奈良の長谷寺 ゲストハウスいったん

奈良県中南部の旅の拠点に
長谷寺の朝勤行への参加にちょうどいい宿。
~開業準備からの日々のアレコレ~

丹生都比売神社・高野山紅葉

2015年10月27日 | 高野山


(10月25日)
わっかやまで~す!
和歌山もエエとこいっぱい!



紀伊国一の宮
丹生都比売神社
(にうつひめじんじゃ)

ご祭神の
丹生都比売大神の御子

高野御子大神
真言密教の
根本道場の地を求めていた
弘法大師の前に
黒と白の犬を連れた
狩人に化身して現れ

高野山へ導きました。

そして

お大師さまは
丹生都比売大神の御神領である
高野山の借受け
山上大伽藍に
大神の御社を建てて

守護神として祀り
高野山を開いたのでした!

ここ大事

「こうやくん」だらけの
自動販売機がカワイイ

この日の高野山は
大勢の観光客で大賑わいで
車も大渋滞

外国人観光客の多いこと多いこと!

いつも日帰り高野山なので
今回は高野山に一泊し
奥の院参拝・ナイトツアーに参加。

30人ほどの参加者のうち
半分は外人さんでした!

英語チームと
日本語チームに分かれて出発!

高野山はインターナショナルだわ

案内してくださるお坊さんのお話に
「そうだったの!?なるほど!」
の連続でした。

ナイトツアー超オススメ



早朝6時。

お大師さまにお食事を届ける
「生身供」(しょうじんぐ)が
毎朝6時・10時に行われています。

まずはお大師さまへのお食事を
お地蔵さんに味見してもらうのだそうです!



お食事が御廟へと運ばれていきます。

お大師さまは

「私の願いは
世界宇宙がなくなるまで

そこに住む生命がいなくなるまで
人間がすべての悟りに
到達するまで終わらない」


と言葉を残して
835年3月21日に入定されました。

入定(にゅうじょう)とは
座禅をして
無我の境地に至ること。

お大師さまは
永遠の瞑想にはいり
人々を救い続けておられます。

なんて!なんて!
ありがたいことでしょう



早朝の奥の院参道
ダウンジャケットを着ていても
ブルブル震えるほど寒かったですが
空気がめちゃめちゃ澄んでいて清らか



お化粧地蔵さん



高野山の紅葉は今が見ごろです







同じような写真ばかりだけれど。



お昼過ぎに高野山を出て

奈良県五條市にある
手作りハム
ソーセージ工房・ばあく

でランチタイム

骨つきソーセージが
うまうまうまいっ

中華ちまき&豚まん
&ソーセージサンドも
どれもこれもめちゃウマッ

次回はばあくオススメの
しゃぶしゃぶいってみよ!





宿泊した宿では
半数以上が外人さんで
イタリア・スペイン
オランダなどからお越しでした。

外人さんが持っている
ガイドブックには
奈良の情報が
極端に少ないのよね。

宿で知り合った
研修医の男性も
京都には10回ほど足を運び
奈良を訪れたことは
一度もないのだとか。

まぁまぁまぁ、
一度おいでや。

奈良の南のほうにね!


高野山開創1200年(1)

2015年04月07日 | 高野山

(4月4日)

高野山開創
1200年記念大法会

(平成27年4月2日
~5月21日の50日間)

平成27年、高野山は
弘法大師空海

お大師さまの手で
密教の道場が開かれてから

1200年目を迎えます。


金 堂
御本尊特別開帳~

御本尊初公開
本尊 薬師如来

ありがたい。
3度目の高野山は
感動の連続です!



あら~!
こうやくん
って
カワイイやないの

御 社 (みやしろ)

高野山山麓・天野の里に
世界文化遺産・紀伊国一之宮
丹生都比売神社
(にうつひめじんじゃ)
がございます。

弘法大師空海が
丹生都比売神社の神様を
結界守護、
地主神として勧請
して、
高野山の開創に先立ち
御社を建立されました。

ご祭神

一の宮
丹生都比売大神
(にうつひめのおおかみ)

二の宮
高野御子大神 
(たかのみこのおおかみ)  
=弘法大師を高野山に導いた

三の宮
十二王子百二十伴神



空海は神様を
とても大切にしておられました。
高野山へ参られた際は
ぜひ!御社


西 塔(さいとう)
御社~西塔エリアが大好き



ひゅぅ~


根本大塔
(こんぽんだいとう)

空海が修行道場として
最初に建設を手かげた
壇上伽藍

高野山の中でも
信仰の中心となる聖域
こちらの壇上伽藍
奥之院
です。

中に入ったら
出たくなくなります。


三鈷の松
(さんこのまつ)

