ありふれた日常、きらめいた永遠
「子どものころ、だれもいない運動場に残るのが好きだった。そこで亡き母のことを思い出し、父も僕も、いつかはこの世から消えると思っていた」
ジョンウォン(ハン・ソッキュ)は三十代。小さな写真館を営む、写真技師。病院に通い薬を飲んでいるが、仕事でのさまざまな客とのふれあいや、ありふれた日常を楽しみながら、日々を過ごしている。
ある日、思いがけず、知人の訃報が入る。沈痛な思いで葬儀に参列した。その足で写真館にもどると、若い女性客が待っていた。タリム(シム・ウナ)は、急いで写真を現像してほしいと言う。彼は疲れていたので、後にしてほしいと答える。しかし彼女は早く現像してほしいと、フィルムを置いて立ち去った。
ジョンウォンは思いなおし、薬を飲み、仕事にとりかかった。ふと店の外に目をやると、真夏の陽射しがあふれるなか、タリムが街路樹のそばにたたずみ、現像を待っていた。彼は、さっきはごめんなさいとアイスキャンデーを届ける。彼女は受けとる、はにかむような笑みで。
後日、タリムはまた店に来た。彼に気をゆるし、たあいない話をつづける。彼女の気まぐれも、ジョンウォンは優しく受けとめる。
次に会ったのは、街の通りで。スクーターに乗った彼は、タリムとすれちがった。Uターンする。タリムは振りむかないが、戻ってくるバイクの音を背後に聞いて、笑みがこぼれる。彼女は大きな荷物をかかえて歩いていた。「レディに荷物を持たせるの?」。彼は笑う。荷物をスクーターのステップに載せ、彼女をシートの後ろに乗せた。走りながら、彼は後ろのタリムに訊く「好きな人はいるの?」。彼女は、いないと答える、「つまらない男性ばかりで」。ジョンウォンは言う「好きな人ができたら変わるさ」。
彼には、子どものころから好きだった女性がいる。しかし彼女は別の男と結婚した。男はギャンブルにのめり込み、彼女に暴力もふるっている。
里帰りしていた彼女が、ジョンウォンの写真館にやってきた。想い出話の後、訊いてくる、「どうして結婚しないの?」。彼は冗談ぽく答える「おまえを待っているんだ」。
彼女は話題を変える、「だいぶ具合が悪いんだって?」。彼は「ピンピンしてるよ」と笑顔を見せる。
彼女はジョンウォンに、彼女のむかしの写真を捨てるように頼み、去っていった。
彼は思う、「歳月は多くのものを変える」「愛もいつかは想い出に変わる」。
久しぶりに、旧友を訪ねる。飲めない酒を飲む、ジョンウォン。旧友は「何かあったのか?」と心配する。酔ったジョンウォンは「俺は死ぬんだ」ともらす、冗談として。
彼は思う、「こんなふうに酔って笑って騒げる日々が、あと何日のこっているだろう」。
飲みあるいて、彼はひどく酔った。自分のコントロールを失う。自分には関係ない会話なのに、他人の「静かにしろ」という言葉が耳に入り、激しく怒りだす。つかみかかる、「なんで俺が静かにするんだ?」。友に抑えられ、抱きしめられながらジョンウォンは「なんで静かにするんだよ――」と泣きさけぶ。
翌朝、彼の酔いはさめていた。そして、写真館のいつもの仕事に戻っていった。
タリムは駐車取締りの婦人警官。ジョンウォンは訊く、「仕事、大変じゃないの?」「まあ、なんとかね」。彼の病を知らないタリムは無邪気にたずねる、「生きてるの、楽しい?」。彼の顔から笑みが消えていく。間を置いて、かたい笑みが浮かぶ。「僕もまあ、なんとかってところかな」。
ある日、ジョンウォンは彼女を撮る。楽しく撮影が終わった。それまで素顔だったタリムは、その足で化粧品店へ行く。家に帰ると、鏡に向かう。ルージュをひいてみる。
雨の日、ジョンウォンは出先で雨宿りしていた。タリムが通りかかり、彼を見つける。会話が弾み、彼女のこころが躍る。傘に入れてあげるかわりに、「仕事が終わったら、お酒をおごって」。
二人は飲みにいく約束をし、1つの傘で歩きだす。彼は、タリムにハンカチを差しだす。傘の柄を引き取る。彼女が濡れないように、やさしく引きよせる。不慣れな彼女は、表情が止まる。無言になる。二人は肩を重ね、静かに歩みを共にする、1つの傘で。
その夜、約束の時間を過ぎても、彼女は現れない。夜遅く、店の扉が開いた。訪れたのは、葬式に使う写真を撮りにきた、老女だった。
彼は家で床に就いたが、雷雨がとどろき、眠れない。父の部屋にそっと入り、隣りに横たわる。
