中国の旅 その1北京・頣和園、 その2北京・天壇、その3北京・鼓楼、その4北京・胡同に続き、北京にある宋慶齢故居について、記述します。
宋慶齢故居
紫禁城の西側に細長い湖からなる北海公園があり、その北部に什刹海(西海、后海、前海の三湖) があり、その湖に沿った遊歩道は北京の人たちの憩いの場となっている。
この后海の北西側遊歩道沿いに宋慶齢故居がある。清朝最後の皇帝、溥儀の父、醇親王の王府だった所です。1962年に70歳の古希を迎えた宋慶齢の邸宅として改築され、1981年に逝去するまで住んだ 屋敷です。この宋慶齢の邸宅は、国家の重点文物保護単位に指定され、1982年から一般に公開されている。
写真上:故居大門
宋慶齢は、孫文を援助した浙江財閥の宋嘉樹の三姉妹の次女として1893年上海に生まれた。敬虔なクリスチャンだった父の教育方針で1907年に米国に留学し、大学卒業後は孫文の秘書となり、1915年に亡命先の日本で孫文と結婚した。当時22歳だった。
写真上 展示室入口、南湖/母屋
孫文の没後もその遺志を継いで革命活動に従事し、新中国建国後も大陸に残り、中央人民政府副主席、中華全国婦女連合会名誉主席や国家副主席をつとめた。婦人運動や子女の保護、教育の分野で活躍した。文革では批判されたが周恩来の擁護をうけ、1978年に全人代常務副委員長 となり、死後には名誉国家主席が追贈された。
写真上左から: 孫文と宋慶齢(結婚当時)
南湖にかかる回廊
姉は宋靄齢(孔祥熙夫人)、妹は宋美齢(蒋介石夫人)で、三姉妹がそれぞれ歩んだ人生は、現代中国の激動の歴史そのもので、映画や本になったり、各種番組で取り上げられています。
故居の大門には「中華人民共和国名誉主席 宋慶齢同志故居」と 書かれた扁額がかかってます。庭園には花木が茂り、実がなっており、園内には南湖と呼ばれる池があり、回廊がめぐり、小さな山もあり、安らぎを与えています。
写真上左から:
宋美齢・宋靄齢・蒋介石・宋慶齢@1942年重慶 (展示されている新聞)
晩年の宋慶齢肖像画
故居は博物館になっており、第一展示室は元の応接間を利用し、宋慶齢の生涯とその業績をテーマに400点近い写真と300点以上の文献資料が展示されています。
2階は宋慶齢氏の寝室、居間、そして書斎でガラス越しに参観できます。
宋慶齢の死後に発見された孫文の写真や結婚時の写真、国家指導者からの書簡や外国の友人たちから贈られた品々、数々の遺品なども見ることができます。
参考:宋慶齢故居の衛星写真がGOOGLE MAPSで見れます
宋慶齢故居:Pointer 39°56'37.15", 116°22'39.45"
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