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桜宵/北森鴻(小説)

2011-03-20 18:00:50 | 読書
今回の記事は『桜宵』(北森鴻、講談社文庫)です。
ビア・バー「香菜里屋」シリーズ第2弾。
美味しくもほろ苦く切ない連作短編ミステリー。

■内容紹介
一度たずねてみてください。
わたしがあなたに贈る最後のプレゼントを用意しておきました――。
そう綴られた亡き妻の手紙だけを頼りに、ビアバー「香菜里屋」にやってきた神崎。
マスター・工藤が語った、妻がプレゼントに込めた意味とは……。
客から持ちかけられた謎の数々を解き明かす連作短編集の第2弾。

■感想
北森鴻さんの短編はやはりとても素敵。
読んだ印象として“大人のミステリー”という感じを強く受けます。
“大人の”といってもハードボイルドとか渋いとかそういうんじゃない。
大人ゆえの落ち着きと静けさを孕んだほろ苦いミステリーで、だからこそに感じる静かに切ない読後感は他書では決して味わえない。
一見穏やかながら、人の心の奥底に轟く執着や憎悪といった負の感情や、年齢を重ね長く時を過ごしたが故に持てる慈愛と言っていいような優しい感情を、5つの短編で楽しむことができます。
今回はやや毒気の強い結末の話が多く、かなりのほろ苦さを感じる連作短編でした。
とは言え、香菜里屋シリーズなので、魅力溢れる工藤マスターを全編で楽しめるのも嬉しいところ。
もちろん出てくる料理のおいしそうなことと言ったら、もうたまらない。

それでは各短編の感想を簡単に書いていきます。

■十五周年
顔で笑ってその実、胸の奥では憎さいっぱい。
「おめでとう」と言いつつ相手の破滅を願う。
そんな人の測り知れない心の内の寒々とした怖さを所々で感じた。
これは出だしからかなりの毒気…! と思っていたら、物語はかなり予想外の展開へと進むのでびっくりします。
「反則では!」と思ってしまうほどのミステリーの真相はまったく予測できません!

■桜宵
表題作。
これ以上ないほどの毒気を孕んだ真相を予感させつつも、その真相はあまりに穏やかで慈愛に満ちた真相へと繋がっていく。
だからこそ、読後感の切なさはひとしおでしょう。
北森さんの表現は胸に突き刺さることが多く、この作品でもかなりの感傷をいつまでも残してくれる。
死者の優しさは時にあまりに身勝手で、あまりに思いやりに満ちていて、あまりに悲しすぎる。

■犬のお告げ
犬好きにとっては最悪の破壊力を誇る真相が用意されているので覚悟しておいて下さい。
人の胸のうちの執着の浅ましさをじっとりと感じる物語で、その感情の激しさを相手の態度から感じ取ることは難しい。
隠された感情の温度の高さとは裏腹に、何とも言えない寒々しさを感じます。
相当の毒気を孕んだ作品です。

■旅人の真実
この物語も何という毒気…。
人の愛情の感情の強さを描いた物語と思わせつつ、最終的に明かされる“旅人の真実”のあまりにも昏い悪意に胸がむせ返ってしまいそう。
謎に満ちたビア・バー「香菜里屋」のマスター・工藤の古い友人が登場するレアな物語でもあります。

■約束
ここまで毒気の強い物語が続いていたし、タイトルも感動的な結末を予感させる定番のもの。
最後は温かい気持ちで物語は締め括られる…なんて思っているととんでもない目にあいます。
描かれる感情の歪みとしては収録作品中最大級かもしれない。
あまりにも一方的な妬みを理解不能と切り捨てるのは簡単だけど、人はそこまで追い詰められてしまうという悲しい一面も強烈に感じてしまう。

今作は全体に描かれている物語の昏さ、毒気の強さはそうとうに強い。
下手するとただ果てしなく後味の悪い作品になりかねない。
けれどもちろんそんな作品にはなっていません。
これだけの昏さを内包する物語群を、落ち着いた大人のミステリーとして仕上げているのは、さすがは北森さんだと思った。


書名:桜宵
著者北森鴻
ジャンル:小説(ミステリー/連作短編/ほろ苦い)
メモ:香菜里屋シリーズ第2弾
おすすめ度★★★★


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