間違いを犯すことは一つの問題であるが、それを認めないのはもっと大きな問題である。
人は間違いを許してくれる。
なぜなら、間違いは往々にして判断を誤ったために発生するものだからである。
しかし、人は心のあり方の間違いに対しては容易に許そうとはしない。
不正な動機や最初の間違いを正当化しようとし、それを隠そうとする傲慢さは、全く違う次元の間違いなのである。
:スティーブン・R・コヴィー 「7つの習慣名言集」
間違いは正当化するのではなく、生かさなければならない。
生かす可能性がなければ、出来るだけ早く判断誤りによる時間の経過を止めるための行動をしなければならない。
そのためには、多くの場合判断を誤ったことをできるだけ早く利害関係者に認識させる必要がある。
しかし、不正な動機による間違いはヤバい。
不正な動機を持たない人のことを真摯な人というのかもしれないが、すべての人がその途上である。
不正な動機とは概ね個人的な利益の追求である。