霧島荘2号店

三十路男 霧島の生活、ネット上での出来事をつらつらと書き綴る

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星の唄 第十話 「生きるための代償」

2006年09月24日 21時02分55秒 | 小説風味
 
 霧島が渡してくれたメモには、確かに住所が書かれていた。
 しかしそこが差す住所は、聖夜が住んでいる県から新幹線を使っても三時間は掛かる場所だった。近くならすぐさま行動に移そうと思っていたのが甘かった。中学三年に新幹線の切符とその他諸々の交通費を買えるだけ金をすぐに出せという方が無理な話だったのだ。
 今からバイトをしても遅すぎるし、正月が近いからと言ってお年玉を前借りする意見が通るとも思えない。これからどうするべきか、太一と一緒に考えていると、少しだけ悩んだ末に、太一は、「しばらく時間をくれ。おれが何とかするから」と言い残し、それから四日連絡が取れなかった。
 雪乃の携帯に電話を入れてみても相変わらず電源が切られていて、聖夜は何も出来ないままで無常な時間を過ごした。一刻も早く雪乃に会いたいと思うのだが、それは聖夜だけの力ではどうしようもない。ここは太一を待つしか方法はないのだ。
 音信不通で四日過ぎた夜、聖夜の携帯に太一からメールが入った。すぐさまメールを開く。内容はこうだった。
『明日の朝七時三十分丁度に晴天駅にいてくれ』
 メールを送り返しても返事は返って来なかったし、電話を入れても電源が切られた後だった。理由は全くの不明だが、太一がそう言うからには何か対策を練ったのだろう。
 その日の夜はすぐに寝て、朝になって起きたら支度をして家を出た。駅の前で五分ほど待つと七時三十分になり、人が行き交うホームを眺めながら太一の姿を探す。
 すると、少し離れた所に太一を見付けた。四日振りに見る太一の姿は、かなり大袈裟だった。登山にでも行くようなリュックを背負い、なぜか迷彩服を着ている。一見すればゲリラを得意とする軍人が紛れ込んだような光景だった。一瞬だけ知人と思われたくないと思ったが、そんなことを考えている暇はない
「太一!」
 その名を呼ぶと、太一も聖夜に気付いて近づいて来る。
 聖夜の前に立つと、太一は自信満々で笑った。
「よお聖夜。待たせて悪かった。でも安心しろ、準備はすべて整った。今か新幹線に乗って雪乃ちゃんに会いに行くぞ」
「でも、お金は……?」
 心配ない、と太一は言った。迷彩服のジャケットのポケットから紙切れを取り出す。それは本日八時に出発する新幹線の切符だった。
 どうしたのそれ? と聖夜が言おうとした際に気付いた。太一は、自分の娯楽や興味を持ったものに対しては金を惜しまない性格をしている。その資金がどこから出て来るのかはやはり謎だが、今回だけはそれに感謝しなければならない。
 聖夜は真剣に太一を見る。
「太一。ありがとう」
「何言ってんだよ。それに礼はまだ早い。すべて終ったら、その時に言ってくれって」
 少し照れたようにそう言って、太一は歩き出す。
「おい早く行くぞ。さっさと乗車しよう」
 聖夜は肯いてその後に続く。
 開札口を通り抜け、プラットホームに歩み出て、その時丁度ホームに入って来た新幹線に乗車する。指定された席に辿り着き、そこに二人並んで座る。太一が持っていたリュックからコンビニ弁当を取り出して聖夜に手渡した。
「……そのリュック、何が入ってるの?」
 コンビニ弁当を食べてながら、太一は答えた。
「いろいろ」
 いろいろって何だよ、と聖夜は思う。だけど、それは恐らく太一が必要だと思って用意した物なのだろう。時がくれば役に立つはずである。それまで検索は無用だった。
 手に持っていた弁当を座席に備え付けられているテーブルに置いて窓の外を眺める。
 もうすぐ雪乃に会える。そしたら、この五日間でずっと考えていたことを雪乃に言おう。伝えなければならないことを、訊かなければならないことを、ちゃんと雪乃と向き合って。すべてをはっきりさせよう。
 その後にどうするのかは、それから決めればいい。事によっては勝手に決まるかもしれない。だからその時までは、辛抱しよう。雪乃と会って話をするまでは、何も結論付けることはできないのだから。
 やがて室内にアナウンスが流れる。新幹線に微かな振動が伝わり、ゆっくりとゆっくりと、しかし着実に加速して行く。
 この先に雪乃がいる。突き動く理由は、それで十分だった。


