じんべえ時悠帖Ⅱ

3.10は東京大空襲の日

 明日は東日本大震災から11年目の日だが、今日は77年前の

「東京大空襲」の日である。首都東京は合計100回以上の爆撃

を受けたが、中でも3月10日は10万人以上の焼死者が出た最大

規模の空襲であった。

 米軍は9000m上空からの爆撃予定だったが、日本軍の高射

機関砲による反撃が少ないことを考慮し3000mに変更した。

 命中確率が高まることもあるが、ジェット気流がないので

燃料の節約も考慮した変更だった。何度でも空襲に飛来する

つもりだったのである。

 江東区にある「東京大空襲資料センター」を見学したのは

だいぶ前になるが、当時幼女だったという語り部の老婦人が

まさに阿鼻叫喚の状況を話してくれた。

 淡々と話していた老婦人が声を震わせたのは、進入ルート

や空襲時間など「被害最大」を狙った綿密な計画を練った

ところだった。「非人道的」な計画であった。

 

  北越谷駅から元荒川沿いを歩いて越谷梅林を訪れた。

 紅梅の前の東屋でチェアリング、梅見酒を楽しんだ。

 

 


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コメント一覧

jinbei1947
えめらるど様
戦時中、親父が亀井戸の精工舎に勤めていました。
生まれたばかりの兄と両親は大空襲の少し前に疎開(帰省)して無事でした。
jinbei1947
ワイコマ様
そうですね、人道を言うならそもそも戦争を起こさないはずです。
「人道回廊」、嫌な言葉です。
えめ
実家の隣のお寺には、小学校3年生100名が集団疎開で来ていました。3月10日の空襲で、家を失ったり親を亡くした子が居ました。彼等の一部は、戦争が終わっても暫くお寺に残って居ました。母は家に呼んで、何か食べさせてやって居ました。
ykoma1949
戦争には 人道的な戦争は無い 日本のその昔の武士道の
世界の戦い方とは大違いで、敵を眼前にして「やあやあ~
我こそは~~~である、各々方参る・・」そんな戦争は昔
昔のお話で・・相手の戦意を貶めるためにはありとあらゆる
手段で戦い抜く。第一次世界大戦以来変わらない。
そんな戦争が‥現実、この地球上で絶えない。
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