そう言えば、最近映画館に入ってないなあ。ミニシアターとか大好きなんだけど。芝居とかライブは事前にチケットを購入するから、どんなことがあってもその日は必ず!と思って行くんだけど、映画は行き当たりばったりがいいし、そうなるとなかなか時間がとれない。問題だな。
ということで、最近こんな4本の映画を観ました。レンタルで。それにしても、われながら統一感のなさに笑ってしまう。実はこれに「青い棘」が含まれていたんだけど、次回ということにした。これがあったら、もう支離滅裂だよなあ(笑)。
★家族との思い出を守りたい女と、家族を守りたい男、かな
まず、ヴァディム・パールマン監督の『砂と霧の家』(これ、この映画のテーマにあまりにもぴったりで、なんとなく原題は全然ちがうんだろうなと思ってしまった。実は原題も「HOUSE OF SAND AND FOG」。もろ直訳でした)。
家族の思い出がつまった海辺の家にたった一人で住むキャシー。そして中東から一家で逃れてきたベラーニ大佐は家族の幸せのためにアメリカでの生活への最後の望みを、この美しい海辺の家で手に入れた。
ベラーニ大佐は、いかにも軍人という感じのいかめしさと、逃亡したあげくに結局家族生活を守ることもできないジレンマによるコンプレックスを両方兼ね備えたような人物。計算高く家を手に入れて、それで大金を手にしようと画策するような人物だけれど、根は優しく、人としての誇りを捨てきれないプライドもあわせもっている。
キャシーは離婚したことを母にも兄にも打ち明けられないままで数カ月を悶々と暮らしている女性。失った家は父親の遺産で、どうしても取り戻さなくてはならないと、焦っている。
解決は困難だろうと思わせるのは、その「家」を手にしたいと願うどちらの理由にも、私たちを納得させるものがあるからだろう。お互いの間に、というよりベラーニ大佐のほうに変化があって、ことは決着へと向かうかと思われたところで、大きな悲劇は起き、ベラーニ大佐夫婦は大切な一人息子を失い、二人はあとを追ってしまう。
★「ここはあなたの家ですか?」「No.」★
家の前にたたずむキャシー(それは映画の冒頭場面につながっていくのだが)が、駆けつけた警官の「あなたの家ですか」という問いに「No.」と答えるところで、この映画は終わる。
びっくりしたんだけど、この映画の予告編のコピーが「大切なのは『家』ではなく『家族』だった」。たしかにそれは真実かもしれないけど、この映画のイメージがこんなふうに予告編で定まってしまうのはどうかなあ。映画を観た人があとでそういうことを感じるのかもしれないけど、映画の中の人は、そんなふうに定義のようなことを獲得するところまではいっていないだろう。むしろ、同じものを必死で求めて、結局その両者とも望みのものを手にできなかった無情さのほうが、この映画からは伝わってくるような。
ベン・キングスレーの、信念のかたまりのようないかめしさと、ときおり見せる心もとなさが秀逸。
ジェニファー・コネリーのキャシーには、確かにひたむきさと弱さが同居していて、それも見ごたえあったな。
『黄昏』『博士が愛した数式』『綴り字のシーズン』もよかったらどうぞ。
ということで、最近こんな4本の映画を観ました。レンタルで。それにしても、われながら統一感のなさに笑ってしまう。実はこれに「青い棘」が含まれていたんだけど、次回ということにした。これがあったら、もう支離滅裂だよなあ(笑)。
★家族との思い出を守りたい女と、家族を守りたい男、かな
まず、ヴァディム・パールマン監督の『砂と霧の家』(これ、この映画のテーマにあまりにもぴったりで、なんとなく原題は全然ちがうんだろうなと思ってしまった。実は原題も「HOUSE OF SAND AND FOG」。もろ直訳でした)。
家族の思い出がつまった海辺の家にたった一人で住むキャシー。そして中東から一家で逃れてきたベラーニ大佐は家族の幸せのためにアメリカでの生活への最後の望みを、この美しい海辺の家で手に入れた。
ベラーニ大佐は、いかにも軍人という感じのいかめしさと、逃亡したあげくに結局家族生活を守ることもできないジレンマによるコンプレックスを両方兼ね備えたような人物。計算高く家を手に入れて、それで大金を手にしようと画策するような人物だけれど、根は優しく、人としての誇りを捨てきれないプライドもあわせもっている。
キャシーは離婚したことを母にも兄にも打ち明けられないままで数カ月を悶々と暮らしている女性。失った家は父親の遺産で、どうしても取り戻さなくてはならないと、焦っている。
解決は困難だろうと思わせるのは、その「家」を手にしたいと願うどちらの理由にも、私たちを納得させるものがあるからだろう。お互いの間に、というよりベラーニ大佐のほうに変化があって、ことは決着へと向かうかと思われたところで、大きな悲劇は起き、ベラーニ大佐夫婦は大切な一人息子を失い、二人はあとを追ってしまう。
★「ここはあなたの家ですか?」「No.」★
家の前にたたずむキャシー(それは映画の冒頭場面につながっていくのだが)が、駆けつけた警官の「あなたの家ですか」という問いに「No.」と答えるところで、この映画は終わる。
びっくりしたんだけど、この映画の予告編のコピーが「大切なのは『家』ではなく『家族』だった」。たしかにそれは真実かもしれないけど、この映画のイメージがこんなふうに予告編で定まってしまうのはどうかなあ。映画を観た人があとでそういうことを感じるのかもしれないけど、映画の中の人は、そんなふうに定義のようなことを獲得するところまではいっていないだろう。むしろ、同じものを必死で求めて、結局その両者とも望みのものを手にできなかった無情さのほうが、この映画からは伝わってくるような。
ベン・キングスレーの、信念のかたまりのようないかめしさと、ときおり見せる心もとなさが秀逸。
ジェニファー・コネリーのキャシーには、確かにひたむきさと弱さが同居していて、それも見ごたえあったな。
『黄昏』『博士が愛した数式』『綴り字のシーズン』もよかったらどうぞ。