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書・人逍遥

日々考えたこと、読んだ本、印象に残った出来事などについて。

日韓英加カフェ事情

2007-11-01 10:50:56 | 研究生活
以前フリーター生活(浪人生活)をしていた頃は、もはや修士時代のようには時○館の研究室を使えず、また、バイトの関係で都内各所に頻繁に出かけていた関係で、バイトの休憩時間やバイト帰りなどを縫って、あちこちのカフェ(やファミレス)で勉強したものでした。(そんな生活で培ったカフェの甲乙観をこの日記に書いたことがありました)。そして、そんなカフェでの勉強は、なにげにちょっと優雅な気分になれて、気分をリフレッシュでき、意外に集中できたものでした。

そして現在も、時○館のような研究スペースが与えられていないので、私はキャンパスの人文社会学図書館(ホームライブラリーですね)、学部の院生用オフィス、生協の院生用スペース、そして閑散としていて静かな工学部図書館など、あちこちを転々として勉強しています。そんな流浪生活(大げさですね)なので、フリーター時代の癖が再発して、ときどき、リフレッシュしにカフェで勉強するときがあります。ここカーディフでは、ゆっくり勉強できるほど広いカフェはスタバしかないので、結局そこでするしかないのですが、こちらのカフェには大いに不満があります。

というのは、まず、客層が日本とは違い、なぜかやたらと中高生くらいのティーンが多いこと。5人10人とかの集団でゾロゾロ来ては、話を大声でしていて、とにかくうるさい!また、これはカフェの場合は日本とそれほど変わらないのですが、遅くても夜8時には閉まってしまう。日本の場合は、それ以降でも、ファミレスやモスなど、代替となる場所があったのですが、英国はあらゆるものがさっさと店を閉めてしまうので、基本夜に外で勉強するということが不可能なのです。(何と健全な!)

この点、昨年暮れに行った韓国のソウルは、とても素晴らしく、私が泊めてもらった新村の西江大学そばに住む友人の家のそばのスタバなどでも夜11時とかまで営業しており、大学のそばということもあってか、遅くまで勉強している学生の姿がありました。

ここまでは、まあ、アジアの都市は夜遅くまでいろいろやっていて、欧米はさっさと閉まるという文化の違いなのかなという感じで諦めていたのですが、さきほど行ったモントリオールのカフェ事情を見てきて、そんな諦念では片付けられない思いがまた生じてきました。

モントリオールでは、驚いたことに、市内のあちこちに、24時間営業のカフェがありました。そして、たいがいは無線LAN完備で、多くの客がノートPCを持ち込んでは、ネットを楽しむという姿がありふれたものとしてありました。一回0時過ぎに、B&Bで知り合った日本人の人とパブに繰り出したとき、街を歩いていたら、カフェでノートPC傍らに勉強する学生の姿があり、私にはなんとも理想的な環境なのでした。

こうしてカーディフ、東京、ソウル、モントリールと比較すると、「カフェで勉強する」という行動をとる上で、カーディフは圧倒的に不都合な状況にあり、またまた「しょぼいな~」と思ってしまったのでした。もちろんこれは、私の勝手な都合からの判断ですが…。

まあ一般的には、遅くまで眠らない東京などの街よりも、レストランやパブ以外のものはみんな6時には閉まってしまうというここのほうが、環境にもいいし、健全なのは言うまでもないのですが、やはり、みんなこんな街にずっと住んでいてよく飽きないな~と思ってしまうのでした。


モントリオール旅行記:academic related

2007-10-24 09:39:44 | 研究生活
今回参加したコリングウッド学会は、2年毎に開かれており、今回もコリングウッド研究で有名な研究者はほぼ全員集合し、ほとんどの人が発表を行いました。4日間の大型学会とはいえ、この日数で有力研究者がほぼ全員発表できてしまうのですから、コリングウッド研究もそれほど大きな裾野を持っているとは言えないのかも知れません。しかし、コリングウッドの娘・テレサ・スミスさん(自身Oxfordの社会科学系研究者・写真の婦人)、F. H. Bradleyの息子・James Bradley氏(彼もバリバリの哲学研究者)なども参加し、けっこうアットホームな雰囲気で行われました。以下、収穫を列挙します。

