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書・人逍遥

日々考えたこと、読んだ本、印象に残った出来事などについて。

近況と節目に向けて

2010-06-08 04:59:25 | 研究生活
つぶやくのに慣れてしまい、ブログを放置していましたが、今日の指導教授とのミーティングを終えて、久しぶりに近況もかねてまとまった文章を書いてみようと思い立ちました。

今日は副指導教授もまじえて今後の日程について話し合うかなり重要なものとなりました。
現在は、すべての草稿を揃えて指導教授に提出し終え、彼らが一章ずつコメントや修正をフィードバックし、私はそれを一章一章反映させながら次のフィードバックが来るのを待ちつつ、自分でも出来る限りの推敲を重ねるという作業をしています。ここ1,2週間フィードバックが滞っていたので私の作業も停滞気味でしたが、今日第3章のフィードバックをくれて、残りの部分については今週末までに一気にやると言ってくれたので、これでかなり進みそうな目処がつきました。それに加えて、今日幾つか序論と結論部分の構成上の問題点を指摘され、修正を要求されました。今後はこれらを一つ一つクリアしながら、遅くも7月中旬(つまりイタリア行き前)までに、指導教授が紹介してくれた英語校閲者に英語のチェックを託し、イタリアから帰ってきたらそれを元に最後の仕上げを行い、指導教授の最終チェックを経て提出、という流れに落ち着きました。ということで、以前話し合った7月末までの口頭試問終了という予定は、9月以降に延びそうです。(論文提出から口頭試問日まで、外部試験官の都合などで3ヶ月くらいかかることもあるそうで・・・・)

この延期によって、どうやら外部試験官を第1候補だったヨーク大のB教授に依頼出来る状況になり、日程に問題がなければ、彼にお願いすることになりそうです。(前回の依頼から一定期間を空けるという大学の規定があるため)。私の研究はB教授の関心とかなり被る部分があり、しかも彼はもともと分析哲学史の分野では気鋭の研究者なので、わたしにとってもこれ以上ない人選です。

また、両指導教授ともに兼ねてから私の論文は、コリングウッド研究の単行本シリーズで出版できる内容だと言ってくれていたのですが、今回主指導教授から、もっとメジャーな出版社にブック・プロポーサルを出してみる価値もあるとアドバイスされました。(残念ながら単行本シリーズを出している出版社は比較的マイナー)。B教授に試験官をしてもらえれば、その出版準備の過程でもさまざまなアドバイスを得られるだろうと示唆されました。

さらに、以前コリングウッド・イギリス観念論の専門誌(両指導教授も編集委員のメンバー)に提出していた私の論文は、採用されることになったようで、これもめでたい知らせでした。(ただ、実際に出版されるのは次の次の号らしいので気が遠くなりましたが・・・)博論終わったらゴリゴリジャーナルへの投稿を始めなくてはという感じです。

このような感じで、両教授ともに私の論文の内容には非常に満足してくれていて、なかなかハッピーなミーティングではあったのですが、もう一つの大懸案であるjobについては、提出時期の延期が微妙に影を落としそうです。9月前までに終われないということは、こちらで何らかの大学での職にアプライするうえで厳しい状況になることを意味するわけで、財政的な状況・ビザなどの諸事情を勘案し、一旦帰国するという選択肢が現実味を帯びる状況になりそうです。この点、結構日欧の雇用制度・慣習の違いが響くなあ、と感じずにはいられない部分です。というのは、すでにPhDを終えた数人の英国人あるいはヨーロッパ人先輩学生たちは論文を終えてから実家で休養しつつ1年くらいかけて仕事探しをするという人がいる一方で、できればすぐに働きはじめたいと思っている余裕のない私というギャップがあるわけです。仕事探しは簡単には解決しがたい頭痛の種ですが、とにかく論文を頑張りつつ、良い方向を模索し定めたいと思います。

20代の後半をほぼ全て費やしたこの濃密な挑戦の日々もうすぐ終わることに驚きと戸惑いを覚えつつ、PhD学生としての最後の日々を(今日副指導教授が言ってくれたように)「エンジョイ」したいと思います。

夏の終わりに―経過報告

2009-09-13 20:39:51 | 研究生活
マンチェスターから帰ってからと言うものの、やり掛けていた第2章(コリングウッドの思想背景の伝記的なサーベイ)に取り組んでいましたが、昨日ようやく第一稿が出来上がり、指導教授に送信しました。7000語ほどの小さな章です。そんな一区切り感も手伝ってか、あるいはこのところの好天のためか、久しぶりにリラックスした日曜日を過ごしています。

