アーム通信(海外会員インドだより)

国際子ども権利センターの元運営委員の成田由香子が、インドのデリーで滞在する暮らしの中で体験することを伝えます。

インドの児童労働法の強化 :3

2006-12-05 00:45:12 | Weblog
「児童労働(禁止及び規制)法(1986年)」の改訂に関して、国際子ども権利センターが支援しているインド、デリー市のNGO、バタフライズや子どもの権利に関わるその他のNGOは、先日、記者会見をおこない、そのときの模様をプレスリリースとして発表しました。今回は、このプレスリリース(原文は英文)を翻訳した要旨をお伝えいたします。

___________________________

【プレスリリース】

<インド政府の告示「家事労働、飲食店や食堂等における子どもの雇用の禁止」に対する会議>

2006年10月7日、ニューデリー

インドでは、児童労働は長年にわたって「必要悪」と考えられていますが、インド政府は、1986年の「児童労働(禁止及び規制)法」や1987年の「国家児童労働政策」を策定するなどの対応策をとってきました。この度、政府は1986年以降の追加を含めて、13の危険な職業と57の危険な作業が明記されている「児童労働(禁止及び規制)法」に、家事労働とホテル・飲食店・食堂などでの子どもの雇用を、さらに追加し、2006年10月10日から禁止する告示をしました。実際、何百万人もの子どもたちが、これらの職業に従事しています。この禁止令は、子どもの権利を保障するという政府のコミットメントを示している方向であることから歓迎すべきではありますが、この禁止令によって、多くの子どもたちが、雇用されている中産階級の家庭や飲食店から追い出され、住むところや収入を失うことになります。このような子どものほとんどが、家族の家計を助けるために仕送りをしています。

問題なのは、この禁止令の告示が、影響を受ける子どもの回復や社会復帰のための救済計画なしに行われたことです。このような計画もなく、貧困など根本的な問題への対応策がないままに、児童労働を禁止するだけで、子どもに対する虐待や搾取を終わらせることができると考えるのは、まったくばかげたことです。

インド政府が告示した家事労働、ホテル・飲食店・食堂における児童労働禁止令を受けて、2006年9月28日、バタフライズと人権法律ネットワーク(HRLN)は、子どもの権利に関わる20団体とともに、「禁止から前進へ」と題して、児童労働の問題について協議しました。そこでは二つの議題に焦点を当てました。ひとつは、禁止令によって影響を受ける子どもたちの救出と社会復帰のための計画は、どのようなものであるべきか。もうひとつは、仕事や住む場所を失うであろう多くの子どもたちに対する救出、回復、社会復帰、告訴、予防措置に関するガイドラインや基準は、どのようなものであるべきかということです。

この協議には、政府省庁、NGO、国連、国際NGOの代表者が出席し、家事労働、ホテル・飲食店、その他の危険な職業に従事している子どもたちのための、救出、回復、社会復帰に関する「行動計画」ならびに「実施要綱」について話し合い、草案を作成しました。包括的な「行動計画」案ならびに「実施要綱」案は、禁止令によって影響を受ける子どもたちの権利を守る上で、役立つことでしょう。「行動計画」案については、約35の団体とデリー市でチャイルドライン (注1)を実施している複数のNGOの代表から構成されている「ストリートチルドレンと働く子どもたちのためのデリーNGOフォーラム」でも議論され、支持されました。

NGOは、「行動計画」案を公表し、デリー市の労働局、社会福祉局、そしてデリー準州首相と共有しました。デリー市当局は、「行動計画」案を評価したものの、禁止令が施行される10月10日以降、子どもたちに悪影響が及ばないために行った提案を、実際に受け入れ、実行に移すかどうか、これから見守る必要があります。また「行動計画」案は、デリー市だけでなく、他の州でも対応策がとられることを期待して、インド中央政府の労働省、人的資源開発省、女性及び子ども開発局、そして全州政府とも共有しました。

その後、バタフライズ、人権法律ネットワーク、デリーNGOフォーラム、そしてチャイルドライン(デリー支部)は、10月7日午後3~6時にかけて、インド記者クラブで記者会見を行いました。政府の禁止令の告示に対する懸念事項をメディアに知らせ、働く子どもの回復と社会復帰のための包括的な「行動計画」案を提示し、子どもの権利を保障するために必要な措置をとるように働きかけるためでした。具体的には、(1) 児童労働者の救出、回復、社会復帰に関する問題をメディアに説明すること、(2) 働く子どもたちに関する問題への関心を一般市民の間で高めるため、メディアや他の関係者間で共通の戦略について合意すること、(3)社会復帰のための効果的な計画を策定するように、政府に働きかけるよう市民社会への啓発を行うためでした。記者会見には、多くのメディアが出席し、意義深い質疑応答が行なわれました(注2)。

記者会見では、以下のことが述べられました。
「私たちNGOの多くが、今回の政府の禁止令を支持するとともに、メディアの方々が果たして下さる役割に感謝しています。しかし、社会的に不利な立場におかれているコミュニティや働く子どもたちとともに第一線で活動している私たちとしては、今回の禁止令は、すべての児童労働者の自立と社会復帰を保障するというコミットメントを伴うものでなくてはならないと、伝えていただきたいのです。政府には、児童労働の根本的な原因である貧困、おとなの失業や不完全雇用、最低賃金の支払い不履行、不充分な教育施設、そして農村部の貧しい人々が生計の手段を失っている状況など、児童労働の供給側の問題に対して、適切で継続的な対策をとる必要があるのです。」

