
年1回の清らかな音の滴の夕べ。毎年春先に行なわれる恒例のm.e.y.(毎年演奏会やりたい会)による演奏会も回を重ねて5回目。昨年は震災の影響もあり公演が中止となっていたが、今年は無事に開催された。会場は一昨年同様に荻窪にある名曲喫茶ミニヨン。約50ほどある座席も、雨や強風による悪天候にも関わらず、ほぼ満席という盛況で迎えることとなった。
この日のプログラムはバッハ、モーツァルト、シューベルト、ドビュッシー、メンデルスゾーン。4人の麗しきレディたちが、それぞれの想いのもとで鍵盤を奏でた。
これまでの記事でも何度も言っているように、個人的にはクラシックに無知なので、詳しいことは解からない。以前は、タイトルは「~短調」だの「第○楽章」だのが多いし、多くの人が同じ曲を演奏してばかりで何の違いがあるんだろうと考えていた。誤解を恐れずに言うと、非常に数学的なものだと思っていた。タイトルもそうだし、楽曲の構成もそう、1つのスタイルに則ってやる様式的な音楽。楽しさ面白さは、正解は同じだけれども、どうやってそこまで導くかというもの……それが“数学的”と自分が思う所以だった。数学が嫌いな(もちろん全くの苦手)自分は、そういう意味でもそれほど興味が持てるジャンルではなかったし、理解が難しいことは変わっていない。
しかしながら、実はよく聴いてみると、同じ曲であっても、演奏者や指揮者などによって千差万別だということが解かって来た。多くはいわゆる“アレンジ”の違いなのだが、その違いは技法はもちろんだが、演じ手の心情によってまったく違ったものに聴こえることもある。そういったところが、クラシックファンにとっては興味となるところなのかとも思った。そのアレンジの違いは、読書で言えば“行間を読む”ということに近いのかもしれない。文章に書かれてあることとは別の“間”がその作品の深みを生むという面白さに繋がるのと同様、同じ楽曲でも演じ手によってさまざまな“間”が生まれることで、演じ手によってガラリと表情が変わる……そこにクラシックの面白さがあるのかもしれないと。その点では、クラシックは非常に文学的でもあるのだろう。
シューベルトは非常に愛らしくロマンティックで、モーツァルト、特に「幻想曲」などはその名のとおりどこか麗しい美しさをたたえたもの、ドビュッシーは懐かしさと憧憬が重なったような愉しさに満ちたもの、メンデルスゾーンはメロディが非常に洗練されていてこ洒落た感じ……といったように、詳しく解からなくともそれぞれの楽曲から演じ手の機微が窺えるようで興味深い。
ラストのバッハ「シャコンヌ」は、序盤は非常に厳かで沈痛とも言えるような雰囲気を認めながら展開していく。衝撃的ではないが一つずつ重々しさが加わるようなズシリとした鬱屈とした感覚が支配するが、後半は華やかではないが明るい音質でエンディングを迎える。演じ手がどのような想いを持って演奏したかは解からないが、昨年多くの人たちに悲痛をもたらした震災から1年。復興の兆しは見えるが、実はここからが正念場。鮮烈ではないが、ゆっくりじわじわと辛苦がにじり寄ってくる人たちも少なくない。だが、一歩ずつ足場をならしていけば、必ずや希望の光は訪れるはず……そんな気持ちが窺えるような演奏だった。そう感じるのは自分の想像力の飛躍かもしれないが、それに足るメッセージ性の強さは確かに存在していた。
名曲喫茶ミニヨンで行なわれるこの演奏会も一昨年、今年と二回目。座席は手狭ながらも懐かしさと落ち着きのある雰囲気は、この演奏会に相応しい空間といえるのではないだろうか。今年はあいにくの天候となってしまったが、寒さが薄らぐ春先に心を安らげるアットホームな演奏会だった。
◇◇◇
<PROGRAM>
≪Kyoko Nakazono/Mariko Nakamura/Nobuko Shinoda≫
The Italian Concert,BWV971
1.(Allegro)
2.Andante
3.Presto
≪Satoko Suka≫
W.A.Mozart/Piano Sonata No.14 in C minor,K.457 1st mov. Molto allegro
F.Schubert/"Three Piano Pieces",D946 No.2 in E-flat major
≪Kyoko Nakazono≫
W.A.Mozart/12 Variations on "Ah vous dirais-je, Maman",K.265
C.Debussy/suite for solo piano "Children's Corner",L.113 6.Golliwogg's Cakewalk
≪Nobuko Shinoda≫
W.A.Mozart/Fantasia No.3 in D minor,K.397
F.Mendelssohn/"Songs Without Words" Andante con moto in A-flat major "Duetto",Op.38-6
Presto agitato in G minor,Op.53-3
Allegretto grazioso in A major "Spring Song", Op.62-6
≪Mariko Nakamura≫
J.S.Bach=F.Busoni/ Chaconne,BVB24
◇◇◇
一昨年は中止となったこの演奏会。市ヶ谷、原宿、雑司が谷と来て、荻窪が二回目。過去4回の記事を次に挙げておく。
2007年:m.E.y+α in ichigaya REcital 2007
2008年:2008年 m.E.y.+α in harajyuku Recital 2008
2009年:mey-live2009@zoshigaya
2010年:Great Piano Pieces RECITAL 2010
こじんまりとしながらも、荻窪はm.e.y.公演の中心的な会場として心地良い空間だと思う。入場料が500円(ワインかジュースが付く)だが、もう少し高く設定してもいいのでは。演奏者それぞれが時間を見つけながらこの日のために準備するため、大幅な曲数増加や演出はなかなか難しいところもあるだろうが、年2回公演や何か別なコンセプトでのリラックスした会を開くのも面白いかもしれない。と、言うのは容易いが、演奏者たちは大変だろうけれども。(苦笑)
それと、この演奏会のプログラムやポストカードなどが毎回凝っている。今回のプログラムも一見茶色の紙に単純に印刷しただけに見えがちだが、よく見ると、紐(糸)が掛かっている。ちょっとした洒落っ気が嬉しい。


こういった小さなことも、演奏会を盛り上げる一つになっているんだと思う。