(1)前述の通り、ほとんどの研究者が発表したため、コリングウッド研究の「いま」がリアルに分かり、先行文献での著者名と顔・人柄が一致したこと。そして、大雑把な現在の研究水準、トレンドなどを含めた「コリングウッド学界」の鳥瞰図を掴むことができました。そのなかでも、私の研究する実在論関係の分野に関しては、壮年の仕事盛りの脂ののったやり手研究者が二人も発表していて、この人たちの誰かが私のPhD論文の審査官になるのかと思うと若干ビビりましたが、でもそれだけやりがいのあるトピックなのだと確認できました。

(2)ホスト校のQCAMの研究者に、やはり日本人女性がいました。PhDをやるために渡加し、ある研究者と出会って結婚し、その人と一緒に今回の学会を主宰していました。在加11年、赤ちゃんを連れて学会に参加しているほど若い方ですが、英語での発表をこなし、フランス語でも日常会話をこなし、本当に凄いと思いました。参加者の中で唯二の非欧米人・日本人ということで、とてもよくして頂きました。コリングウッド研究というマニアックな分野で日本人に会えるとはと驚くとともに、けっこう励まされる存在です。

(3)今現在、私自身が取り組んでいるコリングウッドの著作の解釈について、じつはうちの指導教授と写真のコ研究の草分けvan der Dussen氏が対立しているという状況があって、これはいいチャンスと、彼自身に直撃取材(笑)を敢行しました。Dussen氏がその著作における歴史の概念について実在論的だとしているのに対し、私の指導教授はそれはコリングウッド自身の見解ではなく、歴史学がそれ自体について実在論的に考えているということを指摘しているのに過ぎず、Dussen氏の解釈は誤読だというのです。あまり時間がなくてじっくり話せませんでしたが、今もDussen氏は自らの主張は正しいと思っていることが分かりました。今週まさに問題の箇所の読解に入るので、ますます面白くなります。

(4)この学会で発表するため求められる英語力が、だいたい想像がついたこと。2年で乗り越えられるか、険しい道のりですが、是非、研究の充実とともに英語プレゼン能力の向上を図り、2年後の学会で発表したいと思い、これを目標に2年間頑張ろうと決意して帰ってきました。

2年後はどうやら、オーストラリアだそうで、またまた違う国を楽しむことができるように、研究を頑張ろうと思います。





英国の修士課程体験

2007-10-07 10:02:29 | 研究生活
このセメスター(9月~1月)に、私はディスカッションスキルの向上と基礎知識の補強を目的として、マスターのセミナー(ゼミ)に参加し始めました。このコースは、いわゆるTought courseと言われるやつで、研究というよりも、みっちり組まれたプログラムをこなして一年間で修了するタイプのコースです。一年で終わる分、密度は非常に濃密です。

私が参加し始めたゼミは、Approach to Political Philosophyという、政治哲学入門みたいなもので、ウチのスクールの政治理論系のマスターの人は必須です。学生は私を含めて5人、そして教員は教授、講師と二人参加します。基本的にはテーマごとになっている教科書の1章ごとに一回分として、そのテーマについて学生が持ち回りで発表し議論をするという内容です。そして、1月までに、教科書の扱う功利主義からロールズ、そして彼への反駁としてのマルクス主義、コミュニタリアニズム、フェミニズム、多文化主義などの理論とその流れを一通りやってしまおうというゼミです。

当たっていなくとも教科書の該当範囲(びっしり単語の並んだ50頁ほど)を読んでくるのは当然として、それ以外に2本の論文ないし原典の一部も読み、自分なりの解釈をもってくることが求められます。こちらでマスターを経験した人には当然のことですが、ドクターから留学している私にとってはこれは結構な訓練になります。自分の研究+このリーディングで、半日の無駄も許されない緊迫した状況に追い込まれました。この週末も息つくヒマなくリーディングをしております。正直、本当にやるかどうかかなり迷いましたが、1月までだし、ここは修行ということで頑張ろうと思っています。