今回の章が出来たことで、語数は8万語のリミットのところ56,000語まで来ました。これでコリングウッドの哲学的背景・文脈(1章)、思想形成(2章)の序論部、そして「実在論」批判の形成とその具体的対象を追った本体部3-5章は一応出揃い、結論部の6,7章を残すところとなりました。この結論部が一番重要だし注意深い思考を要しますが、ある程度方向性は見えてきた感があります。今後はその方向性で議論の明確化に努めることになります。

今後の課題は、
◆6章(実在論批判の総括)を年内に完成
◆7章(実在論批判の政治的含意)を2月くらいまでに完成…これがもっともcontroversialなトピック
というメインの課題に、
◆3,4章はかなり昔に書いた部分なので、手直しが必要。
◆マンチェスターでの発表を精錬して年内には専門雑誌に投稿
てな具合で進めて行きたいと思います。これらが済んだ後は、イントロダクションとひたすら編集作業で、来夏の提出を目指したいところです。そしてこの過程で、
◆イギリス観念論グループ@Hull(12月)
◆国際コリングウッド学会@Prato in Italy(7月)
(※AUSなどと言われてましたが変更に次ぐ変更の末この線で固まったようです)
◆PhD論文の核心部をよりメジャーな雑誌に投稿(これは提出後になるかも)
という感じで履歴書の業績欄を埋める努力を頑張りたいです(苦笑)
年頭の目標をすべて年内に達成するのは厳しくなってきましたが、ラストスパートをかけていくつもりです。

と同時に、いろいろ息抜きプランも頭を駆け巡っていますが(笑)、ひとつ必ず実行しようと思っていることだけ書きます。6月に2回もロンドンに日帰りで行く機会があって、ロンドンも意外と気軽に安く(往復1500円くらい)行けることに気がついたので、研究に疲れてきたら、日帰りでまだ行っていないナショナル・ギャラリーと夏目漱石記念館を見に行こう!と思っています。

※写真は、8月の中旬、ベルファストで知り合ったスペイン人の友人が滞在していたイングランド南部のボーンマスというところに行ったときの写真です。天気にも恵まれたせいか、こんないいビーチがこの国にもあったのか!と驚き楽しんできました。







PSA Workshops in Political Theory @ Manchester

2009-09-06 05:00:01 | 研究生活
前回の日記で少し触れましたが、選挙結果の波紋が冷めやらぬ2日から昨日まで、Manchester Metropolitan University(MMU)にて行なわれた学会に参加してきました。これは、毎年英国政治学会の主催でMMUで行なわれている、テーマ毎の分科会に分かれて3日間発表を互いに行なうというタイプの催しです。今回は6回目で定着しつつあるのか、北米・ヨーロッパを中心に海外からも含めて200人ほどがトータルで発表をしました。アジアからも、台湾の大学、香港大、ソウル国立大などから研究者が来ていました。(日本からの参加者がいないと思われたのが少し寂しい気もしましたが)

私の発表は、7月に学内の院生発表会で発表した内容を、40分発表20分質疑という英語の発表では未体験のヘビーな持ち時間に合わせて幾分拡張し、手直ししたものでした。発表そのものはペーパーを読み通すだけなので(あるアメリカ人のコリングウッド専門のD准教授に褒められるほど)スムーズに出来ましたが、質疑が今回はかなりボロボロになり、反省・・・という感じでした。最初の質問者のイギリス観念論専門家のA教授に細部を突かれてしどろもどろになりリズムを乱したのか、その後の幾つかの質問への答えも要領を得ないものとなり、終わった後で「ああ、あそこはこう答えるべきだった・・・」と後悔するという最悪のパターンにはまりました。先のD准教授は、「最初のあの質問は確かにconfusingだった」と慰めてくれましたが、もっと準備の仕方などを工夫する必要がありそうです。

内容的には、発表のなかで著作に言及もしたイタリア出身でキール大のJ准教授が興味を持ってくれて(本人の目の前でその仕事に論及するという初の体験だったわけですが)、私のペーパーを持ち帰りコメントをメールでくれることを約束してくれたことは、手ごたえになりました。彼女のコメントが楽しみです。

いずれにしても、今回の発表は(極めて専門特化した)ジャーナルへの投稿を考えているので、今回の質疑で浮かび上がった曖昧な点や詰め切れていない点などを再考し、また今回参加していなかった研究者の方にも見てもらって、クオリティを上げていきたいところです。

自分の発表以外の点では、今回進歩したと思われる点は、自分の知識が増えたためか、他の人の発表や質疑の応酬もかなり理解できるようになり、とても勉強になりました。また、朝・昼・夕の食事やコーヒーブレイクなどの機会に、多くの新たなネットワーキングと議論、情報交換を行なうことができて、非常に充実したものになりました。例えば、例のconfusingな質問をしたA教授は、F. H. Bradleyというイギリス観念論の巨人の奇人変人ぶりを語ってくれたり、興味深かったです(笑