     ◎


 新幹線に乗ること三時間と五分、それから普通電車に乗り換えて一時間、電車を降りてバスに乗って二十五分。
 景色は一面の緑だった。バスから降りると、待合室があった。しかしそれは木で出来た建物で、ここが田舎だと確信させるのはそれだけで十分過ぎた。真っ直ぐに伸びるボロボロのアスファルトと、辺りを田んぼに囲まれたその場所で、聖夜と太一は次なる行動に付いて話し合う。
「おれが調べた限りじゃこっからは歩きになる」
「……でも、どのくらい歩くの? 近くに家なんてないし……」
 太一は頭を掻く。少しヤケクソになりながら、
「あのな、実を言うと……先生が教えてくれたメモ通りの場所だと、そこって山の中なんだよ……」
「山?」
 聖夜は辺りを見まわす。視界に見えるすべての光景が、山に突き当たっている。ここは、周りを山に囲まれた、村と呼ぶような場所なのだ。
 視線を太一に戻す。
「……どの山を登るの?」
「……わからん」
「わからんって……どうするの!?」
「取り敢えず人でも探して訊けばいい。よし、行くぞ」
 そう言って太一は歩き出す。すぐにその隣りに聖夜も並んで歩く。見渡す限りに自然が広がった、緑豊かな所だった。森の木々は肌寒そうに葉を散らしてはいるが、それでも残った葉が緑の色を保ち、綺麗に山を彩っている。
 しばらく無言で太一と歩いていると、前方から一台の乗用車が走って来た。排気音が近くなるに連れ、運転している人の顔が見えてくる。四十過ぎの男性だった。太一が道路の真ん中に立って手を大きく振る。かなり無理矢理な止め方だが、乗っていた男性は嫌な顔一つせずに窓から顔を出した。
 優しそうな人だった。
「珍しいな、こんな所に子どもが二人で来るなんて。君達、迷子かい?」
 聖夜と太一は近づいて行く。運転席の隣りまで歩くとそこで立ち止まり、太一が畏まりながら言う。
「あのすいません、この辺で家を探しているんですけど、ちょっと訊いてもいいですか?」
 男性は笑う。瞬間、その笑顔に聖夜は懐かしい、とでも呼ぶようなものを感じた。
「もちろんだ。でも、この辺に家なんてあったかな……?」
 太一が切り出す。
「浅摩っていう家なんですけど」
 その声で、男性の顔付きが変わった。真っ直ぐ、真剣な瞳で太一を見据え、
「……その家に、何か用でもあるのかい?」
 気圧された太一が口を開くより一歩早くに、聖夜が返答した。
「そこの家の、浅摩雪乃さんに会いに来ました。雪乃は……あなたの、娘さんではないですか?」
 なにっ? っと太一が聖夜と男性を交互に見やり、そしてその男性は聖夜をじっと見据える。
 やがてすべてが繋がって納得したように男性は軽く肯いた。
「確かに、ぼくは雪乃の父親、浅摩徹彦だ。……では今度はこちらだ。君は、結城聖夜くんだね? そして君が水上太一くん。当ってるかな?」
 聖夜が肯く。状況がまだ理解できない太一は聖夜と徹彦を交互に見比べ続いていた。
 徹彦は窓から顔を引っ込め、前を向いたままで、しかし聖夜に対して提案する。
「乗りなさい。浅摩家へ連れて行ってあげよう。それに、少し話もしたい。……いや、話さなければならないことがある」
 わかりました、と肯いて聖夜は車の後部座席のドアを開けた。いつまでも突っ立っている太一に向って、「太一も早く」と言うと、太一は呆然と「あ、ああ」と返事をして聖夜に続いた。車に乗り込んでドアを閉めると同時に車は走り出す。
 しばらくは無言で走行して、そして先に口を開いたのは徹彦だった。
「さて……。どこから話そうか。聖夜くん、君は何か訊きたいことはあるかい?」
 まず最初に、何を置いても訊いておかねばならないことがあった。
「雪乃は、今から行く所にいるんですか?」
「ああ、いるよ。ただし、会えないけどね」
「会えないって、どうしてですか?」
 徹彦は何かを考えているように黙り込み、やがてミラー越しに聖夜を見つめた。
「君は……雪乃の【声】は聞けたんだよね?」
「はい。でも、雪乃は普通に喋れるんですよね?」
