勘太郎爺奮闘記

滞在合計26ケ国、21年の海外生活が終りました
振り返りながら 日々の生活も綴ります

ここ数年の正月のエピソード

2020-01-12 | 歴史・文化

ここ数年の1月1日はどこで過ごしていたか調べたら、

2008年1月1日は日本、2009年1月1日は南京、2010年1月1日は日本、2011年1月1日は日本、

2012年1月1日は南京、2013年1月1日は南京、2014年1月1日は日本、2015年1月1日は南京、

2016年1月1日は日本、2017年1月1日は日本、2018年1月1日は日本と、36%が中国・南京だった。

もっとも、中国は旧暦を採用しており、1月1日は1日のみ休日となっている。幸運にも、土日と1月1日がつながると、3連休となるように調節されるので、これを利用し、日本に帰国することもあった。

中国では、普通は正月とは春節のことで、2020年の春節は1月25日からで、休暇は1月24日(金)から30日(木)まで。春節が始まると、新年快楽(新年おめでとう)と祝う。→こちらおよびこちらのサイト

 

ここ数年の正月エピソードを拾ってみよう。

2013年1月1日の正月は、日本に帰国しないで、南京で正月を迎える事となったので、日本料理屋「水之恵」のご厚意により、正月を南京で過ごす日本人向けに御節料理を提供してもらった。(もっとも、これも商売ですがーーー)

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このお節料理ですが、雑煮付き(鶏と貝柱のおすまし、私の故郷の雑煮と味は少し違っているがーー)で、伊達巻、数の子、昆布巻き、黒豆など結構おいしかった。

 

 2014年1月1日

正月は日本で過ごすことができたが、正月明けにすぐ、オランダ・マーストリヒトに飛び立った。いや、「戻って来た」と言いたい。故郷に戻ってきたように、心が癒されます。 なぜなら、1977年に初めて、オランダに来た折に、SITTARDのHotel De Prinsに泊まった。それ以来、毎年のようにMaastrichtに来ていた。特に、2009年~2010年にかけては、約1年滞在した。

晴れると寒いが、夜景がきれいです。

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 イタリアンレストランにて夕食を取る。

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2015年1月3日

上海から羽田空港にたどり着いたが、羽田国際線到着荷物待合で、荷物が出てきたところで、麻薬検査の犬に、怪しまれ、荷物検査をさせられてしまった。

当然、検査の結果、無罪釈放。 どうも、果物の匂いが手提げ鞄に残っており、それに犬が反応したようだった。

外へ出ると、ターミナルでは、新春のお祭りが行われており、ラッキーなことに花魁道中に迎えられた。→こちらの報道

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この折の動画はこちらで見れます。

しばらく満喫し、お陰で、落ち込んでいた気分も回復し、無事、帰宅できた。

 

 2016年1月1日 

すでに中国・南京から福建省福州に勤務地を移していたが、正月は日本で過すことができた。

福州では、1月1日の第21回全国寒中水泳日に、福州各地の38の水泳チーム1036名の寒中水泳アスリートが、闽江(Ming-gĕ̤ng)を思い思いの泳法で渡り、元旦を祝っていた。

最高年齢73歳の人も300mの川幅を泳いだそうだ。←福建网络广播电视台

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今年(2020年)は日本は暖冬ですが、この年(2016年)の1月下旬に、東アジアに大寒波が押し寄せ、各地で大雪の報道があった。

南京の友人から、「南京も雪だよ~~~ん」とメイルと写真を受け取った。中国でも、あちこちで雪、極寒の注意報が出ていた。

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恒例の初詣

2020-01-05 | 歴史・文化

あけましておめでとうございます。

今年は、健康第一でこなして行きたいと考えてます。 今年もよろしくお願いします。

正月は、恒例の近くの観音禅寺へお参りに行ってきました。 菩薩様にお参りしたあと、梵鐘も撞かしてくれるので、気分一新できます。 また、お釈迦様の涅槃像を眺め、まだ早いかなとつぶやいてました。 

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天正十九年(1591)五月三日阿久和村の領主になった安藤治右衛門正次が、元和三年(1617)三月、先祖の冥福を祈るために当寺を創建したといわれている。 当寺は、安藤家代々の菩提寺である。

本尊の聖観世音菩薩立像は、像高八六cm、サクラ材の一本造りで、両腕から先や両足などは、後世に補造されたものである。

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境内のあちこちに、石像がある。

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「釈迦殿縁起由来記」(平成10年(1998年)銘)

仏教国スリランカ国より送られた「仏舎利(釈迦のお骨)」と総丈四mの涅槃(ねはん)像が当寺に奉安され、ジャワルデネ元大統領閣下も来寺され、記念に当寺の境内に菩提樹を植樹された。またこの涅槃像を安置する釈迦殿が建立された。

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釈迦殿内 見ごたえがありますね!

