投錨備忘録 - 暇つぶしに借りた本のメモを残すブログ

【萬物相】沖縄は中国領?・・・寝ぼける前に朝鮮半島はどうなんだ?

 この自分だけに都合のいい発想を毎回見せられると、ほんとうに朝鮮人って幸せな人たちだなとしか言いようが無い。きっと頭の中でキムチがフツフツと発酵しているんだろう・・・。




記事入力 : 2010/08/20 12:00:11
【萬物相】沖縄は中国領?

 朝鮮王朝の明宗(在位1545-67年)の時代に朴孫(パク・ソン)ら済州島の住民12人が琉球国(現在の沖縄)まで漂流して帰着し、朝廷に琉球国について報告した。紅や錦の衣を着て、冕冠(べんかん)を頂いた琉球国の王から、「われわれは明に仕えているから、望闕礼(ぼうけつれい・明の皇居を遥拝する儀礼)を行う。君たちの国も明の臣下なのだから、一緒にやりなさい」と言われたという。


 1999年に行われた天皇陛下即位10年の国民祭典で、天皇をたたえる国歌『君が代』を斉唱する際、女性歌手の安室奈美恵だけが口をつぐんだままでいるのがテレビに映った。右翼勢力は、「安室は沖縄出身だからわざと歌わなかった」と攻撃した。沖縄の人々は、天皇追従勢力が起こした太平洋戦争の際、沖縄戦で12万人が殺された苦難の歴史を心に刻んでいる。


 日本の高校教科書に書かれている沖縄帰属の経緯はこうだ。「琉球王国は江戸時代以来、薩摩藩の支配下にあったが、名目上は清国を宗主国としていた。日本政府は1872年に琉球藩を直属としたが、宗主権を主張する清国はそれを認めなかった。日本政府は1879年に琉球王国を廃止し、沖縄県の設置を強行する『琉球処分』を行った」というものだ。1850年代には米国、フランスなどと条約を結ぶほどの主権国家だった琉球国が、日本の「行政処分」だけで消滅してしまったのだ。


 中国の学者らは最近、「沖縄はもともと中国領であり、返還されるべきだ」との主張を始めた。過去5年間に、日本による1879年の琉球併合、1972年の米国による沖縄返還などはすべて国際法上の根拠を欠くとする論文が20本以上も発表されたという。19世紀末に清国は「琉球国は属国だ」と主張したが、日清戦争で負け、領有権を放棄した。


 100年余りにわたり黙っていたのに、今になって沖縄を返せという中国にも無理があるが、日本も堂々としていられる立場ではない。沖縄には「琉球独立党」があり、住民の30%が独立を支持するほど、日本の沖縄併合そのものが依然として論争の種だ。日本は国際法的にも実効支配面でも厳然として韓国領である独島(日本名・竹島)を、絶えず自国領だと主張してきた。そんな日本が沖縄を自国領だと主張する中国とぶつかれば、「竹島は日本領」だと言い張る主張に失望させられた韓国人の心情を、遅ればせながら感じることになるかもしれない。



申孝燮(シン・ヒョソプ)論説委員


http://www.chosunonline.com/news/20100820000051





>われわれは明に仕えているから、望闕礼(ぼうけつれい・明の皇居を遥拝する儀礼)を行う。君たちの国も明の臣下なのだから、一緒にやりなさい

>19世紀末に清国は「琉球国は属国だ」と主張したが、日清戦争で負け、領有権を放棄した。

同時に清は朝鮮も放棄したんだけど・・・。

清の属領ということならば新疆もある。

新疆と朝鮮とで異なるのは属領(新疆:1760年)と扱われた後に新疆は省政が布かれ新疆省(1882年)となったこと。新疆も朝鮮も当初は監督政治が行われ、例えば朝鮮は「蒼穹の昴」にも出てくる李鴻章(清末期)などが最後まで監督していた。ところが新疆では早い段階から反乱が相次ぎ、直接的に治める必要が出てきたため省政となる。また新疆は清が滅亡する前に日本によって属領から外された朝鮮とは異なり、そのまま中華民国の領土として扱われたことも異なる。

今でも独立心旺盛な新疆だが、当時もウイグル人も反乱を起こし続けていた。朝鮮のように自ら属領旗をたててペコペコ頭を地面に擦り付けたりしなかったのだ。自分たちは清(明にも)に対して反旗も翻さずに、数百年間朝鮮半島に引きこもっていて、たまに清の代理で日本に来るしかなかった外交権もない一地域だったくせに、何言ってるんだか。
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