議会改革/承前

冷静に戦え

生活観光

2009-01-23 | NPO&協働
まちづくり基本条例前文に明記されている「市民主体のまちづくり」の趣旨に沿い、来月13日に農業ビジネスフォーラムの開催を計画中だ。
ゲストスピーカー(講師)には、東京でアースデイマーケットの活動に取り組む東京朝市実行委員会の事務局、高橋慶子さんを予定している。


協働のまちづくりを市政の基本に掲げている春巻市役所の無理解・非協力的態度にもめげず、我らが同志の要であるKさんが奔走してくれている。
多忙中にも関わらず、一銭の儲けにもならないのにである。頭が下がる思いだ。

恒例行事となった機構改革の際には、農林水産部→農(脳)足りん水産部への改称を提言しておきたい。
4月1日は条例で花巻市の祝日「機構改革の日」としてもらいたい。


さて、小さな市役所ならぬ、小さな観光について

-玉村豊男氏の里山ビジネスより-

    そこでしかできないもの
    そこへいかなければ食べられないもの
    同じものでも、そこで食べるからこそおいしいもの
    本当はそういうものがほしいのです。

これからは生活観光の時代だと思います。
観光とは、風光を見ることの意・それも、人と自然がたがいにかかわりあいながらつくりだした景色を見る、という意味です。
そのために、特別な仕掛けは要りません。名産品も、特産物も、何もなくても、そこに嘘の無い生活があれば良いのです。
観光産業というと、由緒や歴史ある土地か、なにか特別な建造物か、よほど珍しい風景や動植物でもなければ成り立たないと思っている人が多いようです。
が、たとえ世界遺産はなくても、そこに生き生きとした本物の生活があれば、それだけで小さな観光は成り立つのです。

観光という言葉から私たちは、観光客にお金を落とさせる商売というイメージを抱きます。
たしかに大きな観光の場合はとくにそういう面が強調されますが、同時にそれは、来るものと迎える者がともに、尊大にならず卑下もせず、対等の関係でつきあえれば、
それまで知らなかった者どうしが知り合うことの出来る、人と人が交流して互いが学び合うことができる素晴らしい機会にもなるのです。

たとえば、周囲の自然と折り合いをつけながらつつまし営む。日本人の生活の原点ともいえる里山の暮らし。
そこで見る風景は、そこにしかない、そこへ行かなければ見ることができない、そこで同じ空気を吸い、同じ光を浴びながら見るからこそ意味がある風景なのです。
自分のふだんの生活に縁の無いものを観光しても、深く心には残りません。残るのは記念写真かビデオだけです。
生活の輪郭が曖昧になり、日常の暮らしに漠然とした不安を誰もが抱いているいま、私たちは小さな観光を必要としているのではないでしょうか。

地に足のついた暮らしの情景を、昔から続いてきた、そしてこれからも続くであろう、確かな生活のかたちを見ることができれば、それは有意義な、
小さな観光になるのではないでしょうか。



非日常の世界に触れるのが大きな観光なら、日常を想像するのが小さな観光。
拡大しないで持続することが肝要なのかもしれないなあ。



追記


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