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涅槃像

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 裏山に行くと、お墓が沢山設けられていた。

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さらに散歩すると、こんな光景も見れた。

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中国・李克強首相が安倍首相を都江堰へ案内

2019-12-29 | 建物・風景

安倍晋三首相は25日、中国の李克強首相の案内で、四川省成都市郊外の古代の水利かんがい施設「都江堰」を視察した。昨年5月の日中韓首脳会談の際に来日した李氏は、安倍氏と共に北海道を訪れ、農場などを視察した。関係者によると今回の視察はその返礼で、安倍氏側が都江堰を希望したという。 →こちらのニュース 中国の報道

 

都江堰(Dūjiāngyàn)は、成都の西北約60km郊外の灌県に、秦に時代の紀元前306年から紀元前251年にかけ、建設された水利施設で、2000年に世界文化遺産に登録された。)

 

このニュースを読み、1993年~1995年に、また2003年に成都を頻繁に訪れて折に、ここも何回も訪問したことを思いだした。昔の写真を引っ張り出し、綴ってみよう。

(報道画像では、もやっていてよく見えないが、私が訪問した時もいつももやっていた。私の写真も鮮明でないのはお許しください)

 

 

中国・四川省の平野は、肥沃な土地と豊かな作物に恵まれることから、「天府の国」と呼ばれてます。この豊かな大地を支える基礎ともなっているのが、約2250年前の紀元前 306年から紀元前251年にかけて 、当時の蜀郡の太守(地方長官)李冰とその息子二郎の指揮により築かれた水利施設の「都江堰」です。

成都から北西へ約60km離れた都江堰市にあります。水利施設の名が現在の市の名前となってます。四川省北部の山地を源にした岷江は北から南へ流れ、宜賓という所で長江に合流するが、その流れが都江堰市に入ると玉壘山に妨げられ、増水期になると氾濫し、災害となった一方,東側にある成都平野へ流れず、灌漑水不足で農業発展の障害となっていました。そこで新しい水路を作り、岷江の水を平野に導入しようと李冰、二郎親子が指揮する治水事業が始まったのです。

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岷江(Mín Jiāng)に中洲を造り、西側(金馬河)を岷江本流とし、東側(灌江)の水を玉塁山の断崖に切り抜かれた狭い導水路=「宝瓶口」を通じ、切り開いた運河を通して、成都盆地へ流す。

 

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中州と「飛沙堰」 

 

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都江堰全景

 

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「宝瓶口」

 

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都江堰建設を指揮した李冰と、その死後に工事を完成させた李二郎の親子を祀った「二王廟

 

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治水事業のポイントは「宝瓶口(ほうへいこう」「魚嘴(ぎょし)」「飛沙堰(ひしゃえん)」の三つの部分からなります。玉壘山を切り開いた導入水路=「宝瓶口」が成都平野へ流れている水路の入り口となっています。 水路の幅20メ-トル、高さ40メ-トルで、その名のごとく瓶の口に似ています。その当時はまだ火薬もなく、岩山を掘ることは大変なことでした。岩山の上で火を燃やし 熱くしておき、水をかけ岩石を割り工事を進めたそうです。

 「宝瓶口」がある東側支流に水が流れるように、上流側の河の中に岷江の河を掘り下げた土砂で築いた長さ1kmにわたる金剛提と呼ばれる中州を作りました。先端の所が魚の口の形をしているので、「魚嘴 (ぎょし)」と呼ばれ、これにより岷江の流れを本流と支流に二分します。  

さらに洪水を防ぐため「宝瓶口」の近くの金剛提の部分に200メ-トルの「飛沙堰」を建設しました。増水時には「宝瓶口」が堰の役割をするので、支流の水位があがり、「飛沙堰」を通じて、本流に水がもどる構造となっているわけです。

この結果、 支流の下流に水が流れすぎないように制御して洪水を防ぐことができるのです。「都江堰」は秦代からずっと使用されており、現在も67万ヘクタールもの広い田畑をうるおしています。

            