このようなやり方からも分かるとおり、今や英国のマスターで支配的なこのTought方式は、当該のディシプリンを一年間で広く浅く、しかし濃密に詰め込むという特徴を持っているようです。文献を一語一句訳しては教授が解釈をするという授業形態に象徴されるような、非常に細かい議論から出発して徐々に広げていこうとする日本の修士・博士という課程とは逆の発想でなりたっているみたいです。

あと、関連してもうひとつ言えることは、日本の文系大学院のように、言語習得にうるさくないことです。まあ専攻にもよるんでしょうけど、外国語の文献は、翻訳があるならそれでいいでしょ、という感覚が結構あって、最初は驚かされました。「リンガフランカの強み(横暴)か!」とも僻みたくなりますが、びっくりしたことは確かです。
でも、日本式、英国式、どちらがいいかということは、一長一短なのでなんともいえません。

いずれにしても、この4ヶ月、脱落しないようになんとか頑張ろうと思います。




研究補助の充実度

2007-10-05 09:44:40 | 研究生活
先日カナダでの学会に参加することが決まったことを記事に書きましたが、その後大学からの研究補助としてカナダへの旅費の補助をしてもらえるように申請をしていたのですが、今日一応補助金が出ることが内々定しました。

旅費は、フライト、その他交通費、宿泊費、滞在中の食費など、ちょっと何となく気が咎めて切り詰めて見積もって£550(約12万円)。そのうち、£350を大学が、£100を何と参加する学会を主催するSocietyが補助してくれることになり、結局自腹を切るのは£100(約23000円)ということになりました。指導教授がそのSocietyの主要メンバーということもあるかも知れませんが、発表するわけでもない学生にお金を出してくれるとは、なんてありがたいんだ!と感心しました。大学から出る金額も予想以上です。会計担当の職員に書類を出しに行ったら、「これは大学の正式な仕事として行くんですから、領収書を絶対に忘れないように!!!!」と念を押されましたが。

ウチの大学は国立で、研究重視といわれる英国の19校で構成するラッセル・グループという大学グループにも属す大学だからということもあるとは思いますが、人文科学系の学生にここまで厚く補助してくれるとは思いませんでした。まあ、べらぼうな学費を払っているのだから少しはペイバックしてもらわないとという気も一方ではするのですが。

そうやって考えると、やはり前いた大学は、研究にそれほど力を入れていなかった感が際立ちます。大学から補助が出るのは国内で発表をするときに限り、ただ参加するだけでは駄目でした(よね?)。発表でなくてもオックスフォードなどへ資料を見に行くときも補助が出る今の大学とは随分違います。

まあ比べるのはさすがに野暮でしたが、研究を重視している大学というのはこういうものなのか、という現実の一端は垣間見えた気がしました。(たぶん、ハーバードやスタンフォードなど金持ちなアメリカの有名私大なんぞはもっと凄いんでしょうけど)

あと、周囲のヨーロッパ出身の学生を見ていて思うのは、みんな如何に奨学金を取るかということにハングリーだということです。懸賞論文とか、今回のケースのように大学からの研究補助だとか。これは、一面ではそれだけそういう機会が充実していることを示していると思われます。これは何も理系だけに限らず社会科学・人文科学の学生にも言えることなのです。日本で留学のための奨学金を探しているときに、人文科学の分野ではいかにそういう機会が限られているかを痛感している身としては、羨ましいものがあります。

学会発表&一時帰国内定

2007-09-29 09:01:14 | 研究生活
来年3月末に行われる予定の某学会の全国大会の研究発表に応募していたのですが、本日選考結果が通知され、私も採用されました。会場は有縁(因縁)の地・八王子、35分間の発表と15分の討論タイムという感じです。ここカーディフに来るときに、学位取得までは学会発表でもない限り絶対むやみに帰国しないと心に誓っていて(というかそんな余裕もないですが)、帰国するには学会発表をするという自己ルールを課していたので、一時帰国という不純な動機が自分の中で勝りがちでしたが、いざ実際にやるとなると、改めて身の引き締まる思いでした。やはりこうして、論文提出や学会発表を入れて自分を追い込まないと、私はなかなかエンジンがかからない性格なのか(苦笑)、かなりモチベーションが上がりました。完璧な準備をして臨みたいと思います。

