科学が教えてくれる、良いアイデアをどんどん思いつく方法
「良いアイデアがもっと浮かべば良いのに」と、誰もが願うものです。アイデアを自分で生み出そうとせずに、自然に思い浮かぶのを期待している人や、でも必要な時に浮かんでこないせいでイライラする人も多いのではないでしょうか。
そんな人に朗報です。アイデアの創造はひとつのプロセスであり、訓練を積めば、もっとたくさん(欲を言えば、もっと良い)アイデアを生み出せることが、研究によって明らかになっているのです。
お風呂などでリラックスしている時に、すばらしいアイデアを意図せずして思いつくことも多々ありますが、この記事では、そうした創造的プロセスの科学的背景を見ていきます。
脳の創造的機能の仕組み
これまでの科学研究では、創造的プロセスにおいて脳内で何が起きているのかについて、正確に突き止められていません。というのも、脳のさまざまなプロセスが複雑に関係しているからです。また、創造的プロセスには、右脳と左脳のどちらか一方だけが関与しているというのが通説ですが、実際には脳の両半球が連携して機能しています。
私たちの脳の両半球は、実は分かちがたく結びついています。右脳と左脳という区別は、単に情報処理スタイルの違いによるものにすぎません。「右脳人間」とか「左脳人間」といった考え方は、実際は単なる都市伝説のようなもので、すでに誤りであることが証明されています。
この都市伝説の元になっているのは、てんかん治療の最後の手段として脳梁(両半球を結ぶ神経線維の束)を切断した患者に関する1960年代の研究です。手術によって、半球間の情報伝達という自然のプロセスが除去されたため、各半球の機能を個別に実験して調べることが可能になりました。
人為的に脳梁を切断したり、脳の半分を除去したりしない限り、右脳人間や左脳人間になるなんてことはありえないのです。
ただし、創造的プロセスがどんな風に機能しているのかについては、おおまかな仕組みがわかってきています。
創造的思考に関わる脳の3つの領域
創造的思考には、脳にあるさまざまなネットワークや中枢のなかでも、特に次の3つのネットワークが関わっていることが知られています。
注意制御系は、特定の作業に集中するのを助けるネットワークです。複雑な問題に集中しなければならない時や、読書や会話などの作業に注意を払う必要がある時に活性化されます。
想像系は、読んで字のごとく、未来のシナリオを想像したり、過去のできごとを思い出したりするためのネットワークです。そうした活動の際に頭のなかでイメージを思い描けるのは、このネットワークの働きのおかげです。
注意適応系は、周囲で起きているものごとを監視するほか、脳のなかのプロセスについても監視するという重要な役割を果たしています。また、想像系と注意制御系の切り替えも担っています。
下の図では、注意制御系(緑)と想像系(赤)の場所を示しています。
レックス・ユング氏のチームによる最近の研究では、創造的な活動をおこなう際の脳内の変化について、ある説が提示されています。創造的プロセスでは、一般に注意制御系の活性が低くなり、このことでインスピレーションやアイデアが得やすくなるというのです。同時に、想像系と注意適応系の活性は高まります。
実験で、ジャズミュージシャンやラッパーにクリエイティブな即興演奏をしてもらったところ、誰もがうらやむ「クリエイティブ状態」になった被験者の脳内で、前述のような変化が見られました。
新たなアイデアの創造はひとつのプロセス
ジェームス・W・ヤング氏は著書『アイデアのつくり方』のなかで、「新しいアイデアを創造するプロセス」を説明するのは簡単だと述べています。ただし、「実行するには最高レベルの知的活動が必要なので、それを知ったからといって誰もが使えるわけではない」のだそうです。
ヤング氏によれば、アイデアの生まれやすいスイートスポットを見つけたところで、アイデアを次々に生み出せるようになるわけではないそうです。私たちに必要なのは、脳を訓練して、新しいアイデアが自然に生まれてくるようにすることです。
アイデアを生むための2つの原則
アイデアを生むための2つの原則を、ヤング氏が教えてくれました。
アイデアは古い要素の新しい組み合わせであり、それ以上でもそれ以下でもない 古い要素から新しい組み合わせをつくる能力は、おもに関連性を見極める能力によって決まる
2つ目の原則は、新しいアイデアを生むためには特に大切ですが、脳の訓練を要する点でもあります。良いアイデアを脳にひらめかせるためには、まずはちょっとした準備を整えなければなりません。ここからは、脳にアイデアをひらめかせるために必要な要素を見ていきましょう。
新しいアイデアを得るための準備
アイデアは、古い要素の関連性を見つけることから生まれます。ですから、まずは頭のなかにそうした要素を集めておかなければ、結びつけることはできません。ヤング氏は著書のなかで、たいていの人はそのプロセスへの取り組み方を誤っていると指摘しています。
システマティックに動いて材料を集めるのではなく、ただ座ってインスピレーションが訪れるのを期待しているのです。
脳が新しい組み合わせをつくれるようにするためには、時間と労力を費やす必要があります。まわりにある情報を常に集めて、それを脳が使えるような状態にしておかなければなりません。
ヤング氏は著書のなかで、いくつかの方法を提案しています。例えば、インデックスカードを使って情報を整理して、理解しやすいように切り分けておくのもひとつの方法です。また、スクラップブックやファイルを使って、すべての情報に相互参照をつけ、必要な時に必要な情報を見つけられるようにしても良いでしょう。
すべての情報をまとめる
