社会部が常に政治を監視していることは先に述べた通りだが、政治とは切っても切れない選挙、それも国政選挙に深くかかわり、選挙情勢を取材し当選、落選を判定するのも社会部、報道部や地方支局が中心である。私が東京都政担当で、衆院選、参院選、都知事選などさまざまな選挙の取材をしていた35、6年前のことだ。ある大政党本部の職員に「取材に応じるのは政治部の記者だけ。社会部記者には対応できない」と拒否されたことがある。今はそんなことはないと思うが、政党のなかに選挙は政治部の専売特許と勘違いしている職員がいて驚いた。
東京・永田町の政党本部で取材を拒否され、私はその職員に説明した。政治部は全国の取材網を通じて送られてくる選挙情勢や各政党に届く情報をもとに分析し、新聞の紙面を作るが、実際に各選挙区の立候補者に取材する政治部記者は特別なケースを除いてほとんどいない。社会部や報道部、各地方支局、通信部の記者たちがそれこそ地べたをはいずり回り、候補者の主張、支援状況、強弱などを取材するのが普通だ。特に東京、大阪など新聞社の組織として社会部のある地域は社会部が大きな責任を持ち、地方支局には社会部出身の記者も多いことを力説すると、その職員は最初のうち怪訝な表情をしていた。近くにいた上司の職員に確認すると私が説明した通りだと分かり、こちらが要求した各種選挙の資料をようやく提供してくれた。
この出来事は衆院選挙が中選挙区制で比例代表制が採用される前なので、現在とは背景が違う。しかし、国政選挙は政治部が担当し、社会部はその補助的な存在にすぎないという考えが意外に多かった。しかし、地方では社会部、政治部、支局など関係なく新聞記者と選挙の関係は政治家の間でよく知られていた。
私が地方支局にいたとき、よく選挙の行方を尋ねられた。ある村の村長選挙の開票日、今ではとても考えられないことだが、開票所の学校体育館のなかに入り込み、束になって机の上に乗せられた票を勝手に数えて誰が当選したかを知り、学校正門前の交番に駆け込んだことがあった。近くに公衆電話がなく、交番で電話を借りて支局に「当選確実」の報を連絡するためだった。一通り仕事を終えて引き上げようとすると、私の早口が聞き取れなかったのか、交番の警察官が「結果を教えて」と言う。概略を伝えると、今度はその警官が受話器を取って「○×候補が当選しました」と本署へ連絡した。選挙管理委員会が正式に発表するはるか前のことだった。
東京へ転勤し社会部勤務になってからも、選挙と警察の関係は続いた。投票日が迫ると、われわれは受け持ちの警察署を回り、情勢分析に役立つ情報を集めた。多摩地区の支局にいたある日、都下の警察署に行くと、普段、われわれの窓口になる次長が所用のため不在で署長に会った。いろいろ話しているうちに、こちらの情報を教えてほしいと言う。私は世論調査の結果などさまざまなデータをもとに差し支えのない範囲で説明すると、その署長は受話器を取り「○×新聞記者の情報によりますと、▼▽候補が優勢なようです」と警視庁の担当者に電話で連絡した。取材していたつもりが、逆に警察に取材されていたと気付いたときは、すでに署長は電話を終えていた。
選挙になると、警察は必ず各候補陣営の動き、公選法違反の状況、有権者の支持などさまざまな情報を集める。それを知っているからこそ、我々は警察を回る。場合いによっては、交番、駐在所まで行く。「「政治部ではないから」と私の取材を拒否した政党の職員は、このように地を這うように、ときには政界の大物を相手に選挙を取材するのが社会部、地方支局記者の仕事とは全く理解していなかったに違いない。
選挙になれば、新聞社は総力をあげて取材し新聞を発行する。そのなかで、社会部は政治部と並び重要な役割を果たすことを忘れてはならない。(写真:秋の陽光を浴びて、長野県・浅間山の峰が優美に見えた)