とうとう大晦日も後数時間になりました。昨日のレコード大賞は主人が最後まで見て、私が思っていた通りの新人賞にジェロさん・レコード大賞にEXILEが選ばれたと聞き「ヤッパリ!」と納得したのですが。私は大掃除等で疲れ眠り込んでしまい結局何も見なかったのです。(笑)
いつの頃からか一年がアッというまに過ぎていくようになりました。今年も本当に色々なことがありましたが、T.V.で派遣切りとか解雇の情報や映像が流れるのを見るにつけて自分のことを言ってもいられません。企業も生き残るために必死なのでしょうが、この寒空の下でどんな思いで新年を迎えようとしておられるかと本当に胸が痛みます。肝心の政治家は何も見通せないし何もできない小粒揃いになってしまい、日本が壊れていっているようで恐ろしくなります。出身大学が一流ということと、政治家としての度量また人間性或は適性は全く関係ないと思ってます。簡単に「百年安心」と言われアッと言う間に駄目になる・・・これはもう漫才等のお笑いの世界です。子ども達やこれから生まれてくる大切な命に、一体どんな社会を渡そうとしているのでしょうか。対処しようと思えばどうにでも出来る立場の人達(特に政治家)に、世の中の状況が分かっていないということが日本の一番の問題点・癌でしょうね。「来年こそは」と言う前に「今出来ることをすぐに行う」ことを最優先に、正月返上で取り組む位の意気込みを政治家は特に求められています。でもそんな気配もありません。後は国民の私達一人一人が冷静に判断し、選挙ほか国を変えていくよう行動するしかないのかも知れません。
(黄金花月がやっとこんな感じで咲いています。まだまだ蕾も多いのですが。本当に清らかで美しく心が癒されます。)
競馬はしませんがNHK放送の有馬記念を見ました。ダイワスカーレットて本当に凄い牝馬ですね、雄馬を物ともせず突っ走る姿は本当に見事で最後は思わず応援していました。解説では今年は牝馬の活躍が目立った年とか。何だか現代の人間社会の男女の様子と似ているのでは・・・と思ったのですが。
TBSの世界遺産「エローラ石窟群」を見ましたが、ヒンドゥ教の神々の躍動とその素晴らしい彫刻を拝見しつつ、「洞窟の中に神々がおられる」というインド人の宗教観・神々の世界を非常に身近に感じることができました。千年以上前の踊るシバ神の彫刻の後に出てきました壁画で、この写真はT.V.の画面をデジタルカメラで撮影したものです。壁画の一部分がアップになった時に撮ったもので、全体は下に載せた写真ですがこの写真の右下のお顔です。躍動と勢いのある線、そして美しく生き生きとしたお顔、何と魅惑的なお顔でしょう。調べてみますと額に第三の目があるのがシバ神ほかヒンドゥの神々の特徴で、インドの女性が額に赤い点をつけていますがこれを「ビンディ」と言うのだそうです。「踊り(躍り)」の中に「祈り」がある・・・この言葉が心に響きました。
日本にも巫女舞(特に神話に出てきます天の岩戸の前でのアメノウネメノミコト)・「踊り念仏」・もっと身近に盆踊り等々があるのを思い浮かべつつ。
(クリスマスが終わりましたので、左サイドバーにTBS系列放送の「世界遺産」を入れてみました。いかがですか?)
