アーム通信(海外会員インドだより)

国際子ども権利センターの元運営委員の成田由香子が、インドのデリーで滞在する暮らしの中で体験することを伝えます。

インドの児童労働法の強化 :3

2006-12-05 00:45:12 | Weblog
「児童労働(禁止及び規制)法(1986年)」の改訂に関して、国際子ども権利センターが支援しているインド、デリー市のNGO、バタフライズや子どもの権利に関わるその他のNGOは、先日、記者会見をおこない、そのときの模様をプレスリリースとして発表しました。今回は、このプレスリリース(原文は英文)を翻訳した要旨をお伝えいたします。

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【プレスリリース】

<インド政府の告示「家事労働、飲食店や食堂等における子どもの雇用の禁止」に対する会議>

2006年10月7日、ニューデリー

インドでは、児童労働は長年にわたって「必要悪」と考えられていますが、インド政府は、1986年の「児童労働(禁止及び規制)法」や1987年の「国家児童労働政策」を策定するなどの対応策をとってきました。この度、政府は1986年以降の追加を含めて、13の危険な職業と57の危険な作業が明記されている「児童労働(禁止及び規制)法」に、家事労働とホテル・飲食店・食堂などでの子どもの雇用を、さらに追加し、2006年10月10日から禁止する告示をしました。実際、何百万人もの子どもたちが、これらの職業に従事しています。この禁止令は、子どもの権利を保障するという政府のコミットメントを示している方向であることから歓迎すべきではありますが、この禁止令によって、多くの子どもたちが、雇用されている中産階級の家庭や飲食店から追い出され、住むところや収入を失うことになります。このような子どものほとんどが、家族の家計を助けるために仕送りをしています。

問題なのは、この禁止令の告示が、影響を受ける子どもの回復や社会復帰のための救済計画なしに行われたことです。このような計画もなく、貧困など根本的な問題への対応策がないままに、児童労働を禁止するだけで、子どもに対する虐待や搾取を終わらせることができると考えるのは、まったくばかげたことです。

インド政府が告示した家事労働、ホテル・飲食店・食堂における児童労働禁止令を受けて、2006年9月28日、バタフライズと人権法律ネットワーク(HRLN)は、子どもの権利に関わる20団体とともに、「禁止から前進へ」と題して、児童労働の問題について協議しました。そこでは二つの議題に焦点を当てました。ひとつは、禁止令によって影響を受ける子どもたちの救出と社会復帰のための計画は、どのようなものであるべきか。もうひとつは、仕事や住む場所を失うであろう多くの子どもたちに対する救出、回復、社会復帰、告訴、予防措置に関するガイドラインや基準は、どのようなものであるべきかということです。

この協議には、政府省庁、NGO、国連、国際NGOの代表者が出席し、家事労働、ホテル・飲食店、その他の危険な職業に従事している子どもたちのための、救出、回復、社会復帰に関する「行動計画」ならびに「実施要綱」について話し合い、草案を作成しました。包括的な「行動計画」案ならびに「実施要綱」案は、禁止令によって影響を受ける子どもたちの権利を守る上で、役立つことでしょう。「行動計画」案については、約35の団体とデリー市でチャイルドライン (注1)を実施している複数のNGOの代表から構成されている「ストリートチルドレンと働く子どもたちのためのデリーNGOフォーラム」でも議論され、支持されました。

NGOは、「行動計画」案を公表し、デリー市の労働局、社会福祉局、そしてデリー準州首相と共有しました。デリー市当局は、「行動計画」案を評価したものの、禁止令が施行される10月10日以降、子どもたちに悪影響が及ばないために行った提案を、実際に受け入れ、実行に移すかどうか、これから見守る必要があります。また「行動計画」案は、デリー市だけでなく、他の州でも対応策がとられることを期待して、インド中央政府の労働省、人的資源開発省、女性及び子ども開発局、そして全州政府とも共有しました。

その後、バタフライズ、人権法律ネットワーク、デリーNGOフォーラム、そしてチャイルドライン(デリー支部)は、10月7日午後3~6時にかけて、インド記者クラブで記者会見を行いました。政府の禁止令の告示に対する懸念事項をメディアに知らせ、働く子どもの回復と社会復帰のための包括的な「行動計画」案を提示し、子どもの権利を保障するために必要な措置をとるように働きかけるためでした。具体的には、(1) 児童労働者の救出、回復、社会復帰に関する問題をメディアに説明すること、(2) 働く子どもたちに関する問題への関心を一般市民の間で高めるため、メディアや他の関係者間で共通の戦略について合意すること、(3)社会復帰のための効果的な計画を策定するように、政府に働きかけるよう市民社会への啓発を行うためでした。記者会見には、多くのメディアが出席し、意義深い質疑応答が行なわれました(注2)。