私は今年の元旦に、このブログに以下のような目標を書きました。

「まず最初の関門は、1月中旬に送られてくる『事典』の原稿の校正。そして7月の大学院全体でのカンファレンス。ここでプレゼンをしなければならないので、それまでは研究のリズムをつくりつつ、そこである程度の見通しを発表できるようにしなければなりません。その後、9月には日本の某学会の全国大会発表者募集の締切りがあり、7月の発表内容を踏まえて、これに応募するつもりです。これが採用されれば、来年3月の全国大会(会場は何と八王子!)に合わせて一時帰国するつもりです。あと、私的には、夏にスペイン・フランスの友人を訪問したいな~との淡い希望を抱いております」

事典、7月のカンファレンスは何とか切り抜け、今回ようやく狙っていた学会発表への挑戦権を得ました。夏にスペイン・フランス訪問という「淡い期待」はもろくも崩れ去りましたが…。

とにもかくにも、学会発表ということで大学から旅費の補助も出るので、業績が積めて、格安で一時帰国できてという旨みたっぷりの企画なので、全力で成功させたいと思います。

(ひとつ不安なのは、解散総選挙が予算成立後とかウワサされていること。そうなったら…)





カナダ行き決定!

2007-09-27 02:53:32 | 研究生活
以前からの懸案だった、来月カナダはモントリオールで行われる国際学会に行くことが確定しました。この学会は、その名もCollingwood Conference。ズバリ私の研究対象だけに焦点を絞った学会なのです。1年おきに行われるのですが、今年がその当たり年。プログラムをみると、私のPhD論文にダイレクトに関わってくる発表が複数あり、また、コリングウッドだけを取り扱った単著を出している有名どころがほぼ全員集合くらいの勢いでズラリ。ここにテロ攻撃されたらコリングウッド研究は振り出しに戻ると言えばオーバーですが、ともかくこれに行かないのはもったいないわけです。

昨日おくらばせながら、飛行機を予約しましたが、エア・カナダで約410ポンド。行きは直行便が満席だったのでトロント経由、帰りは直行便がとれました。4泊の宿泊代なども含めれば、500ポンドを超える(金銭的に)大旅行になります。しかも4日間みっちりと朝から晩まで発表で埋まっているというスケジュール。私の指導教授とウチのPhD学生一人も発表するし、あまり隙がなさそうですが、ある程度大学から旅費の補助が出そうだとはいえ高いお金を払って折角カナダに行くので、空き時間や夜を使ってフルにモントリオールも満喫しようと思います。

それにしても思うのは、こちらの人はやはり元々英語スピーカーということもあるでしょうが、国際学会参加への心理的障害がほとんどないということです。ウチの大学にもしょっちゅうヨーロッパ諸国から講演に来るし、とても気軽に行き来しているのです。

というのは、12月にウチの大学が、ウェールズ山中で、一晩British Idealism合宿のようなものを企画しているのですが、それの参加予定者をみると、北米・ヨーロッパ・豪などからのこれまた錚々たる顔ぶれな訳です。それにも私は参加する予定ですが、つくづく恵まれた環境だと思い、しっかりとした成果を出さないと、と思うのでした。

日本だったら、理系や文系でも最先端の学者以外は、国際学会というと二の足を踏む人が多いと思うし、私もそうですが、やっぱりそれではどんどん取り残されてしまうと痛感します。