また、記者会見の冒頭、バタフライズの代表リタ・パニッカー氏は、出席者にお礼を述べるとともに、次のように言いました。
「子どもたちは、今の仕事から追い出されたら、いったいどこへ行くのでしょうか?その答えは簡単です。バングラデシュの例では、政府と国際機関が、輸出用の衣服の縫製における児童労働の禁止に合意したことにより、仕事を失った男の子たちは路上生活者に、女の子たちは性産業へと追いやられ、より劣悪な状況のもとで、より少ない収入で生活することになりました。児童労働は、文明社会のあらゆる規範に反するものですから、正当化することはできません。しかし、児童労働を単に禁止するだけでは、児童労働という社会悪を根絶することはできないのです。児童労働の根本的な原因に取り組み、児童労働を予防する政策を実施しなければ、状況はさらに悪化するのです。10月10日から政府は食堂での児童労働を禁止すると聞いた、食堂で働いているある子どもは、言いました。」
『この先、僕がすることは、決まっているんだ。物乞いをするか、盗みをするかだよ。できれば、何か物を売って稼ぐことができればいいんだけど。』

次に、子どもの権利の専門家、ジェリー・ピント氏が、子どもを労働から解放し、きちんと回復や社会復帰ができるようにするためには、政府やその他関係者がどのような「行動計画」を策定すべきかについて発表しました 。ピント氏は、次のように言いました。
「中央政府が発表した禁止令は、事態を改善しようという意図ではありますが、子どもたちや貧しい親たちに、確実に悪影響を及ぼすでしょう。なぜなら、あまりにも拙速に、計画性もなく行われたもので、実際に法を施行していく州政府に対して、何のプランも提示せず、予算をつける確約もしていないのです。中央政府は、国際社会に評価されることを期待して、急いだのでしょうか。このことによって、子どもの権利を促進し、保護していこうとする政府やNGOがこれまで発言してきたことが、すべて否定されるのです。」

禁止令によって子どもの権利が侵害されないよう対処する最も重要な責任は、中央政府および州政府が担っている一方で、子ども権利を促進し保護するために、政府と連携協力すると合意しているさまざまな国連機関や二国間協定を行っている機関による積極的な対応を期待していたでしょう。このような国際機関の反応は、そして立場は、どのようなものなのでしょうか。デリー市には、「児童労働に関する国連機関間の作業グループ」があり、児童労働に対する立場と、児童労働を防ぎ、なくすための責務について公表しています。今回の禁止令が、子どもたちの搾取や虐待といった最悪の状況をもたらさないよう、政府が具体的な行動を早急にとるように提言するのが、作業グループの役割ではないでしょうか。

タスクフォースを代表して

バタフライズ代表 リタ・パニッカー
人権法律ネットワーク代表 アートレイ・セン
バル・サホヨグ(注3)代表 デヴ・カルマン
ストリートチルドレンと働く子どもたちのためのデリーNGOフォーラム議長 モノディープ・ダニエル
チャイルドライン(デリー市部)議長 ジョーゼ・マシュウ


注1)支援の必要な子どものための24時間無料緊急電話サービス。インド政府社会正義・エンパワーメント省、UNICEF等の協力により、インド国内約50都市でNGO等によって実施されている。

注2)その他の出席者は、「ストリートチルドレンと働く子どもたちのためのデリーNGOフォーラム」議長のモノディープ・ダニエル氏、チャイルドライン(デリー市部)議長のジョーゼ・マシュウ氏、人権・法律ネットワーク代表のアートレイ・セン氏、国連機関、国際援助機関、NGOの代表者です。

注3)故インディラ・ガンディによって設立されたNGOで、デリー市内のスラムの子どもやストリートチルドレンなどのために教育、職業訓練などの活動を行っています。

___________________________

 これらの団体によって作成された「行動計画」案は、2006年11月29日現在、中央政府及び州政府の関係省庁によって最終的に受け入れられ、実際に採用されたか不明である。デリー準州首相は、同案を検討した後に、同団体と会合を持つと約束したが、いまだ連絡がない。

参考:
バタフライズ等子どもの権利に関わるその他NGOが発表したプレスリリース(2006年10月7日)

インドの児童労働法の強化 :2

2006-10-27 00:23:51 | Weblog
前回お伝えした、「児童労働(禁止及び規制)法(1986年)」の改正に対する、市民、メディア、NGOの反応はさまざまのようです。今回は、この法律に関するさまざまな視点について一部簡単にお伝えします。


<児童労働法・改正の成果>

ポジティブな反応の一つは、使用人としての家事労働が禁止されるべき児童労働として認められたことです。これまで多くのNGOや人権活動家などによって、子どもが家事使用人として雇用されていることと、そのような子どもが人身売買や身体的・性的な搾取などの対象になりやすく、またその現状が見えにくいため、問題が深刻で、効果的な対策の必要性について提起されていました。

また、飲食店やホテルなどのサービス業での児童労働者数も多く、劣悪な労働条件や給料不払いなどの問題も多いことから、これらの職種の児童労働に対策が及び始めた、と言う点で何らかの進展が見えたと肯定的に捉えています。


<児童労働法・改正後の課題>

しかし、ネガティブな反応も多いようです。この法令について最も懸念されていることは、どんなに法律が新しくなっても、それに伴った具体的な政策と成果が伴わない(=実効性がない)ことです。

この新しい法規制によって、
働かなくなり、行き場をなくした子どもたちが保護されるのでしょうか?
職場でつらい目にあった子どもたちが、リハビリなどのケアを確実に受けることが出来るようになるのでしょうか?
そして、そのような子どもたちが、確実に学校へ通えるようになるのでしょうか?

