妻の元へ向かおうとした矢先、
新潟地震が起こり、酒蔵を営む実家の大蔵の瓦礫の下敷きになってしまったのだ。―読者を襲う絶望感。
悲しみに暮れる中、新潟で祭りが行われる。
康は、「僕が死んだら白い馬になって会いに行くよ」とつぶやいていた。
亜紀は以前、母の言葉の影響か、白い馬に乗って荒野を走る夢を見たことがあった。
思わず外に出ると、祭りの行列の中で、白い馬が、亜紀をじっとみつめていた――(完)
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ついつい、あまりに素晴らしかったので、あらすじを全部書いてしまった。
これから読む人には申し訳ないが、わかっていても十分泣けるかと思うので、ぜひ一読をお薦めしたい。
往復書簡だけで描かれる私の大好きな作品・宮本輝の「錦繍」しかり、手紙が節々で重要な役割を果たしているのもいい。
もちろん私は、亜紀のように運命と思えた彼と再び人生を共にすることは難しいであろうことはわかっているし、
別の運命の人とめぐり合えるのかも、その運命をちゃんと掴み取ることができるのかも、
そして子供を産むことができるのかもわからない。それでも、この大きな運命を逃してしまった絶望感と戦っている今、
この物語は、運命とは、人生とは、生とは死とは、幸せとは、女性とは…様々な示唆を私にあたえてくれる。
(あとがきより)
「人生は自分自身の意志で切り開く」「運命という存在に身を任せ、あるがままを受け入れていく」その狭間で、亜紀は揺れ動く。
人は自らの意志で自分の人生を選びとることができるのだろうか。自分に最適な人生の選択肢とは。将来に何が起こるのか。――