後日、タリムは恐るおそる写真館にやって来た。彼は笑顔で迎える、「何かあったの?」。彼女は「ただ気が進まなくて‥‥」ともらし、元気なく帰る。
先日ジョンウォンと飲んだ旧友が、友人たちに声をかけ、集まった。子どものころのように笑いあう。そして、並んで記念写真を撮る。旧友は、ジョンウォンが写真の中央に入るように、押しやる。
薬を飲みながら、彼の日常が進んでいく。
何度教えても、父親はビデオデッキの操作が覚えられない。ジョンウォンはついに腹をたててしまう。しかし一人になると、父のためにわかりやすいマニュアルをつくりはじめる。
タリムは化粧をして姿をみせる。ジョンウォンに「すごくかわいいよ」と誉められ、顔をほころばせる、彼に見えないところで。
休日、二人は遊園地に行く。屈託なく笑いあい、はしゃぎまわる。新芽が息吹くように、タリムから若々しい生命感がほとばしる。
みずみずしい陽光を浴びるように、ジョンウォンも彼女との時を楽しむ。
2つの生命のベクトルは、交わっていた。しかし、逆を向いていた――
仕事に戻った彼は、現像機のマニュアルをつくりはじめる、後のことを考えて。
世のなかが静まりかえった夜、布団を頭からかぶり、泣く。声がもれるほどに。
翌朝、彼は病院へ運びこまれる。
その頃、タリムは仕事の異動が決まった。まもなく別の地域へ行かなければならない。写真館を訪れたが、閉まっていた。いくら待っても、ジョンウォンは現れない。彼女は手紙を書いて、店の扉に差しこむ。
ところが、何日たっても店は開かない。タリムは写真館の前で立ちつくす。
ジョンウォンは病室にいた。身を起こしている彼に、妹が訊く「誰か呼びたい人は?」。彼は「いない」と、窓の外に目をやる。
タリムはクラブで踊り、気をまぎらわす。だが、ふっ切れない。化粧室で鏡に向きあうと、涙があふれだしてとまらない。
ジョンウォンは蒼白い顔とたよりない足どりで、写真館を見に帰る。そして、彼女からの手紙を見つける。
読みおえた彼は、心をこめ、彼女に返事を書く。
「愛もいつかは想い出に変わると思っていました。でも――」
ありふれた日常が過ぎゆくなかで、永遠の証のように、愛がきらめいていた。
「子どものころ、だれもいない運動場に残るのが好きだった。そこで亡き母のことを思い出し、父も僕も、いつかはこの世から消えると思っていた」
ジョンウォン(ハン・ソッキュ)は三十代。小さな写真館を営む、写真技師。病院に通い薬を飲んでいるが、仕事でのさまざまな客とのふれあいや、ありふれた日常を楽しみながら、日々を過ごしている。
ある日、思いがけず、知人の訃報が入る。沈痛な思いで葬儀に参列した。その足で写真館にもどると、若い女性客が待っていた。タリム(シム・ウナ)は、急いで写真を現像してほしいと言う。彼は疲れていたので、後にしてほしいと答える。しかし彼女は早く現像してほしいと、フィルムを置いて立ち去った。
ジョンウォンは思いなおし、薬を飲み、仕事にとりかかった。ふと店の外に目をやると、真夏の陽射しがあふれるなか、タリムが街路樹のそばにたたずみ、現像を待っていた。彼は、さっきはごめんなさいとアイスキャンデーを届ける。彼女は受けとる、はにかむような笑みで。
後日、タリムはまた店に来た。彼に気をゆるし、たあいない話をつづける。彼女の気まぐれも、ジョンウォンは優しく受けとめる。
次に会ったのは、街の通りで。スクーターに乗った彼は、タリムとすれちがった。Uターンする。タリムは振りむかないが、戻ってくるバイクの音を背後に聞いて、笑みがこぼれる。彼女は大きな荷物をかかえて歩いていた。「レディに荷物を持たせるの?」。彼は笑う。荷物をスクーターのステップに載せ、彼女をシートの後ろに乗せた。走りながら、彼は後ろのタリムに訊く「好きな人はいるの?」。彼女は、いないと答える、「つまらない男性ばかりで」。ジョンウォンは言う「好きな人ができたら変わるさ」。
彼には、子どものころから好きだった女性がいる。しかし彼女は別の男と結婚した。男はギャンブルにのめり込み、彼女に暴力もふるっている。
里帰りしていた彼女が、ジョンウォンの写真館にやってきた。想い出話の後、訊いてくる、「どうして結婚しないの?」。彼は冗談ぽく答える「おまえを待っているんだ」。
彼女は話題を変える、「だいぶ具合が悪いんだって?」。彼は「ピンピンしてるよ」と笑顔を見せる。