記者会見では、以下のことが述べられました。
「私たちNGOの多くが、今回の政府の禁止令を支持するとともに、メディアの方々が果たして下さる役割に感謝しています。しかし、社会的に不利な立場におかれているコミュニティや働く子どもたちとともに第一線で活動している私たちとしては、今回の禁止令は、すべての児童労働者の自立と社会復帰を保障するというコミットメントを伴うものでなくてはならないと、伝えていただきたいのです。政府には、児童労働の根本的な原因である貧困、おとなの失業や不完全雇用、最低賃金の支払い不履行、不充分な教育施設、そして農村部の貧しい人々が生計の手段を失っている状況など、児童労働の供給側の問題に対して、適切で継続的な対策をとる必要があるのです。」

また、記者会見の冒頭、バタフライズの代表リタ・パニッカー氏は、出席者にお礼を述べるとともに、次のように言いました。
「子どもたちは、今の仕事から追い出されたら、いったいどこへ行くのでしょうか?その答えは簡単です。バングラデシュの例では、政府と国際機関が、輸出用の衣服の縫製における児童労働の禁止に合意したことにより、仕事を失った男の子たちは路上生活者に、女の子たちは性産業へと追いやられ、より劣悪な状況のもとで、より少ない収入で生活することになりました。児童労働は、文明社会のあらゆる規範に反するものですから、正当化することはできません。しかし、児童労働を単に禁止するだけでは、児童労働という社会悪を根絶することはできないのです。児童労働の根本的な原因に取り組み、児童労働を予防する政策を実施しなければ、状況はさらに悪化するのです。10月10日から政府は食堂での児童労働を禁止すると聞いた、食堂で働いているある子どもは、言いました。」
『この先、僕がすることは、決まっているんだ。物乞いをするか、盗みをするかだよ。できれば、何か物を売って稼ぐことができればいいんだけど。』

次に、子どもの権利の専門家、ジェリー・ピント氏が、子どもを労働から解放し、きちんと回復や社会復帰ができるようにするためには、政府やその他関係者がどのような「行動計画」を策定すべきかについて発表しました 。ピント氏は、次のように言いました。
「中央政府が発表した禁止令は、事態を改善しようという意図ではありますが、子どもたちや貧しい親たちに、確実に悪影響を及ぼすでしょう。なぜなら、あまりにも拙速に、計画性もなく行われたもので、実際に法を施行していく州政府に対して、何のプランも提示せず、予算をつける確約もしていないのです。中央政府は、国際社会に評価されることを期待して、急いだのでしょうか。このことによって、子どもの権利を促進し、保護していこうとする政府やNGOがこれまで発言してきたことが、すべて否定されるのです。」

禁止令によって子どもの権利が侵害されないよう対処する最も重要な責任は、中央政府および州政府が担っている一方で、子ども権利を促進し保護するために、政府と連携協力すると合意しているさまざまな国連機関や二国間協定を行っている機関による積極的な対応を期待していたでしょう。このような国際機関の反応は、そして立場は、どのようなものなのでしょうか。デリー市には、「児童労働に関する国連機関間の作業グループ」があり、児童労働に対する立場と、児童労働を防ぎ、なくすための責務について公表しています。今回の禁止令が、子どもたちの搾取や虐待といった最悪の状況をもたらさないよう、政府が具体的な行動を早急にとるように提言するのが、作業グループの役割ではないでしょうか。

タスクフォースを代表して

バタフライズ代表 リタ・パニッカー
人権法律ネットワーク代表 アートレイ・セン
バル・サホヨグ(注3)代表 デヴ・カルマン
ストリートチルドレンと働く子どもたちのためのデリーNGOフォーラム議長 モノディープ・ダニエル
チャイルドライン(デリー市部)議長 ジョーゼ・マシュウ


注1)支援の必要な子どものための24時間無料緊急電話サービス。インド政府社会正義・エンパワーメント省、UNICEF等の協力により、インド国内約50都市でNGO等によって実施されている。

注2)その他の出席者は、「ストリートチルドレンと働く子どもたちのためのデリーNGOフォーラム」議長のモノディープ・ダニエル氏、チャイルドライン(デリー市部)議長のジョーゼ・マシュウ氏、人権・法律ネットワーク代表のアートレイ・セン氏、国連機関、国際援助機関、NGOの代表者です。

注3)故インディラ・ガンディによって設立されたNGOで、デリー市内のスラムの子どもやストリートチルドレンなどのために教育、職業訓練などの活動を行っています。

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 これらの団体によって作成された「行動計画」案は、2006年11月29日現在、中央政府及び州政府の関係省庁によって最終的に受け入れられ、実際に採用されたか不明である。デリー準州首相は、同案を検討した後に、同団体と会合を持つと約束したが、いまだ連絡がない。

参考:
バタフライズ等子どもの権利に関わるその他NGOが発表したプレスリリース(2006年10月7日)