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北海道函館市の建築設計事務所 小山設計所

建築の設計のことやあれこれ

『中門』と『門付け』

2014-11-05 14:36:59 | 日記
折口信夫の、確か「古代研究」の民俗学篇の1か2の中で、「中門は門付けの行われた場

所」と、かなり断定的に書かれていたように思います。(いつも唐突で断定的、、、。)

「中門」とは、日本建築史などに関心のある方でないと、判りずらいとは思いますが、






この図は、今の和歌山県の宮大工の家系に伝わっていた『匠明』という「木割書」の中の

有名な図面です。図の右下に「中門」と書いてあるのが読み取れます。実はこの「中門」

が、そのまま残っている建物が日本には幾つか残っています。(日本って凄い国ですね。)

次の写真は、その代表的な遺構である滋賀県大津市の園城寺光浄院客殿という建物です。





写真の左手前の出っ張っている部分が「中門」です。




これが、この建物の正面?なのでしょうか、、、手前は、何故か、遠山の金さんの

「お白洲」のようになっています。





珍しい夜景の写真です。男の人が二人立っているところが「中門」です。女の人が座って

いるところは、確か「広縁」と「落縁」だと思います。(写真は京都新聞のホームページ

からお借りしました。ありがとうございます。)

ところが、光浄院客殿の「中門」は、生物ではないのですが、どうやら「退化」した後の

「中門」の姿かも知れないのです。(でも、尾骶骨のように残ったのです、、、。)

光浄院客殿は17世紀の始め頃の建物のようなのですが、それより600~700年前の建物で

「東三条殿」と言う建物がありました。(今は、もうありません。京都全日空ホテルの少し

東山寄りのあたりにあったようです。)こんな平面です、、、






一般の方には判りずらいでしょうから、模型写真とパースです。








右手前の建物と建物に挟まれた、庭園に抜ける位置にある門のようなものが、「中門」ま

たは「中門廊」と呼ばれているようです。(「中門」と「中門廊」が、どのように使い分

けられているかは、チョッと難しいです、、、。)


コメント
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