彼女はジョンウォンに、彼女のむかしの写真を捨てるように頼み、去っていった。
彼は思う、「歳月は多くのものを変える」「愛もいつかは想い出に変わる」。
久しぶりに、旧友を訪ねる。飲めない酒を飲む、ジョンウォン。旧友は「何かあったのか?」と心配する。酔ったジョンウォンは「俺は死ぬんだ」ともらす、冗談として。
彼は思う、「こんなふうに酔って笑って騒げる日々が、あと何日のこっているだろう」。
飲みあるいて、彼はひどく酔った。自分のコントロールを失う。自分には関係ない会話なのに、他人の「静かにしろ」という言葉が耳に入り、激しく怒りだす。つかみかかる、「なんで俺が静かにするんだ?」。友に抑えられ、抱きしめられながらジョンウォンは「なんで静かにするんだよ――」と泣きさけぶ。
翌朝、彼の酔いはさめていた。そして、写真館のいつもの仕事に戻っていった。
タリムは駐車取締りの婦人警官。ジョンウォンは訊く、「仕事、大変じゃないの?」「まあ、なんとかね」。彼の病を知らないタリムは無邪気にたずねる、「生きてるの、楽しい?」。彼の顔から笑みが消えていく。間を置いて、かたい笑みが浮かぶ。「僕もまあ、なんとかってところかな」。
ある日、ジョンウォンは彼女を撮る。楽しく撮影が終わった。それまで素顔だったタリムは、その足で化粧品店へ行く。家に帰ると、鏡に向かう。ルージュをひいてみる。
雨の日、ジョンウォンは出先で雨宿りしていた。タリムが通りかかり、彼を見つける。会話が弾み、彼女のこころが躍る。傘に入れてあげるかわりに、「仕事が終わったら、お酒をおごって」。
二人は飲みにいく約束をし、1つの傘で歩きだす。彼は、タリムにハンカチを差しだす。傘の柄を引き取る。彼女が濡れないように、やさしく引きよせる。不慣れな彼女は、表情が止まる。無言になる。二人は肩を重ね、静かに歩みを共にする、1つの傘で。
その夜、約束の時間を過ぎても、彼女は現れない。夜遅く、店の扉が開いた。訪れたのは、葬式に使う写真を撮りにきた、老女だった。
彼は家で床に就いたが、雷雨がとどろき、眠れない。父の部屋にそっと入り、隣りに横たわる。
後日、タリムは恐るおそる写真館にやって来た。彼は笑顔で迎える、「何かあったの?」。彼女は「ただ気が進まなくて‥‥」ともらし、元気なく帰る。
先日ジョンウォンと飲んだ旧友が、友人たちに声をかけ、集まった。子どものころのように笑いあう。そして、並んで記念写真を撮る。旧友は、ジョンウォンが写真の中央に入るように、押しやる。
薬を飲みながら、彼の日常が進んでいく。
何度教えても、父親はビデオデッキの操作が覚えられない。ジョンウォンはついに腹をたててしまう。しかし一人になると、父のためにわかりやすいマニュアルをつくりはじめる。
タリムは化粧をして姿をみせる。ジョンウォンに「すごくかわいいよ」と誉められ、顔をほころばせる、彼に見えないところで。
休日、二人は遊園地に行く。屈託なく笑いあい、はしゃぎまわる。新芽が息吹くように、タリムから若々しい生命感がほとばしる。
みずみずしい陽光を浴びるように、ジョンウォンも彼女との時を楽しむ。
2つの生命のベクトルは、交わっていた。しかし、逆を向いていた――
仕事に戻った彼は、現像機のマニュアルをつくりはじめる、後のことを考えて。
世のなかが静まりかえった夜、布団を頭からかぶり、泣く。声がもれるほどに。
翌朝、彼は病院へ運びこまれる。
その頃、タリムは仕事の異動が決まった。まもなく別の地域へ行かなければならない。写真館を訪れたが、閉まっていた。いくら待っても、ジョンウォンは現れない。彼女は手紙を書いて、店の扉に差しこむ。
ところが、何日たっても店は開かない。タリムは写真館の前で立ちつくす。
ジョンウォンは病室にいた。身を起こしている彼に、妹が訊く「誰か呼びたい人は?」。彼は「いない」と、窓の外に目をやる。
タリムはクラブで踊り、気をまぎらわす。だが、ふっ切れない。化粧室で鏡に向きあうと、涙があふれだしてとまらない。
ジョンウォンは蒼白い顔とたよりない足どりで、写真館を見に帰る。そして、彼女からの手紙を見つける。
読みおえた彼は、心をこめ、彼女に返事を書く。
「愛もいつかは想い出に変わると思っていました。でも――」
ありふれた日常が過ぎゆくなかで、永遠の証のように、愛がきらめいていた。
「八月のクリスマス」 ('98 韓国/97分)