「後藤奇壹の湖國浪漫風土記」に、ようこそおいでくださいました
さて今回は滋賀に梅より遅く桜より早い(笑)春の到来を告げる花、ハナノキについてのお話をいたしたいと存じます。皆さん、“ハナノキ”という花木をご存知でしょうか?
「花が咲く木なら、みんな“ハナノキ”なんじゃないの?」と言われればそれで終わりになってしまいますので、もう少し説明させてくださいまし(*^_^*)
日本固有種の花木で、何と自生しているのは長野・愛知・岐阜・滋賀の僅か4県のみ。とても希少な植物で、環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。また愛知県の県木にもなっているのです。
ただ最近は栽培技術が発達し、街路樹としてや公園の花木としても植栽されるようになっています。
樹高はおおむね20m。カエデ科に属する落葉樹で、花期は3~4月。
新芽が出る前に赤い花を付けるという珍しい性質を持っていますが、短命で1週間程で散ってしまうため、見頃を捉えるのは相当難しいようです。また秋は秋で葉が紅葉&黄葉し、とても風情ある光景を見せてくれます。
そして滋賀は、このハナノキの巨木の自生最西端に当るのです。
東近江市北花沢町/南花沢町の国道307号沿いに、自生樹の中でも特に有名なハナノキの巨木があります。
「北花沢のハナノキ」は樹高17m・樹幹周囲3m。樹齢は約250年と言われています。こちらはまだ比較的若い木です。
対して八幡神社境内にある「南花沢のハナノキ」は大樹としての貫録十分!
樹高21m・樹幹周囲5m、樹齢は約450年と言われ、こちらは平成2(1990)年に大阪・鶴見緑地で開催された「花と緑の博覧会」の事業として企画された『新日本名木100選』にも選ばれています。
・・・と言いたいところですが、去る2010年8月4日。
国内で最も太い主幹を誇っていた南花沢のハナノキでしたが、空洞化による樹勢の衰えにより、残念ながら倒壊してしまいました。幸い若い幹は残り延命措置が施されているほか、主幹の一部も境内で大切に保存されています。
未だ大正天皇が皇太子であらせられた明治43(1910)年。滋賀を訪問された際、このハナノキにいたく興味を抱かれたそうです。そこで翌年10月、地元から苗木2鉢が皇室へ献上されました。これが縁となったかは定かではありませんが、共に大正10(1921)年3月3日に国の天然記念物に指定されています。
さて南花沢のハナノキが自生する八幡神社には、江戸時代中期の享保5(1720)年に奉納された『当社八幡宮竝花木記(とうしゃはちまんぐうへいかもくき)』という文献が残っています。これにはこのようなお話が書かれています。
聖徳太子が未だ厩戸皇子(うまやどのみこ)と称していた頃のことです。
河内國(現在の大阪府)に四天王寺(してんのうじ)を創建するにあたり、蘇我馬子(そがのうまこ)に命じてこの近江國で瓦の土の選定並びに生産を命じていました。現在、東近江市にある箕作山(みつくりやま)にある瓦屋禅寺(かわらやぜんじ)がその拠点であったと伝えられています。
皇子はそこから遥か遠くの山を眺めていました。すると東方にある高い山に不思議な光明を見付けました。近習の者にその山の名を尋ねると、「それは釈迦山です」と教えられます。
早速その光明の源を辿っていくと、何とそれは杉の霊木だったのです。皇子は立木のままの杉に十一面観世音菩薩を彫り、これを中心として東西南北の4つの谷に分けて300の堂塔を建立しました。
これが湖東三山の1つ、百済寺(ひゃくさいじ)の創建であると伝えられています。
百済寺の造営を終えた皇子は大和國・小墾田宮(おはりだのみや)への帰り道。2人の家来を連れ近くのとある村を訪れ休憩をとります。
南北に分かれたまだ無名であった村に、「仏法が末長く隆盛するなら、この木も成長するであろう」と皇子は霊木を一株ずつ植えました。そして村を「花沢村と命名し、2人の家来をそれぞれの村の領主として住まわせたそうです。
また『近江名所案内記』や『淡海木間攫(おうみこのまざらえ)』では、皇子が昼の弁当を食べた際に使用していた2本の箸をそれぞれに差したものであるとしています。
さて2つの村に植えられたこの霊木ですが、誰も名前を知りません。春になると葉の新芽が出るよりも先に花は咲かせるのですが、実はなりません。そこで村人たちはこれを“ハナノキ”と呼ぶようになったのだそうです。
ただ前述しました両方のハナノキの樹齢から考えますと、伝説と現実には約950~1150年のギャップが発生します。
事の真偽はともかく、近郷の人々からは葉一枚すらここから持ち出さず、代々尊い存在として崇められているのです。
この記事を公開する頃には、ちらほらと花は咲き始めていることでしょう(この冬はとても寒かったのでちょっぴり心配ですが…)。梅や桜の前に、是非不思議な“ハナノキ”の花見をおススメいたします(^^)
また秋の紅葉シーズンも違った趣が堪能できます。モミジとはまた異なる“メープルっぽい”紅葉をお楽しみください。
今回の記事編集に写真をご提供いただきました滋賀県庁広報課様。この場を借りまして厚く御礼申し上げます。