ひとつ学問とは関係なく面白かったことは、私と指導教授はこれまでも一緒に学会に参加することが多く、今回も一緒に参加していたのですが、私は彼と学会に参加したときはいつも夜遅くまでパブに付き合い、限界まで頑張っても常に彼は平気でビールを飲みつつ歓談しているので付き合いきれずに先に退散させてもらうので、常々彼の酒の強さとタフさに驚いていたのですが、今回、アメリカ人のD准教授とイタリア出身のJ准教授も(両者女性ですが)同じことを感じていたみたいで、意気投合することが出来たことです(笑 その翌朝、朝食のときにD准教授が私の指導教授に「昨夜私たちはあなたがdrunken philosopherだということで意見が一致しました」と冗談を言ったところ、彼は「いや、ただ喉が渇いているだけなんだけどね」と言い訳をしていました。しかし実際のところ、彼のコーディネートで過ごした最後の晩は、学会全体でのワインレセプションのあと、パブに行って小一時間で一杯ひっかけ、その後中国料理店でディナー(これがとびきり美味しかった)。ディナー終了時にはすでに23時でしたが、私の指導教授とウェールズから来た研究者数名は、さらにパブへ・・・。私は彼らと別れるときに、一緒に宿舎に帰ろうとしていたJ准教授が「遅いし帰ります」と言ったところ、彼は両手を広げながら「何を言っても言い訳だね!」と言ったのでした。

そんな私の指導教授の新しい一面も見ることができ、さまざまな研究者とつながることができ、苦い発表での失敗もありましたが、とても充実した3日間にすることができました。

Research in Completion Day July 2009

2009-07-03 05:12:30 | 研究生活
ここのところ準備に取り組んでいた半期に一度の定期院生発表会を今日終えました。
早いものでもう5回目。今日発表した4人の中では2番目の古株になりました。(年齢ではなく学年です、念のため)

今回のトピックは、博論で扱う範囲の時系列的まとめの最終回、1925年から1933年までの作品を扱いつつ、1920年代前半の論理学・認識論的議論が、1925年以降にどのように道徳哲学へと発展するのかを、論理的・時系列的に再構成するというものでした。

基本的には、1920年代前半における実在論者の命題論理と主観と対象の認識論的二元論批判から始まる彼の実在論批判を踏まえて、彼の哲学の第一の主題としてのhuman actionの理解という目的のために、彼がAn Essay on Philosophical Method (1933)において展開するhuman actionの理解のための哲学方法論、そしてそれを用いて道徳哲学講義においてなされるactionの分析、さらにそのactionが参照する規範理論としてのutility, right, dutyの区別といった順で、コリングウッドがいかにtheory of knowledgeに基づいて、philosophy of action、そして規範的道徳理論へと思考を展開するかという論理的連関を再構成しました。というのも、初期のコリングウッド解釈者のひとりが、コリングウッドがこれほど周到に1920年代の10年間をかけてtheory of knowledgeから規範的道徳理論への架橋を試みているにも関わらず、非常に短絡的な形で、両者の連関を否定する立場からコリングウッドを批判しているからです。彼がそれを書いた当時はコリングウッドの道徳哲学講義がまだ研究者にとってアクセス可能になっていなかったこと、そしてそのアクセスが可能になってからも明確にこの問題を取り上げた研究がなかったことから、今回扱うこととしました。

今回の発表は、9月の初めにマンチェスターで行なわれる英国政治学会のワークショップのイギリス観念論セッションで発表する予定のものであり、今日の発表はその予行演習という意味合いもあったのですが、今日参加していた3人の教員すべてが興味をもってくれたばかりか、これまではあまり関心を示してくれなかった現代政治理論専門の2人の講師もポジティヴなコメントをくれるなど、反応は上々でした。まあ、これまで余りにも形而上学的な内容ばかりを発表していたのが、ようやく道徳・政治哲学の話になってきたからと言うこともできますが・・・。(また、じつはこの発表を、マンチェスターでの発表後に私の分野に特化した専門的な雑誌に投稿する計画を二人の指導教官に打ち明けもしたのですが、二人とも推奨してくれて、計画は一歩前進というところです。)

コメントのなかでも特に今後の研究の肝となりそうなのが、私の第二指導教官の教授が言ってくれたことで、コリングウッドの規範理論の最高位を占めるdutyの概念について、私がその具体的な性格を指摘したことに関連して、それをさらに発展させて客観主義的含意を引き出せれば面白いという点でした。私は、コリングウッドの実在論批判を分析するなかで、彼が実在論を批判しているからと言って必ずしも観念論者であるわけではなく、実在論の妥当性を部分的には一貫して認めているという印象を強めており、彼の指摘はこの点とも一致するものであり、論文全体の結論へとつなげていけそうな予感もしました。

