霧島荘2号店

三十路男 霧島の生活、ネット上での出来事をつらつらと書き綴る

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星の唄 第十一話 「爆竹と救出と瞬間マッチ」

2006年09月24日 21時04分04秒 | 小説風味
 
 浅摩家は、山の中腹を平坦に切り開き、そこに膨大と思えるほどの敷地を備え、その敷地の中央に浅摩本家が建設されていた。
 その本家を中心とし、数え切れないほどの分家が建っており、そのすべてが一本の通路で繋がっていて、まるで迷路のような構造をしている。それらをずらっと囲むように造られている三メートルほどの塀と、真正面に付けられている門。まるで、敷地の中に一つの村があるような設計だった。
 徹彦の車が止めてあるのは塀の外側で、そこには車が何台も止まっていた。そしてその駐車場と思わしき場所から少し離れた所に、一階建ての小さな、しかしそれでも普通の家くらいの大きさがある建物があった。徹彦に連れられ、聖夜と太一はそこに招かれた。徹彦が言うには、浅摩家の門は浅摩の血が通っている者しか潜ることが許されないらしい。だから、族に言う余所者は、この別家で寝止まりをする決まりになっているそうだ。
 その別家を今現在使っている者はおらず、取り敢えずは聖夜と太一はそこに押し込まれることとなった。
 一階建てのその建物は、二人で使うには広過ぎるくらいだった。玄関に向って正面の廊下の突き当たりが便所になっていて、それまでに通る左側に台所と物置、さらに右側には空き部屋が四つもあった。どこの部屋を使おうかと太一が訊ねたが、聖夜が何も言わなかったので勝手に一番手前の部屋に決定した。そこに太一は上がり込み、部屋の引き戸を開けて中を見ると一応は清掃されているらしく、予想に反して埃などはなかった。
 畳みにリュックをどかりと置き、カーテンを引いて窓を開け放った。冬の風が室内に入り込み、廊下を流れて玄関から抜けて行く。窓際に腰掛け、部屋のドアの所に突っ立っていた聖夜に向って言う。
「……で? これからどうする?」
 その問いに、聖夜はしばく答えなかった。やがて数歩だけ歩いて畳みの上に座り込んだ。
 つぶやくように、
「どうもこうもないよ」
 そして視線を太一へ向ける。その表情は、何かを決めたような決意を漲らせていた。
「徹彦さんの言うことは、最初の方は全然わからなかったけど、それでも最後の方はわかったつもり。でもそれをすべて信じたわけじゃない。もしかしたら全部が全部嘘かもしれないし。だから、ぼくは行くよ」
 不思議と、怖気はなかった。例えどんな状況になろうとも、もう一度だけ会おうと決めたから。
「雪乃に本当のことを聞くまでは、納得なんてしない。太一、お願いがある」
 太一は無言で聖夜を見ている。
 聖夜も太一を見据えながら、こう言った。
「力になって欲しい」
 太一はまるで悪魔のように笑った。そうこなくっちゃなマイフレンドと言って窓際からリュックの所まで歩き、中身をごそごそと漁り始める。
「どうするの?」
「作戦を立てるんだよ。――聖夜、また時間をくれ。今から偵察してくるから」
 さらっとそんなことを言った。
「偵察って、まさか忍び込むの!?」
 おうよ、と太一は肯き、リュックの中から小さ目の鞄を取り出した。太一の服と同じの迷彩カラーの、ジッパーがやたらとでかい代物。それを手に持ち、太一は行って来ると宣言して部屋を出て行った。そんな太一を見送り、聖夜は遂に自分も一緒に行くとは言い出せなかった。
 足手まといになる可能性があったからだ。太一は運動神経が無駄に良い。それに引き替え、聖夜は平均並。もし見付かっても、太一なら逃げられるだろうが、聖夜なら捕まる可能性がある。だから、一人で行く太一を呼び止めることはできなかった。
 一人部屋に残された聖夜は、開け放たれた窓から外を見上げる。吹き込む冷気に身を任せ、思考を巡らす。
 徹彦の言っていたことが丸っきりの事実だとは思わないけど、丸っきりの嘘だとも思えない。口調から察すると、恐らく本当のことを言っていたのだろう。だけど人に知られざる生き物とか呪いとか、いきなり信じろという方が無理な話だった。だがそれをもし信じれば、雪乃のことについて説明がつくような気もする。現に、自分は雪乃の【声】を聞いていたのだから。呪いの中にその作用があったと考えれば、納得できないこともない。が、本当はそれこそが徹彦の狙いで、そのまま怖気付いて聖夜が帰るようにそう言ったとも考えられる。
 何の理由があるにせよ、今の聖夜にわかっていることはたった一つだった。雪乃は、ここに連れ戻された。雪乃と最後に会話したあの夜。あの悲しそうな笑顔が、『見たかった』と言った雪乃の【声】が、どうしても自ら進んでここに帰って来たとは思えない。
 だからもう一度だけでも、雪乃と会って話がしたかった。雪乃の口から本当のことが聞きたかった。雪乃がどう思い、どう行動したいのか。それを聞いたのであれば、聖夜は雪乃に従おうと思う。帰れと言われたら帰るし、もし助けてと言われれば、命に代えてでも助け出してみせる。だから、もう一度だけでも、雪乃に会いたかった。会わなければならない。
 なるべく早い方がいい、と聖夜は思う。信じたわけではないが、もし徹彦の話が事実であるのなら、タイムリミットは明日の深夜零時。日本が新年を迎えるその時だ。最低でも、それまでには会わなければならない。仮に嘘だったとしても、行動に移さなければここに来た意味がない。
 まずは、太一が戻って来るのを待とう。それからどうするか太一と決めよう。そして、雪乃に会おう。
 何が本当で何が嘘なのか、全てが本当で全てが嘘なのか、はっきりさせよう。
 雪乃に、一秒でも早く会いたかった。