前回のブログでお伝えしたように、インド政府は、働いていた子どもたちに対して、教育の支援やシェルターの提供の準備があると発表しましたが、その具体的な活動計画をまだ発表していません。

子どもたちへの具体的な対策がないまま、雇用者側への取締りを強化するだけでは、かえって雇用者は児童労働の存在を隠してしまい、児童労働の状況を見えにくくし、その対策も難しくなってしまうかもしれません。


<児童労働法のそもそも論>

そもそも、1986年の児童労働法は、特定の危険な職業や作業を指定し、14歳以下の児童労働を禁止、あるいは労働条件を規制している法律であり、あらゆる形態の児童労働を禁止しようとするものではないため、不十分であると指摘しています。

また、そもそも、この法律にもかかわらず多くの禁止された児童労働が行われています。職業においては、鉄道での物資の運搬・配達、鉄道・駅での建設に関わる仕事、港構内での作業、爆竹や花火製造にかかる仕事。作業については、粘板岩作り、絹・カーペット織り、ビーディ(葉巻き)作り、石鹸・マッチ・セメントの製造などです。

さらに、1986年の法律は、「危険な」児童労働の定義と現実にもギャップがあります。児童労働の禁止の対象となる「危険な」職業や作業の定義について問題視されています。この法律で危険とされている以外にも、危険な職業や作業があり、劣悪な労働条件で子どもが働かされている現実が多くあることを、これまで人権団体や児童労働に取り組むNGO等が証明しています。例えば、この法律では、児童労働は、製材所では禁止されていますが、大工の仕事では禁止されていません。また農業機械を使っての仕事は禁止されていますが、鎌を使っての農作業は許されています。

そして最後の「そもそも」は、この法律には、義務教育の保障とのギャップがあることです。

インドの憲法では、2002年の改正によって、無償義務教育が児童(6~14歳)の基本的権利であると規定しています。つまり、憲法での児童の義務教育が保障されているにもかかわらず、児童労働法は、児童労働を限定的にしか禁止していないため、結局はその他の児童労働を許してしまっています。これは、義務教育政策が徹底していない、という理由にもよります。義務教育が徹底していれば、児童労働はなくなるはずですが、インドの教育政策は、特に農村など行き届いておらず、学校へ通っていない子どもの多くが農業などで働いているのが現状です。インドでは、児童労働者の約85%が農村におり、約80%が農業に従事していると推測されています。

(インドの教育については、2005年11月6日付の「インドの教育制度」、2005年11月30日付のブログ「インドの教育:公立学校」をご覧下さい。)

このように、インドは、あらゆる形態の児童労働をなくすための法整備がまだ不十分であり、また限定的に児童労働を禁止している児童労働法さえも、その内容や実効性が不十分であることが指摘されています。

インドの児童労働の取り組みについては、インド政府による児童労働国家政策や、ILOのIPEC(児童労働撲滅国際計画)、NGO等による児童労働者のための教育・リハビリ支援などが行われていますが、すべての児童労働者をカバーするには至っていません。すべての子どもが働くことがなく学校へ通えるような環境づくりを行うには、貧困削減、教育政策、雇用者への対策、家族や地域での意識啓発などさまざまな分野で取り組まれなければなりません。また、児童労働法に新たな規制が追加されてからの、子どもたちの受け皿となる対策についても今後見守っていかなければなりません。

児童労働の詳しい情報は、ILO駐日事務所の以下のwebsiteよりご覧下さい。
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/ipec/ilo/index.htm

参考:
THE HINDU, October 10, 2006

インドの児童労働法の強化 :1

2006-10-25 02:09:32 | Weblog
<インド政府の発表:家事労働、飲食業などでの児童労働禁止>

インド政府労働省は、2006年10月9日(月)、サービス業及び使用人としての家事労働における児童労働に関するデータを発表しました。それによると、現在、インドには約1200万人の児童労働者がおり、そのうち18万5000人が家事使用人として、そして、7万人がレストランや食堂で雇用されています。

翌10月10日からは、8月1日に発表された「児童労働(禁止及び規制)法(1986年)」に、加えられた新たな規制の施行が開始しました。1986年に制定された法律は、特定の職業と作業において14歳以下の子どもの労働を禁止、あるいは労働条件を規制しています。

この法令を強化するために、今回は、児童の雇用を禁止している職業に、使用人としての家事労働、レストラン、食堂、ホテル、茶店、観光地、温泉、その他のレクリエーション施設での労働を加えたのです。

インド政府は、新たな規制によって1986年の法律に触れた人への処罰を強化すると同時に、これまで従事していた労働から解放された子どもには、国家教育政策SSA(Sarva Shiksha Abhiyan)の下で、教育の機会を提供する準備があること、これらの児童のためのシェルターを用意すると発表しました。
これをうけて、女性及び子ども開発省は、州政府に対して、この法改正後、もと児童労働者のためのシェルターの収容力を拡大するよう要請しました。


<働く子どもたち、NGOへの影響>

インドの首都デリーにも、裕福な家庭で家事使用人として雇用されている子どもや、レストランやホテルなどで働いている子どもがたくさんいます。10月10日以降、これらの子どもたちの生活にはどんな影響が及んでいるのでしょうか。

国際子ども権利センターも支援しているNGOバタフライズは、デリーでストリートチルドレンや働く子どもたちのために活動しています。
(詳しくは、http://jicrc.org/pc/project/india-project/butterfly-project.html
バタフライズのURLは、http://www.butterflieschildrights.org/)
その代表者リタ・パニカさんは、「この法改正によって多くの問題が起きている。」と言っていました。

新たな規制が追加された10月10日から、デリー市内にあるバタフライズの夜間シェルター(3箇所)やコンタクト・ポイント(働く子ども、ストリートチルドレンと共に活動する場所、12箇所)などでは、これまで来ていた子どもたちが来なくなりました。この子どもたちは、どこへ行ってしまったのでしょうか。

また、バタフライズ事務所には、この法令を知ったおとなたちから、たくさんの問い合わせや依頼の電話が殺到しています。例えば、レストラン等で働いている子どもがいることを知らせ、対応するようにといった依頼です。しかし、バタフライズは、スタッフの人数や財政的な制約などから、これらのすべての要望に応えるのは簡単なことではありません。

バタフライズだけではなく、働く子どものため連携して活動している他のさまざまな団体も、子どもたちと連絡がとれなくなったり、市民からの依頼の電話が多くかかったりという、同様の問題に直面し、頭を悩ませているようです。

