創作の世界

工房しはんの描く、文字系の創作世界。

10・レギュラー

2014-11-12 11:08:07 | 日記
 次々にポジションと名前が発表される。オレは6番のはずだ。6番、6番、6・・・
「6番、左フランカー、義靖!」
「うわあっ!はいっ!」
 呼ばれるべきところで本当に自分の名前が呼ばれ、あわてて前に進み出る。背中に縫い込まれた「6」のゼッケンを上にして、きれいに折りたたまれたジャージーが、目の前に差し出される。キャプテンの手から受け取り、押し頂くと、なぜかその手が震えた。
「がんばれよ」
「は・・・はいっ」
 あの憎らしかった「誘拐集団のオサ」の毛むくじゃらな手に、肩をポンと叩かれる。と、不意に落涙しそうになった。数人のマネージャーたちは、夕暮れの薄闇の中にたたずみ、パラパラと拍手を送ってくれる。ふと、いろはと目が合った。こちらに向かって、うん、うん、とうなずいている。ふと、まつ毛の奥がきらきらと光っているような気がした。まさか、あいつも泣いているらしかった。
「14番、右ウイング、ノリチカ!」
 ノリチカは肩を打ち震わせて泣きじゃくっている。ぬぐってもぬぐっても、涙が止まらない。鼻水までちろちろと出たり入ったりしている。「レギュラー」という形の責任をしょって、誰もが心に熱いものをたぎらせていた。
 最後に、顧問のノボちゃんが挨拶をする。
「ま、15人ちょっきりしかいないから、全員レギュラーってのははじめから決まってんだけどな」
 あっはっは、と全員で大笑いをした。毎年のお約束となったシメの言葉らしい。オレも笑った。権現森も、ノリチカも、そしていろはも。あたりまえのことがあたりまえに行われただけだった。ただ、だからといって、胸にこもった熱いものが散逸することはなかった。
 その夜は、背中がむずむずと疼いて眠れなかった。部屋の壁にハンガーで吊るされた、ゼッケン6のウルトラマンカラーのジャージーが熱源だ。その放射を浴びると、血がたぎり、肩が、足が、ヘソのあたりが熱を帯び、異様な高ぶりを覚えさせられた。一刻もはやく試合をおっぱじめたい気分だ。布団の中で肩に触れると、入部からまだひと月だというのに、結構な筋肉がついている。その硬い感触に、体内に自信が満ちた。さらに、自信が闘争心を焚きつける。タックルをかますシーンを想像した。凶暴な敵は、ぱたり、ぱたり、とサンドバッグ同様に倒れてくれる。オレはやつらからボールを奪い、フィールドを風のように駆け抜ける。まぶたの裏に映る自分は、すばらしく身軽に、よどみなく、かっこよく動きまわった。そして、なぜかいろはが出てきた。ベンチから黄色い声援を送ってくれている。からだがますます熱くなる。朝が待ち遠しかった。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園

9・サンドバッグ

2014-11-11 11:37:58 | 日記
 入ってからわかったことだが、わがラグビー部はまったくの弱小チームだった。ここ数年間、ただの一勝もできていない、というのだ。県下にはラグビー部を持つ高校が三校しかない。一校は強豪の北商で、毎年の花園行きを確約されている。わが校は、残るザコ校である栄帝高校・通称「エテ高」にターゲットを絞り、悲願の初勝利を目指していた。
 タックル用のサンドバッグは、エテ高の紫紺のジャージーを着させられていた。それはチーム全員の炎のようなアタックにさらされて、いつもボロボロだ。相撲畑の権現森などは、見ているこっちの身も凍りつくほどの勢いで突進し、そいつにぶちかます。勇猛で鳴らす先輩たちまでが見惚れる破壊力だ。ノリチカも負けじと、回転数全開の脚力にものを言わせて、あり得ない低さから獲物に近づき、からだをからめてなぎ倒す。その剽悍な動きは、まさに野生動物だ。
「くそー・・・ようし・・・」
 負けてはいられない。オレもまた、サンドバッグの紫紺めがけて殺気立ったタックルをかます。が、敵は、ぽすーっ、と空気をもらし、ゆらゆら~ぱたーん、と倒れる。
「あははっ」
 周囲から笑いが起きる。まだまだ頼りないタックルだ。それでも一千回立ち上がって、そんなアタックを反復する。そうして紫紺に向かって細い肩先を突き刺すうちに、いつしか心の底に敵意のようなものが醸成されていく。これも洗脳教育の一環なのかもしれない。戦士はこうして、否応無しに闘気を身にまとっていくのだった。
 そんな頃、マネージャーとなったいろはは、ポンコツの二槽式洗濯機をガタガタいわせて、シャボンまみれになっていた。試合用のジャージーを洗っているのだ。洗われたジャージーは、グラウンドのバックネットの網目にそでを通して干される。赤とグレーの横シマの、まるでウルトラマンのような配色だ。しかし、それが十五着並んで青空にはためく光景は、壮観だった。
「1番、プロップ、権現森!」
 伝統にのっとり、シーズン最初の試合前日に、ポジションの発表式が行われた。暮れなずむグラウンド。代々受け継がれたジャージーが、きれいにたたんで用意されている。
「はいっ」
 キャプテンから、まずはゼッケン1を獲得した権現森にジャージーが手渡された。授与の所作は異様に権威付けされ、格式張っている。権現森はジャージーを押し頂き、深々と頭を下げている。うやうやしくて、まどろっこしくて、まるで軍隊のようだ。
「権現森、よくがんばったな」
「ありがとうございます」
 この突進怪人は、敵との最前線であるフロントローをまかされた。イカツイわりになかなか端整なつくりの顔が、くしゅっとゆがんでいる。無口なこの男なりの、喜びの噛みしめ方らしい。

東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園