 太一が戻って来たのは日が暮れ、辺りが闇に支配された夜だった。
 何気ない言葉で「ただいま」と言って部屋まで辿り着き、盛大なる身心共に疲れ切ったため息を吐いた。
「……どうだったの?」
 力なくその場に倒れ込んだ太一は、聖夜のその声に生返事を返して一枚の紙を差し出した。そこには四角の図形が何個も描かれており、それをすべて線で繋いであった。さらに真ん中に一番大きな四角があり、そこから伸びる一本線の先にある小さ目の四角に×印が打ってあった。
 見る限りでは、これは、
「地図?」
 畳みの上に引っくり返ったままで、太一は「おう」と返した。
 改めてそれを眺める。よくもまあこんな物を書けたものだ、と聖夜は思う。どうやって侵入したのか、どうやってこの地図の全貌を明らかにしたのか、聞きたいことは山ほどあったけど、結局は何も訊ねなかった。太一の疲れようは半端じゃなかったし、それは恐らくそこまで疲れるようなことをしてこれを書き上げたのだろう。
 そんなことを聖夜が思っていると、引っくり返ったままの太一がぽつりと、
「……その×印あるだろ」
 うん、と聖夜が返答する。
「……そこに雪乃ちゃんがいる、と思う。見たわけじゃないけど、家の中のヤツの話を聞いてるとどうもそうらしい」
 ×印の書かれた四角を見つめる。ここに雪乃がいる。目指すは、そこだ。
 今すぐにも行動しようと立ち上がった聖夜を、太一の疲れ切った声が制す。
「待て、今行っても無理だ……。てゆーか、おれが動けない……」
 微妙な視線を太一に送っていると、ぶつぶつと何事かを言い出す。
「塀を飛び越したら犬がいてさ、それから逃げてたら犬が集まってくるわけよ、必死で逃げて逃げて逃げて振り振り返ったら犬が増えてるんだなこれが。あいつらは番犬っていうよりただ見慣れないヤツと遊びたかっただけなんだろうけど、おれ犬って大嫌いでさ、死にもの狂いで逃げてその辺の家に忍び込んだらこれがまた十八禁なのよ。だから屋根裏に潜んで忍者みたいに偵察しまくってたら迷ってよ、外に出たらまた犬がいるんだよ。また逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げまくって隠れてたらこんな時間になっちまった……。今日一日、悪いがおれは動けない。てゆーか、同じ日に何度も何度も犬を見るのは絶対に嫌だ」
 すると、太一はそのまま寝息を立て始める。太一がこれでは今日は無理かもしれない、と聖夜は思う。それにしても、太一が犬をそこまで嫌いだったことに驚いた。人には弱点があるものなんだなとピントのずれたことを考えていた。
 そして、ここからは聖夜の出番である。太一の御かげで浅摩家の見取り図はわかった。だったら、作戦を立てるのは聖夜の役目なのだ。二人用のゲームでもいつもそうだ、聖夜が作戦や攻撃パターンを分析し、それに従って太一が実行する。今までそのやり方でクリアできなかったゲームなんてないし、今回も失敗する気は毛頭ない。絶対に成功させてみせる。
 太一と力を合わせれば、不可能は何もないとすら思うのだから。
 聖夜は歩み出し、太一のリュックの中身を確認する。意外な物も多く出て来たけど、それ以上に使えそうな物が多かった。
 雪乃にもう一度会うために、聖夜は頭をフル回転させる。
 窓から見える星空は、聖夜の住んでいる場所から見るより綺麗だった。


