左の手の平で銃把(じゅうは)の尻を支える様にして銃口を郷戸の顔に向け、右手の人差し指でゆっくりと引き金をしぼり始めた。
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「本気で撃つつもりだろうか?」郷戸(ごうど)は判断に迷ったが、両手を広げてゆっくりと上へ上げた。そして、左手のチャーハンの皿を持つ指を広げて、野良犬の頭の上に落とすと、ビックリした野良犬は「キャン」と短く鳴いて飛び上がった。辺(あた)りの緊張が途切れたその瞬間に、空いた左手で口にくわえたフォークを銃を持った刈り上げ男の右肩へ投げた。フォークは飛ぶ姿も見せずに狙ったところに突き刺さり、刈り上げ男の銃を持った手が、「グッ!!」と言う声と共に右へ揺れた。フォークが郷戸の左手を離れると同時に右手に握られた棒は振り上げられ、太った男の鼻先をかすめた。
振り上げた棒を、左手に持ち替えてそのまま歯ナシ男の口の中に差し込み、グイッ、と、一押ししておいて、刈り上げ男のみぞおちを右足で蹴った。刈り上げ男が倒れる寸前に郷戸はその男の右手を掴(つか)んでひねり上げ、自動拳銃を奪った。 太った男は右手を振りかぶり、前に出ようとしたとき、鼻がスーッとした感覚に捉(とら)われた。男は左手で鼻を触るとあるはずの左の小鼻がないことに気が付き、左手で鼻を覆い、右手を振り上げたまま動かなくなった。
「この技はなんだ!?」男達にとっては初めて見る技だった。
郷戸は、歯ナシ男の口から棒を抜いた。その拍子に1本だけ残っていた下の歯がポトンと地面に抜け落ち、野良犬がパクッと食べた。引き抜いた棒を太った男の鼻先に突きつけ、そのままゆっくりと通りの向こうへ向けた。太った男は、郷戸の意味することを理解し、細かく頷(うなづ)き振り向いて、ゆっくりと歩き始めた。野良犬は、「カッ!!」と、歯を吐き出した。男達が背中を見せた時、郷戸は自動拳銃の弾装(だんそう)を引き抜いた。そして、スライドを後ろに引っ張り、薬室内の弾を落とし、
「ヘイ!!」と男達の背中に声をかけた。男達は、ビクッ、と肩を動かし、ゆっくりと振り返った。
郷戸は、刈り上げ男に向かって銃を放った。刈り上げ男は右肩を押さえていた手の腕と胸の間で銃を受け止め、太った男と顔を見合わせて、「どうしようか」と、迷った顔をしたが、そのまま去っていった。
男達が去ると、たちまち、先ほど追って来た日本人達が近づいて来て、カメラを構えた。郷戸は、男達に、ダッ、と近づき、3台のカメラを棒で叩き落し、リーダー格の男の顔先に棒を向け、「ゴー」と言った。
男は、
「少しお話を・・・」と言ったが、郷戸は日本語が分からない振りをして、再び、
「ゴー」と、強く言った。男達は、カメラを拾い上げながら、
「なんだ、日本人じゃねぇのかよ。今日のとこは引き上げるか。ひでえな、このカメラ、使えるかな・・・」などと言いながら来た方向へ帰っていった。
郷戸(ごうど)は倒れた男の腕を取り、椅子に座らせると、野次馬達は、もう、これ以上騒ぎが起きないことを知り、ゆっくりと散っていった。郷戸はズボンのポケットから100バーツ紙幣を出し、テーブルの上に置いて去ろうとしたが、男は、
「ちょ、ちょっと待ってえな、兄ちゃん」そう言って郷戸の腕を掴(つか)み、
「ほんまに、助かったわー、えらい目におおてしもたがな。おおきに、おおきに」そう言って、頭をテーブルの上にぶつけるように何度も何度もさげた。そして、顔を上げ、上目遣いで郷戸を見、
「あんさん、日本人だっしゃろ?隠さんでもええがな。ワテにはわかりまっせ」
郷戸は返事をしなかった。
屋台の娘がタオルを持ってきて、男に差し出した。男は顔を上げて、
「?」と言う顔をすると、娘は、タオルを自分の顔の口のところに持って行き、拭く真似をした。
「あー、そうかいな、おおきに、おおきに」男はそう言って娘からタオルを受け取り、口の端の血を拭き、
「ほんまに、やさしいなー、タイの女子(おなご)は」そう言いながら腕の泥をそのタオルではたき落とした。
郷戸は、テーブルの下に置いていたナップザックを掴(つか)んで、棒に引っ掛け、その棒を肩に担いだ。
「待ってーなー、兄ちゃん」そう言って、ポケットから100バーツ紙幣を1枚取り出し、娘の手に握らせようとしたが、娘は受け取ろうとしない。
「なんでや、ええから、取っときーな」そう言って無理やり娘の手に握らせた。
