聚楽第(じゅらくてい/じゅらくだい)
400年の時を超えて 私達に秀吉の栄華の時代を 見せてくれる
貴重な屏風(びょうぶ)が 発見されました
一般公開は明日(日)まで
「天地人」の放送中とあって 全国から
沢山の方達が 訪れていました
市内の 一般家庭の所有で 鑑定を依頼された 同志社大の教授も
「教科書に載せるべき大事なもの。重要文化財になっても不思議はない」と驚いていたそうです
豊臣秀吉が京都に作った「聚楽第」へ向かう天皇の行列を描いた屏風
屏風は 各高さ1.56メートル、幅3.58メートル
とても400年前以上前のものとは思えないほど 松の緑色、そして真っ赤な衣装の鮮やかさ
金箔もまぶしく とても綺麗な色で 描かれていました
行列の人々の顔まで 見てとれ、通りの店や見物人、トンボを捕まえて遊ぶ子どもなど
当時の京のまちの様子が 生き生きと描かれていました
金ぴか趣味の秀吉らしく、金箔瓦を使っていたらしいです
聚楽第(じゅらくてい/じゅらくだい)
安土桃山時代に豊臣秀吉が 京都に贅(ぜい)を尽くして建てた政庁です
わが子を亡くし 悲嘆にくれた秀吉は 甥の秀次を養子にし
聚楽第と関白を譲りましたが 二男秀頼が生まれると 秀頼かわいさに
養子の秀次が 邪魔になり 謀反の疑いをかけて 切腹させ
その秀次の 痕跡を消すために 聚楽第を取り壊しました
なんとも悲しいお話ですね
聚楽第は わずか8年しか 存在しなかったそうです
今、残っていたら大変な遺産になっていたでしょう
でもなぜ上越市の個人宅に?
なぜこんな大きな屏風がきれいなままで残っていたのか?不思議です
どこの家に??なんてすご~く興味があったりして。。。
またやっちまった・・・
凄い!国宝級ですね♪
上越の豪邸にあったんかなぁ~
だってね一双の屏風でしょそれも保存OK!!
凄いお宝ですね
いかにも派手好きな秀吉さんらしいけど・・・
品はよさそうですね。
国取りはしたものの!
国をまとめるときに朝鮮征伐でお金使い!!
お捨て誰の子なのか??(のちの秀頼)
甥の秀次の血筋絶やし!!
秀次がまとめていかなければならない時期に・・・
その為
『鳴くまで待とうホトトギス』>「鳴かせてみしょうホトトギス」家康にとって代わられ人生って、歴史って面白い♪
素敵な品見せていただきありがとうございました。幸せです。
ちゃんと入ってますよ~
六曲一双の屏風 どうやって保存してたのか興味ありますよね
鑑定した教授は腰を抜かすほど驚いたって新聞にありましたよ
屏風が全然わからない私でも あの屏風はずっと見ていたいと思いました
サリーさんの言う通りお捨ては誰の子?
私は三成の子じゃないかと思ってますが・・・
コメントありがとうね
どんなお宅から見つかったのでしょう?
国宝なお品にたいして
失礼ですね
でました!!中秋の名月!やや雲が多いのですが。
あとでチャレンジしてみますね
屏風 私も良く分からないながらも感動でした
どんなお宅から発見されたかみんな気にしてるようですね
コメントありがとうね
秋らしく 十五夜の夜に・・・
さてこれはテレビで見ました
すごいですね
よく綺麗に残っていました
こんな不思議なことがあるんですね
この時代のお話は ドラマになるような出来事が多くあったんですね
ときどきテレビドラマでも取り上げられますが 人間のエゴがむき出しになっているから おもしろいのでしょうね
いいものを見せていただきましてありがとう
この前に入れたつもりがあったの・・・
ほとんど同じ!!
やっぱ三成だと思います。??
右に同じ♪
(クドい人でごめんね)
しかも屏風絵だもの 正に歴史ロマンだね
こちらの十五夜は途中で雲隠れしたりでそれはそれでよかったですよ
本物の歴史ロマンを見せてもらいました
400年間 屏風はどうやって過して来たのでしょうか
何年か市の博物館が預かって後に所有者にお返しするそうですよ
コメントあがとうね~
天地人 秀吉も三成も死んじゃったし今日は「上杉転落」いよいよ終盤です
ないしょ・・あるサイトであの屏風を撮影した写真発見!
今晩DF復活するつもりなのでそこでまたね
ちょうど放送内容とぴったりあったのがこの発見だったので興味があったのよ
よく見えるのがあるから後でします