なぜ、このような事態になっているかというと、上記のようにインド政府は、働く子どもたちに対して、教育やシェルターをとおして支援する用意があると発表しましたが、具体的な活動計画をまだ発表していないからです。なので、児童労働の問題に取り組むNGO等は、法改正に伴って、子どもたちに対してどのように対応したらよいか分からないのです。

実は8月にインド政府がこの改正について発表した後、バタフライズは他団体と共に、記者会見を開き、法改正に伴うインド政府の対応について議論したり、アクションプランを作成して中央政府、州政府、関係省に対して提言しました。(詳細は、分かり次第お伝えいたします。)しかし、10月10日以降これまで、中央・州政府いずれからも、その提案を受け入れて実施するなどの動きは全くないようです。

(つづく)

参考:
THE HINDU, October 10, 2006
インド労働省websiteのLabour News プレスリリース(August 01, 2006)
http://labour.nic.in/ 

再開準備中

2006-07-03 01:38:35 | Weblog
現在、アーム通信は、ブログ再開に向けて準備中です。

一時休止しています

2006-02-25 00:00:00 | Weblog
ただいまこのブログは、しばらくの間、一時休止しています。ご了承ください。

路上の子どもたち-ストリートチルドレン-

2006-02-13 21:00:00 | Weblog
南の国へ行くと、路上や交差点などで物を売りや、くず拾い、あるいは物乞いをしている子どもたちなどをよく見たことがあると思います。そんな姿に目を留め関心を持つことがあまりないかもしれませんが、そのような子どもたちもそれぞれ違う人生を抱え、そして一人の人間として人格を持っています。今日は、インドのストリートチルドレンと言われるそんな子どもたちの状況についてです。

◆ストリートチルドレンって何?
ストリートチルドレンとは、路上で生活したり働いている子どもを言います。家庭の事情により、家族とのつながりはあるけれど家計を助けるために路上で働いている、家を逃げ出し家よりも安全な路上で生活する、孤児など家族とのつながりが全くなく自分一人で生き延びなければならないなど、その子どもたちの背景は様々です。

◆どんなことをしているの?
ごみ拾い、荷物運び、靴磨き、新聞売り、車の窓拭き、家内労働、店や食堂での単純労働など、多くが都市部のインフォーマル経済での仕事につき、1日に4-10時間働いて、平均Rs.20(60-70%が食事代)稼ぎます。

◆どんな問題があるの?
上記の仕事のほか、麻薬取引、人身売買などの危険にさらされることもあり、劣悪な環境や危険な労働に関わることが多いため、ILO第182号条約に定められている、できる限り迅速に撤廃しなければならない最悪の形態の児童労働とみなされる場合が多いです。
学校には通うことができず、病気になっても病院に行くことができません。また、警察などからの嫌がらせや暴力交通事故薬物依存などの問題にも直面します。このように関わる問題は広範囲で多様であるのと、子どもは移動するため、保護したりケアするのが困難です。

◆どこから来るの?
多くは農村地域から、または地方都市から、あるいはネパールやバングラデシュなどの近隣国から、インドの大都市へやってきます。

◆どれくらいいるの?
世界に約1億人いると言われています。インドのストリートチルドレンに関する正確な統計データはありません。その定義や移動性などによって正確に調査し全体を把握することが難しいからです。2003年ユニセフによる調査によるとストリートチルドレンは約480万人と推定されています。またあるNGOの報告では、ムンバイには約50万人、デリーでは約40万人いると言われています。

◆なぜそのような子どもたちがいるの?
1)家計を助けるため:
ストリートチルドレンが生まれる背景には貧困の問題があります。家族の収入を助けるために、学校には行かせてもらえず、働かなければならない子どもたちがたくさんいます。子どもが働く家庭の親が失業していることも少なくありません。

2)不適切な家庭環境:
でも、貧困家庭の子ども全てがストリートチルドレンになる訳ではありません。失業中の親がアルコール中毒で子どもに暴力を振るうなど、家庭環境が不適切であったり、子どもと家族の関係が好ましくない場合、子どもは家出の居場所を失い路上に逃れるのです。

3)搾取的な労働環境:
児童労働に関わる子どもが多くいます。雇用者にとっては、子どもは、安い賃金で雇え、また従順であるため、都度の良い労働力です。家族によって出稼ぎとして送られた仕事場で、精神的・身体的・性的虐待、劣悪な労働条件等の搾取を受けて、そこから逃げ出し行き場を失った子どもも多くいます。

4)性的差別:
 インドでは特に農村で女性の地位はまだ非常に低いです。女の子たちは学校へ通わせてもらえず、農作業や、家事手伝い、妹弟の世話、家畜の世話などをして生活しています。ムンバイの駅で保護されたある女の子は「もっと勉強したいのに親が学校に通わせてくれない、このまま家にいたら私の将来は絶望的だと思った」と言って、家を出た理由を教えてくれました。また、家事手伝いなどで雇われた女の子は、親戚などを通して送られた働き先で暴力性的虐待を受け、逃げ出す子どもも多くいます。最悪の場合、人身売買に巻き込まれ、騙されて売春宿に売られ、強制的にセックスワーカーとして働かされることもあります。

5)障がい:
 ストリートチルドレンの中には、身体的・知的障がい者もいます。インドでは障がい者が約7000万人いるといわれていますが、障がい者のための教育、職業訓練、リハビリなどを行う施設や公的サービスは、まだ質・量ともに不十分です。障がいを持つ子どもの家庭にとっては、それらの教育やケアのための費用も必要です。特に農村では、障がい者に対する差別偏見もあります。これらの状況から、特に農村や貧困層の家庭が、障がい児を見捨ててしまうことも少なくありません。


