カモシカさんの山行記録・旅日記etc.

山は心のふるさと。登山(アルプス~低山まで)・ハイキング・小旅行の気ままな記録です。

京都御所 <大人の修学旅行

2009-04-05 | 小さな旅
                       「京都 出会い旅~①」 <クリックで戻る>

  

  京都 出会い旅~②

       京都御所

 

 京都御所は、その古来の内裏の形態を今日に保存している
 由緒あるもので、現在のものは安政2年(1855年)の造営である。
 
紫宸殿を始めとし、清涼殿、小御所、御学問所、御常御殿など
 平安時代以降の建築様式の移りかわりをつぶさに見ることができる。

  京都御所~study~   <大人の修学旅行のしおり>

京都御所は、南北朝時代の光厳天皇が元弘元年(1331)に里内裏だった土御門東洞院殿を皇居と定めたもの。以後、信長、秀吉、家康らが修理、造営を行いましたが焼失し、現在の建物は総奉行・松平定信によって安政2年(1855)古制にのっとって再現されたものです。

御所の正殿ともいわれる「紫宸殿」は、即位の大礼など大儀が行われるところで、檜皮葺、総桧造りの清楚な感じの建物です。また「清涼殿」は、天皇の日常の住居であったところです。そのほか、小御所、御学問所、御常御殿など典雅な建物が並び建ち平安朝のムードを今に伝える優雅なたたずまいです。


御所の東南にある「大宮御所」と「仙洞御所」は上皇の住居で、寛永7年(1630)小堀遠州が後水尾上皇の隠居邸を造営したことに始まり、以後上京区5人の上皇が居住しましたが、安政元年(1854)に焼失してしまいました。再興されることはなく、現在は庭だけを残しています。東西100m、南北200mの長方形域の苑に北池と南池があり、池にはもみじ橋、八ツ橋が架かり、ことに八ツ橋の上にかかるフジはみごとです。


京都御所・仙洞御所・大宮御所などを包む、南北1.3km、東西700mの広い緑地が京都御苑です。明治2年の東京遷都までは、宮家や、約200の公家の屋敷もありましたが、現在では芝生と玉砂利の広い道に変わり、公園として市民の憩いの場になっています。御苑の四方には9つの門(石薬師・清和院・寺町・堺町・下立売・蛤・中立売・乾・今出川)があり、それぞれに歴史の物語を秘めています。苑内は自由に見学することができます。

 源氏物語の舞台

 京都で静けさが歴史とともに感じられるのが、源氏物語でも重要な舞台となっている「京都御所」。春と秋に一般公開があります。

1000年も時を経た今もなお、連綿と読み継がれている源氏物語。愛の喜びと苦悩の恋物語を繰り広げた主な舞台が平安宮内裏(だいり=皇居)で、その一部を再現しているのが「京都御所」。

 物語の主な舞台・平安宮内裏を一部再現の京都御所

  

  築地塀に囲まれ、静かにたたずむ京都御所


いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。
(どの帝の御代であったか、その後宮に女御や更衣が大勢お仕えしておられた中に、さほど高貴なお家柄のご出身ではなくて、格別に帝の寵愛をお受けしているお方がいらっしゃった)

このような出だしで展開する物語の舞台は、平安宮の中にある内裏から始まります。光源氏の父・帝と母・桐壺更衣の恋物語、光源氏の出生と生い立ち、光源氏が一生思慕することになる義母・藤壺との出会い(以上、「桐壺の巻」)、朧月夜との出会いとその危うい逢瀬(花宴の巻)、光源氏を含む4人の若者が女性談論に時を過ごした「雨夜の品定め」(帚木の巻)の場面――などなど、光源氏の恋の遍歴に翻弄される女たちの闘争や苦悩を中心に、男女の恋の“もののあはれ“が内裏を舞台に余すところなく描き尽くされています。
その内裏とは帝の公私にわたる生活の場で、即位礼などの重要な儀式を行う正殿の紫宸殿(ししんでん)、帝の住居兼執務所の清涼殿(せいりょうでん)、女御(にょうご)、更衣(こうい)らの住む後宮などで構成されています。
そんな物語の中心的な舞台となる内裏を偲べるところは、やはり京都御所でしょうか。と言うのは、物語のモデルとなった紫宸殿や清涼殿などは平安様式を可能な限り、忠実に再現されているからです。