但し、ふと一人の講師の口から漏れた相変わらずの課題は、やはりいかにコリングウッドの思考を現代哲学、彼の場合は現代政治理論の文脈に位置づけるのか、という点です。これは私の指導教授などコリングウッド研究の最前線の研究者たちが今現在進行形で取り組んでいる問題であり、非常に大きな問題ですが、よりメジャーな雑誌への掲載を勝ち取るためにも、常に意識しておかなければと思うところです。

このような感じで、今回の発表は、専門外の人の関心を少しでも惹き付けること、今後の課題をクリアにすることがある程度できて、実りの多いものとなりました。
                 *           *

そういえば余談ですが、今日発表したパートタイムの学生(50代くらい)の娘さんは、今大学で日本語を専攻しているそうで、アニメなどの翻訳者を目指しているそうです。昨年の6月にさまざま相談させてもらったヨーク大学のフレーゲ学者の娘さんも、オックスフォードで哲学をやったあとに福岡で日本語を勉強していると言っていたし、ハル大のコリングウッド学者の息子さんもリングなどの日本のホラー映画に魅了されてSOASで日本語を勉強しているというし、いったいぜんたい、日本のサブカルチャーは、アジアだけでなく一般的には日本に無関心な英国の若者にも意外と浸透しつつあるのか、と思わずにはいられませんでした。


コリングウッド・ダイアリー

2009-02-07 07:15:36 | 研究生活
18年ぶりという大雪に見舞われている(らしい)英国ですが、カーディフに住む私にはどうも実感が湧かず、何でそんなに大騒ぎしているのかと訝っていましたが、どうもカーディフは雪が降りづらい地理的位置にあるようです。というのは、今回の大雪は、ロシアからの寒気が原因なのですが、ロシアからということは北東から寒気が入るということであり、ブリテン島の西に位置するウェールズのカーディフまではなかなか届かないようです。どうりで、一応ここ数日は毎日のように降雪はあるものの、積もっても大したことのない程度で、イングランドでどのくらい降っているか想像できないわけです。すぐ東にあるブリストルでは今日も一面の銀世界が広がっているのに、大きな違いです。

さて、ここのところは、そんな大雪狂騒曲もほとんど気にならないくらい研究に忙殺されていますが、そのおもな原因の一つが、表題のコリングウッドの日記閲覧に取り組んでいたことによるものです。昨日今日と二日間、指導教授のオフィスでひたすら彼の日記を読んでいました。というのも、彼の日記は出版はおろか、コリングウッド・ペーパーを所蔵するオックスフォードのボードリアン図書館にも収蔵されておらず、コリングウッドの娘さんの個人管理の下にあるのです。そして、その閲覧は直接その方に許可を得るしか途はないのです。今回は、コリングウッド研究の中心のひとりである指導教授が許可を取ってくれ、閲覧することが叶いました。但し、当然コピーをとることなどは無理で、指導教授のオフィスで、手書きでノートを取るという条件つきでした。(私が閲覧した物自体はコピーでしたが)

そんな厳重な管理の下にある日記には、さぞかしいろんなことが書かれているのだろうと期待していたのですが、そういう意味では期待をいささか裏切る代物でした。というのは、閲覧した1912~22年の10年間の日記は、たいていは一日の日記がノートの一行に収まるように、天気・誰とどこで会ったか/食事をしたか・どこへ行ったか・何を書いたか・何を読んだか・その日の気分などを中心に、極めて簡潔に、一切の価値判断的記述をせずに、書き記してあるだけなのです。それは日記と言うよりも行動記録、例えるならば、新聞の「首相動静」欄のようなものでした。したがって、その日記からは、当時彼が何を考えていたかを読み取ることは不可能で、彼の哲学的思考の背景の手がかりを期待していた私としては、がっかりさせられるものでした。

ただ、いくら事実の羅列とは言っても、あった人物のなかには、その後哲学的批判を向けることになる重要な哲学者がいたり、当時の草稿も含めた著作の執筆期間を正確に特定できたり、かなり実在論者の著作を読み込んでいたりということを知ることができました。後にminute philosopher(群小哲学者)とこき下ろすことになる実在論者たちといかに近い関係にあったかがわかり、なぜ後年になってそこまで口を極めて批判しなければならなかったのか、謎はさらに深まる内容でした。これに自分なりの説明を与えるのが最終的な論文のテーマの一つになります。

それ以外にも、彼の人となりを偲ばせる生活習慣などの事柄と共に、私の修論のテーマであったA. J. T.とベイリオルで1912年に夕食を共にしていた事実とか、ロンドンのEconomyというレストランに頻繁に行っていたこととか、当時の英国は現在よりも遥かに頻繁に雪が降っていたこととか、いろいろ瑣末なことですが知ることができて面白いものでした。

