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PARK

新しくお話を作りました
実在するある女性の物語です。

感動の時・・・

2012-12-27 09:43:09 | やっと掴んだ幸せ
それから何度か私は切迫流産しかかり、入退院を繰り返した。

入院先の病院は実家のすぐ近く。

何かあったら実家に戻れるし、母がそこの病院の先生が評判が良いと
聞いたからその病院にした。

入院先の病院から車で1時間ほど離れた涼介の実家から、
義母さんが電車で何度かお見舞いに来てくれた。

でも、実家の母は病院から近いのに、「父がいないから足がないから行かれない。」とか、飼っている犬がいるからなどと色々理由をつけては入院先に来なかった。

たまに来てくれたかと思ったら、父は絶対に病室に来なかった。

駐車場で待っていると。

母と兄だけだった。

そんなこんなで、桜の花がきれいに咲くころ「さくら」は小柄ながらも無事に生まれた。

私は帝王切開だったので、麻酔を掛けられていたせいかほとんど覚えていない。

でも、耳元で「よくがんばったね。」と泣きながら声を掛けてくれたのだけは覚えている。

それは、義母さんの声だった。

2週間ほどの入院生活を終え、しばらく実家へ世話になることになった。

4月の初めにさくらが生まれたので、GWには自宅に帰るつもりでリハビリもがんばった。

どちらも初孫ということもあって、お宮参りなどの行事についてどこでやるか・・など私が間に入って話した。

でも、母は「嫁に出た身だから。」と言いながらも、あれこれ注文を付けてくる。

母心として気になるのはわかる。

だったら義父母と私とで任せてくれればいいのに、
色々注文してくるので少しウザったいと思うようになっていた。

でも、さくらも私も落ち着いてきた頃に色々子育ての悩みやアドバイスを受けようと、
何度か実家に帰って話を聞いたり、電話で話をしたりと母は子育ての先輩としてとても頼りになった。






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2012-12-26 09:00:05 | やっと掴んだ幸せ
挙式や1.5次会が無事に終わり夏休みに入った。

夫の祖父母が九州に住んでおり、義父母家族と祖父母のところへ挨拶に行った。

初めての九州。飛行機とバス、電車を乗り継ぎやっとたどり着いた涼介の祖父母の家。

私には田舎らしい田舎がなくて、九州の土地はとても目新しいものだった。

のどかで自然がたくさんあり、とても空気がおいしいところ。

ゴミゴミとした都会で育った私にとって、この場所は異空間に感じた。

目は見えないけど陽気で明るく、楽器を器用に演奏するおじいちゃんと、
優しくて穏やかなおばあちゃんにご対面。

初めて会った私に楽器を演奏してくれたり、色々と話をしてくれて心が温まりました。

一緒に観光船に乗ったり楽しい日を過ごすことができました。

そして・・・

結婚後も私は仕事を続けていましたが、夏になってなんとなく調子が悪い。

たまたま会社の健康診断があったので、問診で症状を先生に伝えてみた。

もしかしたら「おめでたじゃない?」と言われた。

まさか。

会社の帰りにドラッグストアにより、妊娠検査薬を買って帰り早速検査。

すると陽性反応が・・・。

私のお腹に新しい命が・・・・

その時、涼介もいたのですぐに伝えることができた。

涼介もとても喜んでくれた。私は嬉しい半分、不安で一杯だった。

私は末っ子の甘えん坊。

そんな私が子供を育てることができるのだろうか?