     ◎


 翌日の正午に、徹彦は別家を訪れた。
 家の中には帰り支度を済ましていた聖夜と太一がいた。わかってくれてありがとう、と徹彦は言った。それから徹彦の車に乗って山を下り、終止無言で過ごした。山の中から出た時に、聖夜が「ここまでで結構です。後は自分達で帰りますから」と不機嫌そうに言い、有無を言わせぬ内に車を降りた。その後に太一も車を降り、最後に徹彦に頭を下げた。運転席の窓越しに見る徹彦の表情には、罪悪感に苛まれたものがあった。辛いのだろう、と聖夜は思う。娘を身を案じているからこそ、徹彦は聖夜と太一をこうして送り帰している。本当なら、無理にでも雪乃に会わせてやりたいと思っているのがその表情から見て取れた。
 最後に徹彦は「すまない。冬休みが終って、雪乃と出会ったのならまた友達になってやってくれ……」と残して車を走り出させた。その時に見た徹彦の目に、涙が浮んでいたのは気のせいだったのだろうか。
 車が見えなくなるまでその場で見送り、見えなくなってから十分ほど経ってからやっと聖夜は口を開いた。
「行こうか太一」
 リュックを背負った太一は笑う。
「おうよ。あの犬どもにも仮を返さなきゃならないからな」
 さっき下って来たばかりの道を二人は歩き出す。
 聖夜の考えは、今日の朝に太一が起きた時にすべて話した。それに太一も納得したし、これで行けると思う。失敗は、許されない。しかし失敗する気は毛頭なく、必ず雪乃ともう一度会ってみせる。
 太一が持っているリュックの中に必要な物はすべて用意してある。というより、太一が適当に詰め込んだ物が偶然にもその効力を発揮するだけなのだか。それでもその偶然に聖夜は感謝したい。今はそれが忍び込みために必要になるのだから。
 車で登れば二十分も掛からないが、歩けば別だった。平坦の道を歩いても車とでは時間に大いに差が出るのに、山道ともなればその差がさらに広がる。歩く度に足元に落ちている落ち葉を踏ん付けて乾いた音が鳴る。二人とも無言だった。言葉は必要なかった。決意が決まったら、話すことなど意味を成さないからだ。
 浅摩家に再び戻るまでに、予想以上に時間を食った。途中、何度も車が道を通っていたことが原因だった。見付かってはすべてが水の泡になってしまうので、車の排気音が聞こえたらすぐに森の脇道にに身を隠してやり過ごした。車の通りが頻繁で、これから何かが起こるような気配がする。この時になってやっと、聖夜は徹彦の言っていたことが本当ではないのかと思い始める。しかし今は余計なことを考えている暇はない。その考えを意思の力で捻じ切って捨てる。
 正午までいた別家に戻って来る頃には、すでに辺りが赤く染まっていた。昨夜に見付けておいた別家の物影に身を隠し、見張り役を交互にして仮眠を取る。辺りが暗くなって塀の向こうから明かりが漏れ、聖夜と太一の横顔を照らしていた。時計を確認すると八時半を回っていて、太一のリュックから取り出したカロリーメイトのチーズ味で空腹を満たす。
 それを食べ終わってから、聖夜と太一は最後の打ち合わせをする。
「作戦決行予定時刻は?」
 聖夜がそう問うと、太一がすぐさま、
「PM9:00」
「役割は?」
「おれが囮役、聖夜が美味しいとこを全部持ってく救出役」
「………………」
「冗談だよ、黙るなって」
 聖夜は、真剣に言う。
「太一、ごめん」
「あん?」
「巻き込んじゃって本当にごめん。でも、ありがとう」
 太一に叩かれた。
「何言ってんだマイフレンド。水臭いぞ。それにもしこれが成功すれば、囮役になったおれを勇気ある人と思って雪乃ちゃんの気が変わるかもしれねえしな」
 そう言って、太一は親指をぐっと立てて笑った。もう一度心の中で、理由はどうであれありがとう、と聖夜は言った。
 携帯電話のディスプレイに表示されている時計が、八時五十九分を示した。作戦実行一分前である。緊張で呼吸が乱れる。太一が「緊張すんな子どもかよ」と言って笑う。緊張が解れて「犬には気を付けて」と反論しておいた。太一の顔が引き攣った笑みに代わり、「やめてくれよ頼むからか勘弁してくれ、てゆーか絶対にリベンジしてやる」と強がった。
 携帯のディスプレイが、十二月三十一日の午後九時を示した。作戦実行時間である。
 別家の物影で、聖夜と太一は静かに拳をぶつけ合わせた。目線で「太一」と送ると、すぐに目線で「余裕」と返って来た。二人は笑う。