このように、子どもたちが路上に現れなければならない要因には、社会全体の貧しさのもとでの、農村と都市の経済的格差、急速な都市化、インフォーマル経済の増大、家庭崩壊といった経済的社会的な問題が関わっています。これらを克服するには、農村部での貧困緩和、おとなの雇用創出、生活に役に立つ教育へのアクセス、健康・医療ケアなどの政策がきちんと行き届いていること、児童労働・人身売買・子ども買春などを取り締まる法律がきちんと施行されていることが重要です。 またさらに大切なのは、家庭や地域社会のおとなたちが、子どもは有害な労働、経済的・性的搾取、暴力、虐待などから保護され、心や体が健やかに成長し、子ども自身とその意見が尊重される権利を保障する努力をすることです。

インドのストリートチルドレンに関する政策は、以下のMinistry of Social Justice and Empowerment(社会公正・エンパワーメント省)のウェブサイトからCare and Protection of childrenのページをご覧ください。
http://socialjustice.nic.in/social/welcome.htm


参考ウェブサイトおよび資料:
国際子ども権利センター: http://jicrc.org/pc/teigen/index.html
Butterflies (バタフライズ):http://www.butterflieschildrights.org/
ILO(国際労働機関):
http://www.ilo.org/public/japanese/region/asro/tokyo/ipec/facts/sectorial/st_child/01.ht
「国際開発ハンドブック-NGOのフィールドメソッド-」友松篤信編著、明石書店

インドの人身売買

2006-01-16 00:00:00 | Weblog
今回は、インドの人身売買についての新聞記事(ヒンドゥスタン・タイムス紙 2005年10月28日付け)をお伝えします。この記事から、インドの人身売買は、被害者の多くは少女であり、性的搾取が主な目的で取引されていることが伺えます。

<ここから>―――――――――――――――――――――――
国連は、『インドは人身売買の主要な中心地になっている』』と報告している。
インドでは、毎年約2万人の女性が売買されている。その内60%が18歳未満45%が16歳未満である。

◆大きな市場
人身売買された女性は一人約5万ルピー(約12,700円)で売られている。人身売買によって毎年1,500万ルピー(約3,800万円)のお金が産出されており、これは、ドラッグ及び武器の密輸に次いで2番目に大きい犯罪市場となっている。

◆どこからどこへ?
国外では、ネパールやバングラデシュの村出身の少女が、約1,000ドル(約115,000円)でインドの売春宿に売られている。国内では、被害者は、主に南インドのアンドラ・プラデシュ州、タミルナドゥ州、アッサム州、北インドではウッタル・プラデシュ州、ラジャスタン州などから連れてこられ、主にデリー、ムンバイ、バンガロールなどの大都市に売られている。

◆なぜ取り締まれないのか?
①取引の活動は闇で行われているため、人身売買の正確な統計を取ることができない。
②被害者は、通常、不法移住者なので、追放されることを恐れて、申し立てることができない。
③あまりに大きな問題に警察が処理できていない。被害者1,000人のケースにつき120人の警察が取り扱っている。
④旅行記録は偽装されており、移動や国境を越えるのは秘密で行われている。
⑤人身売買はグローバル化している。これまで特定のルートで取引されていたが、今は新しい市場をどんどん広げている。
<ここまで>――――――――――――――――――――――――――――

★ムンバイの例:
ムンバイには売春街が多く、そこにはネパール・バングラデシュ・インド国内から少女たちが人身売買によって連れて来られる。国際子ども権利センター(『誰にも奪えない子どもの権利』、2003年、30項を参照)によると、ムンバイには、約5万の売春宿に10万人の売春婦が、また、そのうちカマティプラ地区には8,000人以上の売春婦がいると推定されている。売春に巻き込まれた少女は、同伴する売春斡旋人によって売春宿の奥に追いやられ、すぐに人目につかなくなる。または他の場所に転売されて、すぐに姿が見えなくなってしまう。このため「見えない子ども」(invisible child)とも言われ、街に現れた全体の数を把握することが難しい。このカマティプラ地区で活動するNGO、SAATHIによると(MID-Day(現地の英字新聞), Where did she go?, 2001年5月16日、6項を参照)、売春宿から逃げ出した女性・少女が、ムンバイ市内で最大のボンベイ・セントラル駅と、鉄道・バス停に、それぞれ毎日平均4人程度、目撃されるという。

SAATHIは、私がムンバイで留学中にフィールドワークを行っていたNGOです。詳しくは:http://www.saathi.org/girls_project.htm

★インド政府の取り組み
こどものトラフィッキングや人身売買を防ぎ、被害者を救済・リハビリするなどための取り組みは、各州政府に委ねられている。人材開発省の女性・子ども開発局によるswadharは、トラフィッキングの被害者を含む困難な状況に置かれた女性のためのスキームとして、州政府機関およびNGOを含む民間団体が実施する事業に対し資金助成している。しかし、このスキームは、被害者の施設型ケアへの支援が中心で、人身売買そのものの問題を防ぐものではない。

→さらにインドのChild traffickingに関する情報は: http://wcd.nic.in/indianchild/Children.9.htm

★「子どもの売買、子ども買春および子どもポルノグラフィーに関する子どもの権利条約の選択議定書」
(国連総会決議A/RES/54/263、2000年5月25日、日本語訳:平野裕二)
(http://homepage2.nifty.com/childrights/international/crc/crc_op_se.htmを参照)

第1条(子どもの売買等の禁止)
締約国は、この議定書が規定する子どもの売買、子ども買春および子どもポルノグラフィーを禁止する。

第2条(定義)
この議定書の適用上、次の用語は次のことを意味する。
(a) 子どもの売買とは、子どもが、いずれかの者または集団により、報酬または他の何らかの見返りと引換えに他の者に譲渡されるあらゆる行為または取引を意味する。
(b) 子ども買春とは、報酬または他の何らかの形態の見返りと引換えに性的活動において子どもを使用することを意味する。
(c) 子どもポルノグラフィーとは、実際のまたはそのように装ったあからさまな性的活動に従事する子どもをいかなる手段によるかは問わず描いたあらゆる表現、または主として性的目的で子どもの性的部位を描いたあらゆる表現を意味する。

