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主婦の書斎から<izzuco dialogue>

2005年6月にはじめたブログです。その間エキサイトブログ(ブックマークに記載)に居を移していた期間が2年ほどあります。

ガラパゴス現象

2008-07-12 | ぶつぶつブログ

いま全世界のブログのざっと三分の一は日本のブログだそうだ。日本のブログの大半はおそらく日本語によるブログだろうから、ブログ大国ではあっても鎖国状態にあるようなものかもしれない。


最近ガラパゴス現象という言葉を知った。ブログ大国日本もまた一種のガラパゴスなのかもしれないが、たとえば漫画やアニメといったものもはじまりはガラパゴスの固有種みたいなものだったのではないだろうか。日本のブログ文化というものがあるとすればその特徴はどんなものなのか、興味はある。


自分自身ブログを書いていながら、ほかのかたがたがブログを書く動機というのが実のところ私にはあまりよくわからない。ブログを書き続けることはそれほど簡単なことではない。何かめざすところがあるのか、何をはげみにしているのか、生活の中での位置づけは?といったことを知りたい。


固有種を育むガラパゴス島なら誇ってもいいと沖ノ鳥島ブログの住人は思う。

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アリの引越し

2008-07-06 | ぶつぶつブログ
ブログの引越しにともない、エキサイトブログの記事を過去にさかのぼりgooブログにコピペしていきたいと思います。手間のかかる作業なので少しずつしかできないと思いますが、アリのように運んできたいと思います。ブログはつねに流れのなかにあり、区切りがあるのは不自然な気がしますので。とりあえず直近の6月分の記事だけでも転載したいと考えています。ご了承ください。
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身の丈ブログ

2008-07-02 | ぶつぶつブログ

お知らせ


2006年4月に「主婦の書斎から」はエキサイトブログに移行しましたが、2008年7月より古巣のgooブログに復帰しました。あらためてよろしくお願いいたします。なおエキサイトブログ"izzuco dialogue"にもよろしかったら遊びにいらしてください。


 


はじめるのはやさしいが続けるのがむずかしいのがブログ、この三年気がつけばブログに費やした時間はかなりのもの。ひとりずもうの勘違い日記ではあるけれど、こんなふうにしか続けられなかった楽しくも苦しいブログ生活。エキサイトブログの最終エントリーを文字通り「とるにたらない最後のひとつ」にしようとも考えましたが、機能面で一日の長のあるgooブログにところをかえ再出発することに。


めざすは身の丈ブログ、ということでどうかよろしく!

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行く川のながれ

2008-06-24 | ぶつぶつブログ

「行く川のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず」とは言わずと知れた鴨長明の方丈記の出だし。方丈記といえば無常観ということになっているが、ひとまずそういうことはおいておきたくなるくらいこの書き出しに魅力を感じる私だ。


一見あたりまえのことが書いてあるようだが、これをあたりまえと感じるのはすでにこの文章を聞き覚えているからだと思う。実際に川のながれを前にすると、それ以外のことは考えられないくらい「まったくその通りだな」と思う。だが「もとの水にあらず」なんてなかなか言えるものではない。


もとの水とはさっき見た水である。さっき見た水はどこへ行ったかといえば下流のほうへ行った。「今」と「さっき」が同じ流れにのっていてひと目で見渡せるところがすごい。なにがすごいと言葉で説明するのは難しい。川を見ていると、過去、現在、未来という時系列が逆転してわけがわからなくなってくるからかもしれない。


ふつうに考えれば川上方向は過去、川下方向は未来だ。川の一生を想定すればそうなる。だが、今川のほとりに立っているとすると、これから流れてくる未来の水は川上からやってくるし、今ここに流れる水は過去の水として川下に下る。現在、過去、未来がひとつながりになっていて、かつその時系列全体がさらにおおきな時系列にのって流れてくる、とでも言ったらいいか。


たとえば流れに葉っぱを浮かべる。葉っぱの流れていくのを見ていると、葉っぱの上に「現在」が乗っているような気がする。先回りをしてさっき浮かべた葉っぱを下流で待ち受けるとする。するとその葉っぱに乗っているのは「過去」のような気もする。なんだがあたまがこんぐらがってくるが、時間というのは相対的なもの、そう考えればいいのかもしれない。いや、そんな理屈はどうでもいい。


頭のなかのどうどうめぐりにはおかまいなく目は水の流れを追っている。実はそういう時間がいちばん楽しい。最初のひとしずくは究極の過去であると同時に究極の未来でもある。そういうひとしずくがほうぼうから集まってやがて川になる。自然の営みには想像を絶するものがある。


 


 

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三回目のブログ記念日

2008-06-10 | ぶつぶつブログ

 気がつけばもう6月も10日。平々凡々の毎日が去っていくそのスピードだけは疾風怒濤。なんだか川柳みたいになってしまったけれど今日は時の記念日、わがブログも「石の上にも三年」の三年がたった。


この三年間ずっと考え続けてきたことは、どうしてブログを書くのかということ。「どうして」とは
HOWではなくWHYのほうだ。それを自問自答するのがブログを書くということだったのかもしれない。ではブログを書かなかったらどうしていたのだろうその時間と考えてみると、たぶんあれやこれやで時間は砂つぶのように流れて去っていたと思う。ブログを書くことがとくだん有意義な時間の過ごし方であるとも思えないが、あとかたなく消え去ったかもしれない時間がなんらかのかたちになって残っているというのはちょっと不思議な感覚ではある。


池田清彦さんの『やがて消えゆく我が身なら』にこんな言葉があった。


そして未来が空手形となる確率は年と共に加速度的に増大するのである。「今日一日の努力」は未来がある人のコトバであって、五十歳以上の老人には「今日一日の楽しみ」こそ相応しいコトバなのである。


ブログを書くことが「努力」なのか「楽しみ」なのかときどき自分でもわからなくなるが、ここまで続いたのは「今日一日の楽しみ」がなかったはずはない。今日一日の楽しみを求めて行けるところまで行ってみたい、いまはそんな心境だ。


 


 


 


 

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