渡辺保・評 『芸の心 能狂言 終わりなき道』=野村四郎、山本東次郎・著、笠井賢一・編
毎日新聞2019年3月3日 東京朝刊;今週の本棚
(藤原書店・3024円)
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能狂言の芸の核心突く
能楽の野村四郎、狂言の山本東次郎の、一風(いっぷう)変わった対談集である。
一風変わったというのは、三夜にわたる二人の対談を中心に、それをめぐって新作能の演出家であり、プロデューサーでもある笠井賢一が詳細な注をつけ、さらに能狂言の歴史や演目についての詳しい解説をつけているからである。能役者と狂言師の対談集というといかにも専門家向きに聞こえるが、一般の読者にも平易でわかりやすく、能狂言の芸の核心を突くと同時にはじめて能楽堂に行く人のための入門書にもなっている。
野村四郎は一九三六年生まれ。山本東次郎は三七年生まれでともに少年の時から父六世野村万蔵、三世山本東次郎のもとで子方を勤めた。
一九四四年十二月三日、山本東次郎は数え年八歳。父の出演する飯田橋の先の細川家の能舞台へ行った。ところが着くやいなや米軍の空襲警報で公演は中止。電車で帰ろうとするが避難する人々で大混雑。新宿で降ろされその上に敵機の爆弾とともにその敵機を迎え撃つ高射砲の銃弾の破片が飛んでくる。父の外套(がいとう)の裾に庇(かば)われて逃げ回った。ようやく新宿で都電が動いたのに乗って、夜になって中野の鍋屋横丁の家に辿(たど)り着いた。
野村四郎にも似たような体験があり、二人はともにその命がけで舞台を勤めた体験が今日の自分たちの芸を支えているという。芸は人なり。日本の古典劇である「芸」という方法論は、現代劇や映像の「演技」とは違ってそういう人生体験がものをいう。その違いを演者はむろん観客も知る必要がある。
二人が体験した少年時代は、戦前の名人たちが綺羅星(きらぼし)の如(ごと)く、日常の稽古(けいこ)も厳しく、ひとたび楽屋に入れば行儀作法も厳格で凜(りん)とした空気に包まれていた。楽屋はすでに舞台の一部、舞台であらゆる役に変身するための、芸格への集中が必要だからである。
ところが現代の楽屋は違う。そこで野村四郎が狂歌を一首。「いにしえの楽屋粛々、今楽屋、スマホ片手にストレッチ」。これではテレビ局の楽屋と変わりがない。
あの空襲の日々から七十年余り。いまや高齢になった二人は現況に危機感を募らせ、同時に能の「芸」の在り方を問う。
楽屋はほんの一例に過ぎない。たとえば能舞台にふさわしい声とは「近くで聞いてうるさくなくて、ちゃんと遠くまで聞こえる声なんです」(山本)。それには「どこへ息を響かせているのか、三人の先輩方に聞いたんです」(野村)。そうしたらば観世寿夫は「下顎(あご)」。近藤乾之助は「上顎」。三川泉は「そんなものわかるかい」、が、「強いて言えば腰だな」。三者三様で面白い。
そういう「練れた声」でたとえば向こう岸にいる人間に呼びかけるとその声一つで、なにもない舞台にたちまち大河の流れがあらわれる。これが「芸」。
あるいはまた山本東次郎は型というものは一つの集大成されたものであって、それを守ることが大切であるが、最近ようやくそこから自由になったという。
こういうさり気ない片言隻句が「芸」の在り方に繋(つな)がり、一方で人間の生き方に繋がる。
この二人の対談を読むと、実際に舞台に立っている人がなにをしようとし、なにを目的としているかがよく分かる。それが「芸」の理解に役立つだろう。
対談の後についている笠井賢一の補論「能・狂言の歴史」はわずか二十数頁(ページ)に過ぎないが、実に手際よくまとまって、二人の対談と合わせてよき入門書になっている。