弘法大師
唐から帰国される際

師である恵果阿闍梨より授かった
密教継承の証である
法具
三鈷杵
(さんこしょ)。


日本で密教を広めるのに
ふさわしい聖地を求めて

唐の港から祈りを込めて
三鈷杵を投げました。


帰国後、
その三鈷杵を探し求めると、

この松の木にかかっていました。

こうして高野山は
真言密教の道場として

開かれることとなりました。



普通松の葉は2葉か5葉ですが
三鈷の松は三鈷杵のように
3葉になているのが特徴です。


高野山開創1200年(2)

2015年04月07日 | 高野山



胎蔵界結縁潅頂
(けちえんかんじょう)

仏の世界を表す
曼荼羅に向かって

華を投ずることにより、

仏様(密教の尊い教え)
と縁を結ばせていただき
=(結縁)

阿闍梨様から
大日如来の知慧の水

頭の頂きより注いでいただく
(潅頂)ことによって、


心の中に備わっている
「仏の心」と「知慧」
を導き開く儀式です。




9時30分に受付で
入壇料3,000円をお供えし

「5班 11時30分~」の
入壇整理券を受け取りました。

初めてのことでドキドキです

お坊さんに説明を受けたあと

胸の前で合掌して
南無大師遍照金剛
と唱えながら

授戒堂の中へ

お堂の中はロウソクと
吊り下げ燈篭の
わずかな明かりのみ。


阿闍梨様から
「印」「真言」を授かります。

その後、大講堂へ移動し

写真の一番上の
大日如来さまが描かれた紙で
両目を覆われます。

授かったの先には
を授けられ

曼荼羅へと導かれます。

そして
花を曼荼羅に
投ずることによって

曼荼羅の諸仏と
「仏縁」を結びます。


これを
「投花得仏(とうけとくぶつ)」
と言うそうです。

このときに、
目隠しを外してもらいます。

メガネを急いでかけて
状況を一瞬で確認

 

次に
占いルームのようなところへ
ご案内されて
如来の智慧の水

阿闍梨様より
注いでいただきます。


そうすることによって
煩悩の闇をさまよっている
我々に道しるべを
与えていただきます。

これを機に

本来私たちの
心の中に備わっている

仏の「眼」を

次第に開眼することが
できるということです。



ごくごく限られた日時にしか
受けられませんが
この儀式をぜひ!
受けてみてくださいまし。


高野山開創1200年(3)

2015年04月07日 | 高野山



総本山 
金剛峯寺
(こんごうふじ)

昔は「金剛峯寺」というのは
高野山一山の総称で
明治2年に改称されるまで
青巖寺と呼ばれていたそうです。



この寺は 豊臣秀吉
亡母の菩提のために建立
され
途中、再建されたのが
現在の建物だそうです。



3度目の高野山で初めて拝観。

~御開帳~
(4月2日~5月21日までの
大法会期間中)

本尊 弘法大師

金剛峯寺持仏に
安置される本尊、
『弘法大師坐像』
16年ぶりの御開帳です

見所満載の金剛峯寺です



いつも休憩の一服は
 「かさ國」の
焼き餅&くるみ餅


あ、これ二人分ね!



奥の院へ参ります。

弘法大師さまが 
御入定されている聖地




 一の橋から
約2キロの参道
です。
ショートカットもあります。



樹齢数百年もの杉木立ちがあり、
20万基以上ともいわれる
名だたる武将、諸大名をはじめ
多くの方々の墓碑
建立されています。

織田信長、豊臣家
徳川家、
明智光秀、
石田三成、
伊達政宗
武田信玄・勝頼、上杉謙信
など

見応えがあります

「御廟橋」から先は、
高野山の中でも
最も神聖な聖地とされている
「弘法大師御廟」があります。

その御廟橋(ごびょうばし)の
十七枚の橋板の裏側には、
金剛界三十七尊
梵字
が描かれているそうです。

(梵字)
=古代インドで誕生・発達
一字一字が
深遠な密教の真理をあらわす
神秘の文字 

御廟橋は
弘法大師さま

参詣する人たちを迎え
見送る場所なのだそうです。

この橋から先は聖域とされ
写真撮影は禁止です。

弘法大師さまは、
入定してから今でも
奥の院の霊廟において、

禅定を続けていると
言われています。


ということで
御廟橋から先は
よりいっそう
神聖な場所であることを
肌で感じることができます。

この神聖さは
言葉では表現できない。

弘法大師さまが
本当にいらっしゃる
生きておられるという感じかな。


高野山開創1200年(4)

2015年04月07日 | 高野山



大師教会に向かう途中に発見!

お坊さんがワンコに向かって
「おて、おて」
と声をかけているのに


ワンコはお坊さんの鼻を
ペロペロしてるの(笑)


なすように ならず
なるように なる

ほんとそうですわ。

これ欲しい




こうやくん、
ちょっと介添えが
必要なところがあって

それがまた愛らしい

大法会期間中ではなくても
ぜひ一度、
高野山を訪れてみてねっ!

わたくしも、
また近いうちに参ります。