事実上の“補償金”で解決 トンテントン訴訟が和解 今後の祭り運営に影響 合戦再開へ安堵の声も(西日本新聞) - goo ニュース
この事件は、保険に加入していなかったからこその悲劇といえる。そもそも、けんか祭りと名が付くほどの祭りだから、危険が伴うことは容易に想像できる。そんな祭りを主催するのだから、賠償責任保険ぐらいは入っておかないといけなかったのではなかろうか?
なぜここで、祭りの主催者が保険に入っていなかったと断言できるかというと、
>和解成立に際し「過失責任を認めたわけではない」としながらも、和解調書には
>「安全対策に不十分な点があった」と明記した。
と記事に書かれている点に着目したからだ。
賠償責任保険は、損害賠償の責任があってこそ保険金を払う。ということは、「過失責任を認めたわけではない。」といわれると、「責任が無いなら保険金は払いません。」となってしまうのだ。
もうひとつ、今回の訴訟で特筆すべき点は、「今回の訴訟では、奉賛会幹部に「当て職」として名を連ねた地元区長も訴えられ、過失責任を問われた。」という点、これがなかったら和解はできなかったかもしれない。 原告側の弁護士は賢かった。個人として責任を問われた人は、精神的重圧を受ける。訴訟費用の負担、負けた場合の賠償金支払いの不安などのプレッシャーは日常仕事や生活、健康に支障をきたすこともある。このプレッシャーが和解への道を開いたのかもしれない。
保険に加入していれば、祭りの世話人も安心していられるのだ。
事実上の“補償金”で解決 トンテントン訴訟が和解 今後の祭り運営に影響 合戦再開へ安堵の声も 西日本新聞2009年7月4日(土)10:30
伊万里市のけんか祭り「トンテントン」の合戦中に起きた事故で下半身不随となった男性(24)が、祭りを主催した伊万里トンテントン祭奉賛会側に損害賠償を求めた訴訟が3日、和解という形で決着した。事故以来、休止が続く合戦の再開を願う地元住民からは「解決して良かった」と安堵(あんど)の声も上がった。しかし、奉賛会側が安全対策の不備を認めた上で、事実上の“補償金”を支払う和解内容は、今後の祭り運営にも影響を与えそうだ。 (伊万里支局・永松英一郎) 訴訟では、奉賛会側は当初、「注意文書を配るなどの安全策を講じており、飛び入り参加した男性に過失があった」などと主張、全面的に争う姿勢をみせた。しかし「裁判の長期化は避けたい」と、昨年、和解を目指す方針に転換。和解成立に際し「過失責任を認めたわけではない」としながらも、和解調書には「安全対策に不十分な点があった」と明記した。 けんか祭りでの事故について、参加者が主催者側の過失責任を問うという異例の訴訟は、司法判断が下されないまま終結した。ただ、「『参加者の自己責任』だけでは片付けられない」(奉賛会幹部)ことを示した事実は重い。合戦は来年以降の再開が見込まれているが、再び事故が起き、主催者が提訴された場合に今回と同様の対応を迫られる可能性もある。 ■ ■ 今回の訴訟では、奉賛会幹部に「当て職」として名を連ねた地元区長も訴えられ、過失責任を問われた。住民同士が法廷で争うという構図は「事故がもたらしたもう1つの悲劇」(出番町の住民)とも指摘された。 奉賛会は既に祭りの主催から手を引き、来年秋以降の祭りは、伊萬里神社の下でつくられる新たな実行組織で主催される見通しだ。しかし、神社関係者によると、事故の責任を負わされる可能性がある新組織の幹部選任をめぐっては、今後の調整が難航することも予想されるという。 地元では、合戦再開を願う市民団体が6667人分の賛同署名を神社に提出するなど、再開に向けた機運が高まりつつある。だが、一方では、奉賛会がまとめた安全対策案が、みこしとだんじりをぶつけて倒す合戦形式の維持を前提としていることに対し、危険性を指摘する声も上がる。 100年余の伝統をどう次代に残すか‐。地域が乗り越えるべき課題はなお少なくない。 =2009/07/04付 西日本新聞朝刊=