創作の世界

工房しはんの描く、文字系の創作世界。

7・仲間

2014-09-14 07:56:28 | 日記
 ついに立てなくなってへたり込むと、権現森惣一郎が太い腕でオレの首根っこをつかみ、水場まで運んでくれた。権現森は、三人きり残った新入部員のひとりだ。無口な男で、中量級レスラーのように堂々とした体躯の持ち主だ。町内に相撲好きのおっさんがいて、小、中とその人物に揉まれてきたのだという。コブコブの筋肉によろわれた上腕、そして繊維がキレキレに編み込まれた太ももは、とても同い年のものとは思えなかった。筋骨隆々の肉体をのっしのっしと揺らす姿はすでに貫禄たっぷりで、先輩たちをもタジタジとさせる。しかも、その落ち着いたたたずまいを見ただけで聡明と知れ、人間としてまるで非の打ちどころがない。権現森は同期の中で(三人しかいないが・・・)、掛け値なしに幹部候補生だった。そんなやつもまた、激しい練習で息も絶え絶えだ。なのに、数少なくなった仲間を見捨てておくことができないらしい。いつもオレの面倒をみてくれた。
「水飲んで休んだら、グラウンドに戻れよ。必ずな」
 無表情に言い放つ。そして、
「待ってるからな」
 声低くそう言い残して、再び先輩たちのケンカ祭の中に飛び込んでいく。そんな姿を見せられたら、自分ひとり逃げることなどできるわけがない。罪作りな男だった。
 また、チャラくて生意気で、まっ先にそそくさと遁走するだろうと思われたもうひとりの新入部員も、血へどを吐き、ひざをがくがくとわらわせながらも、次のダッシュをやめようとしない。チビですばしこい野生動物・才川ノリチカは、ニンゲン狩りで捕獲される際にも、先輩たちを相当に手こずらせた。その点が認められ、「犬のように足が速く、ワニのようにアゴが強く、ニワトリのようにファイトする」と絶賛された。せっかちでふるまいは粗暴だが、ひとたびボールが転がれば、本能でどこまでも追いかけていく。
「ボールを持ったら、ぜってー誰にも渡さねえ」
 ルールを理解しているんだかいないんだか、とにかく、このバカだが有用な人材は、のちに頼もしいバックスの切り札となった。
 三人は最初の数週間を、ボロ雑巾のように真っ黒に汚れ、水分の一滴も残らないまでに絞られまくって過ごした。なのに、誰もやめようとは言いださなかった。このあたりの心持ちは、オレ自身にもまったく理解不能だ。が、とにかく、つづけたいとは思わないが、やめようともついぞ言いだすことがなかった。それは、自分の他に二人がいる、という、心強さというよりは、単純な意地があったからにちがいない。まったく意味不明な情熱が、三人を突き動かしているようだった。強情っぱりなのか、ケチなプライドなのか、とにかく食らいついていく。そして、やつらがつづけている以上、オレもまたやらねばなるまい。
 オレと権現森とノリチカは、結局なぜラグビーをやっているのか?という根本を自覚しないまま、なんとなく卒業まで一緒にグラウンドをのたくった。 

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園