風のたより

電子計算機とは一極集中の現象が大であるが、その合間を縫って風の一頁を

山田洋次の世界・・・忍

2022-10-01 19:02:32 | 世評
國葬儀が終わったと。テレビ画像からだが、イギリスと日本の國葬儀が時を経ずに行われた。海の向こうのこととは言え、イギリスでは国王や女王がいたんだな。昔は大英帝国と言われていたと今更ながら感じた。そしてその帝国が続いている。しかも王室は国民に気を遣っているようだ。国民からの支持率を気にしている。女王の葬儀にも、国葬にも国民から献花を受けている。王様と言えば裸の王様でなく、意外にも国民に寄り添っている雰囲気であった

日本の國葬儀はどうかな。国家が主催する葬儀であった。さすがに国葬だと思われる光景であった。まず遺骨が自宅から出発する際には、自宅前で自衛官が儀仗を実施したと。遺骨を乗せた車が防衛省を経由して会場である日本武道館へ向かった。まさに軍隊、自衛隊に守られた葬儀であった。色んな葬儀があるが、曲軒と言われた山本周五郎は葬儀には参加しなかったと

東京新聞8月29日の報道によると、7月12日の増上寺で行われた家族葬でも陸上自衛隊の儀仗隊が参列したと。岸家・安倍家とは今更ながら軍隊に軍人に守られているし、軍隊が好きな一族だな。
儀仗隊が参列したのは、戦後の首相経験者の家族葬では初めてだったと。政府がかかわった首相経験者の公的な葬儀は、1967年の吉田茂氏の国葬以降、2020年の中曾根康弘氏の内閣・自民党合同葬まで11回あるが、すべて儀仗隊が参列したと。政府が関与しない私的な葬儀での儀仗隊参列は「確認できる範囲において、安倍氏以外にはない」と(同省陸上幕僚監部)。
一方、防衛省の前身の防衛庁長官を対象にした家族葬への参列は3例あったと

株式会社の社長が亡くなった社葬では、部下や従業員が葬儀を取り仕切り、会社を挙げて会社のために葬儀を行う。それは民間であるので可能である。しかし公務員が、公僕が上司の家族葬で隊を挙げて参列するのはいかがなものかな。ましてや軍隊である。軍隊が個人のあるいは個人的な家族に軍を差し向けることは大いに疑問である

国葬に数多くの公務員を招待したと。国葬である限り参列するのは公務であろうな。公務なら会場の日本武道館までの交通費は公費からの出費であろうな。そこまではいいんだな。その先、出張だから出張手当とか、警備に携わる警察官等に残業手当とか時間外手当を通例の給与に上乗せして支給するのは疑問である。国葬なら国家が国家のためにやる行事なら國葬儀であるならば、公務員なら国家に奉仕せよと言いたい

また公的な議員、国会議員とか都道府県や市町村議員を選出するための選挙では公務員が実務をやることになっている。投票とか開票事務はすべて公務員が携わる。しかし公務員、公人であるなら、民の代表を選出する選挙ぐらい奉仕せよと言いたい。進んで時間外手当などの除外をするべきであると思うな

昨今の勤務にかかる費用では、人件費割合は最も多いであろう。せめて選挙事務とかは労働基準法にいう時間外手当の埒外にしたら良いかな。公務員とは全体の奉仕者であるとか。国葬とか選挙など公の行事では、正規の公務員は通例の給与以外の時間外手当を支給しないことに出来ないかな

小生は通例、政治家のことを利権屋とも言う。じゃ利権屋と政治家との違いは何かと聞かれると、利権屋とは国(家)のために(行きつくところは自分のため)、政治家とは(国)民のために働く(自己でなく他人のため、山本玄峰の言葉を借りれば陰徳を積んだこと)人種であると考えている。国葬とは国家のための葬儀である。国家が主催する葬儀である。国家と国民とは一時違いであるが、意味合いは大きく異なってくる

司馬遼太郎が、かって道路は人が通るための道だと。人が目的地や先に行くための通路だな。満州では敵国を攻撃する戦車が、人が通る道を、人を押しのけて通ったと。国家のためが国民のためになったこともあり得る。国民の集合体が国家であるが、国家の為と国民・民の為とは往々にして違うことが多いな

先日の国葬に話を戻すと、献花の順番は、皇族が先なんだな。葬儀委員長とか喪主や遺族よりもまず皇族が先に献花をした。国葬なんだな。戦前の国葬令を引きずっているな。しかも国葬だから無宗教、司祭者がいない。安倍晋三にしてみれば、死後せめて靖国神社でやりたかったんじゃないかな

