創作の世界

工房しはんの描く、文字系の創作世界。

2・グラウンド

2014-09-02 16:33:29 | 日記
 奇妙な光景だ。魔法の動きをする楕円球は、人間を野生に帰らせる。ただでさえ野人に近いラグビー部員たちは、不規則なバウンドに本能をかき立てられ、毛糸玉を追うネコのようにじゃれかかっていく。いとおしい、バカそのものの姿だ。ボールはひろわれ、放り投げられ、大切にかかえられ、また乱暴に蹴飛ばされて、やがて仲間たちの間で手渡されながらゴールエリアに運ばれる。
「トラ~イ!」
 春空に響くやんやの歓声。変わらない。わが母校のラグビー部は、伝統的に、毎年こうして始動するのだ。その日があらかじめ決められているわけではない。なんとなくみんながグラウンドに集まった日が、その年のスタート日だ。桜と同じだ。いい陽気で、いい風が吹いて、ほわんと気分さえよければ、それが花をほころばせるその日なのだ。
 三人並んでグラウンド脇に立っていると、ちょうど足下に革張りのボールが転がってきた。ぼろぼろに使い込まれて、ヤスリにかけられたようなボールだ。
「すいませーん。取ってくださーい」
「おーっ」
 履き慣れない革靴で、グラウンドに向かって蹴り込む。が、ボールはあさっての方向に飛んでいき、竹薮に消えていった。
「わりーわりー」
 背後で、からから、く、く、く、と笑い声が聞こえる。ずいぶんボールにも触っていないのだ。しょうがないだろう。ここを卒業した後、東京の美大でデザインの勉強をし、今はデザイン事務所で図面を引いている。一日の大半がパソコン仕事だ。不摂生と運動不足の27歳。もうあんな「ケガ覚悟のガチのおしくらまんじゅう」はムリだ。いや、ゴメンだ、と言ったほうがいい。むしろ、よくもあんなバカバカしいケズリ合いをしていたものだ、と不思議にさえ思う。仲間がいなかったら、きっとすぐにやめていたにちがいない。
 黒スーツを脱ぎ、ネクタイをはずした。乾いた芝生に寝転がってみる。隣の二人も、並んで横になった。
「川の字だな」
 あはは、と、両脇から力のない笑い声があがる。あの頃もよくこうして並んで寝そべり、抜けそうな青空に見入ったものだった。そう、「四人」で。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園