でも、今回のカナダの学会のオーガナイザーが、明らかに日本人の名前で、ホスト大学に勤めている人のようなんですが、ちょっと会うのが楽しみです。

いずれにしても、2年後の次回の学会の頃は、私もPhD3年目を迎えているはずなので、そこで発表できるようになっていたいものです。

最初のチャプターの草稿

2007-08-29 01:36:55 | 研究生活
昨日、ようやくPhD論文の最初のチャプターとなるべき文章の第一稿ができて、教授に送信しました。語数にして8800ワード、A426枚余りの文章で導入的な部分にもかかわらず、8ヶ月も費やしてしまい、先が思いやられます。しかもまだまだ荒削りなままなので、更なる推敲が必要です。

それでも、この章を書く過程で今後の研究の流れがある程度見えたことは大きかったように思います。内容的には、まずコリングウッドの自伝の内容をまとめつつ論点を彼の実在論批判にしぼり(これは先日の院生発表会での内容)、実在論とはなんぞやということで実在論の基本的な議論を認識論と道徳哲学に絞りつつ描き、次いでその実在論の議論と対照させつつブラッドリーらの観念論の主張を要約して、認識論のなかでもさらに細かい論点に絞り、最後にコリングウッドのブラッドリーについての論文を紹介しつつ、次なる章でのトピックを提出…という形で締めました。今後はいよいよ、この章で絞り込んだ論点についてのコリングウッドの議論を検討していくことになります。

今は教授の返信待ちでほっと一息というところですが、一時帰国の可否がかかった9月10日に迫った日本の某学会の研究発表応募締切りのための文章(日本語)を書かねばならないし、教授が何と言ってくるかビクビクものです。なんとかこの発表応募の文章を書きあげ、新学期開始の前にどこか国内でいいので小旅行にでも行きたい気分です。

Research in Completion Day

2007-07-13 05:23:27 | 研究生活
我が大学院では、半期に一回、Research in Completion Day(RIC)と称して、スクールの各Unit所属のPhD院生が各自進捗状況を報告するというセミナーを持っています。このセミナーは教員も出席します。Unitとは、学際的色彩の強い我が大学院内で、専攻分野ごとに、文学・芸術批評系、国際関係論系、政治理論系という感じで、議論を深めるために設けられています。私は一応、政治理論系に所属しており、今日はそのUnitのRICでした。(修士時代の大学院で言えば、人文学会の院生発表会が半期ごとにあると言う感じでしょうか)

これは全員強制で発表をしなくてはならないので、私も、英国に来て初めてプレゼンをしました。先週からずっとこれに掛かりきりで、相当準備してきたものの、かなり緊張しました。今回の発表は、自分のPhD論文の本当に取っ掛かりを紹介した感じだったので、まあ、自分的にもそれなりにちゃんとできたし、教授や同僚学生の評価も及第点といった感じで、初めてにしてはうまくいった感じでした。でも、speaking, listeningはまだまだ不十分でしたが。

他の学生の発表も、デンマーク人学生の人道的介入の概念を近代初期のスペインの思想家の言説まで遡って検証する研究、ウェールズ人学生によるウェールズ文学におけるWelshナショナリズムの分析研究、あともちろん私と同じコリングウッド研究も私以外に2人などなど、非常にバラエティに富んだトピックで発表していました。

その議論のなかでひとつ思ったことは、やはりほとんどの学生がヨーロッパ圏出身であり、唯一のアジア人である私から見ると、本当に共通の議論の土台となる文化的背景をもっているのだなと今更ながら再認識し、ハンデも大きい分、彼らとは異なる視点を提供できるのでは、という思いを持ちました。まあ、そのためには、まずは英語コミュニケーション能力の一層の向上を図らないといけませんが。

朝9時半から午後5時までのセミナーが終わった後は、大学の近くのバーへ行き、よりリラックスした雰囲気で歓談。ここは私の副指導教授と講師が全員の飲み物代を持ってくれ、2時間くらい、さまざま話しました。やはり英国でも職探しという問題が私たちの分野では大きな問題で、副指導教授(彼はオックスフォード出身!)が若いときの話をしてくれました。

そんなこんなで、やっと半期が終わり、一応、夏休みに入ります。(夏休みと言ってもじつは全く有名無実ですが)