この二日間は、こんな感じで、当時のコリングウッドに思いを馳せながら、指導教授の部屋でコリングウッドの直筆日記(複写)に向かっておりました。

今後は、いよいよ一週間余りに迫ったオックスフォード・ボードリアン、ロンドン・ブリティッシュ・ライブラリーでの資料閲覧の準備の詰めをしつつ、出発までに何とかコリングウッドの道徳哲学講義草稿(1921、23、29,33年版)の読解を進めたいと思います。

■今年の目標アップデート
豪州でのコリングウッド学会が、どうやら来年メルボルンでという線が濃厚な情勢で、そのかわり、9月のマンチェスターでの政治理論ワークショップの一セッションとして行なわれるイギリス観念論ワークショップでの発表を指導教授に「やるよね?」と言われ、やることになりました・・・

2009年、年頭に

2009-01-03 08:07:06 | 研究生活
遅らばせながら、明けましておめでとうございます。
英国での3年目の新年となった今年は、ブリストルの日本人の知人のお宅にお邪魔して31日から2日まで過ごしてきました。年越し蕎麦やお雑煮など日本食をたんまりと堪能させていただきました(笑)

昨年はロンドンのニューイヤー花火を観に行って派手に新年を迎えましたが、今年はまだ研究でやることもあったので、カーディフで大人しくひっそりと過ごすつもりだったにもかかわらず、20日にフラットメイトとその友人達のパーティー、25,26日はカーディフの知人宅でクリスマス(英国式のクリスマス・ディナーを皆で作りつつ食す)、27日はまたフラットメイトとその友人たちのパーティーと、結局日本の忘年会シーズンを髣髴とさせる宴会ラッシュになり、27日のパーティーではたぶん人生最悪の二日酔いに見舞われました。合間合間を縫ってこのクリスマス休暇で書き下ろす計画の章を進めましたが、遅々として進まず。でもさまざまな人と交流できたので充実したクリスマスでした。

さて、ようやくすべての予定が一段落したところで、少し頭を冷やして今年の予定を大まかに考えてみました。

■研究本体
いよいよ最終年度。writing upの期間が数ヶ月必要になるかもしれませんが、少なくとも来年の今頃は論文全体の第一稿は書き上げておきたいところ。
1~3月 資料収集(オックスフォード・ロンドン)for第2章
    1925~1933年までの思想形成の分析(第5or6章)
4~6月 コリングウッドの学生時代などの思想形成についての章(2章)執筆
    問題・論点群の整理
7月~ 論点群を一つ一つ潰しつつ、結論部のthink out, writing up(7章以降)

■発表
(1)学内院生発表会(6・12月)
(2)British Idealist Specialist Group @Hull(12月)
(3)International Collingwood Conference @AUS(たぶん・時期未定)
(4)もう一個くらい、外部の学会での発表

■Publication
(1)日本の某哲学会の雑誌への投稿(できれば英語で、9月〆切)
(2)国際ジャーナルへの投稿に挑戦
(3)Collingwood Studies(?)

こんな感じで、ちょっと欲張りすぎのような気もしますが、ブログに書くと達成率がいいので書いてみました。雑誌投稿はまだ本決まりではありませんが、以上のようなつもりでこの一年、全力を尽くしたいと思います。

まずは明日から、目の前の書きかけの章の完成を急ぎたいと思います。
みなさんもよい一年を!




今年のミッション終了

2008-12-18 06:46:43 | 研究生活
今日まで、ウェールズ中部のニュータウンという街にあるGregynogという、ウェールズ大学連合所有のセミナーハウスに2泊で学会に参加してきました。また、先の金曜日にも学内の院生発表会での発表を終えたので、今年中のミッションは完了しました。

まず、金曜の院生発表会。これは半年に一度の恒例行事で、もう何度も発表している場のはずなのですが、なぜか今回は異常に緊張してしまいました。一因としては今回は一発目の発表で、うまくペースが掴めなかったことも関係していると思われますが、なぜかカチンコチンになっていて発表も噛みまくりました。また、現在集中して取り組んでいるのが純哲学的な内容なので、政治理論専攻の人たちが多いうちの院ではなかなか興味を持ってもらえる内容ではないということもあり、質疑も低調でした。

ノッティンガムで感じたことを再び実感させられ、かなり気分的にも陰鬱な気分になりましたが、すぐ2日後には学会へと出発しなければならなかったので、何とか気を取り直して月曜出発しました。

この学会は、昨年も同じ場所で行なわれた英国政治学会&コリングウッド学会共催のイギリス観念論学会でした。今回は、イタリアの学術団体の協賛も得て、イタリア観念論学会もコラボで行なわれました。そのため、多くのイタリア人研究者が参加したことが大きく昨年とは異なりました。2泊3日間で20余りの発表が行なわれました。