第3条(立法上・行政上の措置)
1.各締約国は、最低限、次の行為および活動が、このような犯罪が国内でもしくは国境を越えてまたは個人的にもしくは組織的に行なわれるかを問わず、自国の刑法において全面的に対象とされることを確保する。
(a) 第2条(a)で定義された子どもの売買との関連では、次の行為および活動。
(i) いかなる手段によるかは問わず、次の目的で子どもを提供し、引き渡しまたは受け取ること。
-子どもの性的搾取
-利得を目的とした子どもの臓器移植
-強制労働に子どもを従事させること
(ii) 養子縁組に関する適用可能な国際法文書に違反し、仲介者として不適切な形で子どもの養子縁組への
同意を引き出すこと。
(b) 第2条(b)で定義された子ども買春の目的で子どもを提供し、入手し、周旋しまたは供給すること。
(c) 第2条(c)で定義された子どもポルノグラフィーを製造し、流通させ、配布し、輸入し、輸出し、提供し、販売し、または上記の目的で所持すること。


→そのほか、人身売買/traffickinに関する国際文書等は:
http://homepage2.nifty.com/childrights/international/trafficking/index.htm


インドの教育:ノンフォーマル教育

2005-12-11 04:59:16 | Weblog
今回は、インドの教育形態の一つ、ノンフォーマル教育の状況についてお知らせします。今日は長くなってごめんなさい。

ノンフォーマル教育スキームの概要

ノンフォーマル教育(NFE)は、1979年以降、6-14歳までの全ての子どものうち、働く子どもや女子など学校に行けない児童に教育機会を与え、公的な教育制度を補完する代行手段として導入されたパートタイム教育である。1986年国家教育政策では、中途退学した子ども、学校がない住居地域、働く子ども、学校に終日出席できない女子などにとって、幅広い体系的なノンフォーマル教育が必要であることが認識された。このようにノンフォーマル教育は、初等教育普及(Universalisation of Elementary Education: UEE)達成のための重要なコンポーネントとなった。ノンフォーマル教育スキームは、1987-88年に改定され、これまで重点を置いてきた教育の遅れている10州だけでなく、他の州にある都市のスラム、丘陵地域、部族の多い地域、砂漠地域、働く子どものための事業へも力を入れることになった。

ノンフォーマル教育センターは、1)主に州政府によって設立、運営されるか、2)NGOがセンターを運営し、それに対して中央政府が直接資金補助しているか、3)NGO等による試験的・革新的な手法による教育プロジェクト、の3つの形態がある。現在の状況は以下の通り。
・25の州・連邦直轄領で、州政府と826のNGOによって導入されている。
・288,000の小学校、6,800の中学校が、州政府によって認可されている。
・58,000の小学校、1,000の中学校が、NGOによって運営されている。
・41の試験的・革新的な手法による教育プロジェクトが、NGOによって運営されている。
・ノンフォーマル教育スキームによって教育を受けている子どもは全部で約740万人

しかし、ノンフォーマル教育には多くの問題点も見つかっている。
例えば、地域参加が不十分、正式な学校へ入学できる体制が十分でない、異なる子どものニーズにあった教育体制の柔軟性がない、女子が十分に通っていない、州政府とNGOの連携がうまくいっていない、初等教育レベルを終了する割合が低い、などであり、ニーズへの柔軟性や教育の質の問題が指摘されている。

よってこれらの問題点を克服するために、インド政府は新たに「Education Guarantee Scheme and Alternative and Innovative Education(EGS&AIE)(教育保障スキーム及びもう一つの革新的な教育)」を策定した。(これについての詳細は別の機会にご紹介します。)


◆ノンフォーマル教育センターの様子

ノンフォーマル教育センターは、主に農村地域か、都市のスラム地域にあり、家の手伝いなど1日の仕事を終えた児童は、夕方五時頃にこのセンターへ集まり、授業を受ける。
センターの壁には布製の黒板、地図、掛け図などがかけられ、子どもたちには教科書とノートあるいは石板とチョークが支給される。1人の教師が年齢も進度も多様な多くの生徒を対象にするため、小グループに細分化したグループ指導が基本となる。また、学習の進んだ児童が、学習の遅れた児童を教えることもある。

センターによって異なるが、一般に、1日に2時間、1週間に6日間の授業が行われ、通常の学校とは異なって、長期休暇はなく2年間で第5学年(初等教育)修了と同等の資格を得ることができる。さらに、11~14歳の上級初等教育(中学校)に相当するプログラムもある。しかし、限られた指導時間と年数で学習成果をあげることは実際には難しく、そのプレッシャーの中で、退学や低い進学率などの問題がある。働く子どもにとって、ノンフォーマル教育学校は、読み書きなどの学習の場だけでなく、子ども同士のコミュニケーションの場でもある。

現在、上記のように、ノンフォーマル教育は、国家教育政策によって推進されている。また、最近は、NGOが、公立学校に通えない子どものいる地域において、教育に関する意識啓発を地域で行いながら、より多くの子どもを受け入れて通常の学校のように終日の教育活動を行う試みや、公立学校へ進学できるよう、あるいは就職に役に立つよう、教師の訓練なども行いながら質の高い教育活動を行うなどの努力がなされている。


◆ムンバイのNGOによるノンフォーマル教育学校の事例から:

以下は、前にMSNニュース毎日新聞(2005年7月5日付け)から見つけたニュースです。今回は、前回お知らせした記事の続きのNGOによる学校教育についてお知らせします。

(ここから)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「インドの次世代教育 ダイヤモンド商人の子どもとストリートチルドレン」(後半)

