東京でカラヴァッジョ 日記

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ベラスケスの厨房画《卵を料理する老婆》-「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち」展(東京都美術館)

2022年05月16日 | 展覧会(西洋美術)
スコットランド国立美術館
THE GREATS 美の巨匠たち
2022年4月22日〜7月3日
東京都美術館
 
 
 日本にいながらにして、ベラスケスのこの名品を実見できるなんて。
 
ベラスケス
《卵を料理する老婆》
1618年、100.5×119.5cm
スコットランド国立美術館
 
 ベラスケスがマドリードに出る前、故郷セビーリャで活動していた画業初期、18〜19歳のときに制作したボデゴン(厨房画)。
 
 本作品は、ベラスケスに焦点をあてた2018年の国立西洋美術館「プラド美術館展」にて、ベラスケスのボデゴンの代表作として挙げられていた(同展では、ベラスケスのボデゴンをプラド美術館が所蔵しないため、解説パネルによる紹介に留まる)。
 以降、憧れの作品であったが、まさか来日していただけるとは。
 
 本作品を画像で見ていたときは、卵(白身に火が通って固まりつつある)や果物、陶・金属・ガラスなどの器の描写に惹かれていた。
 
 実物を見ると、それらの質感描写のみならず、老婆の容貌、被る白いヴェール、彼女の手、その手に持つ木のスプーンの描写にも惹かれる。
 
 実に素晴らしい作品である。
 
 
【「卵を料理する老婆」はどんな卵料理を作っているの?  ー ジュニアガイド動画】
 鍋に深さ1cmぐらいのオリーブ油を入れて熱します。
 割った卵を油にそっと入れます。
 グツグツしてきました。
 スプーンで黄身に油をかけたり形を整える
 全体に火が通ったら完成です。
 
 
 
 「ボデゴン」とは、「酒蔵を意味するボデガから派生した言葉で、居酒屋や市場の店先で庶民が飲食や食べ物の売買をする情景を描いた一種の風俗画」、「厨房画」を意味する。 
 
 ベラスケスは、マドリードに出て宮廷画家になって以降は、厨房画を制作していない。    
 厨房画を制作していたのは、マドリードに出る前、故郷セビーリャで活動したが画業初期の時代に限られる。    
 
 現存するベラスケスの厨房画は9点とされる。
 スペイン国内には1点も存在しない。
 19世紀のナポレオン戦争以降にベラスケスが再評価された時に、世間にあった厨房画はすべてスペイン国外に流出したためである。  
 9点の現在の所蔵国は、イギリス(4点)、アイルランド、ドイツ、ハンガリー、ロシア、アメリカ(各1点)となる。
 
 その9点のうち、今回の《卵を料理する老婆》以外にも、日本にいながらにして、これまで3点を見ることができている。
 振り返ると。
 
 
2020年:ロンドン・ナショナル・ギャラリー展(国立西洋美術館(国立国際美術館に巡回))
 
ベラスケス
《マルタとマリアの家のキリスト》
1618年頃、60×103.5cm
ロンドン・ナショナル・ギャラリー
 後景に、聖書の物語。
 前景に、すり鉢でニンニクをすりつぶす少女と老婆のいる台所。
 皿にのせた魚4匹、卵2個、スプーン、小さな壺。2人の女性の表情。
 
 
2019-20年:ハプスブルク展 - 600年にわたる帝国コレクションの歴史(国立西洋美術館)
 
ベラスケス
《宿屋のふたりの男と少女》
1618/19年頃、96×112cm
ブダペスト国立西洋美術館
 エルミタージュ美術館所蔵《昼食(食卓を囲む3人の男)》の別バージョン。真ん中の少年が本作では少女に変わっている。
 
 
2012年:ベルリン国立美術館展 ー 学べるヨーロッパ美術の400年(国立西洋美術館(九州国立博物館に巡回))
 
ベラスケス
《3人の音楽家》
1616-20年頃、87×110cm
ベルリン国立絵画館
 宴会の余興に呼ばれた3人の楽士、画面左端のパンを手に鑑賞者を見つめるマダガスカル原産のクロキツネザル。楽士たちに供された質素な食事と宴会のはなやかさの対比。
 
 
 私的には、2012年、2019-20年の来日作品も、ベラスケスの初期作品・厨房画だということで、関心を持って鑑賞していたのだが、その魅力に目覚めたのは、2020年のロンドン・ナショナル・ギャラリー展による。
 そして、今回のスコットランド美術館展で、ベラスケスの厨房画の虜になる。
 
 
 
 
 未見作品は5点。
 
ベラスケス
《昼食(食卓を囲む3人の男)》
1617年頃、108.5×102cm
エルミタージュ美術館
 
ベラスケス
《食事をする2人の男》
1618-20年頃、64.5×105cm
アプスリー・ハウス、ロンドン
 
ベラスケス
《女中》
1618-22年、55.9×104.2cm
シカゴ美術館
 
ベラスケス
《女中(エマオの晩餐)》
1617-18年頃、55×118cm
アイルランド国立美術館、ダブリン
 
ベラスケス
《セビーリャの水売り》
1619年頃、106.7×81cm
アプスリー・ハウス、ロンドン
 
 
 未見5作品のなかで一番気になるのは、《セビーリャの水売り》。
 その素焼きの壺やガラスのコップの質感描写をじっくりと堪能してみたい。
 加えて、おそらく人物の容貌や衣装の描写も、見応えがあるだろう。
 