(背景を大自然にしてみました。雪化粧をした切り立つ山、そして澄み切った湖、本当に美しいですね。)
高校時代はどちらかといえば姉が月刊購読をしていた世界文学全集と、姉の担任だった生物の先生に倫理学の本(例えばソクラテス・プラトン・カント・ヘーゲル等々)を進められ夢中になって読んでいました。図書館で何気なく開いた『野菊の墓』は、正直に言うとついでに読んだといった感じで、ですから詳細な背景はもうどこかに飛んでしまい、勿論「里見」という文字など頭に残りようもありませんでした。
現在私は伊藤左千夫の生家(現在の山武市)がある千葉県に住んでいます。「矢切りの渡し」も一度舟で渡りましたが、小説に出てくる市川には今私の弟が単身赴任でいます。高校時代からのこの本の印象は単純に「いじめ」と「純愛」でしたが、年齢を経て仕事上土地柄も地元の人々のものの考え方もある程度理解した上で改めてこの一冊を手にしてみると、文章やその行間に非常に豊かな味わいを見出し、時間がまだゆったり流れた時代に思いを馳せております。
(写真は黄金花月のその後です。まだまだ蕾の方が多い状態です。)
写真は大文字草「雅(みやび)の舞」で、やっと咲き始めたのが2~3日前でした。今回は後ろ側から撮ってみたのですが、本当に舞を舞っているようにも見えます。軽やかな命の「語り」がここからも聞こえてくるようです。
今日はご近所のお年寄りと二人で、東京成徳大学での『南総里見八犬伝』の語り(午後2時40分から4時迄)を聞きに行きました。柴山ゆきえさんの語りと、その語りに紺谷英和さんの三味線演奏が入るものでした。津軽三味線を全く違った感じで爪弾いて趣をそえ、それは素晴らしい感動をもたらしてくれるものでした。
言葉の持つ力とその奥深さ・味わい、たった一人の人がこんなに表現できるということの凄さと共に十二分に味わい、この物語を堪能いたしました。と言っても今日は『南総里見八犬伝』の最初の部分だけでしたが。絶世の美女「玉梓(たまずさ)」の恨みと祟り、里見義実(さとみよしざね)、役行者(えんのぎょうじゃ)・義実の娘伏姫(ふせひめ)と犬の八房(やつふさ)・・・。動物と人間の恋は日本の昔話では特に珍しくないですね。(内容の詳細は略・機会があったら一度読んでみて下さい。面白くて。)
帰りのバス(大学の送迎バス)から見た入日は、家と家の間に赤く大きな卵の黄身みたいに見えました。お年寄りの方が先に気がついて教えて下さったのですが、初めて見た本当に真っ赤な今にもボトンと地平線に落ちそうな太陽でした。今日は本当に「好日」となりました。
とうとう篤姫が終わりましたね。この一年間私も知香さん同様欠かさず見てきました。昨日の最終回は慌ただしく展開して何となく急いで終わらせたといった感じを持ちましたが、それでも新しい時代の息吹らしいものは感じとれたように思います。
私は前回の「無血開城」の時が最も心に響きました。特に城を後にする直前の天璋院と滝山の会話が印象的でした。本音を「無念」とあかす天璋院に、「江戸城大奥が自分の運命を知って天璋院様を呼び寄せた。」という所です。見事な無血開城に導いた天璋院篤姫に対する最高の賛辞と謝意でしたね。
斉彬・幾島・勝海舟・和宮・滝山そして小松帯刀をはじめ坂本竜馬・西郷隆盛・大久保利通等の人々、皆が本当に天璋院篤姫にとっても日本にとっても、一人も欠かせない存在だったように思います。喜怒哀楽をそのまま出してしまう本寿院も。
(昨日の午後、今年初めての一輪の黄金花月が咲きました。)
(サイドバーにクリスマスまでのカウントダウンをするgooブログパーツを入れました。当日になると何かに変わるのだそうです。花個紋時計は毎日デザインが変わります。)
昨日今日は12月にしては非常に暖かく、今日我が家の障子の張り替えをしました。これがまた結構神経を使うものですから疲れましたが、貼り終わるとやはり気持がいいですね。2~3日前までに玄関ドアの塗り替えを終わらせましたので後は家の中の掃除ですが・・・これがまた大変です。(笑)
母に黄金花月と胡蝶蘭の花芽の写真をいつも送る「花だより」で送りましたので、着いた頃と思いTEL.をしました。少しでも母と話す時間を作りたいと考えてのことですが,母もかつて庭に沢山のお花を植え、数えきれない程の植木鉢を管理して大事に育てた頃のことを思い出すようで短い時間ですが会話がはずみます。まさに蘭の扱いはここ3~4年の母の育て方を見て学びました。ただ「今度いつ来れる?」と聞かれると胸が詰まるのですが・・。
日本語でのノーベル賞の授賞式をT.V.で見ました。益川さんが何となく人間的に可愛らしいですね。グスタフ国王から受取るときは、他の方のような笑顔はなくお一人だけコチコチに固まっておられましたね。後のインタビューで「かたくなっていない。」と言われていましたが、結構意地っ張りな方なのではと楽しく拝見しました。それにしても日本人の能力は素晴らしいですね、勇気づけられます。
写真は人から頂戴したばかりのシンビジウムで、洋蘭の土を足して植え替え玄関前にちょっと置いてみました。高さ40センチ位ですが、1輪の花が大きく全体として非常に存在感があります。