◇NGOが教育で自立を促す

同じムンバイに、ストリートチルドレンの「学校」がある。グリーンローンズ校から北に車で約1時間、アンデリという地区の、商店街からひと筋入った4階建てのビルの一室だ。医師や弁護士らがメンバーのNGO「VOICE」(本部・ムンバイ)が、5歳から14歳までのストリートチルドレンを集めて教育を施している。

12畳ほどの部屋で、この日は27人が勉強していた。机は全員分そろっていないので、10人弱は床にノートを広げている。寺子屋のような感じだ。

思ったより、子どもたちの身なりはきちんとしている。制服を着ている子がいるが、VOICEが通学用に買い与えているという。内容は読み書きや算数の基本の勉強で、女性教師2人が個別に指導する。数字の3や8をノートいっぱいにいくつも書いて覚える子もいれば、ヒンディー語の文字の書き取りをする子がいる。10×1から20×10まで、2ケタの掛け算を一つずつノートに書いている子もいた。

ムンバイには、25万人以上のストリートチルドレンがいる。孤児以外に親が面倒を見ない子もいて、物乞いや残飯をあさって生きている。

教育なしには貧困の悪循環から抜け出せない。VOICEは1991年に設立され、当初は鉄道の駅構内で、ムンバイ市内の駅名の表記で文字を教えたり、列車を数えて数字を教えていた。ここに来るまで子どもたちは、文字はおろか、基本的な道徳観も身につけていない。スタッフは道徳や倫理、社会生活上の決まりを、双六のようなゲームで単純化して教えている。「働いてお金を貯めれば、家が買える」「酒やたばこを飲まなければ、健康に過ごせてお金も貯まる」という具合だ。ヨガ、少林寺拳法、歌、ダンス、裁縫も教えている。

1年前からきょうだい5人で通っている長姉のカビータ・サーバンナ・クルクンバルさん(11)は、「ヒンディー語が一番好き。ヒンディー語がわかれば読み書きができるから」とうれしそうだ。VOICEは大人の自立支援の場でもあり、教師の1人、シャンティー・ガウドさん(35)は、子ども4人を連れて8年前にここで働き始めた。翌年からアパートの一室だが、念願の「家」暮らしが始まった。

貧富の差は簡単には埋まらない。だが、二極化の一端から抜け出す試みは、着実に成果を上げつつある。
(ここまで)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

写真は、デリーのNGOであるDeepalayaが運営しているノンフォーマル教育センターで撮影(2005年11月30日)。「インドでは2桁の掛け算を暗算するのか?」と聞いたらやって見せてくれました。すごい。

参考資料
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/india/archive/news/2005/07/20050705org00m020009000c.html
学士論文「初等教育におけるノンフォーマル教育の開発」成田

インドの教育:私立学校

2005-12-01 01:46:14 | Weblog
今回は、インドの私立学校の状況についてお知らせします。

◆私立学校の概要
経済的に豊かな家庭では、学費が払える限り、教育条件のより良い私立学校へ児童を通わせる傾向がある。

都市部に多くある私立学校は、その形態や教育内容に幅はあるが、公立学校よりも、英語による比較的質の高い教育を提供している。私立学校では校舎や学校施設、教師の質などの条件がよく、教育内容も充実している。知識理解やコミュニケーション能力を育てるディベートや朗読コンテスト、スポーツ競技会や文化活動での発表会など、課外活動も充実している。

近年、インドでは学歴社会の傾向が見え始め、幼い時期からの受験競争が激化している。中間層の教育熱は、都市部における多様な私立学校の増加と、レベルの高い私立学校への人気集中、学校間競争の激化とそれによる公立学校との教育の格差をもたらしている。私立学校には、有名なエリート校から、英語教育だけをセールスポイントとする小規模な塾のような学校まである。評判の良い私立学校には、幼稚園から入学しなければならない。このため競争は早期化し、入学できても子どもは大学受験までの圧力に耐えて勉強しなければならず、精神的ストレスを感じているケースもある。

私立学校は高等教育へ進むために圧倒的に有利であり、私立学校に就学するためには、初等教育入学時に学校を選択しなければならない。このように、家庭の経済力に応じて入学できる学校の差異化が進んでおり、貧困層は、経済的な制約によって学校選択の余地が限られ、入学以前の段階で、将来の子どもの高所得の機会は約束されないことになってしまう。


◆ムンバイの私立学校の事例から:
以下は、前にMSNニュース毎日新聞(2005年7月5日付け)から見つけたニュースです。今回は、この記事の前半の私立学校についてお知らします。次回は続きのノンフォーマル教育学校についてお知らせします。

(ここから)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「インドの次世代教育 ダイヤモンド商人の子どもとストリートチルドレン」(前半)

経済発展中のインドで、競争力の源泉となる初等・中等教育はどのように実施されているのか。私立学校とストリートチルドレンの教育の場を取材した。インド最大の都市、ムンバイ南部の市街地ブリーチキャンディに、幼稚園から10年生(日本の高校1年生)まで約1500人が学ぶ中堅の私立の共学校、グリーンローンズ校がある。保護者の9割がダイヤモンド商人という、裕福な家庭の子どもたちの学校だ。

◇学校は受験勉強の場 運営は効率と評価重視

同校のカリキュラムは、インドの教育政策に従ってインド学校検定試験評議会が実施する全国規模のICSE試験(インド中等教育検定試験)に照準を合わせている。この試験で進学できる大学が決まるのだ。教科は英語で教えるが、ヒンディー語や現地語の履修は必須だ。入学試験はないが、学校に兄弟姉妹がいたり、政府関係者の子弟の場合は優先的に入れる。

