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自然を求めて近辺ぶらり

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思い出のくるま旅 (21) ♨️岩手 夏油温泉と大沢温泉でプチ湯治を体験

2019年08月07日 | くるま旅
私を湯治宿へ誘ったのは一枚の写真でした。東北の湯治場らしい雰囲気に包まれた夏油温泉の写真を見て、一度は湯治を体験してみたいと思うようになりました。実現したのは2009年7月です。岩手県北上市の夏油温泉に2泊、花巻市南花巻温泉郷の大沢温泉に3泊してプチ湯治を体験してきました。双方の湯治宿はともに建物は古いが、室内は綺麗に保たれ清潔感がありました。
※写真はアルバムからの複写です。


夏油 (げとう) 温泉
岩手県北上市の秘湯・夏油温泉への道は夏油温泉いでゆラインと名付けられ、舗装はされているものの曲がりくねった狭い道でした。たどり着いた道路の行き止まりには、大自然に囲まれた夏油温泉元湯があります。七つの湯が湧き出る温泉です。川沿いに天然湧出の温泉露天風呂も数種類あります。基本的に露天風呂はすべて混浴で(一部に女性専用の時間帯あり)、男女別の内風呂も備えています。大湯は湯温が46〜48℃という高温で、あまりの熱さに最初は足湯が精一杯で、浸かることができませんでした。ところがジャボンと浸かって一度この熱さに慣れると適温の湯が物足りなくなります。同じことを、この湯で一緒になった人もおっしゃっていました。人間の体は不思議なものですね。


部屋は夏油館の2階でした。


夏油川左岸 (写真・右) が真湯、右岸 (写真・左) が女(目)の湯です。狭い橋を渡って行き来します。


大湯の入り口です。脱衣場は別々ですが中は混浴です。湯温を測られた人が、今日の温度は低いと申しておられました。その日によって湯温が異なるようですが、「えーっ!!これで低い方なの・・・」と、びっくりでした。


左岸に疝気の湯があります。ここは泉温が低いので長時間の入浴が可能です。


夏油川です。露天風呂のすぐ横を流れています。浅い川ですが右岸に垂直な高い崖が迫っています。


洞窟蒸し風呂の近くにある蛇の湯の滝です。




ブナの木です。


南花巻温泉郷・大沢温泉
岩手県花巻市の花巻南温泉郷に位置する大沢温泉自炊部「湯治屋」は、築200数十年の建物に泊まりました。古くから湯治場として親しまれ、宮沢賢治もこの湯を愛したということです。豊沢川を眺めながら入る名物の混浴露天呂“大沢の湯”や"薬師の湯"、"南部の湯"などに入ることができます。


訪れた当時は、菊水館は開館していました。


右下が豊沢川に面した大沢の湯です。


十円を入れると7分間使えるガスです。


食事は自炊が嫌なら食堂で食べることもできます。ご飯だけでも売っていました。鍋や食器は備わっているので持っていく必要はありません。


湯治屋の廊下


合間に訪れたところ
高村山荘
高村光太郎が花巻に滞在した7年間、独居自炊の創作活動を続けた小さな建物が当時のまま保存されています。 近くの高村記念館には、彫刻や遺墨などが展示されています。












花巻民族資料館


北上夜曲の歌碑
♪ 匂いやさしい白百合の~ 濡れているよなあの瞳・・・
北上夜曲は、当時18歳の「菊地 規(きくち のりみ)」が作詞、当時17歳の「安藤 睦夫(あんどう むつお)」が作曲したものです。しかし、口伝いで広まったために、流行を続けながらも作者が分からず、作者不明という事実がますますこの歌を神秘的なものにしたのでした。昭和36年になってから作者が名乗り出て、この歌が暗い時代に10代の手によって作られていたという話題はセンセーションを巻き起こしました。(北上市ホームページから)


サトウハチロー記念館








往路コースは、中央道→長野道→上信越道→北陸道→磐越道→東北道を経由して911.2kmでした。(途中で一泊)
復路コースは、一旦錦秋湖まで足をのばし、湯田ICから秋田道→東北道→磐越道→北陸道→上信越道→長野道→中央道を走り970.5kmでした。(途中で一泊)
※ 全走行距離は夏油温泉から大沢温泉や途中の立ち寄り先への距離82kmを含めると1,963.7kmでした。

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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
2000キロの大旅 (ヒトリシズカ)
2019-08-07 06:45:49
イケリンさん

