チョンユジンは、取り引き先の帰り道、走ってバスをつかまえて慌てて乗り込んだ。まだ息を切らせながら、いつものくせで一番奥の右側に無意識のうちに座っていた。
ほっと一息つくと、少し窓を開けて、新鮮な空気を入れた。ショートカットにした髪の毛がサワサワと揺れる。今日は初冬にしてはポカポカと暖かく、窓の外の落葉樹の最後の葉が風に乗ってくるくると渦巻いている。
ユジンはチュンサンと落ち葉焚き🍂当番をしたことを思い出して、頬を緩ませた。
しばしの間、思い出の中に浸っていた。
あれはチュンサンが転校してきてすぐの事だった。ユジンは学校に遅刻ギリギリになってしまい、バスを無理矢理止めて乗り込んだ。そう、今日みたいに。乗客から無言の非難の視線を浴びながら吊革に掴まっていると、一番後ろの席にチュンサンが座っているのが見えた。ユジンはバツが悪くて、フンと知らんぷりをしてわざと隣に座らずに、ずっと立っていた。
だんだんとバスが空いてきたので、近くの席に座ったとたん、寝不足がたたってぐっすりと寝てしまった。すると、窓を誰がトントンと叩く音に気がついて、急いで起きた。窓の外を見ると、第一高校前のバス停🚏に着いていて、ガラス越しにすでに降りたチュンサンがニヤリと笑って手を振っている。ユジンは、発車したバスに慌てて
「おじさん止めて‼️」
と叫んで、ふたたびひんしゅくを買いながらバスを降りて走り出した。
どころが、こんなに急いだのに遅刻になってしまい、門の前ではゴリラ先生がガミガミ生徒を怒鳴っているのが見えた。
「もうっ、ついてないなぁ。今週は2回目だから居残りになっちゃう」なんとかしなければ、と前を見ると、チュンサンさんもダラダラと歩いているのが見えた。遅刻してるのに、なんて図太いんだろう。信じられない。ユジンは自分を棚に上げて、急いでチュンサンを裏道に引っ張って行った。塀を登ってこっそり入ろうと。
チュンサンはいきなりユジンに引っ張られて目を丸くした。
なんだ?なんだ?しかし、さっき拍子でぶつかったユジンの胸が柔らかかったことと、引っ張られている左腕の感覚が気になってしまい、されるがままについて行った。
やがて、学校の裏側の塀の前にたどり着くと、ユジンは当たり前のように
「しゃがんで。早く早く。」
と言った。
はっ?
チュンサンはわけのわからないまま、塀の前で膝をついて台になった。ユジンは正論だと言うように、
「相互扶助よ」と意味不明な事を言いながら、塀の上に自分の荷物と靴を載せて、チュンサンの背中に乗った。
?!
しかも、
「ちょっと上は見ないでね」ってどの口が言う?
ユジンは細い割には結構重くて、スカートの中をのぞくどころではない。きっと背が高いからだな。チュンサンはため息をついた。
ユジンはやっと塀の上に登って、くるりと振り向いて、手を差し伸べた。どうやらチュンサンを引っ張りあげてくれるつもりらしい。
ユジンは、チュンサンを引っ張りあげようと片手を差し出した。すると、チュンサンはニヤリと笑って、自分の荷物を塀の中に投げ入れた。そして、ひらりと塀を飛び越えたのだった。
ユジンはそんなチュンサンを目をまんまるにして見つめていた。チュンサンはとてもカッコよかった。
チュンサンはさらに、受け止めるから降りておいでというように、両手を広げてあの魅力的な笑顔で見つめてきた。
ユジンは顔を真っ赤にして、
「大丈夫だから」
と言ってしまった。すると、チュンサンはまたニヤリと笑って、ひらひらと手を振って行ってしまった。
ユジンはまず靴を履こうと奮闘したが、足を上げると後ろにひっくり返りそうだし、身体をかがめると前に落ちそうになり、履けないことが分かった。降りようにも意外な高さに身がすくんでしまう。ユジンは恥ずかしそうに
「ねぇカンジュンサン、待ってよ‼️」と叫んで手招きした。
チュンサンは待ってましたとばかりにニッコリ笑って戻ってきた。困った顔で首を傾げなかわら手招きしている姿はたまらなく可愛かった。
そして、塀の上に置いてあった靴をユジンに履かせてあげた。
ユジンは昔読んだシンデレラに、王子様がシンデレラに靴を履かせるシーンがあったことを思い出して、ドキッとした。恥ずかしくて、足先を丸めながら、チュンサンから目が離せずにいた。
チュンサンはもう一度両手を広げて降りておいで、という仕草をした。ユジンは目をつぶって思い切って飛びおりた。その弾みで、チュンサンに思いっきり抱きとめられる格好になってしまった。あまりの恥ずかしさに、耳まで真っ赤になった。
「チュンサン、今日は昼の放送の当番だからね‼️」
照れ隠しにそう言って、ありがとうも言わずに立ち去ろうとした。
すると、
「チョンユジン!ジッパー」
とチュンサンが叫ぶ。慌ててスカートのジッパーを確認していると、
「カバンのジッパーだよ」
と言い、楽しそうに笑っている。
ユジンはからかわれたと知り、プンプン怒りながら去って行った。
一方でチュンサンも余裕があるふりをしていたが、ユジンを受け止めたとき、ドキドキしていた。シャンプーの甘い香りと髪の毛のサラサラな感触、抱きとめたときの体の柔らかさが身体に今も残っている。チュンサンはいつまでもユジンの後ろ姿を見ていた。
塀を一緒に越えたとき、わたしは初めてチュンサンを意識したのかもしれない、その時のドキドキ感や切ない気持ちを思いだし、窓からの風に身体を委ねて微笑んだ。
すると、午後の優しい光の中で、薬指の婚約指輪💍がキラリと光った。
そうだ、サンヒョクと今日は会う予定だったわ。ふと我に帰り現実にもどるため、ユジンは窓を閉めて、静かにバスを降りて行った。