もう一つの 昭和・私の記憶

『 昭和・私の記憶 』 の、続編
吾生涯を物語る

ホソの釣り人 「監督や、コーチはおらんのかァ!」

2017年07月29日 | ホソの釣り人 1996~2006

 
 1996年頃の城北ワンド群
ホソを挟んで北側(対岸側)には野球のグランドがあった
「ホソ」、北側に少年野球のグランドが7ヶ所、在るのが分る
残りが畑である
これ等のグランド、少年野球の親達が、河川敷の葦原を開墾して、作ったものである

正規の物ではない。正規の河川敷公園はホソを挟んで南側にある
ちゃんと管理事務所もあり、駐車場もある
画面には映っていないが、左下には2ヵ所の野球グランドも完備されている
そこでは、毎週の土・日、に専有出来ない、足らないというのが、彼らの言い分であろう
だから、自分達専用のグランドを作ったのである

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ホソの釣り人、いつもの場所で釣りを行っていた
私はギャラリーとして後ろから見物している
私は、釣りは午前中に終える、所謂、早朝組なのである
夕方、仲間の釣りを見物して、一日を終了させるのだ
相変わらず対岸では少年野球が練習をしている
監督、コーチの活気が、伝わってくる
ギャラリーの若い母親たちの黄色い声援も聞えてくる
少年達も元気にしごかれている
なんと、健康的な光景であらうか

 

 練習に漏れた小学生4、5名の少年達
退屈に我慢出来なくなって、河の方をウロウロ、始めたではないか
完全に 「だらけ」 きった様子である
案の定
釣りに関心を向けて、釣り人の投げ入れた ウキ の前に立って、見物を始めたのである
前に立たれた釣り人
「魚が逃げるから、あっちへ行って呉れ」
子供達、云うことを聞かない
「コラッ あっちへ行け !」
「オッサンの川か」 と
子供達、ウキに目がけて、石を投げ始めた
退屈のエネルギーをここで発散させているのだ
観るに見かねた私は、
「監督やコーチはおらんのかァ」
「子供らが石をなげて、釣りの邪魔をしとるゾー」
と、怒鳴った
こちら側からは、監督やコーチの姿は見えない
子供達は監督に呼び寄せられ叱られている
「・・・」 ・・その言葉は聞き取れない

子供達、帽子を取って全員が釣り人に謝りに来た
「すいませんでした」
やれやれ・・・真っ先に挨拶に来るべき者が来ない
彼等は、それを認識していないのだ
河川敷公園は皆の憩いの場所 
誰がいつでも来て楽しめる場所なのである 
皆は、そう認識している
お互いが最低限のマナーは守って楽しむものと

釣り人は
11月から3月までの葦が枯れている期間、河縁の枯れた葦を刈って釣りの足場を作る
冬場のこの期間は、寒さと強い北風の所為で、コンクリートの土手からの釣りは出来ない
葦原をバックにすればそれが、防風林の役目をする
だから、真冬でも、日差しがあれば、暖かいのである
(バツクに葦原の無くなったグランド前は北風を受けて寒い)
夏場は、反転する
4月になると葦は芽をふき急激に成長する
蚊も出る、蟻にも咬まれる、それ以上に風が通らないので、暑くって釣りにならない
コンクリートの土手は50度の気温になるが、風通しが良いので、傘を差せば涼しいのである
毎年、それを繰り返しているのである
真冬でも、釣りを楽しめるように・・

尤も、野球や釣りに無縁な一般の人達にとっては
「 どっち も ドッチ 」 だと



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