式場では儀仗隊長と言うのかな、姿勢が良い。動きがピリリとしている。背が伸びているんだな。他の参列者が、年を取ると背が丸くなってくるのが多い。その中にあって、隊員もそうだが隊長の動きは一人であるので、余計に目立ったな

遺影の写真は誰が撮ったか、いいんだな。多分プロが撮ったんだろうな。いつになく良い顔だった。安倍晋三のあんなに良い顔は見たことないな。あれでは過去の汚点も帳消しに匹敵するな。ただネクタイの色は黄色。安倍晋三は黄色が好きだったか知らないが、黄色は難しいな。黄色が目立ち過ぎた。顔が良いだけに黄色が一歩も二歩も先にいってしまった

弔辞に関しては岸っ田文雄はあんなものだな。安倍晋三にはコケにされていたから、ここぞという時には外され、いじめられていたので、あんなもんだな。引き継いだ菅義偉。総理の時には原稿を読み違え、一行飛ばして読んでもいたが、さすが親分の葬儀だな。安倍晋三と菅義偉の関係、親分子分あるいは仲間同士であるか、感情がこもっていた。しかも題材が軍人と言われた山縣有朋であった。いかにも軍が好きだったな。山縣有朋は別荘を多く所有していたが、目白の椿山荘は別名椿御殿であり、早稲田の創設者である大隈重信を見下ろしているとも言われている

菅義偉も官邸では誰と会っていたか、頻繁に他者と酒抜きでパンケ-キとかで会っていたとか。半(分)自民党と言われた田原総一朗からは、あんなに話ができなかったとは、と言われたが、菅義偉は仲間内ではきちんと話が出来るんだな。安倍晋三も仲間内では優しいし、笑い顔も多かったとか。しかしそういう人種は政治には向かないな。やはり政治とは仲間内を超えて万人に語りかけるのではないと、民には通じないな。安倍晋三・菅義偉は政治家には不向き、不適任であろうな。今村昌平が分からなかったら、分かるまで徹底的に夜を徹しても語ると言っていたが、そういう人でないと政治に関わるべきでないな

政治屋の眼は近くを見るんだな。自分の周りに目を向ける。岸っ田文雄も自民党の党内事情により国葬を決定した。菅義偉も党内状況によって総裁選挙の再度の立候補を見送った。政治屋や利権屋はすべて自分の立っている場から判断する。国民は二の次だな。かといって国民からの支持率が下がるとあたふたする。利権屋はまず自らの足元を固めるが、民からの反響も注視しなくちゃならない。辛い商売であるので長くは持たない筈だがな

葬儀での一般の人の献花の人数も多かった。官邸発表では2万5889人とか。どういう数え方をしたのか、芳名帳でもあったのかな。しかし、安倍晋三は、自民党は選挙に強かった。特定な信者が、ある程度の信者がいたんだろうな。小選挙区制度では国民からの20%の支持者がいれば、選挙に投票する有権者が20%もいれば、当選する。旧統一教会の影響力が大きかったかな。分からないが、選挙では不思議と勝っていた

話が横道にそれたが、まくらが長かったが、先日9月17日にNHK(日本放送協会)テレビで「続 遥かなる山の呼び声」が放送された。山田洋次作、遥かなる山の呼び声は以前に映画化された。テレビでも役者を変えて2018年にやった。映画でもテレビでも山田洋次が原作・監督であった。映画では高倉健・倍賞千恵子、テレビでは阿部寛・常盤貴子で内容も若干異なる。二番煎じは難しい。一作が良ければ良いほど、次作では劣る。テレビより話の展開も役者も映画の方が遥かに良かった

山田洋次は映画が良かったのに、何故テレビで話の内容を変えて、制作したのかなと疑問に思っていた。そうしたら続編の「続 遥かなる山の呼び声」が9月17日にテレビ放映された。どうかなと思って見ていたら、テレビの前作よりも話の展開を経て、いいんだな。阿部寛・常盤貴子とも前作よりも見違えるほど良い。阿部寛の妹役、真飛聖も出て話が続編らしく新たな展開になっている

展開は男が警察官に護送される場面で終わっている。前作の映画では女が酪農の仕事は辛い、しかし春になると雪が解けて一面に花が咲き誇ると、その光景を見るとまた牧場を続けて見ようと思うが、前作では牧場を手離し街に出て男を待つ。続編では牧場を手離す誘いがあったが、この広大な牧場は子どもの音楽的や芸術的な成長に必要だと男の出所を待つ

