現在自動車を取り巻く環境はエコであったり脱石油燃料が主流になりつつある。
同じガソリン車でも燃費効率を高めたりと、エコでなければ売れないと言われるほど状況は大きく変化してきた。
こうした流れというのはある意味当然というか、CO2削減とか環境問題の意味からも避けられないであろう。
しかし低燃費車が増えてはいるものの、それ以前の車は未だに走っているし、圧倒的に多いのも事実。ほとんどの車が置き換えられるのにはこれまたかなりの年月がかかると思われる。
仮に今から車を購入するとした場合、ます考えるのはハイブリッド車か通常のガソリン車か。電気自動車とかクリーンディーゼル車もあるが前者の選択のほうが圧倒的に大いに違いない。
今ではハイブリッド車の価格もこなれてきたので買いやすくはなっているし、実際相当出回っている。ここでちょっと過去を振り返ってみたい。
何かというと、ハイブリッド車が登場する以前の選択として、当然ガソリン車かディーゼル車しかないのでデザインで選ぶケースがほとんどだった。
4ドア、2ドア、3ドア、ハッチバック、クーペ、ハードトップなど、以前は当たり前のように飛び交っていた言葉が今ではほとんど聞かれない。
今の若者にハードトップとはなんぞやと聞いたらどれほどの人がわかるだろうか。
車の形態以前にエコであるかそうでないかという選択が優先された結果なのだろう。
こうした流れがスポーツ車の減少に拍車をかけた。
実際に売られているエコ車の形態のほとんどはセダンもしくは4ドアタイプだ。
3ドアタイプもわずかに存在する程度だ。
現在は少しづつ見直されてはいるものの、これまでどれほどのスポーツ車が消えた事か。
今後ハイブリッドや電気自動車の普及が一段落すれば、低燃費のスポーツ車が登場すると確信しているが、もう少し時間はかかるだろう。
バブル以降の経済の衰退はこうした部分にも大きく影響を与え、利益の見込めないものは容赦なくカットされてきた。車に限らずオートバイもそうであり他にもこうしたバリエーションの減少化は進んできた。
今後脱石油の傾向はさらに進んでいくだろうし、車の形態もさらに変化してきかもしれない。10年後にはセグウェイのようなものが通勤の足になっているかもしれない。
皆が同じような車を選択するのはある意味効率的かもしれないが、そこには選択の自由とか趣味性という人間にとって大事なものが失われている気がする。
極論を言えば、効率と人間性とか趣味性は相反するものと思っている。
曖昧な部分とか一見不必要な部分というものは決して効率的ではないが人が生きている中では大事な部分だ。
話が少しずれてきたかもしれないが、車が単なる移動手段だけではなく、遊びの部分が失われないように願いたい。
個人的にはセリカの復刻を願う今日この頃です。
---end
同じガソリン車でも燃費効率を高めたりと、エコでなければ売れないと言われるほど状況は大きく変化してきた。
こうした流れというのはある意味当然というか、CO2削減とか環境問題の意味からも避けられないであろう。
しかし低燃費車が増えてはいるものの、それ以前の車は未だに走っているし、圧倒的に多いのも事実。ほとんどの車が置き換えられるのにはこれまたかなりの年月がかかると思われる。
仮に今から車を購入するとした場合、ます考えるのはハイブリッド車か通常のガソリン車か。電気自動車とかクリーンディーゼル車もあるが前者の選択のほうが圧倒的に大いに違いない。
今ではハイブリッド車の価格もこなれてきたので買いやすくはなっているし、実際相当出回っている。ここでちょっと過去を振り返ってみたい。
何かというと、ハイブリッド車が登場する以前の選択として、当然ガソリン車かディーゼル車しかないのでデザインで選ぶケースがほとんどだった。
4ドア、2ドア、3ドア、ハッチバック、クーペ、ハードトップなど、以前は当たり前のように飛び交っていた言葉が今ではほとんど聞かれない。
今の若者にハードトップとはなんぞやと聞いたらどれほどの人がわかるだろうか。
車の形態以前にエコであるかそうでないかという選択が優先された結果なのだろう。
こうした流れがスポーツ車の減少に拍車をかけた。
実際に売られているエコ車の形態のほとんどはセダンもしくは4ドアタイプだ。
3ドアタイプもわずかに存在する程度だ。
現在は少しづつ見直されてはいるものの、これまでどれほどのスポーツ車が消えた事か。
今後ハイブリッドや電気自動車の普及が一段落すれば、低燃費のスポーツ車が登場すると確信しているが、もう少し時間はかかるだろう。
バブル以降の経済の衰退はこうした部分にも大きく影響を与え、利益の見込めないものは容赦なくカットされてきた。車に限らずオートバイもそうであり他にもこうしたバリエーションの減少化は進んできた。
今後脱石油の傾向はさらに進んでいくだろうし、車の形態もさらに変化してきかもしれない。10年後にはセグウェイのようなものが通勤の足になっているかもしれない。
皆が同じような車を選択するのはある意味効率的かもしれないが、そこには選択の自由とか趣味性という人間にとって大事なものが失われている気がする。
極論を言えば、効率と人間性とか趣味性は相反するものと思っている。
曖昧な部分とか一見不必要な部分というものは決して効率的ではないが人が生きている中では大事な部分だ。
話が少しずれてきたかもしれないが、車が単なる移動手段だけではなく、遊びの部分が失われないように願いたい。
個人的にはセリカの復刻を願う今日この頃です。
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私は免許を取得して18年目ですが、選択肢に新車があった事は殆どありません(決してお金が工面出来ない、というばかりでは無く-苦笑)。
欧州ではクリーンディーゼルが主流ですが、技術的には我が国でも主流足り得た筈。なのに重いバッテリーのせいで運動性能(曲がる・止まる)の劣るハイブリッドが普及した背景には、トヨタの政治力と電気万能(原発需要の啓発)を目論む方面のタイアップ、と思わずにはいられません…。
スポーツ車の件ですが、鳴り物入りでデビューしたホンダのアレは早くも売上ダウンらしいですし、低燃費・高性能が売りのトヨタ「86」も首都圏では見かけた事すら無いです。あまりにも没個性的なデザインではスポーツ車の意味を為さないかと思うのですが。
何にせよ、海外では販売台数がのび悩む日本車も、国内の若い世代が真剣に買うか悩む位の魅力を備えて欲しいものです。
それでは更新頑張って下さい。失礼をば致します。