「……そうか、君はそこまで知っていたのか……」
 ミラー越しに見つめていた視線が前方へ戻る。
「順を追って話して行くよ。包み隠さず、すべてをね。――そうだな、始まりは今から約五四八年前、浅摩家が生まれたその訳を言おう。昔々のその昔、世界には普通の人には知られざる、人とは違う生き物が存在していた。それが今で言う妖怪とか物の怪の類だね。今ではそんなものは封印やら退治されてほとんどいないけど、昔は沢山いたんだよ。例を挙げてちょっと言っとくと、文献の中とかでよく出てくるのが『神魔』と呼ばれる『神に使えし悪魔』ってヤツなんだけど。そいつの姿は刀で、それを手にした人の身体を操り、人を殺め、神魔が自分で使った罪滅ぼしの儀式を終えるまでその人は永遠に歳をとらないって書いてある。今は封印されてどこかの退治を専門としてた家系の家にあると思うんだけど……。少し話がズレたね、修正するよ。その人が知られざる生き物を退治するために、浅摩家が作られた。他にももっと作られたんだけど、ぼくはあんまり詳しくは知らないんだよね。それで、浅摩家は退治を忠実に繰り返して世界を生きて来たんだ。しかし、ある日退治した一匹が、死に際に呪いを放ったらしくてね。強い強い怨念の篭った、決して消えない呪いを。その効果って、何だと思う?」
 長い、よくわからない話を聞かされて混乱していた聖夜に、徹彦はいきなりそう問うた。
 そして聖夜が答えるより早くに徹彦はその答えを口にして、さらに続ける。
「答えは死の呪い。でもそれがまたややこしくてね……。その呪いは、浅摩家の血を引く物になら誰にだって降り掛かるんだ。この世に産まれ落ちて十五年、その年の月が師走(しわす)から睦月(むつき)、言い直すと、十二月三十一日から新年の一月一日に日付けが変わるその瞬間は、呪いが最も力を発揮する瞬間なんだ。呪いだから薬とかでも絶対に助からない。でもそれじゃすぐに浅摩家の血は途絶えてしまう、呪いを放った生き物はそれだけは嫌だった。だから呪われていても生きられる条件を付けた。産まれ落ちて十五年の歳月が流れるまでに、自分の【心の声】を、自分が一番大切だと思える人に伝えることができるようにする。それが、その呪いを受けてもなお、生きる方法なんだ」
 話の大部分はわからなかった。だけど、その中に出て来た【心の声】というのに口が自然と反応した。
「じゃあ、雪乃の【声】の理由って……」
「その通り。雪乃も浅摩家の血を引いているから、その呪いの対象者になってるんだ。【心の声】を伝えられる力も、その呪いの中に入っていてね。そして、ここからが本題だ」
 徹彦は一旦言葉を切り、ハンドルを回して道を右折する。道は山の中へずっと続いていた。
「確かに自分の【心の声】を、自分が大切だと思える人に伝えることができれば生きるられる。だけどね、それには代償が必要なんだ」
「代償……?」
「そう、代償だ。生きるための条件は、【声】を伝えられること。その条件を満たした者だけが、産まれて十五年目の年が師走から睦月に変わっても生きられるんだ。そして、ここで代償を引き払わなければならない。その代償っていうのが――」
 車が、がたんと揺れた。
「――記憶なんだ」
 その響きが、とても重く感じられた。
「【声】を伝えることのできた、自分が一番大切だと思える人の記憶が、その人だけの記憶が頭の中から綺麗に消え去る。それが、呪いの一番の効果だ。……実を言うと昔、ぼくもその条件を満たし、記憶が消えた口なんだよ。はっきり言って、辛かった。目の前にいる女性が誰かわからない、向こうはぼくのことを好きだと言ってくれたけど、ぼくは彼女のことをまるで憶えていない。今もぼくはその人のことを思い出せないし、そもそもそんなことがあったのかどうかさえ疑いたくなってくる。あの感覚は、二度と思い出したくないよ……。今まで、そうやって記憶を忘れた人が、もう一度その人を好きになる可能性は、零だ。聞いたことがない。ぼくもその女性とは違う、今の浅摩の母親と結婚した。そして雪乃が産まれた。……記憶がなくなる、下手をすれば死んでしまう呪いを受けながらね。でも……そこで問題が起こった」