山田洋次に「男はつらいよ」のヒット作がある。「続 遥かなる山の呼び声」では、こと恋愛に関しては、忍ぶ男を描いている。女から見れば、「忍ぶ」が分からず、感情を押し殺している様は馬鹿にも等しいだろう。あるいは相手のことを軽蔑し、自分勝手に映るだろう。しかし、男はじっと耐え忍ぶ、相手に迷惑がかかるからとじっと感情を押し殺している。恋愛では必ず他者がいる。一人では愛が無く、哀になっちゃう。たとえ片思いでも他者を相手にする。だから映像では両者の感情表現を理解できる、前作の「幸福の黄色いハンカチ」では男から映像を撮ったが、女は画面では現れなかったが、じっと男を待つ姿を想像させる

「男はつらいよ」の車寅次郎も堅気の衆には迷惑をかけない。俺たちは、どぶ川のあぶくのようなものだと。車寅次郎なりに耐えている。15年戦争敗戦の玉音放送では「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」の言葉が独り歩きをしたが、山本玄峰が鈴木貫太郎に送った書簡にあったと。この言葉は禅宗の達磨の「忍び難きをよく忍び、行じ難きをよく行じて、修行をせよ」から引用したと

山本玄峰とは三島市の龍沢寺の住職。眼が悪かったと言われていたが、よく分からなかったと。弟子には中川宋淵、鈴木貫太郎、吉田茂、田中清玄、井上日召、岩波茂雄がいたと

日本映画に「無法松の一生」があった。戦前、戦後を通して4回制作されたと。戦後はGHQによってフィルムはズタズタにされたが、カンヌだったかな、持って行った時に、高橋治が西洋人は情愛の表現は肉体を通すが、肉体無しの精神だけの情愛表現は西欧では分かるかなと言っていたが、忍ぶ恋とは日本映画の伝統であるかも知れない

「男はつらいよ」にしても「続 遥かなる山の呼び声」にしても男の忍ぶ恋である。あるいは女のじっと待つ恋なんだな。山田洋次の描く世界は忍そのものだな。昔、「忍」という名前の男がいたが、小さい頃は名前が嫌だったと。小生の高校の校章かな、校訓も「忍」であった

ある時、渥美清が東京駅ホ-ムで「いつも寅さん、見てるよ」と酔っ払いから言われたと。その彼が去り際に「渥美清は元気かい」と言うと。「元気ですよ」と答えたら「よろしく言ってくれ」と言ったと。渥美清はこの役をいい加減に演じていると、田所康雄は車寅次郎に追い越されるぞという不安のようなものを感じると。この話は、小生は以前に聞いていた。後年、渥美清は尾崎放哉の役をやりたかったと、早坂暁は台本も書いてあったが渥美清は車寅次郎を貫き通した

9月17日の朝日新聞土曜版、夢をつくる⑦で山田洋次は語っていた。寅さんシリ-ズが始まって7作目か8作目の頃、映画界でそんなに続いた例はないし、みっともないからこの辺で止めようかと渥美清に提案したと。それを受けて上記の「渥美清は元気かい」の話をして、にこやかなに席を立って行ったと

渥美さんは、スト-リ-についてのアイデアやマドンナの人選について口出ししたことは一度もなかったと。大事な問題を直接相手に問いかけず、間接的に語って相手に考えさせる一見回りくどい話を渥美清はよくしたと。上記の「渥美清は元気かい」の話が返事であると。つまり止めずに、もっと続けよう、続けなければいけないと。あの酔っ払いのようなファンのために人間らしい笑いを提供するように努力しようと田所康雄は言いたかったのだと

1996年の8月に渥美清は亡くなった。誰も気づかずに、ひっそりとあの世に逝きたいと。家族だけでひっそりと葬儀をやったと。その後8月13日に大船撮影所でお別れ会をやったと。炎天下3万5千人がお別れに来たと。大船駅から撮影所まで約1キロの道は長蛇の列だったと。最後に山田洋次が代表して遺影の前で「渥美さん、さようなら」と言ったら急に涙があふれてきたと

渥美清が亡くなった後、寅さんシリ-ズの50作目「おかえり寅さん」を制作した。寅さんへの回想であるが、諏訪満男が主人公となり、満男と娘を軸に現実の中に回想場面が入り乱れている。満男は初恋の相手の泉ちゃんがヨーロッパで生活していたが、来日して満男と再会した。満男や泉ちゃんの再開は現実であるが、何せ初恋同士である。その2,3日間の間はまさに懐古の日々であった。泉が飛行機に乗って帰り、満男は家に戻ると、娘から「お帰り」と言われた。娘から見ても夢の中だったのだな。「お帰り」は車寅次郎のお帰りと満男のお帰りを掛けていた

山田洋次の描いた「忍」は男女間の恋愛から発している。しかし、その「忍」は普遍的な奥ゆかしさを感じさせる

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