この博物館は全国民から寄付を募って建設された。それは政府が直接関与することによって

中国を刺激することを避けたためでもあるが、このような巨大な施設を建設できる資金が集まったことは、

30年が経過してもベトナム人がこの事件を深く記憶していることの証左であろう。


自国の侵略行為は覆い隠す中国

 この施設を見学して、日本人として思うことがあった。それは南京事件である。中国は博物館を

作るなどして、中国が被害者であることを強調している。しかし、その中国は20世紀後半になっても、

周辺諸国に暴力的な態度で接している。


 ベトナムの歴史は中国との戦争の歴史と言い換えてもよい。中国はその歴史のなかで、

何度もベトナムを侵略してきた。中国は常々日本に対して歴史を忘れないようにと釘を刺すが、

当の中国はベトナムを侵略し続けてきたことをすっかり忘れている。中国の教育に詳しいわけではないが、

留学生の話を聞く限りでは、歴史の教科書に中国がベトナムを侵略し続けてきたことは書かれて

いないようだ。

 

 ニャチャンはタイのプーケットなどと並んで東南アジア有数の観光地になった。現在、その美しい

海岸は多くの中国人観光客でにぎわっている。ニャチャン経済は中国人観光客なしでは成り立たない。

大きな声でところ構わず喋り、部屋やトイレを汚すなど、中国人観光客の評判は決して芳しいものではない。

しかし、ベトナム人はそんな中国人に対して微笑みをもって接している。ただ、その微笑みの裏には、

今回訪れた博物館に象徴される中国への憤りが隠されている。


 博物館を案内してくれた女性(中学校の教師であるが、ボランテイアとして説明に来てくれた)

によると、中国人観光客は海水浴場にはたくさん来るが、この博物館には来ないそうだ。


 来年には関西国際空港からニャチャンに直行便が飛ぶようになると聞いた。気軽に訪れることが

可能になる。ニャチャンに来る機会があったら、一度、南沙諸島博物館訪を訪れてみてはいかがであろうか。

ベトナム人の心をより深く知ることにつながると思う。

 

川島 博之
東京大学大学院農学生命科学研究科准教授。ベトナムのビングループ主席経済顧問(兼職)。1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員などを経て、現職。主な著書に『農民国家 中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』など