「兄ちゃん、どこ行きまんのや?泊るとこありまんのか?」男は、早足で歩く郷戸の後ろから声をかけた。
「もうちょっと、ゆっくり歩きいな、ハア、ハア」
「ついて来るなよ。ごたごたに巻き込まれるのはごめんだ」前を見たまま答えた。
「あー、やっと喋(しゃべ)ってくれたなー」男は、タタタッ、と、郷戸のすぐ後ろにくっついた。
「あんた、何をしたんだ?さっきから、さっきの男達とは違う男がついて来てるぜ」早足で歩きながら、男に言った。
「えっ、ホンマかいなー!?」男は振り返った。
「あっ、ホンマや。ひつこいなー。タイ警察やがな」
「タイ警察?あんた何をしたんだ?」
「兄ちゃん、あんさん、もうワテに関わってしもうたんや」そう言って郷戸の横に並んで顔を見上げてニコッと笑った。
「ワテ、玉木言いまんのや、よろしゅうな」
「宿はどこでんのや?」
「玉木さんと言いましたかね。もう、俺には構(かま)わんでくれ」郷戸は、香港からの飛行機の中で若い日本人のバックパッカーから、安宿街はファランポーン駅の近くの中華街にたくさんあると聞いていた。空港からは汽車に乗って先程駅に着いたばかりだった。腹が減ったので、まず腹ごしらえをと思い席についたところでこの騒ぎに巻き込まれてしまったのだ。
「兄ちゃん、あんさんも訳(わけ)ありやなぁ」玉木は郷戸(ごうど)の言葉には構わず、ゆっくりと言った。郷戸は、ファランポーン駅の方へ向かって曲がろうとした。
「あかん、あかん、そっち行ったら、中華街や。日本人だらけや。日本人の追っ手が来ても目立たへんから、追っ手の姿に、気ぃつきまへんで」
「隠れんのなら、ワテのとこ来なはれ。ワテは、こっちに部屋持ってまんのや」
「男の言うことにも一理あるな」そう思い男の手に引かれるまま大通りに出た。玉木と名乗った男は、
「今晩はほんまに助かったわー」と言いながら、人差し指を立てた右手を斜め下に突き出しトゥクトゥクと呼ばれるオート三輪を停めた。そして、
「マレーシア、マレーシア」と言って座席に郷戸(ごうと)を押し上げ、続いて乗り込んだ。トゥクトゥクは青白い煙と叫び声を吐き出し、熱風を切り裂いて走り始めた。
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「本気で撃つつもりだろうか?」郷戸(ごうど)は判断に迷ったが、両手を広げてゆっくりと上へ上げた。そして、左手のチャーハンの皿を持つ指を広げて、野良犬の頭の上に落とすと、ビックリした野良犬は「キャン」と短く鳴いて飛び上がった。辺(あた)りの緊張が途切れたその瞬間に、空いた左手で口にくわえたフォークを銃を持った刈り上げ男の右肩へ投げた。フォークは飛ぶ姿も見せずに狙ったところに突き刺さり、刈り上げ男の銃を持った手が、「グッ!!」と言う声と共に右へ揺れた。フォークが郷戸の左手を離れると同時に右手に握られた棒は振り上げられ、太った男の鼻先をかすめた。
振り上げた棒を、左手に持ち替えてそのまま歯ナシ男の口の中に差し込み、グイッ、と、一押ししておいて、刈り上げ男のみぞおちを右足で蹴った。刈り上げ男が倒れる寸前に郷戸はその男の右手を掴(つか)んでひねり上げ、自動拳銃を奪った。 太った男は右手を振りかぶり、前に出ようとしたとき、鼻がスーッとした感覚に捉(とら)われた。男は左手で鼻を触るとあるはずの左の小鼻がないことに気が付き、左手で鼻を覆い、右手を振り上げたまま動かなくなった。
「この技はなんだ!?」男達にとっては初めて見る技だった。
郷戸は、歯ナシ男の口から棒を抜いた。その拍子に1本だけ残っていた下の歯がポトンと地面に抜け落ち、野良犬がパクッと食べた。引き抜いた棒を太った男の鼻先に突きつけ、そのままゆっくりと通りの向こうへ向けた。太った男は、郷戸の意味することを理解し、細かく頷(うなづ)き振り向いて、ゆっくりと歩き始めた。野良犬は、「カッ!!」と、歯を吐き出した。男達が背中を見せた時、郷戸は自動拳銃の弾装(だんそう)を引き抜いた。そして、スライドを後ろに引っ張り、薬室内の弾を落とし、
「ヘイ!!」と男達の背中に声をかけた。男達は、ビクッ、と肩を動かし、ゆっくりと振り返った。
郷戸は、刈り上げ男に向かって銃を放った。刈り上げ男は右肩を押さえていた手の腕と胸の間で銃を受け止め、太った男と顔を見合わせて、「どうしようか」と、迷った顔をしたが、そのまま去っていった。
