創作の世界

工房しはんの描く、文字系の創作世界。

4・誘拐

2014-09-09 09:04:18 | 日記
 それは誘拐事件からはじまった。
 15歳のオレは、「北国」と呼ばれる地元県の、たいして賢くもないがバカというわけでもない高校に進学した。その新入学生として登校した、まさに初日のことだ。オレはただ、放課後の校庭を意気揚々と歩いていただけなのだ。
「ふぁいとーっ!」
 突如、平安は打ち砕かれた。至近距離から発せられた出し抜けな大声が、凪いだ心の海原に逆巻く荒波を起こす。
「ぜっ」「おうっ」「ぜっ」「おうっ」「ぜっ」「おうっ」・・・
 驚いて振り向くと、そこには小山のような体躯の男たちがいた。こちらを取り囲むように隊伍を展開している。恐怖に凍りつく新入生の細長い背中は、見る間に巨大な肉塊に吸収された。
「ふぁいとー、ぜっ」「おうっ」「ぜっ」「おうっ」「ぜっ」「おうっ」・・・
 密集にくるまれて行く手をさえぎられ、身動きがとれない。男たちは一様に太い横シマのシャツを着ている。そのむくつけき風貌と相まって、集団脱走した囚人を連想させる。
 不意に、肩をつつかれた。
「ほれ、おめーも声ださんかい」
 オサと見られる男が、汗臭い顔を突きつけ、要求してくる。
「オ・・・オレがですか?」
「そうだよ、あたりめーだろ。ふぁいとーっ!ぜっ!・・・ほれっ」
 バカな。そんな恥ずかしいマネができるものか。しかし、ワナの網は巧妙に張られている。
 確かに、いつもぼんやりと過ごしている。優等生というわけではないが、勉強はそこそこでき、かっこ悪くはないと思うが、とりたててイケメンというわけでもなく、スポーツなど特にしたこともなく、画を描くことだけが特技。常に周囲と同化して、出るクイにならないように生きてきたつもりだ。なのに、これはどうしたことだ?
「おい、どうした。声だせよ」
 大男はなおも執拗に求めてくる。声を出せば気がすむのだろうか?戸惑いつつも、従ってみた。
「お、おう・・・」
「へー、いいじゃない、いいじゃない」
 するとやつらは、満足げな笑みを口元に浮かべはじめた。集団に吸収されたオレは、行きたい道をそれ、誘導されるがままに足を運ばされていく。
 やつらが人さらいだと気づいたのは、校舎から離れたわびしい掘っ建て小屋に拉致された後のことだった。連れ込まれたのは、「ラグビー部」と書きなぐった看板が掲げられた一室だ。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園