奥州糠部 九戸四門~西門の歴史~

岩手県二戸郡の歴史と風景をご紹介します。浄法寺町を支配していた浄法寺氏とその先祖畠山重忠も扱っています。

浄法寺の粟島神社

2007年06月27日 | 重慶と浄法寺氏
今回は浄法寺の神社を一つご紹介します。
とはいってもこの浄法寺、岩手県の浄法寺(町)ではなく、京都府亀岡市篠町にあります。

何故、京都府の浄法寺に来たかというと、この篠町浄法寺には松岡という地名があるのです。
岩手県二戸市浄法寺町にも松岡という地名があり、鎌倉浄法寺に出家していた重忠の末子は、
二戸郡を領有していた重忠の弟重宗の嫡子が死去して、跡継ぎがいないことから還俗下向して
家を継ぎ、松岡に住んで松岡氏を称したのち浄法寺を号したと云われております。

近くに畑(弾正忠)という、秩父畠山氏の子孫の可能性が高い城主がいたことから、この浄法寺も秩父畠山氏に関係するかもしれないと思い、篠町浄法寺を訪れたのでした。
この篠町浄法寺には浄法寺山があり、その頂上に鎌倉時代に創建されたと伝わる「浄法寺」があったとされ、跡地に粟島神社が建っています。
粟島神社の敷地内にその御堂跡があり、鎌倉時代に廃寺となった「浄法寺」の名残を伝えています。
すぐ近くには丹波浄法寺城跡があり、渡辺美作守の居城と伝えられています。

結果としてこの畑氏は秩父畠山氏の子孫でありましたが、丹波浄法寺の創建に関わることは何も分かりませんでした。

話は変わりますが、この亀岡篠町には足利尊氏が討幕の旗揚げをしたことで知られる篠村八幡宮、明智光秀の居城亀岡城があります。
粟島神社は専任の宮司がおらず、篠村八幡宮の宮司さんが兼務しておられます。
亀岡城は新興宗教団体の本部となっていますが、見学を申し込むことで天守台以外は見学できるようです。

二年も前の事を今更記事にしてみた浄法寺(HNとして)なのでした。

粟島神社入り口


御堂跡


篠村八幡宮


亀岡城外(晴れた日に歩くには最高の場所)


篠村八幡宮
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/hikarimo/jinjya/jinjya-index.html


畠山重忠戦死の地 鶴ヶ峰を歩く その2

2007年06月13日 | 平姓畠山氏
薬師寺の次はすずり石水跡に向かう。
今は案内柱がぽつんと一本立っているだけだ。

すずり石水跡 地図


撮影場所を左に向くと電柱が見える。


次は矢畑と越し巻きに向かうが案内柱が見つからない。家に帰ってから確認すると、横を通ったが気づかなかっただけであった。
駅側から清来寺に向かう道路沿いの左を歩いていると、鶴ヶ峰コミニティハウスの黄色い看板が見える、看板の前に立ち左後ろを振り返れば案内柱がある。
地図

次は清来寺に向かい、お寺の方に観音塚(鐘楼塚)の場所を伺い場所を探す。
探してる内に聞いた道順を忘れたが、戻って再度伺うのもどうかと思い、戻らずそのまま探すことにした。

浄土真宗本願寺派 鶴遊山清来寺 地図

「いのち」がモノに思えたとき 人はいつしか悪魔になる


怪しい場所があったので写真を撮る。(というのも(場所は全然違うが)観音塚もフェンスの奥にあると聞いたからだ)裏山にあるはずの
観音塚が住宅地であるここにある訳もないのだが、昔を考えるとここも裏山に含まれないとも言い切れないので一応ここまで探しにきていた。

付近をうろついてる途中地元の方がいたのでこの辺の史跡について話を聞く。
するとその写真を撮った場所に案内される、ここは昔洞穴があり、穴からは剣等が出てきたという。
そう、ここは畠山重忠を弓で射た愛甲三郎季隆が篭ったという隠れ穴跡であった。
重忠はこの地で射られたまま捕らわれ、今の区役所裏の首塚まで移送され斬られたのであろう。
愛甲三郎隠れ穴 地図 写真下が隠れ穴があった場所


昔というのは今から五、六年前までのことで、その隠れ穴はマンション建設の為埋め立てられてしまった。
埋め立てられる前は一般の人も入ることができ(危険なので本当は駄目なんだろうが)、上の方からは入れ、下の方からは入れなかったいう。
マンション建設の為埋め立てられた隠れ穴であったが、結局マンション建設は中止となり、崖下には家が建てられ崖上にある隠れ穴は埋め立て損になった。

埋め立てられる前の写真がないか、いつか旭区の図書館で探してみたいものだ。

愛甲三郎の隠れ穴跡を見つけたことは見つけたが、観音塚(鐘楼塚)とは別である。
とはいえ、時間も時間なので今日はここで引き返すことにした。


畠山重忠戦死の地 鶴ヶ峰を歩く その1

2007年06月08日 | 平姓畠山氏
先日、浄法寺氏の先祖である畠山重忠戦死の地と伝わる横浜市旭区の鶴ヶ峰を訪れてきました。
鶴ヶ峰の駅を降り立つと、思ったいたより駅前が賑やかな町で多少驚きつつ、まずは区役所の裏にある首塚を目指す。

首塚



区役所駐車場裏




案内文を良く読まなかったので、地図上では近くにあるはずのさかさ矢竹が見つからない。
諦めて畠山重忠公碑を目指すと公碑の横に移されていた。

さかさ矢竹の由来


畠山重忠公碑(さかさ矢竹は写真の左横にある)


肝心のさかさ矢竹の写真は撮り忘れてしまったことに後で気づく、戦死の地というせいなのか、少し頭が重くなっている気がした。

道を進み、八王子街道とぶつかる交差点を右に行き、紳士服販売店のAOKI横にあるわき道を進み階段を登る。(団地横の道は通り抜け禁止)地図

駕籠塚



駕籠塚の付近にある鶴ヶ峰神社入り口横の道を通り下に降る。
通りに出たらそれを右に進むと地蔵が見える。

薬王寺 入り口


薬王寺




霊堂建立の由来


薬王寺の境内に私の好きな紫陽花が咲いていた。
岩手県二戸市浄法寺町の天台寺にも瀬戸内寂聴氏が京都から運んで植えた紫陽花がある。
その天台寺では7月にあじさい祭が開催される。天台寺も重忠ゆかりの寺である。

重忠公の命日である今月の22日にはこの薬王寺で「重忠公慰霊祭」が開催されます。
一般の方も周り廊下からの見学と一階でのお焼香は可能とのことです。13時半開始。 (年によって時間は違うようです)

追記
去年(2008)は10時頃開始だったと思います。
金沢区の禅林寺である重保公の法要祭も同日だったと思います(開始時間不明)

詳しくは横浜市旭区観光協会にお問い合わせください。
TEL 045(954)6091