初のconference

2007-04-30 06:09:24 | 研究生活
土曜日に、ウチの大学で英国政治学会のウェールズ・南西イングランド院生部会(直訳するとこんな感じかな)があり、私の所属する学部(Cardiff School of European Studies)が主催だったこともあり、参加しました。

日本では学会というと教授も院生も入り混じって議論するのが普通ですが、英国では院生対象に特化した学会の方が学生には身近のようです。しかし部会と言って侮るなかれ、朝11時から夕方6時まで、発表者は実に11人、教授による講演一本という充実の内容でした。ウチの大学院からも多くの発表者が出て発表をしました。

政治学(Political Studies)という分野という枠内で、実に内容はさまざまで、国際法や国際関係論などから、公共政策・現実政治、果ては政治理論・アイデンティティ問題まで、実に多岐にわたっていました。今回感じた一つの傾向として、やはりEU研究に関連したトピックが目立ち、場所柄もありますがかなり関心が高いことを知りました。

終了後は、これは日本の学会とちょっと似てますが、イタリアン・レストランで食事、パブで飲むという流れになり、私もその流れに乗ってパブまで行って、ほかの大学の院生ともかなり話すことができました。そのときにはじめて分かったのですが、今回の参加者は実は英国外からの留学生の方が多数派だということでした。私ともう一人の台湾からの留学生を除くと、あとは皆ヨーロッパ諸国ではありましたが。それにしても、こういう比較的ローカルな単位の学会でも、こうやってヨーロッパ各国から学生が集い、EUの諸問題について議論することが自然にできるというのは、EUの将来にとっては非常に重要なことだろうと思いました。また逆に、地理的に近接していて相互交流の容易さ、そしてそれによる地域としての歴史的一体性を感じました。

パブで彼らと話しつつ、そんなことを考えながら更けていった夜でした。来年は私も発表することになりそうです(そうありたい…)。

手書き草稿(manuscript)

2007-03-06 09:25:33 | 研究生活
定例の指導教授とのアポで、コリングウッドの若い頃の未公刊手書き草稿(manuscript)を手渡されました。「ちょっとまだ読むには早いけど、貸すから自分用をコピーしといて」と。それ自体もマイクロフィルムのコピーなのですが、やはりこれが奴の筆跡かと思うと、とても感動しました。しかしA4両面25枚分にびっしりと書き込まれた文字を見て、「こりゃまず解読するのにえらい時間がかかりそうだ」と思ってしまいました。いずれオックスフォードへmanuscriptを写しに行くことも念頭に、彼の筆跡に慣れておく必要を痛感。

とある研究会の懇親会で、ある若手のJ.S.ミル研究者が、ミルの手紙のmanuscriptたった一枚と一日中にらめっこして格闘する話を、酒を飲みながら話してくれて、「でもこれこそが研究という感じがするんだよな」と言っていたのが思い出され、確かにそうなのかもしれないと、今回mnuscriptを初めて目にして感じました。

さらに、発刊準備中の専門誌Collingwood Studiesの最新号に収録予定のアメリカの研究者の論文を、「これは君のテーマに関係あるから読んどいて」とポンと手渡されたのも、うちの教授がその雑誌の編集者をしているからこその恩恵です。やはり研究をするうえで、その研究分野の中心地にいるということは、それだけで計り知れないアドバンテージを得ることができ、労力を飛躍的に節約できることを実感しました。

関連して脱線しますが、イギリス国内に限って言えば、やはり分野ごとに強い大学・定評のある大学というのがあり、分野によっては必ずしもオックスブリッジがトップではありません。そういう意味で、大学を選ぶ段階で、自分の分野で定評のある大学をしっかり絞り込み、アプライすることが大切だと思います。先月某団体イギリス支部の集まりがあって、全英中から学生が集まり知り合う機会があったのですが、とくにpostgraduateの学生はその分野で定評のある大学をしっかり選んでいました。私も、第2志望だったクイーンズに行っていたら今にも増して本当に苦労しただろうな、と思います。(街や大学の雰囲気自体はベルファストの方が好きですが…)