努力で何とかなるのは主に、新しい関連性をつくるのに必要な材料を集める段階ですが、集めた情報を脳が処理するのをサポートするためにも、できることはたくさんあります。神経科学者マーク・ビーマン博士の論文によれば、アイデアが生まれる最終的な「ひらめき」の瞬間は、ほかの行動を経て訪れるのだそうです。
脳波検査(EEG)と機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた一連の研究により、「ひらめきの瞬間」とそれに先立つできごとの神経的な関連性を調査しました。ひらめきの瞬間は突然で、直前の思考とは無関係に訪れるように見えますが、これらの研究では、さまざまなタイムスケールで機能する一連の脳の状態やプロセスが最高潮に達した時に、ひらめきが訪れることがわかりました。
そうした創造性や脳の働きについて、喜劇俳優のジョン・クリーズ氏がおもしろい説明をしています。クリーズ氏は数年前に、脳がアイデアを生み出し、問題を創造的に解決する仕組みについて、すばらしい講演をおこなっています。クリーズ氏はそのなかで、脳の生み出すアイデアを亀に見立てました。少しだけ紹介しましょう。
創造性は亀のような動きをみせます。不安そうに頭を少しだけ出して、まわりが安全かどうかをたしかめてからでないと、完全に姿を現しません。ですから、亀をかくまえるよう、騒がしい現代の生活のなかにオアシスをつくらなくてはなりません。創造性が顔を出せるように、安全な聖域をつくる必要があるのです。
クリーズ氏は、そのために役立ついくつかのアイデアも教えてくれています。
・時間をつくる
クリーズ氏によれば、創造性に安心して動き出してもらうためには、時間をかけて考えを落ち着かせる必要があるそうです。考える時間を定期的に確保すれば、脳をリラックスさせる良い訓練になり、ひいてはあなたの「亀」が古い要素を結びつけ、新しいアイデアを生み出すための、「安全な聖域」にもなるはずです。
・クリエイティブになれる環境を見つける
定期的に時間をつくるだけでも、クリエイティブなアイデアを生み出してもだいじょうぶだというシグナルが脳に伝わります。クリエイティブになれる特定の環境を見つければ、さらに効果があります。周囲の温度や騒音が創造性におよぼす影響に関する研究でも、そうした環境の効果が示されています。
・脳に任せる
これが一番難しいかもしれませんが、アイデアを生むためにはもっとも重要なプロセスです。この点については、ヤング氏がわかりやすく説明しています。
すべてを忘れて頭から追い出し、潜在意識に身を委ねてください。
クリーズ氏も、「問題を一晩寝かせる」効果に触れています。クリエイティブな問題を抱えている時に、そのまま放っておいて寝たところ、問題解決のアプローチに劇的な変化が生まれた経験があるそうです。目が覚めた時には、仕事をどう続ければ良いか、単純明快なアイデアが浮かんでいて、もはや問題そのものがなくなっていたのです。
ここで大事なのは、自分を信じて問題を寝かせることです。睡眠や入浴などといった作業に意識が向かっているあいだに、潜在意識が活動し、それまでに集めたすべてのデータから関連性を見つけ出すのです。
・ひらめきの瞬間
ヤング氏は、アイデア創造のプロセスを段階に分けて説明しています。ここまでに説明した「材料を集める」「潜在意識に情報を処理させる」「関連性を見つけ出す」という3段階を経て、ついに「ひらめき」の瞬間──つまり、すばらしいアイデアの浮かぶ瞬間が訪れる、とヤング氏は語っています。
それはまったく予期しない時に訪れるでしょう。ひげをそっている時や入浴中、あるいは朝、まだ寝ぼけている時に訪れることもよくあります。真夜中にひらめきが訪れ、はっと目を覚ます可能性もあります。
すばらしいアイデアを生むためには
ここまでは、アイデアが生まれる際の脳のプロセスを見てきました。このプロセスを理解すれば、アイデアをたくさん生むのに役立つはずです。同様に、より良いアイデアの創造を後押しするうえでも、いくつかのワザがあります。
・自分のアイデアをすぐには受け入れない
ヤング氏の説明によれば、アイデア創造の最終段階は、自分のアイデアを批評してもらうことだそうです。
この段階に来たら、自分のアイデアを胸に秘めておくという過ちを犯してはいけません。賢明な人たちの批評に委ねましょう。
これにより、アイデアをさらに展開させ、見すごしていた可能性に気づくことができる、とヤング氏は説明しています。ここで特に重要なのは、自分が内向的なのか外向的なのかを把握したうえで、正しい観点からアイデアへの批評を受けることです。
・脳に容量以上の情報を与える
処理能力を超えた情報を与えると、脳はそれにどうにか対処しようとします。心理学者のロバート・エプスタイン氏は『Psychology Today』誌のなかで、困難な状況が創造性を生む場合があると説明しています。目前の仕事はうまくいかないかもしれませんが、挑戦によって脳の創造的領域が目覚め、その働きが良くなるので、将来的には失敗を埋め合わせるだけのものが得られるはずです。
・ダメなアイデアが多いほど、良いアイデアも多くなる
もうひとつわかっているのは、ダメなアイデアをたくさん思いつけば、良いアイデアもたくさん思いつけるということです。マサチューセッツ工科大学(MIT)とカリフォルニア大学デービス校がそれぞれにおこなった研究でも、その点が証明されています。膨大な量のアイデアを生み出せば、ダメなアイデアもどうしても出てきますが、同時に良いアイデアがたくさん生まれる可能性も高くなるのです。
セス・ゴーディン氏も、ダメなアイデアを思いつくのを恐れないことが重要だと書いています。起業家や作家、ミュージシャンのようにたくさんのアイデアを思いつく人は、成功するよりも失敗することのほうがずっと多いのですが、それでも、まったくなんのアイデアも思いつかない人に比べれば、失敗するケースは少ないのだそうです。ゴーディン氏がこれを説明するために挙げた例は、とても興味深いです。