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白山廃寺と国見山廃寺から平泉中尊寺へ「古代東北における塔と伽藍」(12/1)

2012年12月04日 | 北上市イベント情報

2012年12月1日(土)、日本現代詩歌文学館にて北上シンポジウム「白山廃寺と国見山廃寺から平泉中尊寺へ 『古代東北における塔と伽藍』」が開催されました。

これは、市内黒岩地区にかつて存在していたとされる白山廃寺の意味を問い直し、また国見山廃寺から世界遺産中尊寺へと続く古代東北仏教史について考えることを目的として、古代東北仏教史研究会の主催により開催されたものです。

 

シンポジウムは盛岡市教育委員会 八木 光則 氏の司会により進行し、はじめに東北学院大文学部教授 佐川正敏氏が基調報告として「古代東北寺院における塔の展開」を行い、東アジア諸国の古代寺院における『塔』の意味や様式の変遷、発掘調査事例などについて報告しました。


(東北学院大学教授 佐川 正敏 氏)

 

次に、平泉町 八重樫 忠郎氏が「白山廃寺の心礎・礎石と塔」について報告を行い、今の白山廃寺跡付近にあり、以前から地元では「鳥居の礎石」と言われていたものが実は白山廃寺が擁していた塔の「心礎」なのではないかということ、また周辺の出土遺物から、清原氏の時代のものと言われてきた白山廃寺がもっと古い時代からあったものではないかという可能性を示しました。


(平泉町役場 八重樫 忠郎 氏)

 

また、北上市立埋蔵文化財センター 杉本良氏からは「国見山廃寺の2基の塔の性格」についての報告が行われ、平泉成立以前に北上盆地の信仰の対象として栄えた国見山廃寺の概要と、その国見山廃寺の伽藍の中で仏教聖地のシンボルとしての意味を持つと考えられる2つの塔(多重塔、多宝塔)について紹介しました。


(北上市立埋蔵文化財センター 杉本 良 氏)

 

昼食をはさみ、午後からは滋賀県立大学教授 冨島義幸氏による「建築史からみた古代の塔と伽藍」の報告が行われ、古代寺院における塔の構造や建築手法、また建築学的観点からみた白山廃寺の礎石と実際の建造物の様式について見解を示しました。


(滋賀県立大学教授 冨島 義幸 氏)

 

4氏の報告が終わった後は、総括として、中尊寺仏教文化研究所 菅野成寛氏による「古代仏教史上における白山廃寺・国見山廃寺と平泉中尊寺」と題し、貞観年間に発布された太政官符による鎮守府胆沢城と白山廃寺との関連性を考え、白山廃寺が9世紀から塔を持った大きな寺院だったのではないかという説を提唱しました。


(中尊寺仏教文化研究所 菅野 成寛 氏)

 

この後に行われたシンポジウムでは、報告を行った5氏がパネラーとなり、白山廃寺の心礎と思われる礎石について各分野からの意見が提示されたほか、国見山廃寺跡の礎石群についても現状の見解に対する異説が飛び出すなど、白熱した議論が展開されました。

傍聴に訪れた参加者は、北上川東岸に栄えた古代仏教文化の歴史ロマンを感じながら熱心に聞き入っていました。

 

白山廃寺・国見山廃寺については、今後の研究や発掘調査に大きく期待がかかります。 

 


【本シンポジウムについてのお問合せ先】

古代東北仏教史研究会(中尊寺 菅野成寛氏 TEL: 0191-46-2211) 

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