 そして、太一が行動に出た。別家の物影から太一は普通に歩み出し、浅摩家の門の前で立ち止まる。深呼吸を一つ、太一は叫んだ。
「たのも―――――――――――――――――――っ!!」
 聖夜の作戦では「すいません」と門をノックするはずだったが今はどうでもいい。
 太一の声を聞きつけ、すぐに門が開いた。中からはこの家には不釣合いな黒いスーツを纏った男が現れた。どこかの国のエージェントに思えた。もしかしたらアメリカの映画などに出て来ても不自然じゃないかもしれない。
 男は無表情のままで言い、
「……何の用だ?」
 太一は自信満々に言った。
「グッナイ、ナイスガイ!」
 瞬間、太一の両腕が迷彩カラーのジャケットの懐に突っ込まれる。引き抜いたそこに、何かを持っていた。それはマシンガンでいきなり目の前の男を蜂の巣に、なんてことはせず、手に持っていたそれにいきなりボっと火が灯る。ジジジっと音を発して小さな火が動き、それが全部で八つ。指の間に一つずつ挟んで持っていた。突然の太一の行動に戸惑った男は、反応が遅れた。そこを太一は見逃さなかった。指に挟んだそれを一気に男に向って投げ付ける。
 弧を描いて舞う八つのそれは、爆竹だった。
 刹那、大音量で火薬が弾けた。導火線に付けられた火が最初の爆発を巻き起こし、付いているすべての火薬を弾き飛ばした。
 たまったものではない。男にしてみれば、突然現れた正体不明の少年に、轟音で爆発する何かを投げ付けられたのだ。驚かない方がどうかしている。耳を塞いでその場に伏せた男を踏み付け、太一は門の中に入って行く。それからすぐに状況を悟った男が起き上がり、敷地内へ入った太一を追い掛け始める。男の声が不審人物だ、皆来てくれと叫んでいる。
 作戦は成功だった。門は開けっぱなしになっている。それを確認してから聖夜は走り出す。門の手前で一瞬だけ止まって中を偵察する。するとかなり遠くから太一の馬鹿笑いが聞こえ、「がははははっ!! 食らえ犬っころっ!! おれの真の恐ろしさを特と味わぇえっ!!」との叫びと同時に爆竹の弾ける音が響き、さらにロケット花火と思わしき口笛のような音が鳴いた。大勢の人の声がそれに混じって聞こえる。どうやら太一はちゃんと囮役をやってくれているようだ。それでは、今度は自分の番だ、と聖夜は思う。
 太一の声が聞こえる方とは違う方向へ聖夜は走り出す。太一が引き付けてくれる御かげか、人の姿はほとんどなかった。しかし太一を追うべく人に会うことはあった。その時は近場の物影に隠れてやり過ごした。ポケットから取り出した地図を見て場所を確認し、また走り出す。遠くから聞こえる爆竹の音が、まだ太一は無事だということを証明してくれた。ちなみに、爆竹は全部三十二本あって、ロケット花火が十五本、馬鹿でかい打ち上げ花火が一本、さらに瞬間マッチと呼ばれる導火線に火を簡単に付ける用具が一つ。どうでもいいことだが、瞬間マッチというのは太一が自作した専用ハイテク機器である。
 不思議と息は切れなかった。目的が決まっていると、他に何も考えずに済むからかもしれない。目的地は、すぐに見つけ出すことが出来た。一番大きい本家の後方、離れのように建っているその一軒。
 聖夜は、そこまで走り切った。土足で上がったが知ったことではなかった。室内へと続く引き戸を開け放つ。思ったり音が出た。それに驚いたような声が中から聞こえ、そしてその声に聞き覚えがあった。聖夜はさらに突き進む。廊下の突き当たりの部屋のドアノブに手を掛けた瞬間、向こう側からドアが開けられた。
 時間が、止まったようだった。
 聖夜は乱れた息を整えながら見つめる。
 その視線の先にいるのは他の誰でもない、浅摩雪乃その人だった。
 聖夜は笑う、
「雪乃、久しぶり」
 驚いた表情で聖夜を見つめていた雪乃の口から、声が漏れた。
「聖夜、くん……どう、して…………?」
「理由は後で話す、だから今はぼくに付いて来て」
 雪乃の手を掴んで聖夜は走り出す。
 久しぶりに見た雪乃は、何も変わっていなかった。
 そして雪乃は今、安心と嬉しさで、涙を流している。
 遠くから爆竹の音と犬の遠吠えと大勢の人の声が聞こえる
 空に雲は一つもなく、満天の星空だった。
 そして聖夜は、この手を繋いでどこまでも行ってやろう、と思う。

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