宿の手配等諸々お世話になってしまった、在ハバロフストク総領事館・副領事の北直人さんとホテルで今後の対応について協議する。何はなくともお金の引き落とし、救急病院での再受診、必要品の購入、輸送業者との交渉等沢山のことを依頼しました。
【お世話になった総領事館のKさん、ドライバーのブロニスさんと鈴木さん】
救急病院では、“療養を勧めたが本人が早期帰国を希望したので許可した”同意書にサインを求められた。診断は、昨日の処置に何ら問題はなく、帰国の途に十分耐えられるとのことで、全員一安心しました。
次はバイクの日本への輸出。税関では航空機への積み込みは危険物に当たらないとの判断だったが、ウラジオストク航空では搭載を拒否されてしまった。アシアナ航空でも同様の回答を貰い、さぁー困りました。空がだめなら、海路があるさー・・・。
今の状況では早ければ水曜日、遅くとも金曜日の飛行機に鈴木さんは搭乗して日本に帰れそうです。私は恐怖の800Km(?)ダートが待つ、トランスシベリア単独行になります。
【29日】
鈴木さん、帰国準備へ
ハバロフスク手前約200kmの舗装道路から砂利道に変わった直後、鈴木さんの前輪が取られ右側に転倒、右足をサイドバックに挟まれてしまった。医者の診断では右足首にヒビが入り全治1ヶ月とのことで、ギブスをされる。今後は治療に専念するため、ツーリングを断念、帰国することにしました。
幸い足のトラブル以外は、何ら問題なく元気です。痛いと言いながら、ギブスした足でブレーキ操作して、ハバロフスクまで200Kmの道のりを走り抜きました。
バイクの日本への発送が済むまで、しばらくハバロフスクに滞在します。
【28日】
ウォー ウォー
ウラジオストク走り始めは感動の涙を流すと思っていたら、先導するガイドさんの車を追い駆けるに精一杯で、涙なんか出す暇もありません!
ウラジオ郊外を走っていると、いきなり検問に。もう検問かよーとブツブツ言いながら事務所内に入る。何のことない、書類を見せるだけで、グッドラックと送り出される。幸先が良いのか、悪いのか。やはり只ではすまないロシアのようです。
ウォー ウォーと思わず大声を上げたこと
① バイクを止めると、オー何だこれは! と思うほど沢山のシベリアハエに襲われたこと。凄いと聞いてはいたがこれ程とは・・・。止まっているより走って方が、距離を稼ぐには好都合ではありますが・・・。
② 油断大敵、道路の穴。M60号は幹線道路なので整備されていると思ったら大間違い! ウラジオ近くの道路は穴が開いているから注意してと言われても緊張感は持続できず。周囲の景色に見とれていると、穴ポコが突然目の前に! 路面の舗装色が変わるところも要注意。常に緊張感を求められるシベリア街道です。
③ おまけ 行き交う普通車は95%日本車と言っても過言ではない。トラックも××運送と書かれたのを見る。何だか日本の国道を走っているようだ。右側通行を除けば・・・。
道路標識ですが、下段右の意味が分かりません!