すぐに実家の母へ連絡。

とりあえず、病院へ行こうということになり、最初は不安だろうから一緒に行ってあげると一緒に来てくれた。

病院で診察してもらったら、やはりおめでただった。

私が母親になる。信じられない。

丁度勤めていた会社が、10月で契約が終わる。

手続きをすれば更新できるけど、私は契約をしないことにした。

それまで、電車に乗って会社に行くのが本当に辛かったけど、なんとか契約終了まで行き
同僚たちにお菓子を配って挨拶をした。

ところが、心ない同僚が「お菓子いらないから。」とか「お世話になりました。」と言ったら
「お世話してません。ハハハ。」って笑われました。

どうしてこんなことを言うのか疑問に思いました。



憧れの挙式

2012-12-25 10:27:15 | やっと掴んだ幸せ
そして、6月に憧れていたGUAMでの挙式をすることにした。

さすがに海外なのでそれぞれの家族のみしか呼ぶことができなかったけど、

どちらの家族も海外は初めて。

私たちが一日早くGUAMに到着。

私も涼介も海外は初めて。すごく不安で一杯だったけど、
涼介がいてくれるから不安はなかった。

一日早く到着した私たちは衣装の確認や挙式本番の打ち合わせなど。

そのあとは、ショッピングタイム。

それぞれお世話になった家族、これからお世話になる家族でプレゼントを買いに行くことにした。

きっと喜んでくれるだろうな・・・。そう思いながらプレゼントを選んだ。

そして翌日、それぞれの家族が到着。

同じ便の飛行機のはずなのに、私の家族がこない。

どうしたのかと思いきや、空港からホテルまでのバスを行き先の違うバスに乗ってしまったらしい。

なんてそそっかしいのだろうか・・・

そんなこんなで、遅れて私の家族が到着。

その日の夕飯は、ホテルのレストランで揃って食事会をした。

和気あいあいと会食をした。とても平和な会食だった。


翌日、私たちはみんなよりも早くウエディング会社へ向かった。

私は憧れのウエディングドレスを着てヘアメイクをしてもらっている間、
涼介も白いタキシードに着替え今までとは違う涼介を見ることができた。

本当の幸せ。

無事に支度が終わりウエディング会社を出ると、大きなリムジンが止まっていた。

アメリカの映画でよく見かける黒人の強面の人がドライバーだった。

車の窓からは真っ青のきれいな海が見え、前方にはこれから式を挙げようとしているホテルの敷地内に
あるこぢんまりとした小さな教会。

映画のワンシーンみたい。

教会に着くと、それぞれの家族が待っていてくれた。

その中でも私の父が黒いタキシードを着て私を待っていてくれた。

私が生まれた時、照れ屋な父は「私の結婚式には絶対にでないぞ!」と言っていたそうですが、
今回はかなり頑張ったと思う。


私と父以外の人たちは、教会の中へ。

私もすごく恥ずかしかった。父と腕を組むこと。

パイプオルガンの音が遠くの方で聞こえた。

たいした距離ではないヴァージンロード。

でもすごく長く感じた。父も同じように感じたと思う。



父の腕から離れ涼介の元へ。
英語で神父さんが話をして、合図があったら指輪交換やyesなどの言葉を言うことになっていたけど、
緊張をしまくって何がなんだかわからない。

涼介の方がしっかりしていて、小声で次の段取りを教えてくれた。

30分ほどの式だったけど、短く感じたし訳がわからないうちに終わってしまった感じ。

教会を出るとき、家族からの温かいフラワーシャワーで祝福してくれた。

その後、写真撮影。

涼介から姫様抱っこ。重たくなかったかな???

その後は全員集合で写真撮影をして終了。

再び私と涼介はリムジンでウエディング会社へ行き、着替えをした。


ちょうどお昼頃だったので、それぞれショッピングを兼ねてランチタイム。

なにもかもが楽しかった。お土産を買ったり、翌日は射撃をしたり。

3泊4日のGUAMの旅は、こうして楽しく終わることができました。

それからしばらくして、今度は友達や会社の人たちへのお披露目会。

幹事を車仲間の人に頼んでいたので、お披露目会の場所だけ自分たちで決めていた。

ちょっとしたきっかけの忘年会で知り合った一部メンバーと、それぞれの会社の同期や車仲間、
高校時代の友達やサッカーのメンバー等々を呼んでお披露目パーティ。

1次会ではなく2次会でもない。ということで1.5次会という名前でのパーティ。

会費制で演出は幹事さんにお任せ。ただし、ホテルやレストランではなく、
貸し会場のようなところだったのでただのビルの地下。

私は以前涼介と神戸に旅行した時に買ったインドのサリーを着る予定だったけど、着替える場所がない?!