「問題……?」
 車はさらに山を進んで行く。恐らく、すでに中腹くらいまで登っているずだ。
「雪乃は、大切な人の記憶を失うくらいなら死んだ方がマシだと言い切ったんだ。もちろんぼく達は反対した。記憶を失っても、生きていればそれ以上の人に出会えるかもしれない、だから【声】を伝えられるようにしてくれないか。そう言ったよ。でも、雪乃は断固として譲らなかった。……雪乃の真剣な瞳を見て、ぼくは決心した。それなら、雪乃の好きなようにさせてあげようって。もし雪乃が死んだら、ぼく達も後を追おうって。だけど、その判断に浅摩家の人間が大反対した。本人の意思を無視して雪乃が通っていた学校を転校させ、住む場所も変えられた。君達の担任の、霧島さんには世話になったよ。事情を話したらすべてを受け入れた上で、雪乃の転入を自ら責任者に訴えてくれたりもした。そして、雪乃は転校できた。本人の意思など無視されたままで」
 最初の方の話は全くと言っていいほどに理解できなかった。だけど今、徹彦が話している内容だけはなぜか頭が完璧に受け入れていた。雪乃の名前が、それに現実味を帯びていた。
「でも、転入は雪乃に生きる喜びを与えくれた。それは、聖夜くん、君の御かげだ。雪乃がいつも言っていたよ。聖夜くんといると楽しい、聖夜くんとずっと一緒にいたいって。雪乃が自分の本当の声を閉ざしていた訳はね、もし口を開いてしまったら、本当のことを全部話してしまいそうだから、って雪乃が言っていた。だから携帯で言葉を伝えるんだって。【心の声】が聖夜くんに伝わってからもずっと、真相を知られたくなくて必死に隠していたそうだよ。……たまに、雪乃の【声】が聞こえなくなることはなかったかな?」
 ミラー越しに見つめてくる徹彦の視線に、聖夜は肯いた。
「それはね、自分の心を隠しているからそうなるんだよ。普通なら、そんなことはないんだ。でも……今更そんなことを言っても仕方がないのかもしれない。明日には、すべてが終ってしまうからね」
 その声に体全体が反応した。運転席に乗り出さんばかりに身体を押しやり、
「どういう意味ですかそれ!?」
 しかし徹彦は全く動揺せずに、
「そのままの意味だよ。今日は雪乃が産まれて十五年目に迎える十二月三十日。呪いの力が最も強くなるのは、明日なんだ。合図は、雪乃の体が薄く黄緑色に光ったその時。その光りが収まった時、即ち世界が新年を迎えた瞬間、雪乃の中から、聖夜くん、君に関するすべての記憶が消える」
 聖夜の体から力が抜ける。後部座席にどかりと座り込む。言葉が、出て来なかった。
 隣りに座っていた太一が何か言いたそうに口を動かすが、結局は何も言わないままで終った。
 車が突然停止する。徹彦がシートベルト外してドアを開ける。しかし車からは降りずに、徹彦は言った。
「ここが浅摩の本家だ。聖夜くん、一つだけ言っておく。君は、雪乃と会わない方がいい。会っても雪乃が辛いだけだ。それに、本当に辛くなるのは、君自身なんだよ。ぼくは目の前で見てる。大切な人に忘れられて、絶望に苦悩する人を。君には、そうなって欲しくない。今日一日、君なりに考えてみてくれないか。そして、決意が決まったら、明日、ぼくが君をここから駅まで送り帰す。それが、雪乃の父親として出来る、最後のことなんだ」
 それだけ言い残し、徹彦は車を降りた。わかってくれ、と徹彦がつぶやいた。
 車の後部座席に座って、両拳を握り緊めたまま、聖夜は動こうとはしない。
 理性が納得しても、感情は納得しなかった。
 見上げるそこに、風格が漂う木で作られた巨大な門が聳え立っている。
 この先に雪乃がいる。突き動く理由は、それで十分だと思っていた。
 雪乃に、もう一度だけでも、会いたかった。

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