 《セビーリャの水売り》は、もとはスペイン王室コレクションにあったが、1813年のスペイン独立戦争時に、他の絵とともにフランスに持ち去られる。
 ウェリントン公爵がフランスから取り返す。
 公爵はスペイン王室に返却するつもりであったとされるが、その後、スペイン王が戦勝の褒美としてそのまま公爵に下賜した扱いとなる。
 そして現在も、ウェリントン公爵のロンドンの館であるアプスリー・ハウスにある。
 アプスリー・ハウスは、ウェリントン公爵が、スペイン王から下賜された美術品のほか、ヨーロッパ各地の統治者から各種贈答品が展示されているという。
 
 これは現地に行かないと見ることができなさそうである。


2 コメント

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ベラスケスのボデゴン (むろさん)
2022-05-19 23:50:58
ベラスケスやレンブラントについては、ボッティチェリの周辺画家・彫刻家であるヴェロッキョほど強い関心もなく、本も持っていないのですが、スコットランド展の予習で少し調べていたので、最近知り得たことを書きます。

まず、ベラスケスのボデゴンについて、インターネットで読める日本語論文がありました。下記URLのうち、最初の2件です。
https://otsuma.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=16&lang=japanese&creator=%E8%B2%AB%E4%BA%95+%E4%B8%80%E7%BE%8E&page_id=29&block_id=56

これらを読むと、アプスリー・ハウスの水売りやスコットランドの卵料理に描かれている少年、水売りの男、卵料理の老婆等のモデルはほとんどベラスケスの家族であり、少年は2つの絵ともベラスケスの弟(三男?四男?のシルベストレ)だそうです。また、水売りの絵には他に2点のバージョンがあり、一つはウフィツィ美術館、もう一つ(人物配置が逆)の所有者は分りませんでした。上記論文のうち「食事する二人の青年」の論文にはウフィツィ版水売りの写真も出ています。もう一つのバージョンは、リッツォーリ集英社版世界美術全集9ベラスケス1975年 の作品カタログには掲載されていると思いますが、持っていないので大学図書館等で確認できる機会があれば見ておきます。(数年前にプラド美術館展かハプスブルグ展で王女マルガリータの絵が数点来日した時に、いくつかあるマルガリータの絵を確認するために、芸大図書館でこのリッツォーリ集英社版ベラスケスを閲覧、コピーしたことがあります。今はコロナ禍で入館できないため、最近都美の資料室でも確認したのですが、所蔵していませんでした。今後他の所蔵館を探すつもりです。)

また、4年前に開催された西美プラド美術館展の時にNHK日曜美術館で特集番組があり、(ベラスケスの絵も出てきて)それは録画してあるのですが、同時期に放送されたテレ東 美の巨人たちでは「セビーリャの水売り」を単独でテーマとして扱っていました。これは見てから消してしまったのですが、もし録画をお持ちならご覧になると今回出品の卵料理の参考になると思います。

ついでにヴェロッキオのラスキンの聖母に関するコメントの返信もこちらに書きます。
<先般、中央公論美術出版の美術家列伝第2巻を購入しました
すごいですね。よくあんな高価な本を買われたと驚きました。私は地元の図書館の本館にあるので、今まで出た5巻全てを借りてコピーしました。白水社版の3冊も持っていますが抄録であり、少し古いので、やはり中央公論美術出版の方でないと使い物になりません。私も全部読むというようなことはしていなくて、必要に応じて辞書を引くような感じで使っています。なお、こういう専門書の基礎データ的な本は日本美術でも同様で、中央公論美術出版の日本彫刻史基礎資料集成(平安時代、鎌倉時代編)とか国書刊行会の神像彫刻重要資料集成、思文閣の園城寺の仏像といった本はとても買えるようなものではないので、できるだけ借りてコピーするようにしていて、必要な時に辞書的な使い方をしています。また、運慶展、東寺展、天台展、最近では空也上人と六波羅蜜寺展などでそのコピーの該当ページだけを持参して活用しています。
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Unknown (k-caravaggio)
2022-05-22 18:09:51
むろさん様
コメントありがとうございます。
また、ベラスケスに関する論文の情報までお教えいただきありがとうございます。

《卵を調理する老婆》の老婆と少年のモデルについては、スコットランド国立美術館展の図録の作品解説では、「おそらく画家の家族か隣人」「この二人はベラスケスの他の初期作品にも登場している」どまりですが、ご紹介いただいた論文では、少年はベラスケスの弟、老婆はベラスケスの母親、との説なのですね。
 ベラスケスの母親がモデルだとすると、ベラスケスは長子であることもあり、この女性を老婆と呼ぶことに、より一層抵抗感を覚えます。
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