ここでいうイタリア観念論とは、19世紀後半から20世紀中ごろまでのCroce, De Ruggiero, Gentileらを意味しており、コリングウッドらをはじめ20世紀に入ってからのイギリス観念論は無視できない影響を受けています。正直、コリングウッドと直接関わる部分以外は私はほとんど知らなかったのですが、10近い発表を聞く中で、当時のイタリア観念論についての大まかな輪郭を得ることができました。日独伊という枢軸国としてファシズムという要素が哲学界にも大きな影を落とした点でドイツや日本と共通しており、その意味でとても興味を惹かれました。

また、夜のバーでの会話でイタリアの大学の哲学科の現状について聞いたのですが、やはりというべきか、(英国とは違い)いまだに強い観念論的伝統が息づいているそうで、その中心ははやりドイツ観念論なんだそうです。英米の哲学徒とはまた違った哲学的素養が伺われ、どちらかというと私が日本で慣れ親しんできた流儀に近いと思われ、彼此の違いを感じました。また哲学科の院生の就職難は万国共通の悩みのようです(苦笑)

私の発表のセッションは2日目の午後で、司会は私の第二指導教授、発表者は全員同じ指導教授の学生・元学生ということでとてもやりやすかったこともあり、金曜とはうって変わってスムーズな発表ができました。セッションの発表者は全員カーディフでも会場は一つだけなので参加者全員が聴いたのですが、オランダの大学の教授とイタリア人でオランダの大学で博士をやっている学生から激賞され、驚きました。特に教授の方は、私も何本か論文を読んでおり興味を持っていた人だったので、かなり話が弾み激励されとても励みになりました。いまだかつてここまでポジティヴな反応を学会発表で受けたことはなかったので、少し自信になりました。ただ、英国の研究者の反応は薄めで、う~ん、まだまだ本場の研究者の関心を惹くまでには至っていないか・・・とも思い、更なる進歩をせねばと思いました。ただ、今回イタリアからの参加者と話していて強く思ったのは、何となく、興味のツボの違いみたいなものがあるんじゃなかろうかという感触も受けました。

さらに、6月にカーディフに来た折に話をする時間を持ってもらい様々示唆を受けたハル大の教授とも再会し、今回予めお願いしていたコリングウッドの道徳哲学講義の草稿などの電子翻刻をもらいつつ、様々質問して情報を得ることができました。来年2月か3月頃にオックスフォードに行ってコリングウッドが学生時代に受けた哲学コースのシラバスなどをゲットして来るつもりだと言ったらかなり興味を示し、「ギブ&テイクだから楽しみにしているよ」と言われ、提供を約束しました。

他にもコリングウッド及びイギリス観念論研究者との知己を得ることができ、かなり実り多き合宿となりました。

3日間で20の発表を聴き、食事・休憩・夜の飲みの間も休みなく多くの研究者との会話をしたので、帰ってきたときはかなりの疲労感を感じましたが、今年最後のノルマでよい締めくくりができました。

来年のイギリス観念論合宿は、最近カーディフに次ぐ拠点になりつつあるハルと決まり、また2年に一度の国際コリングウッド学会(多分豪州←かなり(観光的にも)嬉しい!)の年でもあるので、またそこでの発表に向けて気合を入れて頑張ろうと思いました。



師走、ラストスパート:近況

2008-12-07 06:34:05 | 研究生活
日本では師走に入り、世間では年末にむけて何かと慌しくなっていると想像しますが、私も、年内最後のタスクに向けて、追い込みをかけております。ここのところ、残すところ二つとなった発表の準備に取り組んでいましたが、本日、その二つの発表原稿を指導教授に送信完了しました。後は先生のフィードバックを待ちつつ推敲をし、以下の日程で怒涛の発表二連続に臨みます。

12日(金)恒例の学内院生発表会
15(月)~17(水) イギリス観念論合宿(私の発表は16日)

これらが終わると、今年のおもな予定は終了です。同時に、指導教授から課されていた外部発表2回という今年のノルマも、(日本での発表一回というオマケつきで)完遂です。

12日の発表は、ノッティンガムでの発表内容を基本的に転用ということで(笑)指導教授の許可が出ました。学内では誰も聞いていないし、ノッティンガムでは余り有益なコメントが得られなかったので、もう一度発表したいと思っていたので丁度いい機会です。

イギリス観念論合宿の方は、10月初めに書き上げた博論の一部分の内容から、コリングウッドの処女作Religion and Philosophy (1916)について、当時の実在論・観念論論争という文脈で分析したものです。これは英国内のコリングウッドやイギリス観念論専門家たちがかなり集結するのでかなり緊張すると思われますが、有益なアドバイスが得られるこの上ない機会なので、頑張りたいと思います。