男達が去ると、たちまち、先ほど追って来た日本人達が近づいて来て、カメラを構えた。郷戸は、男達に、ダッ、と近づき、3台のカメラを棒で叩き落し、リーダー格の男の顔先に棒を向け、「ゴー」と言った。
男は、
「少しお話を・・・」と言ったが、郷戸は日本語が分からない振りをして、再び、
「ゴー」と、強く言った。男達は、カメラを拾い上げながら、
「なんだ、日本人じゃねぇのかよ。今日のとこは引き上げるか。ひでえな、このカメラ、使えるかな・・・」などと言いながら来た方向へ帰っていった。
郷戸(ごうど)は倒れた男の腕を取り、椅子に座らせると、野次馬達は、もう、これ以上騒ぎが起きないことを知り、ゆっくりと散っていった。郷戸はズボンのポケットから100バーツ紙幣を出し、テーブルの上に置いて去ろうとしたが、男は、
「ちょ、ちょっと待ってえな、兄ちゃん」そう言って郷戸の腕を掴(つか)み、
「ほんまに、助かったわー、えらい目におおてしもたがな。おおきに、おおきに」そう言って、頭をテーブルの上にぶつけるように何度も何度もさげた。そして、顔を上げ、上目遣いで郷戸を見、
「あんさん、日本人だっしゃろ?隠さんでもええがな。ワテにはわかりまっせ」
郷戸は返事をしなかった。
屋台の娘がタオルを持ってきて、男に差し出した。男は顔を上げて、
「?」と言う顔をすると、娘は、タオルを自分の顔の口のところに持って行き、拭く真似をした。
「あー、そうかいな、おおきに、おおきに」男はそう言って娘からタオルを受け取り、口の端の血を拭き、
「ほんまに、やさしいなー、タイの女子(おなご)は」そう言いながら腕の泥をそのタオルではたき落とした。
郷戸は、テーブルの下に置いていたナップザックを掴(つか)んで、棒に引っ掛け、その棒を肩に担いだ。
「待ってーなー、兄ちゃん」そう言って、ポケットから100バーツ紙幣を1枚取り出し、娘の手に握らせようとしたが、娘は受け取ろうとしない。
「なんでや、ええから、取っときーな」そう言って無理やり娘の手に握らせた。
「兄ちゃん、どこ行きまんのや?泊るとこありまんのか?」男は、早足で歩く郷戸の後ろから声をかけた。
「もうちょっと、ゆっくり歩きいな、ハア、ハア」
「ついて来るなよ。ごたごたに巻き込まれるのはごめんだ」前を見たまま答えた。
「あー、やっと喋(しゃべ)ってくれたなー」男は、タタタッ、と、郷戸のすぐ後ろにくっついた。
「あんた、何をしたんだ?さっきから、さっきの男達とは違う男がついて来てるぜ」早足で歩きながら、男に言った。
「えっ、ホンマかいなー!?」男は振り返った。
「あっ、ホンマや。ひつこいなー。タイ警察やがな」
「タイ警察?あんた何をしたんだ?」
「兄ちゃん、あんさん、もうワテに関わってしもうたんや」そう言って郷戸の横に並んで顔を見上げてニコッと笑った。
「ワテ、玉木言いまんのや、よろしゅうな」
「宿はどこでんのや?」
「玉木さんと言いましたかね。もう、俺には構(かま)わんでくれ」郷戸は、香港からの飛行機の中で若い日本人のバックパッカーから、安宿街はファランポーン駅の近くの中華街にたくさんあると聞いていた。空港からは汽車に乗って先程駅に着いたばかりだった。腹が減ったので、まず腹ごしらえをと思い席についたところでこの騒ぎに巻き込まれてしまったのだ。
「兄ちゃん、あんさんも訳(わけ)ありやなぁ」玉木は郷戸(ごうど)の言葉には構わず、ゆっくりと言った。郷戸は、ファランポーン駅の方へ向かって曲がろうとした。
「あかん、あかん、そっち行ったら、中華街や。日本人だらけや。日本人の追っ手が来ても目立たへんから、追っ手の姿に、気ぃつきまへんで」
「隠れんのなら、ワテのとこ来なはれ。ワテは、こっちに部屋持ってまんのや」
「男の言うことにも一理あるな」そう思い男の手に引かれるまま大通りに出た。玉木と名乗った男は、
「今晩はほんまに助かったわー」と言いながら、人差し指を立てた右手を斜め下に突き出しトゥクトゥクと呼ばれるオート三輪を停めた。そして、
「マレーシア、マレーシア」と言って座席に郷戸(ごうと)を押し上げ、続いて乗り込んだ。トゥクトゥクは青白い煙と叫び声を吐き出し、熱風を切り裂いて走り始めた。
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