   

朱色の承明門(じょうめいもん)の向こうは紫宸殿。大正・昭和天皇の即位礼が行われた京都御所の象徴的な建物で、向かって右に「左近の桜」、左に「右近の橘」が見えます。前面には南庭(だんてい)が広がります。

 

 さて、事前学習が済んだら 大人の修学旅行の始まり、始まり!

 

 清所門から入り、参観者休憩所~~ 御車寄の見学から始まる。

 

 新たに葺き替えられてばかりの  門

 

 諸大夫の間

 

 鶴や虎の襖絵が見事

 

 新御車寄

 

 

 建礼門       ☆天皇だけが出入りする門!

 

 承明門から南庭を挟んで 紫宸殿正面を見る。

 

  鮮やかな朱塗りの承明門のアップ。

 

 源氏物語の世界が偲ばれる・・・・・。

 

 ちびまる子に登場するヒデ爺のような方が 丁寧に解説をしてくれます。

 (宮内庁の方です。 コートにも紋章が!)

 

 四国の徳島から日帰りで散策に来たという藤壺さん。

 京都まで2時間で来れるんだそうです。便利になったものです。
 京都御所の千晴ファンクラブ会員。

 

  千晴と一緒に。

 

 左近の桜

 

 右近の橘

 

 回廊を左手に見ながら 広い御所の中を歩きます。

 

 桧皮葺の屋根の模型が置いてあり、説明がある。

  

 

 小御所を右手に、清涼殿に向かう。

 

 紫宸殿の裏側を左手に見ながら、正面が清涼殿

 

 清涼殿遠望

 

 清涼殿

 

 清涼殿正面から、廊下と座敷を覗く。

 建物は寝殿造り。内部は屏風や几帳などで区切られている。

 寝殿造の代表である京都御所には要所に畳を敷いてあった。
 また清凉殿内の「夜御殿(よんのおとど)」には、御帳台がありこれが
 ベッドにあてられていた。

 身分の高い人が座る畳が見えていますが、わかりますか?

 

 あぁ、源氏の君様。。。

 

 清涼殿前の千晴

 

 清涼殿を参観している我々の動きを常にチェックしている
 黒いスーツ姿のイケメンSP

 

 お庭も綺麗です。

 庭の流れでは宮中貴族達による「曲水<ごくすい>の宴」も行われた。

 

 御常御殿のふすま絵より~曲水の宴~

 

 

 御学問所にて、半蔀はじとみ)の開き具合や働きをつぶさに観察する。

 

 蹴鞠の庭

 

 平安時代の麻呂たちはこんな風にして楽しんだんだ。

 

 枝垂桜が見事

 

 御所の外壁と広く長い玉砂利の道

 

 3月27日、京都御所周辺ののソメイヨシノは大半がこのような状態であった。

 

 まれにほころびかけている花もチラホラ程度。

 

    京都御苑内を散策していると

  おお、これは!   「はんなり」

  京都に来た甲斐があったというものです!

  

  「京都 出会い旅~③」に続く

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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Unknown (食う寝るさんだ~す)
2009-04-06 19:13:02
いいな~!
春の京都
京都御所の朱塗りに萌え~です。
高速代も1000円だし行きたくなるな・・・
返信する
食う寝るさん ( カモシカ)
2009-04-08 20:31:27
>いいな~!
いいでしょ!東山界隈などは何度も訪ねていますが、御所はやっと念願かなってでした。
桜が満開なら、もっと萌え萌えだったんですがね~。
返信する

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