さてこちらはクリスマスセールも始まりクリスマスシーズンが近づいてきましたが、私個人的には、不況の影響でセールでの出血大安売りを期待しているくらいで、特にどこへも行かずにカーディフに留まることになりそうです。フラットメイトたちも、夏から新しく来た中国人以外はみんな帰ってしまうようです。。。ということで、まあ、いよいよ残り一年ということもあるし、このクリスマスは、夏からずっと水面下で連綿と準備をしてきた、コリングウッドの思想発展の哲学的文脈としての当時の実在論・観念論論争を概観する第1章(恐らく10000語程度)を一気に書き上げてしまおうと考えております。そんな目論みもあって、この秋以来、写真のような机上の本の塔が高くなる一方のこの頃です。

P.S. 最近気になること
ネットを読んでいて最近よく出くわすのですが、「追及」とするべきところを「追求」と表記する混同が多い気がします。単なるコメントやブログの類のみならず、時にはニュース媒体にまで・・・。「追究」と言うべきときに「追求」としたり、とても気になります。そう思いません?


ノッティンガムでの学会発表

2008-11-10 07:09:55 | 研究生活
この金・土と、英国政治学会院生部会が開かれた、イングランド中部の街、ノッティンガムに行ってきました。いよいよ今年の最大の山場、11月から12月にかけての3連続発表の第一回です。

朝から始まる学会に、当日カーディフを出発していたのでは間に合わないので、前日に経って一泊することにしました。午後ノッティンガムに到着し、ホテルのチェックインを済ませた後は、街をブラブラ歩いて見物しました。イギリスの都市には必ずといっていいほどあるので見飽きた感のあるキャッスル(城塞)や、市中心街の街並みや路上マーケットなどを見物しました。

翌日、朝、ちょっと街外れにあるノッティンガム大学へバスで向かい、キャンパスに足を踏み入れた瞬間、その美しいキャンパスに目を奪われました。市街地にあって大学と街の境界がはっきりしないタイプのカーディフとは違い、ノッティンガムは、はっきりと仕切られた敷地に建物があるいわゆる「キャンパス型」大学で、私は英国ではこのタイプの大学を訪れたのは初めてでした。カーディフ、エディンバラ、ブリストル、UCL、LSE、クイーンズ大学ベルファストなどなど、みんな市街地タイプばかりでした。ノッティンガム大学は、ちょっと小高い丘が丸ごと大学の敷地になっていて、大きな池があり、またもともとあったと思われる木々もそのまま生かされていて、一見公園のような印象を受けます。大学の建物は、そういった木々よりも極力高くならないように、控えめに立てられていて、公園のような雰囲気に見事に溶け込んでいます。建物の新しさからして、そんなに古いキャンパスではない感じなのですが、設計者の思想というか、考えがとても素晴らしいと思いました。同じ丘に作られていても、統一感のないごてごてした建物ばかりで埋め尽くされつつあるどこかの大学とは、設計思想的に随分な違いを感じました。学会が終わって帰るときはもう真っ暗だったのですが、キャンパスから市街の夜景が望めて、至れり尽くせりのキャンパスだと思いました。

さて、肝心の学会ですが、今回は院生を対象とした発表会でした。この点は、院生でも教授・准教授クラスの研究者と肩を並べて発表する日本の学会とは違うところで、かなりこのような院生対象の発表会が活発に行なわれています。英国、というか日本以外での学会発表デビューとしては、手頃な機会でした。またノッティンガムの政治学部PhDは、比較的にアジア系が多いみたいで、ノッティンガムの3人の中国系学生と1人のタイ人学生が発表していて、そのうち、香港出身で「中国政府の外交政策の表向きと実際」みたいな内容の発表をした学生と、タイ人でアフリカ開発関連の発表をした学生とは結構話し込みました。

私の発表はというと、
'The Formation of R. G. Collingwood's "Realism":1916-1924'というもので、これまでの研究を簡単にまとめたものでした。この時期は彼の思想の形成・発達期に当たりますが、この時期の彼の'Realism'の概念を追うと、最終的に、一般的に哲学でrealismとして理解されていている意味内容とは異なる、ユニークな意味をコリングウッドがこの語に込めていくことになる、その過程を3つの著作からトレースし、当時の哲学史の文脈に位置づける試みでした。

ただ、発表そのものは、(1)同じセッションの他の発表者と私の発表内容が極端に異なる、(2)10分という短い時間の使い方を誤った、などの要因から、あまり収穫のあるものとはならなかったことは残念でした。(1)に関しては、私のようにマージナルな分野の研究者にとっては宿命のようなものですが、もう少し、発表の場所を選ぶべきだったという反省が残りました。コリングウッド研究の研究者はこの英国政治学会に集中していてはいるのですが、院生レベルだとやはりそうはいないので、むしろ哲学史とか思想史関連の場の方がよかった気がします。