仕方がないのでトイレでこそこそと着替えて何事もなかったかのように登場。

登場した時はシャボン玉がたくさん飛んでいて、お気に入りの曲もBGMとして流してくれた。

友達たちの余興やコメントなど、本当にうれしかった。

友達っていいなって。





ドキドキな日々

2012-12-24 15:58:03 | やっと掴んだ幸せ
告白、プロポーズと私の人生にとって重大なイベントが一気にやってきた。

今までにない人生の絶頂だった。

何をするのも楽しかった。

新生活に使う家具や雑貨を見て歩くだけでも幸せ。

母が風邪気味で体調がイマイチの中、横浜までウエディングドレスの試着をしに来てくれた。

嬉しかった。でも、もうすぐこんなことをするのも終わりなんだなって思うと、少し寂しかった。

たまたま新聞広告に入っていたマンションのモデルルームを見に行き、それぞれの実家の中間地点ということもあったし設備や中の様子も好みに合っていたのでマンションを購入。

本当にこの時は幸せのなにものでもなかった。

この時は、仕事で嫌なことがあっても嫌だと思うこともなく毎日が楽しかった。

車で知り合ったメンバーにはびっくりさせようとずっと結婚のことは黙っていた。

たまに車のメンバーと会うことはあったけど、内緒にしているというだけでドキドキで楽しい。

そして、翌年の3月の終わりころに引っ越し。

長年育てれくれた家族を離れ、新しい生活をする。

慌ただしくしている中、家族へ挨拶。

涙が止まらなかった。

あまり口をきかなかったけど見守ってくれた父、いつも相談に乗ってくれた母、
私をかわいがってくれた兄に「お世話になりました・・・」と。

あまりにも緊張していたので、父や母、兄がどうだったのか残念ながら覚えていない。

そして、引っ越しも落ち着いた4月に涼介と無事に入籍。

その日は大安だったけど、役所が休日でお休み。時間外の窓口へ書類を提出。

ものすごくドキドキした。

窓口のおじさんが「おめでとう」と言ってくれたけど、照れくさくて小さな声で
「ありがとうございます。」としか言えなかった。

これを機に車のメンバーやその他の友達や会社に報告ができた。

初デート

2012-12-22 07:56:37 | やっと掴んだ幸せ
そして2月に入り、涼介と初めて二人で会うことになった。

いわゆるデートというものだった。

涼介は最初に会った時の茶髪ではなくなり、少し長かった髪も短く切ってあった。

最初に会った時のイメージとは全然違っていて、チャらい感じはなく真面目な青年になっていた。

でも、なぜか洗車をした。二人で初めて会って洗車っていうのも・・今思うと車が好きなんだなって。

その後、なりゆきで私の家に行くことになった。

まず両親には友達として紹介するつもりだった。

前の印刷会社の同僚と同じようにならなければいいのだけど・・・

でも、いざ実際に会ってみたら涼介のことを友達としてではなく、彼氏としてみていたと後から聞かされた。

あれから私は涼介についていろいろ考えてみた。
話をしていても、価値観が私ととても似ていたし見かけとは違って真面目な考えを持っている。

当時、高校時代の友達が付き合っている彼がパチンコや競馬などギャンブル好きで困っているという話を聞いたことがあった。

人を比べるのはよくないことだけど、ギャンブル好きでもほどほどに嗜む程度なら許せる。

でも、これから結婚を考えるとなるとやっぱり堅実なタイプが一番かと思う。

そういう面で涼介とはもうしばらく付き合ってみようという気持ちになった。


3月に入ってからも週末は涼介と会う日が多くなった。

何をするわけでもなかったけど、仕事で嫌なことがあっても週末になるのが楽しみで嫌な事なんて忘れることができた。

そして・・

記念に残る3月28日。

その日はやはり週末で、涼介と一日過ごしていた。

すでに夜になっていたので、涼介は車で私を家の近くまで送ってくれた。

ちょっとした沈黙の中、涼介が私にプロポーズしてくれた。

正直、まだ二人だけで会うのはまだ2ヶ月くらい。もう少し気持ちの余裕が欲しいと思った。

でも、すごくうれしかった。

こんな私でもこれ程までに私を大切にしてくれる人がいるなんて。

今までに色々なことがあった。両親からの虐待、中学時代のいじめなど自分なんて
この世からいなくなればいいと思ったこともある。

そんな過去をまだ知らない涼介だからこそ、プロポーズできたのではないかな。

だから、昔のことは言えなかった。

そんなことを言ったら嫌われる。絶対に言えない・・・。

きっといつかわかることだとわかっていたけど、この人とだったら私の辛い過去も
受け入れてくれるだろうと確信を持った。

私は涼介とこれからうれしいこと、楽しいこと、辛いことを乗り越えていこうと決心した。