学年は3月に始まり、訪問した6月8日は、2カ月余りの夏休みが明けた初日だった。

1学年は3クラスで、1クラスは38人。1時限は30分。9年生(中学3年生)の数学の授業では、因数分解を勉強していた。「729x6-64y6」と教師が黒板に書くと、まず生徒が口頭で「(27x3)2 -(8y3)2」と答えていき、その答えを教師が黒板に書き取っていく。回答時間は1問2分くらいで、すぐ別の計算に移る。生徒は暗算の調子ですらすら答えていて、答えに詰まる生徒はいなかった。

学校は7階建てのビル。ムンバイは人口1800万人で、人口過密で学校の敷地が足りないため、同校の授業は入れ替え制で行われる。幼稚園と5~10年生は午前8時~8時15分に授業が始まるが、1~4年生の授業は幼稚園と入れ替わりに、午前11時15分に始まる。5~10年生は午後2時以降の下校で、昼食は帰宅後に取る。

学校の運営は随所に企業経営的なところがあった。1年間のテストの日程は年度初めに生徒に知らせ、勉強の計画を立てやすくしている。週1~2回、単元ごとのテストがある。こまめにテストすれば、生徒は早めにつまずきを発見できるからだ。日本の校則以上に決まりごとが多く、学年末のテストは点数ごとに予め評価が定められていて、点数と評価は生徒手帳に明記されている。学業以外にも、校内での行動はポイント制で得点化され、表彰の対象になる。遅刻は1点減点、教職員に失礼な態度を取ると5点減点。テストで満点を取ると2点加算だ。

授業料は月1000ルピー(約2600円)。同様のカリキュラムを提供する新設校は4000ルピー(約1万400円)のところもあるといい、「非常にリーズナブルだ」とキラン・バジャジ校長は強調する。教師の月給は新卒者で8400ルピー(約2万1840円)。大半の教師の給料は低いので、教師80人中20人が家庭教師のアルバイトをしているという。

生徒の半数は米国など海外の大学に留学する。「ほぼ生徒全員が塾に通い、家庭教師についている」と校長は嘆くが、生徒は猛勉強の結果、受験戦争を勝ち抜いていく。
(ここまで)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

参考資料
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/india/archive/news/2005/07/20050705org00m020009000c.html

インドの教育:公立学校

2005-11-30 02:56:43 | Weblog
今回は、インドの公立学校の実情を中心にしてインドの教育事情について簡単にお知らせします。教育の実状は教育を管轄する州によって様々です。さらに、公立学校と私立学校の別や、州のなかでの社会経済的・地理的条件の違いによって、学校教育の形態やそれに関連して子どもたちの生活も実に多様となります。

◆未就学
• 6~18歳の子どもの50%が学校に通っていない。
• 約50%以上の女の子が学校に就学できない、就学できても多くが12歳までに中途退学してしまう。

◆教師の不足
• 学校の約60%で、2名以下の教師が1~5年生を教えている。
• 平均して、小学校にはそれぞれ教師が3名以下しかいなく、その教師たちは毎日、1~5年生のクラスを教えなければならない。
・教師数と生徒数の割合は、1950-51年には小学校で1:24、中学校で1:20であったが、1999-2002年には小学校で1:43、中学校で1:38と悪化した。

公立学校のほとんどは、教室や教材、教師が不足している。生徒1人当りの教師数は、圧倒的に少なく、1人の教師が、学年も進度も異なる多くの生徒を見なければならず、知識の詰め込みとなりがちで、各生徒に配慮することは不可能である。教師の手が回らない場合、上級生が下級生に対し、教師に代わって学習を指導することもある。

◆学校施設の不整備
• 小学校40校のうち1校が、野外あるいはテントの中で授業を行っている。
• 南インドのアンドラ・プラデシュ州では、校舎のない中学校は、2002年では52校、一方1993年は全く校舎がなく、運営されていた。
• 西インドのマハラシュトラ州では、校舎のない学校が1993年には10校だったが、2002年には33校に増えた。

教室での机や椅子、教科書なども不足しており、生徒たちはぎゅう詰めに椅子に座るか床に座って、教科書を何人かで使い回すケースも珍しくない。また、同一校舎を午前・午後で別組織の学校が使用する場合は、正午頃には生徒と教師が入れ替わり、授業終了後の課外活動なども制限される。このような教育施設環境は、生徒にとって満足のいく魅力的なものではない。

◆学校の不足
• ハビテーション(=国家教育政策により、人口300人以上が住む居住群から1km以内の距離に小学校、500人以上が住む居住群から3km以内の距離に中学校がなければならない、とされている)のたった53% に一つの小学校がない。
• ハビテーションのたった20% にしか中学校(上等初等教育)がない。
• ハビテーションの約22%の地域で、中学校が3km以上離れたところにある。 

公立学校の場合、一応居住地近くの学校への通学が好ましいとされるが、強制的な学区制ではない。そのため、教育熱心な家庭は、学費の高い私立学校無理でも、多少の交通費はかかっても、授業料がほぼ無料の公立学校のうち近隣よりは条件の良い学校へ行かせたがるようである。

◆貧困、教育への関心、中途退学
• 私立学校の教育費は高く、家族を支えるために働かなければならず、勉強にも興味がないことなどが、中途退学した生徒のうち4分の3が、なぜ学校に通わなくなったか応えた理由である。
• 中途退学率は、3~5学年の間に男の子50%、女の子58%と非常に高くなる。

しかし、農村などのように、他の学校へのアクセスが困難な居住地域に住む児童は、そのような選択の余地もなく、教育条件の悪い学校生活に甘んじるか、学校へ通い続ける動機を失い、家計を補助するために中途退学してしまう者が多い。教育への関心がない家庭ではなおさら、費用をかけて学校へは行かせるよりは、毎日の生活に役立つ仕事をさせる方が良いと認識されている。特に貧困層においては、将来の稼ぎ手となる男子には教育が優先されるが、女子には家事労働を要求する傾向がある。

参考資料:
CRY - Child Relief and You, URL: http://www.cry.org/crypage.asp
7th All India Education Survey, 2002