そんなこんなで、初めての外部での発表は反省点が多いものになりましたが、次の12月までにはもう少し実りある発表をできるように準備しようと思います。

もう一点、印象的だったことは、「テロと学問の自由」と題する全体セッションの一つが、昨年ノッティンガム大学で起こった、ある事件について考えるものだったことです。昨年、ノッティンガム大学の政治学PhDのある学生が、友人から頼まれてPhDへの申請にあたって研究計画などを手伝った際に、その内容が、(テロ活動そのものではなくそれを研究するという意味で)テロリズムに関係があるという一点で、なんと!その手伝った学生までが一時逮捕されたのです。確かに、ロンドン爆破テロの犯人が英国の大学で学ぶムスリム系学生だったことに英国社会が衝撃を受けた記憶がまだ生々しいとはいえ、リベラリズムの伝統の長いここ英国でこのようなことが起こっていることには、いささか驚きました。日本とは比較にならない英国社会のイスラム系過激テロへの恐怖の程度を再認識させられ、「逮捕」という弾圧に比べれば、私が日本で見聞した事例はまだましだと感じ、学問の自由のための勇気を持たなければと思わされました。

終了後は、午後6時半の列車で、満員列車で1時間以上立ち尽くしつつ、乗り換え駅のバーミンガムではサッカー観戦帰りのファン達(これがフーリガン?)のちょっと危険を感じる興奮の渦に巻き込まれつつ、夜1時ちょっと前に、ようやく我が家に辿り着いたのでした。

ひとつ肩の荷が下りてほっとしつつ、日本シリーズ西武優勝の報に歓喜してyoutubeでハイライト動画を必死で探しつつ、雨の降りしきる日曜の夜、久しぶりに日記を書いてみました。





モノクロな秋の到来

2008-09-17 02:09:38 | 研究生活
長い夏休みもそろそろ終わり、静かだった大学は活気を取り戻しつつあります。ただ、日本の大学の夏休み明けというイメージからは程遠く、こちらブリテンの9月は、気温20度を越えることはもはや全くなく、木々の葉はちょっと色づき始めてさえいます。何となく秋なのかなと思いつつも、いつ夏だったんだか記憶にありません・・(汗)ホントに季節感のない国です。

スコットランドから帰ってからというもの、読書録でも書いてきたコンテクスト・サーベイをしつつ、コリングウッドの処女作であるReligion and Philosophyについての論稿にとり組んでいたのですが、昨日ようやく完成し、指導教授に送信しました。これで(さらなる改訂を要するのは言うまでもありませんが)曲がりなりにも論文で予定している1916年から1933年という期間のうち、1916年から1924年の間の著作についてのdraftをすべて書き上げました。この部分だけですでに2万語に達したので、8万語という最低ラインは見えてきました。

Religion and Philosophyは、読書録で言及したような、当時の英国哲学界の実在論・観念論論争を非常に意識しつつ、コリングウッドが哲学を学んだ実在論者の教師達に多かれ少なかれ(批判しないように)配慮しつつ、その一方で、Joachimのような観念論にも共感を示しつつ、それらの立場をすべて考慮し克服しえるような、独自の立場を模索した思索の痕跡がよく留められた本です。しかし結局、はっきりと彼自身の立場を述べることは――心に秘めているが憚っているのか、まだ十分に発展していないのかわかりませんが――ありません。ただ、後年の彼の主張の骨格部分はくっきりと見えていて、まったくno ideaだったわけでもない、という、複雑な本でした。そのせいか何なのか、先行研究も錯綜していてはっきりとした像を掴んだ研究は稀だったのですが、今回、未熟ながらそれなりに自分の視点から整理できたんじゃなかろうかと自負しております(なんちゃって)。

論稿が仕上がって普段ならちょっと息抜き、といきたいところなんですが、今回はちょっとまだまだそのような状況にありません。直近の課題としては、11月のノッティンガムでの英国政治学会院生カンファレンスでの発表を申し込むことに決めたので、9月末までにアブストラクトを提出しなければなりません。とりあえず、発表の構想を練りながら、今まで書いた分の統合作業をしつつ、アブストラクト提出が終了したら、10月始めの、いつもの場所で行なわれるサンクトペテルブルグ・フィルの公演に行くことを楽しみにしながら、集中していきたいと思います。

その後の年内の予定としては、
■10月~12月:資料収集にオックスフォードとロンドンに行きたい
■11月初 ノッティンガムでの発表
■12月中 定期学内院生発表
■12月中 英国政治学会イギリス観念論グループでの発表

という感じでスケジュールをこなしつつ、研究本体としては、
(1)論文が扱う予定の時期で最後の大著An Essay on Philosophical Method(1933)についての論稿
(2)読書録で書いたようなコンテクスト・サーベイをもとに、昨年書いた第1章の大幅増補

という課題に取り組んで行きたいと思っております。・・・こうしてみると、かなり盛りだくさん・・・。まあでも、折り返し点も過ぎたので、馬力をあげていきたいと思います!