北口本宮冨士浅間神社から次に向かったのは、富士山最古宮の富士山御室浅間神社です。

その瞬間を捉えたのがこれ(笑)。右の端に富士山のラインが少しだけ見えました😅

★冨士御室浅間神社(山梨県南都留市)







せっかく富士山の麓の近くまできているのに、厚い雲に覆われてまったく見えず。やや欲求不満になっていた時でした。
ガイドさんが、
「あー、ちょっとだけ後ろに見えますねー」
といったとき、バスが道をちょうど左に折れました。

その瞬間を捉えたのがこれ(笑)。右の端に富士山のラインが少しだけ見えました😅
今回の旅は本当に不思議で、降りて参拝含めた自由時間は降っても小雨程度で、傘をさす必要がない程度なのに、移動中は雨がけっこう強くてワイパーがひっきりなしに動いていないと前が見えにくいこともあるくらいな時もあって、ついているのかいないのか、微妙だなと思っていました。

★冨士御室浅間神社(山梨県南都留市)
✳︎ご祭神 木花咲耶姫命
冨士御室浅間神社は、文武天皇3年(699)に藤原義忠によって創建されたといいます。その後の大同2年(807)に坂上田村麻呂が蝦夷征伐の御礼として社殿を建立、何度か富士山噴火のために焼失しています。
社名の「御室」は、かつての祭祀が石柱をめぐらせた中で行われていたことによるとのこと。そして天徳2年(958)、村上天皇によって氏子の祭祀の利便のために河口湖南岸に里宮が創建されたそうです。
冨士御室浅間神社は、本宮と里宮があります。

写真は本宮。写真の左奥にお社があります。
もともとは富士山の二合目に奉斉されたと伝えられる富士山最古のお社で、現在の場所に移築したといいます。
なんとなく、本殿に携帯のカメラを向ける勇気が出なかったので、天狗さんのお面を撮影しました。


★里宮
天徳2年(958)に村上天皇が建立、崇敬者の礼拝義祭の便を図ったとされ、武田家、小山田家、徳川家の庇護を受けたといいます。


ここでは、木花咲耶姫命の金運守りが人気だというので、ちょうど定年退職する会社の人の分も一緒に買い求めました。