金剛提中域に架けられた安瀾橋は、古く宋代以前からあったとされる全長500mのつり橋です。幅2mほどのこの橋は、地元の何先徳夫妻が先導して建てたものとされるが、現在の姿になったのは1974年以降です。

安瀾橋の東側にある二王廟は李冰親子を記念するため南北時代に 建立されたものです。当初は「崇徳祠」として建造され、李冰の石像を立てました。宋代には二人が「王」と崇められ、二郎の像を増築し、「崇徳祠」も「二王廟」と 改名されました。李冰親子は道教の神々として祀られています。   

 

参考: 都江堰の衛星写真がGOOGLE MAPSで見れます 都江堰・二王廟→こちら

 

 

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中国のX‘mas イルミネーション

2019-12-22 | 建物・風景

クリスマス・シーズンですね。長年住んでいた中国・南京のクリスマスの飾りを見てみよう。

まずは2012年末の、南京市内のメインストリートの交差点に位置する”新街口”にある”徳基広場”に登場した飾りです。

高さ10メートルに達する「青花磁」デザインのクリスマスのデコレーション。このデコレーションは中国伝統の景徳鎮の青花磁のデザインをモチーフとし、中国の古典的な要素を取り入れたクリスマスツリーです。中国らしい独特の創意でクリスマスのムードを盛り上げている。 こちらの人民網日本語版にも紹介されてます。

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 (SHARPがまだ頑張ってますね!)

 

 

2013年末の上記と同じ徳基広場に登場した、”オズの魔法使い(绿野仙踪)”に登場する不思議なエメラルドの都(直径19メートル、高さ14メートル、総面積1500平方メートル)です。

人民網日本語版にも報道された。しかし、エメラルド色の輝きはクリスマスには合わないのだろうか、昨年の青花磁と比べて、あまり評判は良くなかったですね。

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2014年末の上記と同じ徳基広場に登場した、空に飛びだす”蒸気機関車”です。夢があると評判になってました。

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2014年末に、同じく新街口の金鷹国際広場に現れた、中国でも人気が出てきた「SHAUN THE SHEEP」(子羊肖恩)です。人民網中国版Google翻訳)でも報道された。

日本でも、「ひつじのショーン」はテレビでやってますね。→こちら

クリスマス飾りでなく、2015年新年に向けの飾りです。2015年が羊年ゆえでしょうか? 

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 2015年末には福建省の福州に移った。街では大きなイルミネーションは見かけられなかった。ホテルのロビーに見る小さな飾りのみ。

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2017年末の報道によると、中国で共産党員や公務員らがクリスマス関連の行事に参加することを禁止する動きが広がっていると。この背景には、2017年10月の第19回党大会後、中国国務院(政府)が「中華伝統優秀文化の伝承・発展工程に関する意見」と題する通達を各地方政府に通知したことがあるようだ。この通達は、むやみに欧米の文化を崇拝したり、「西洋かぶれ」になってはいけないなどとし、事実上、キリスト教の影響排除を命じたのである。

西洋による「文化侵略」への対抗が理由だが、「季節の行事を楽しみたい」という反発も出ている。 →こちらの報道

実情は?→こちら および こちら

 

 

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2009&2010年 オランダ・マーストリヒトのクリスマス

2019-12-15 | =日本・中国=

クリスマス・シーズンになりましたね。

クリスマスと言えば、イエス・キリストの降誕を祝う12月25日ですが、オランダには、もうひとつのクリスマスがあります。12月6日の聖ニコラスの命日を祝う「シンタクラース祭 (Sinterklaasfeest)」です。

聖ニコラスはオランダ語で「シンタクラース (Sinterklaas)」と呼ばれ、11月半ばの日曜日に、従者の「ズワルト・ピート (Zwarte Piet)」を引き連れて、スペインからオランダへ蒸気船でやってきます。オランダ人は国をあげてシンタクラースを歓迎し、各地で歓迎パレードが開催されます。→こちらを参照 

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オランダ最古の都市・マーストリヒトでのクリスマスの様子を見てみましょう。

2010年クリスマス前の異例の大雪の風景です。マーストリヒト駅前の通りは真っ白でした。

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2009年のフライトホフ広場のクリスマス・マーケットの風景です。 買い物客でにぎわってます。

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屋外スケート場もでき、にぎわってます。 

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2010年のクリスマス・マーケットの風景です。

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12月26日は 大雪だったそうです。このときは、すでに、日本に帰国していて、友人から「Maastricht近辺では40cmも積もった」と連絡をもらいました。

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 さて、2019年の様子は? →こちらを見てください。

 

 

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