北上市の秘湯・夏油温泉は、岩手県まで行っても実際にはなかなか行けない秘湯です。
豪快な湯船と聞いています。ブナの森がある東北の森です。

花巻市の花巻南温泉郷に位置する大沢温泉自炊部「湯治屋」も泊まってみたくなる宿です。いい体験をなさいました。

愛知県から、高速道をつないで2000キロの大旅を実際になさった点がすごいです。

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夏油温泉など (イケリン)
2019-08-07 06:53:17
ヒトリシズカさん おはようございます。
東北は秘湯と呼ばれるところが多いのですが、この夏油温泉もその一つのようです。
道が狭いのが難点ですが、それゆえに秘湯ムードが保たれているのかもしれないですね。
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約2000キロの旅 (fukurou)
2019-08-07 08:47:07
イケリン様
すごい走行距離ですね。
行きたいと思いながらなかなか行けない場所です。
湯治場と聞くと昭和の初めまでのイメージがありますが、現在でも自炊しながら、病気や怪我を治しておられる湯治客がおられるのでしょうね?!
憧れはあります。
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湯治場 (イケリン)
2019-08-07 09:17:46
fukurouさん おはようございます。
倒伏は湯治場が今も数多く残っていますね。農閑期に訪れる方が多いようですよ。
秋田の玉川温泉などは、ガンが治るとかいうことで、
ゴザを敷いて岩盤浴をされている人の数の多いのには驚きます。
最近はプチ湯治も大流行りのようですよ。
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すごい走行距離♪ (越後美人)
2019-08-07 10:21:03
山間の秘湯といった感じですね。
その風景の中にいるだけでも癒されそうです。
プチ湯治で良い経験をされましたね。
東北の温泉にはなにかロマンを感じます。
芸術家たちが惹かれるのも分かる気がします。

それにしても、なんと!二千キロにも及ぶすごい走行距離でしたね。
こんな風に各地の高速道路を通るのも面白いですよね。
私もこんな長距離ドライブは大好きです。
私の実家まではだいたい600キロ、途中で高速を降りて
遊びながら帰ることもあったり、一直線に帰ることもあり、
それぞれに楽しんでいます。
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こんにちは (ロメオ)
2019-08-07 11:50:07
夏油 の字は(げとう) 温泉と読むのですね。
名前からして夏の疲れが癒されそうなお湯ですね。
ゆっくりとプチ湯治、いいですね~
我が家は日帰り温泉ばかりですが、気忙しくてかえって疲れます^^;
たまに岩盤浴などすると、帰路はぐったりです…

走行距離二千キロはすごいです。
イケリンさんはドライブ旅行の達人ですね。
各地のサービスエリアも充実していて 高速道を降りなくても、その土地ならではの食べ物やお土産が楽しめますよね。
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プチ湯治 (イケリン)
2019-08-07 14:36:24
越後美人さん こんにちは。
山間にポツンとある温泉には惹かれるものがあります。それも道の行き止まりとなるとなおさらです。
湯治は10日一回りとかいって10日以上しないと効果がないようですが、
一度はやって見たいという思いが強くてプチ湯治となりました。
芸術家は温泉に浸かりながらゆつたりとした気分で構想を練り、よい作品を生み出していったようですね。

今は長距離ドライブすると疲れがひどいですが、遊びがてらだけに、当時はさほど疲れを感じませんでした。
日本列島は狭いようでも、いざ走るとなると広く感じますね。
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夏油温泉 (イケリン)
2019-08-07 14:41:21
ロメオさん こんにちは。
夏油温泉の由来はいろんな説があるようですが、
一つは、冬場は雪が深くて入れなかったことから、夏に入る湯といったことから、
夏湯の湯が油に変わったという説もあるようです。
この夏油という名前にも惹かれるところがありました。
最近のSA、PAの充実ぶりはすごいですね。SA、PAめぐりを楽しむ人もいるようですよ。

私も一時、日帰り温泉めぐりに凝ったをことがありますよ。
あちらこちらと探しては回りました。手軽でいいですよね。
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こんにちわ、イケリンさん (たか)
2019-08-07 18:06:47
酸ヶ湯や玉川温泉に行き湯治客の様子を目にして
一度は私もやってみたいと思いつつ未だに実現しておりません。

秘境の夏油温泉、大沢温泉いいですね。
東北一周旅は2度、経験しましたが車中泊が多かった為、やはり羨ましい気持ちになってしまいます。
次に行く機会が有った時には夏油温泉を計画に入れたいと思いました。

「北上夜曲」懐かしいです。
高校時代、流行っていた曲で皆で良く歌ったものでした。
高崎に烏川が有りますが当時、河原を散策する者が増えたのもそんな時でした。


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プチ湯治 (イケリン)
2019-08-07 18:27:12
たかさん こんばんは。
夏油は酸ヶ湯や玉川ほどの賑わいはないのですが、それが秘湯ムードを高めているのかもしれませんね。
私も、この頃はもっぱら車中泊でしたが、一度は湯治の真似事をやって見たくなり実行した次第です。
ただ、あちらこちらと動き回りたいものにとっては、退屈であることも事実ですね。
日がな一日温泉に浸かってというわけにはいかないですものね。

北上夜曲は大流行しましたね。この歌が十代のコンビで作られたとは驚きですね。
この歌碑は北上川畔に立ち、ボタンを押せばマヒナスターズの歌が流れるようになっていました。
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