news clipping;

ニュースをきりぬいていこう

発信箱:「撤退」と「撤収」 山田孝男(編集局)

2006-06-26 06:15:22 | Weblog
発信箱:「撤退」と「撤収」 山田孝男(編集局)

 政府は自衛隊をイラクから「撤収する」と発表し、毎日新聞は「撤退を決定」と報じた。これに対し、一部で「毎日は『退』という字を用いて敗北感を強調し、自衛隊をおとしめている」「政府発表を故意にねじ曲げている」などと言い立てる向きがあると聞き、驚いている。

 どの辞書で調べても「撤退」と「撤収」は、ほぼ同義である。英語ならwithdrawalだ。毎日新聞は、イラクからの外国の軍隊の引き揚げに言及する場合、凱旋(がいせん)か敗走かというニュアンスとは無関係に「撤退」という表現を使ってきた。

 小泉純一郎首相は「撤収」と発表したが、自衛隊だけ表現を変えるのはバランスを欠くという判断で、小紙の記事や見出しは「撤退」が基本になっている。

 「退」は退却の退、W杯1次リーグ敗退の退であり、その不景気な字面を嫌う自衛官の心情は理解できる。ポツダム宣言受諾は「敗戦」か「終戦」か。二つの言葉にこもる心理的意味の隔たりは大きい。そこまでの差はないにせよ、身命を賭してイラクに赴いた自衛官が「退」に過敏であって不思議はない。さはさりながら、政府の仰せに恐縮して用語を改めるまでの話ではないと私どもは考えている。

 面白くないのは、待ってましたとばかりにこういう問題をメディアたたきに利用する扇動家の存在だ。今から69年前、国会質問に「軍人を侮辱する言辞」があったかどうかで陸軍大臣と議員が争う騒ぎがあった。防衛庁が「自衛隊を侮辱する言辞」に目を光らせる時代でなくて幸いだ。お先棒担ぎの言葉狩りに自重を求めたい。

毎日新聞 2006年6月26日 0時05分